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18話 男の正体

「……な」


 私の周囲を光の幕が覆っている。

 そして、この光が目の前にいた男を弾き飛ばした。


(これは……?)


 私だ。私が何かしている? でも何? 魔法?


「結、界……?」


 その場に居る全員が驚愕する。私自身もだ。


「……聖、女?」


 壁に弾き飛ばされ、地面転がっていた男が上半身だけを起こし、私の周りにある光の幕を見て、そう呟く。


(いえ、それはないわ)


 と。頭の中で否定する。

 聖女の末裔なのは私じゃないし。

 魔法は血に継がれるもの、らしいのだから。


 茶髪の男は、大した痛みでもないという風に立ち上がる。

 攻撃する為の魔法、ではないみたい。


 これを私が? 出している、というのがまず理解が追いつかない。


「だから『貴方』を、そういう……」

「……貴方は一体、誰かしら」


 交渉の材料に出来るかも分からない不可思議な現象。

 いっそのこと、この場にいる全員を吹き飛ばしてくれたらいいのに。


「私に用があったのでしょう?」


 茶髪の男が私を冷めた目で睨む。


「……1年ほど前の、この国を覆った光」

「え?」

「あの光は、貴方のした事ですか?」

「はい?」


 国を覆った光? 聞いた事はあるけれど。


 それは私の意識が戻る前、記憶喪失する前の話。

 だから私が知るわけもない。


「……以前の貴方の、近くに『俺』は居ました」

「え!?」


 以前の私を知っている!?


「ですが、その時の事を俺は忘れてしまっている」

「は、はい?」

「短い時間ではない。数年にも渡る記憶を俺は失った」

「記憶を……?」


 私と、同じ?


「記憶を失った原因は……、貴方だ。今、それを確信した」

「は……?」


 違う。何を言っているの?


「何を、根拠に……。私は関係ありません」


 茶髪の男は、少し呆れたような目を私に向けて続けた。


「俺達の何人もが、あの光と共に記憶を失くした。全員が貴方に関わり、貴方の近くに……いたはずだった。そんな全員がだ。あの光と共に……弾かれ、記憶を失くした。だから『そういうこと』だ」


 男を取り巻く雰囲気が、とても危険なものに変わった気がする。


 その様子は、とても『不安定』のように感じたわ。

 記憶を失い、自らの芯が揺らいで、不安定のまま……。


 それは暴力的な意味ではない恐怖を掻き立てた。

 精神的に、……狂っている、ような怪しさ。



「貴方には……俺と共に来て貰います」

「……何を言っているの?」


 茶髪の男を弾いた光の幕が消えていく。

 維持は出来ないのか。

 頑張ってみてもどうにもならなかった。

 自身を守るものを失い、不安になるが、その事は隠し通す。


 それでも言い知れない恐怖が私の中に渦巻いた。



「……貴方の事を、探していたのですよ」

「貴方が?」

「いいえ。ですが貴方には来て貰う。得体の知れない光の件もある。少なくとも……貴方とあの男が結ばれる事など許されない」

「は?」

「貴方が結ばれる相手は決まっているんですよ。シャーロット・エバンス。昔から決まっている運命だった。抗わないでください」

「……ッ!」


 ゾッ、と背筋が震えた。

 間違いなく感じる恐怖。


 そして嫌悪感。

 この男の狂気もさることながら、何者かが。


 私の望まない『誰か』が、私を望んでいるというおぞましさを知る。



「……お断りします!」


 その狂気と何者かの執着が、私から冷静さすら奪う。

 耐え難い屈辱と嫌悪、の『予感』。


(……嫌!)


 再び近付いてこようとする茶髪の男を拒絶する。

 そうすると、またバチィ! と光が発生し、男を弾いた。


「ッ……チッ!」


(また! いつでも出せるの? この結界は)


 なら、この場から逃げる事も!?

 軽いパニックを起こした私は、振り返った。


 当然、そこには私を襲撃してきた男たちも居る。

 見張りに立っているのか、中に居るのは4人だけだ。


「どきなさい! 貴方たちも……触れれば怪我をするわよッ!」

「っ!?」


 茶髪の男が弾かれた光景を見た男たちはひるんで下がる。

 ハッタリだ。

 私は、この光の幕が、どういう力を持っているのか理解していない。

 それでも私の身を守るものだと信じるしかない。


 男達の隙間を縫うように私は駆け抜けた。


「捕まえろッ!」

「っ! いや、でも」


 男達も光の幕を理解していないため、怪我をする事を恐れて躊躇する。

 彼らに比べて私が躊躇する理由はない。


「っ……!」


 だけど視界の端に捉えてしまう。

 半透明の光の幕、その一部が男達をすり抜けてしまう光景を。


(この光の幕が弾くのは……茶髪の男だけ……!)


 気付かれては終わる。

 隠さなければ、とそう考えた次の瞬間。


「……! お前達に、その結界は効かない! だから捕まえろ!」


 茶髪の男が私と同じ事に気付き、叫ぶ。


 それでもまだ思考が追いつかず、男の言葉を信じ切れないのか、男達は動き出すのに躊躇した。


 稼げたのは、ほんのわずかな時間。

 私は、たったそれだけの差に賭けて逃亡を図る。


 あの場に居られなかった。冷静でいられなかった。

 逃げなければならない、という恐怖に駆られて、交渉で対処するという選択が頭から抜け落ちた。


 ただ死に物狂いでの逃走。


 でも、そんなものは……やはり難しくて。


「……おい、待て!」


 外側の見張りについていた、私の光の幕の衝撃を目撃していなかった男2人がすぐに私を追ってくる。


 平民として多少の力仕事を経て、ただの令嬢よりは或いは体力がついた私だったけれど。


 それでも体力差を埋めるには至らない。


「っ……はっ……あっ……あああ!」

「絶対に逃がすな! 俺が捕まえてやる!」


 私が叩いた男も少し遅れて追いかけてくる。


(逃げられない……!)


 捕まった時。私がどうなるのか。

 深い、深い絶望が押し寄せてくる。


(嫌……!)


 何故こうも怯え、心から恐怖してしまうのか。

 失くした記憶の影響なのか。或いは、魔力が感じさせる予感なのか。


 全力で走り、逃げて、近くの家屋の隙間を走り抜け、森に入る。

 枝葉が肌を擦り切ろうとも構わずに、全力で。


 だけど。


「あっ……!!」


 整備のされていない森林。

 傾斜すらついた山道。


 当然、そこには木の根が張ってあって。

 慣れていない者がそんな場所で全力で走り抜け切れるはずもない。


 だから私は思い切り、木の根に足を取られて転んでしまった。


「ぐっ……!!」


 良くない姿勢で手を付き、激痛が走る。

 全力で走った勢いがそのまま、腕に伝わって……嫌な感触と、痛みを覚えた。

 そのままゴロゴロと、ほぼ受け身を取れずに転がって。


「っ……!」


(腕、痛い、まさか折れ)


 ただでさえボロボロだというのに致命的なほど。


「っぅ!」


 足首も良くない方に曲がって痛みが。

 走れない。立てない。手も、足も。


(……こんなっ!)


 精一杯やって。それでも気持ちだけではどうにもならない程に追い詰められて。


(ところで……!)


 私は。


(終わりたく、ない……!!)


 それでも諦めたくはなかった。

 おぞましい執着や理不尽に、ただ翻弄されるだけなど、ごめんだと。



 ……私は平民だ。

 『平民上がり』の女だ。


 誰かに守られて当たり前でもなければ、時には……自分で何とかしなくちゃいけない。

 どんなに支えてくれる人達が居たとしても。

 優しい、信頼できる人が居たとしても。


 それでも時には。


 メアリーと話した。

 アンナと話した。

 ベルさんたちと話して。


 街の人や使用人たちとも話した。

 貴族令嬢でもなく、平民とも言い切れない私に、『平民』とは、そういうものだと教えてくれた。


 苦しい時もあるけれど、それでも頑張ってどうにかする……『根性』が大事なのだと。


(そう……よっ!)


 その言葉の意味を本当には理解できてなかったかもしれない。

 今まで。


 でも、その言葉は、今この瞬間にこそ……きっと意味のある言葉で。

 価値ある『教え』だったわ。



「……っ!! 近寄る、なッ!!」

「ッ!?」


 なら、こんな痛みがなんだ。苦痛がなんだ。

 歯を食いしばってでも。


 私は強引に立ち上がって、ただ男達を睨みつけた。


 さきほどまでの優雅さも、矜持もかなぐり捨てて。

 冷静な言葉で、巧みに場を誘導することもまた捨てて。


 この時ばかりは……己が野生の動物にでもなったように。

 根なし草の『根性』を、この時にこそ見せてやれ、と。


アンタ達(・・・・)なんかに触れられるぐらいなら……噛みついてでも殺してやるわ……ッ!」


 辱められる前に舌を切って自害する、令嬢の『潔さ』ではなく。

 噛みついてでも、生き汚いと蔑まれようとも抗う『不屈』を選ぶ。


 私の気迫に呑まれた男も居れば、無力な女の悪足掻きだと捉える者もいた。



「ははは! お前に何が出来んだよ!」


 まともに立てもせず、片手も押さえた状況で。

 男のおぞましい手が迫ってきて。


 それでも私は負けまいと、本当に噛みついてやろうとして。



「──シャーロットッ!!!」


 声と同時に、何かが投げつけられる音。


 グジュッ!


「ぎゃっ!?」


 私の目の前に居た男の腕に短剣が突き刺さった。


 そして駆け上がり、木々の幹すら蹴とばすような、山中の森林を駆け抜けるのに慣れた動きで。


「ぐっ……なん、だ!?」


 駆け抜ける彼の髪の色は、輝くような金色の髪。

 瞳の色は……エメラルドのような緑色の。


「ぎゃっ……!」


 男達の一人を鬼気迫る表情で、跳ね飛ばし、私の前に立って剣を抜いた。


「ぐっ!! てめぇ……誰だ!?」


 私を囲んでいた男達と、私の間に立ち、私を守るように背に庇った彼は。


「パトリック・ディミルトン。辺境伯の息子。彼女の夫となる男だ。……そして、お前達を絶対に赦さない男だ!」


 怒りのこもった一喝に彼等が震える。



 こうして私は……『彼の正体』を知る事になったの。


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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、そういえばヤツの編がありませんでしたね 一見まともそうで実は意見具申も出来ない無能なロボットが
[気になる点] よかった〜やっと来たよ〜! すごく待ってたんだからね!
[一言] ヒーローは遅れて登場する
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