幕間 〜動く者〜
ベルファス王国の王家は、前々から隣国であるレノク王国の簒奪を目論んでいた。
最も積極的に動いていたのは王太子であるアレク・サミュエル・ベルフェゴールだ。
「……っ」
久方ぶりに牢から出された女の名は、カトレア・ウードワット。
希少な魔法が使える女であるが故、どんな失態を犯したとしても殺される事はそうない。
だが今回、彼女に掛けられた疑いは王家に対する叛意であった。
そしてその魔法の性質から投獄を余儀なくされていた。
「久しいな? カトレア」
「は、はい……」
地下牢での生活で、すっかりやつれてしまった彼女。
貴人としては扱われないその生活に、憔悴するばかりだった。
「レノクに送っていた者達は、全員こちらの国で確認できたよ。復帰できた者は少ない。最重要の任務を担っていた者達は『喪失』した期間が長いんだ。そのせいで情緒不安定で……以前のようには使えなくなった」
「そ、そう……なのですか」
「ああ」
王太子に与えられた部屋。
部屋の中に控えている男たちの雰囲気は、まるで幽鬼のよう。
彼らは、かつてレノク王国の中枢にまで足を進め、活動していた者たちだった。
「全員だ。間者として送り込んだ者達、こちら側出身の者たち、全員。お陰でレノクに関する情報が入る速度は遅れ、国境を越える手段もかなり限られるようになった」
「……は、はい」
鏡の魔女カトレアは気が気ではなかった。
起きた事象から『転移』を使える彼女が、この件に関して最も疑われていたからだ。
(私じゃ……ないのに)
眼光鋭くアレクが睨みつけてくる。
何より彼女がしていた『予言』は既に大きく異なっていた。
彼女の信用は地に落ちたと言っていいだろう。
「…………ふぅ」
「!?」
そこで空気を変えるように息を吐くアレク。
「お前が原因とは言い難い。それは、この幽閉期間で理解した」
「! ほ、本当……ですか!?」
「ああ。すまなかったな。有益なお前を排して」
「!? い、いえ……そんな」
「……あちらの国には、聖女のように国を覆うほどの魔法を使える者がいる」
「え?」
「そういうことだろう? お前のように『転移』を使える魔法使いか。より上位の魔法を駆使する者がいなければ、到底信じられない事態だ」
「あ、そ、そう……ですね。自然現象、とか」
「自然現象か。我が国の間者だけを狙い撃つような転移がか? レノクの民を巻き込むことなく?」
「うっ……それは」
「……普通に考えれば。それほどの魔法使い。可能性があるのは辺境の聖女の末裔だ」
「聖女……。居た、のですね……」
「大昔だがな」
「は、はぁ……」
「だが、お前の話からすると、もっと疑わしい人間が居るのだろう?」
「え、っと?」
「カトレアよ。俺は、お前が全くの嘘を吐いていたとは思わない。事実として、お前の言う通りの『運命』があったんだろう」
「……で、殿下。信じてくださるのですか?」
「ああ。お前が証明したことは、いくつかある。だが、その上で」
「そ、その上で?」
「その運命は覆された。何者かの手によって。……誰の手によってだと思う? お前は」
「は?」
(そんなの分かるワケない……)
(え? でも、この世界は……)
「もしかして」
「お前の言う『運命』があるのなら。そんな『力』を持つ者は限られているんだろう。
マリーアという女か。或いは……」
「シャーロット……!」
鏡の魔女が辿り着いた答えに漆黒の王子は薄く笑った。
「レノクの王子は新たに婚約者を迎えた。隣国の王族として前婚約者のシャーロットについて公式に問うたが、とぼけているのか、知らぬ存ぜぬ。
だが、それがレノク王家の『正式な答え』だ。
そして記憶を失った者たちの話と合わせて考えれば、失われたのは『シャーロットの記憶』だと推測できる」
「シャーロットの……」
「お前の知らない魔法を彼女が持っていたとしても不思議ではない。それほど特別な存在なんだろう?」
「は、はい。彼女は『主人公』なので……!」
「そうか。……あの光のせいでレノクを落とす事が少し難しくなった。間者のすべてを無力化されてしまったからな。
だが代わりにシャーロット個人を迎えることは難しくなくなった。
国を落とすまでもなくなる」
「え、と……?」
「カトレア。お前の力を貸して貰うぞ。出来る事も増やして貰う」
「っ……!」
ゾクリとカトレアは震えた。
ある意味で誰よりも、この男の恐ろしさを知っているのがカトレアだ。
それは『可能性』の話も含めて。
「シャーロット。俺は、お前を諦めない──」




