20話 辺境伯家での目覚め
「ん……」
目を覚ました私は、どこかに横たえられていた。
(ベッドの上……)
でもエバンス家ではないわね。
私は折れて、治された右腕を掲げた。
パトリック様に癒されたお陰で痛みは引いたけれど完治かどうかは分からない。
だからかしら。添え木と包帯が右腕に巻かれていた。
治療された後の私の姿。
(リック様が運んでくれたのかしら)
「あ」
「ん」
整った服装の女性が、私の顔を見て驚く。
「シャーロット様。目覚められましたか」
「ん。貴方、は?」
「ディミルトン辺境伯家、侍女のニーナでございます。シャーロット様」
「辺境伯家の?」
「はい。ここはディミルトン辺境伯家の屋敷です」
「まぁ」
ということはパトリック様の生家?
「パトリック様の」
「はい。すぐにお医者様とパトリック様をお呼びします」
「……分かったわ。お願いしますね」
「はい」
侍女が私の様子を確認してから静かに退室し、足早に駆けていく音が聞こえました。
そうして何を考えることなく、ぼうっとしながら少しだけ待つ。
「シャーロット」
慌てながらも、大きく声を上げないようにパトリック様が部屋に訪れた。
「パトリック様」
「無理に起き上がらなくていい。すぐに医者が来るからね」
「はい……」
パトリック様は、そう言いながら、あえてベッドの左側に移動し、そばに座る。
たぶん右手を握らないように、ね。
「私は……、どうしてここに?」
「うん。あの時、貴方が気を失ってしまったから。すぐに抱えてね。……あの時、連中の制圧を目的として来たワケじゃなく、貴方の救出が目的だったから……」
私の救出後。
練度の差もあり、襲撃者の『5人』は制圧したそうで、黒幕としてアジトにいた男も何とか捕まえる事ができたそうだ。
「とはいえ。まだ君を襲う者がいなくなったかは定かじゃなかった。魔法で癒したが、改めて医者に見せる必要もあったから」
「それで辺境伯のお屋敷まで?」
「……ああ。ここなら襲撃される事もないだろうし、あっても守れる」
納得した。
きっとエバンス家にも連絡が入っているだろう。
襲撃者は一応すべて捕まっていて。
「エバンス家の騎士様、御者さん、侍女は無事ですか?」
「ああ。3人共、無事に保護した。全員が無事だよ」
「そう。それは良かったです……」
「貴方は、あの3人を守ったそうだね。とても勇敢だったと聞いている。3人とも感謝していたよ」
「まぁ」
「もちろん感謝だけではないのだけれど」
「え」
「……シャーロット。貴方の行動はとても勇敢だ。貴族であっても誰にでも出来る事ではない。素晴らしい事だと、本当にそう思ってもいる……」
「は、はい」
パトリック様の、この困ったお顔。
悩まし気なお顔。ちょっと可愛らしいわ。
「それはそれとして!」
「は、はい」
「……とても心配だ。皆、貴方の無事を祈っていた。不甲斐なさで悔しい思いをした者もいる。シャーロット。どうか、貴方の命も……蔑ろにはしないで欲しい」
「リック様……。あ。その。パトリック、様」
「リックでいいよ。リックはパトリックの愛称なんだ。シャーロットにはそう呼ばれたい」
「は、はい」
頬に熱が篭るのを感じながら。
私は、それでも彼に言葉を返したわ。
「私も。蔑ろにしている、わけではありません。ただ自暴自棄になっていたのではなく。あの時は、ああするべきだと思ったのです。他に……その、最善の手が思い浮かばず」
「……うん。それは……分かっているつもりだ」
リック様は、既に状況を聞き終えた後なのでしょう。
侍女まで無事を確認できていると言うのなら当然、話も聞いたはず。
「実際、君は正しかった。あの場から離れ、助けを呼ぶ騎士たちと合流できたお陰で、すぐに貴方を連れ去った馬車の後を追うことができた」
「馬車の後を追ったのですか」
「ああ。エバンス家の馬車があった場所に、争った跡。そこから続く男たちの足跡に馬が走った跡……。それらを追って、騒ぐ声を聞きつけて……どうにか間に合った」
「リック様……。ありがとうございます。とても助かりました」
「うん……。もっと早くに駆けつけたかったけれど」
私は首を横に振る。
そんな無茶なことは言えまい。
様子からして、そもそも私の護衛、いえ、監視に来たというワケでもなさそうだもの。
「侍女を隠し、騎士と御者を逃がし。……どうにもならなかったからこそ貴方は最善を尽くしたと思っている。その行動が誇り高いものだとも。だけど」
「はい」
「……貴方が無事で良かった」
と、そこで本当に困った笑顔でリック様はそう言ってくださったの。
うん。分かる。分かるのよ。
それでも私のことを心配だったのだと。そう思ってくださっている。
「私も他に手があれば、きっとそうしたと思います。もちろん自らの命を軽んじているわけでもありません。たとえ記憶がなくなっていたとしても。私は『今』をとても大事だと考えています。けして自暴自棄にはなっておりません」
「……うん」
本当の最善は、あのような状況を作らないこと。
だけれど、どうにもならなかったからこそ。
「貴方は、既に貴族として……誇り高く生きているのですね。シャーロット」
「リック様……」
彼の私を想う表情に、情熱を感じる。
そのことを理解できて、私は恥ずかしくなってしまったの。
「でも、今回のことで私は平民としての心を学びましたのよ」
「平民としての?」
首を傾げるリック様。
私は、少し胸を張って答えました。
「はい。貴族令嬢としてなら……きっと追い詰められた時。舌を噛んで潔く死んで見せることが『誇り』だったと思うのです」
「それは……」
「ですが! 私、最後の瞬間はそうではなかったんですよ。最後は平民として。『根性』を学びました」
「根性?」
「はい! 根性です!」
ふふん、と私は胸を張って見せました。
「私は、平民として生きる、諦めない『根性』こそを最後に手に入れましたから。きっと前の私よりも強くなれたと思いますわ!」
それは今までの私にはなかった矜持。
悪足掻きもいいものだわ。
「ふ……。ふふ。そうですか。根性、ですか。あはは」
「ふふ」
私達は仲良く笑いあったの。
私が色々と平気で元気だっていうところも示せたと思うわ。
「ああ、そうだ。一応。言っておきますね。シャーロット」
「はい」
「最後の、あの男が言ったようなふざけた台詞は、まったく気に病む必要はありませんから」
「最後の?」
「はい。そもそも護衛騎士と自分たちが合流して、すぐに追いかけて、到着した時には貴方が騒ぎを起こして逃亡していたので。あの男の負け惜しみの『ホラ話』というのは明白です。そんな時間なんて、そもそもなかった上に、木々に引っ掛かり細部が切れていても、貴方はしっかりドレスを着ていましたから」
「はぁ……?」
あら。一体なんのお話かしら?
私は首を傾げました。
「シャーロット?」
「えっと。何のお話かな、と」
「何の……いえ、まぁ。はい。気にされていないのであれば全く、それで」
「はい……?」
と。そんなやり取りをしている間にお医者様が来られたの。
そして、ちゃんと私の状態を診てもらって。
その後で、お義父様とお義母様が見舞いに来てくれたわ。
二人に会った事も嬉しかった。
時間をおいて、エバンス家の護衛騎士、御者、侍女の3人とも再会できたの。
3人とも無事よ。本当に良かったわ。
「お嬢様……ごめんなさい、本当に……!」
「もう。貴方はきちんと『仕事』をしたのよ。貴方はちゃんと役割をこなした。それに隠れろと言ったのは私なのだから。私が攫われた状況を正確に、かつ多人数で証明できる事が大事だったの。間違っていないと私は考えているわ。だから気に病まないで。
それに……ちゃんと無事でいてくれて、ありがとう。
私も貴方や貴方たちが無事でいてくれて嬉しいわ」
「お嬢様……!」
侍女を抱き締め、背中を撫でて落ち着かせてあげる。
(怖かったわよね……)
だからこそ彼女たちを守れたことを本当に嬉しいと思う。
私の容態を確認しつつ、辺境伯家の手も借りて、事件の裏側も調査が開始されたわ。
それはもちろん、1日では終わらない。
だから私、しばらくはディミルトン家に滞在することになったの。
そして色々と落ち着くまで、数日。
「シャーロット。君の魔法について、聞いてもいいかな」
遠めに侍女たちを控えさせてのリック様との逢瀬。
私は彼に尋ねられた。
……その時には、色々と話を聞いて、自分の状況も整理できていたから。
それに、きちんと覚えていることもあった。
私は、あの黄金の天秤も、光の幕も覚えている。
それにリック様と事件の詳細を話すにあたって違和感を覚えていることもあったの。
その中でどうしても話が合わない部分があって。
「……記憶を、消す、魔法」
アジトに居た男が漏らした言葉や、私の記憶から消えてしまった男。
それらの証言と、リック様も見た黄金の天秤。
だからアレらは『私の魔法』であり、私は魔法が使えること。
そして、その魔法には『記憶を消す』という効果があることが推測できた。
それだけ、ならば、たぶんいいのよ。
でもそうじゃなくて。
当然、私たちは一つの結論に至る事になったわ。
「私の記憶がなくなったのは、私自身の魔法の影響」
『前の私』は、自らの意志で。自分自身を捨てた。
そして『他者』からも……私の記憶を、奪った……。
たとえ取り戻すことが出来なかったとしても。
私は、かつての私について、きっと知る事になる。
そんな予感がしたの。
その予感はそう時間が掛かることもなく当たったわ。
「メイリィズ伯爵家。『記憶魔法』の一族……」
「ああ。そして伯爵家から他家に嫁いだ女性の名前が」
「……シェリル。……お母様の、名前」
シェリル・メイリィズ伯爵令嬢。
それがお母様の正体。
……私は、伯爵家の血を継ぐ娘。
そして今まで私を捜す家がなかったのは。
「私の記憶を失っていたから……だったんですね」
「うん。あの時シャーロットはほとんど無意識に魔法を使ってしまった。記憶が失われても魔法が失われたわけじゃなかったから」
記憶を司る魔法。
でも相手の記憶を奪うだけでなく、私の記憶も失ってしまう魔法。
「……メイリィズ家に、行ってみるかい?」
「良いのでしょうか? だって」
相手は、私のことを忘れている。
それでも『記録』は残っているのかしら?
残っているとしたら、今までは……。
いいえ、それでも。
「……行ってみたい。お母様の家族に、会ってみたいと。そう思います」
「わかった。力を貸すよ。シャーロット」
「良いのですか?」
「もちろん」
パトリック様と、私の縁談の話は、まだ進んでいない。
……のだけれど。
お義父様と、お義母様。
それからディミルトン夫妻の様子から……。
それにリック様のご様子、どころか辺境伯家に勤める使用人達の様子まで。
「あ、ありがとう、ございます」
「いいんだよ」
私たちの事を祝福してくださっているのが分かったの。
だから、『記憶魔法』を継ぐお母様の家へ行くこと。
それは私達が縁を結ぶ、最後の後押しになる。
フィナーレ編、三幕構成でいったら三幕目が始まったぐらい。




