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13話 お茶会

 辺境近くに住む貴族の令嬢・夫人を集めたお茶会の開催。


 男爵家や子爵家には領地を持たない者も多い。

 だから辺境伯領の中に住んでいる者も居る。

 『領地』とは言えないけれど、広めの『土地』を持ち、そこに住んでいる者も。


 大抵、そういう家は『代官』の役割を持っていて……。

 高位貴族が治める領地の一部を、代行として管理したりしている。


 そうよね。広い領地ほど一つの家族だけで管理など出来ないのだし。

 部下として、そういう細部の管理者が居るということ。


 グレゴリー家は、その代官を担っている。

 だから『土地』の管理と裁量権も持っているそう。

 それって領地持ちとどう違うのかと問いたくなるけれど……。



「シャーロット・エバンス。参りましたわ」


 侍女と護衛を一人ずつ連れて、相手の懐に乗り込む気分。

 招待状を大きめの屋敷の門番に手渡すと通して貰ったわ。


 鉄製の格子で出来た門からは中の様子が見える。

 中庭があって、奥にお屋敷があるわね。

 エバンス家の屋敷よりも大きいわ。


(……だけど)


 いつもと違って、あんまり感動がない。

 変ね。私、けっこう色んなことに感動を覚えるのだけど。


 アンナの果物屋のアレコレに内装。

 街を彩る色んな店。店内に女3人だけで入ってお喋りをして……。

 メイドのお仕事にだって、ある種の感動があり、そこに楽しさがあって。


 なのだけど。


 この『大きめ』のお屋敷を見ても、いつもみたいな感動を覚えない。


(うーん?)


 残念なような。もどかしい気持ちになるわ。

 どうしてかしらね。

 あんまり『家』に興味があるわけじゃないから?


「シャーロットお嬢様?」

「ん。ちょっと考え事をね」


 この前までメイドだった私なのに、こうして仕えてくれる2人にも感謝ね。


 そして私は……お茶会の招待者であるグレゴリー子爵令嬢、カルミラさんに再会したの。



「お久しぶりね。グレゴリー子爵令嬢」


 ニコリと、習った淑女の微笑みを披露し、私から話しかける。

 それだけで既に来ていた参加者らしき令嬢や夫人が驚いている様子が目の端に映ったわ。


「……ずいぶんと、来るのが早いですわね。シャーロットさん?」

「ええ。招待状に書かれた手紙の時刻はもう少し遅かったのだけれどね? カルミラさん」


 家名と敬称で呼ばずに名前で私を呼んだのは、私が平民であると主張したいためか。

 親愛を持って距離を詰めるためではないだろう。


 だけど彼女がそう呼ぶのなら合わせてあげた。

 『カルミラさん』と馴れ馴れしくもそう呼んだの。


 案の定というか、頬の端がヒクついている。


(誠心誠意の謝罪がしたいワケではないご様子ね……)


 であれば形だけでも取り繕いたいのか。

 それともこのお茶会で何かしらを企んでいるのか。


 グレゴリー子爵家が代官として任されている土地の、領主は伯爵家。

 対してエバンス家はディミルトン辺境伯に仕えている家。


 『親』となる家門の力はこちらの方が上ではある。

 けれどもちろん、その親頼りに我が物顔でふんぞり返っては顰蹙(ひんしゅく)を買うわよね。


 あちらが『親』たる伯爵家を持ち出して攻撃してきた場合のみ、辺境伯家を頼る事を匂わせる……程度が私の手札。

 カルミラさんが私を見下していて、その辺りを突いてくるようなら返せる手があるわ。



「ああ。ごめんなさい。急に失礼だったわね。招待状と一緒に送られた『お手紙』があったから、つい気軽にお名前を呼んでしまいましたわ。ええ。貴族令嬢相手に、親しくもなく、相手の許しも得ていないのに名前呼びをしてしまうだなんて……はしたなかったわよね? 『礼儀知らず』だったかしら? グレゴリー子爵令嬢?」


 ニコリ、と。微笑むの。

 教えて貰った貴族令嬢スマイルよ。

 微笑みながら……『皮肉』を混ぜるのが流儀なの。


 メアリーと一緒にサリーお義姉様に教わって……。

 すっと覚えた私に対してメアリーたちが。


『……慣れてるわよね。絶対』

『ですよね。私もそう思いました』

『いや、あの……? それと、なんでメアリーも一緒に?』

『比較してみようと思って』

『比較』

『一緒に学び始めたのに、そこまで差がつくものかなぁ、と』

『ちなみに私は真剣にやったわよ? シャーロット』

『ええと、ええと』

『ん。貴方は出来る子だから自信持ってっていうことで?』

『そ、そういうことでしょうか?』



 ……なんてやり取りがあったのよねぇ。ふふ。

 良い思い出なのよ。あんな風に親しい人達とやり取りするのってね。



「その、ようなことはありませんわ? ええ。だから、」

「……」


 私の言った事は。


 『謝罪文を送ってきたのは、そっちだろう』

 『気軽に名前を呼んだのも、そっち』

 『親しくする気もなく、許しも得ていないのに名前を呼ぶのは失礼、礼儀知らず』

 『私は今の段階で、貴方に名前呼びをされたくない』


 という事ね。



 優しい人達との触れ合いと比較すれば、かなり喧嘩腰にも感じるけれど。

 ……だから私の気が引ける、ということもなく。


 相手の出鼻をくじくような、そんなつもりで初手でガツンと返した、というところ。

 言われっぱなしになるのが良くないことだと私も思うから。


 もちろん最初のお話が友好的な相手だったなら別だけれど、ね?



 どうして今日は最初からそうまで言うのか? なのだけど。

 見る限り、招待客の半数以上がすでに揃っていらっしゃるのよ。


 事前にお義母様たちに調べていただいた参加者については頭に入れてあるわ。


 私の招待状に書かれた時刻は、もう少し後の時間。

 なのに、この時間にすでに参加者たちが集まっている、ということは?


 ……そう。

 カルミラさんは、まず私に『約束の時刻に遅れて』来させたかったの。


 そうして集まった皆さんの前で、私の至らなさを責めたかったのね、きっと。


 今回のお茶会に集まるメンバーは下位貴族の女性ばかり。

 子爵家主催では、高位貴族は呼び難いからね。

 そういうメンバーだから『伝手』で他家の招待状を確認させていただいて、私の招待状との開始時刻のズレを知れたのよ。


 高位貴族ばかりが相手だったら他家に届いた招待状の確認なんて、きっと恐れ多くて出来ないと思うわ。

 これが『後ろ盾』がいる貴族……ということなのかも。



 そして彼女が私にどう言葉を返すのか。

 どうやら『エバンス子爵令嬢』とは言いたくないご様子。


 心底に嫌いな相手であれば、むしろ名前の方こそ呼びたくないと思いそうなものだけれど。


 彼女の私に対する気持ちの根底は『貴族として認めない』なのね。

 だったら名前呼びの方も、まるで自分と相手が『同じ立場』なような気がしてイヤなんじゃない?


 だから今、言葉に詰まっていらっしゃるの。

 私の返しによって『名前で呼び合う』ことが、まるで認め合ったように感じさせるから。


 カルミラさんにとっては『シャーロットさん』呼びも『エバンス子爵令嬢』呼びも、どちらも屈辱的になってしまったのよ。


「くっ……」


 ふふ。

 私は、その様子をただ微笑んで見ているの。

 なんだか可愛らしくさえ思えてきたわね。

 私は微笑みは絶やさないまま。


「ふふ。まずは改めて。今日のお茶会へのご招待、感謝しておりますわ。まだお互いのことを知らない私達ですから。私のことは『エバンス子爵令嬢』とお呼びください。私の方もグレゴリー子爵令嬢とお呼びしますわ。同じ子爵家の令嬢同士。互いに礼を尽くしましょうね?」


 仕切り直しの言葉を告げ、呼び方を私から修正する。

 あくまで微笑みながら、ね。


「え、ええ。……エバンス子爵令嬢」

「ふふ。ありがとう。グレゴリー子爵令嬢」


 目の端で見れば、この短いやり取りを見ている令嬢や夫人たちが私のことを『警戒』してくださっているように感じる。


 最初からこちらを見下して話にならないタイプではないと信じたいわ。

 『この相手を下手に突けば痛い目を見るぞ』と、そう思っていただければいいわね。


「……シャーロット、お嬢様」

「ん」


 だからどうして味方の側がポカンと私を見るのかしら……!

 不安になるわ!?


 合ってるわよね、これで?

 一応、習った限りは……こういう、対応で、まだいいはず?

 外に不安を出さないようにしつつ、内心で焦る私。


 場数や経験が足りないのはどうしても否めないもの。

 知識を詰め込んで、ひとつひとつ出来るかぎり対処するしかない。



「皆様。エバンス子爵家のシャーロットでございます。以後、お見知りおきを」


 既に集まっていらっしゃる方達にさっさと挨拶をさせて貰う私。

 カルミラさんは明らかに予定が崩れたご様子ですもの。


 それに大きいお屋敷と言っても中庭までは門から歩いていける程度の広さ。

 すぐに視界に入った方達を無視するワケにはいかないわ。


 全員にこぞって私が嫌われているなら、この時点で問題なのだけれど。

 この方達はどうかしら。


「ええ。よろしく。エバンス令嬢。私はテネット子爵家のノーラですわ」

「はい。よろしくお願いします。テネット令嬢」


 逸早く反応してくださった方に釣られて後から応えてくださる方もいらっしゃったわ。ふふ。


「あ、ああ、私は……」



 席につかせてもらい、しばらくすると招待客が集まっていらしたわ。

 ふふ。集まる皆さんと丁度いい時間に合わせて来ることが出来たわね。


 私の本来の招待時刻は、全員集合の30分後かしら?

 皆さんが挨拶を済ませて一通りお喋りをしてから……満を持して私が来る予定だったのね。


 そのお喋りの時間に私の悪評を広めてから……皆で、かしら?

 早く来て良かったと思うわ。


 とりあえず、カルミラさんの初手は潰せたということで良いのかしらね。



「カルミラさん? 皆さん揃ったようよ?」


 ノーラさんが彼女に声を掛けて、予定の崩れた彼女を立ち直らせる。

 彼女の様子から、手始めに集まった皆さんを味方に誘導してからの開始予定だったはずだけれど。


 私の居る前で予定通りに進めるのかしら。


 軽く話した限り、彼女達は今は『中立』といった風ね。

 殊更に私の敵に回るでも、味方に回るでもない。


 ありがたいことよ。出来れば味方につけたいものだけれど……。


 最初の内は当たり障りのない会話から。

 近頃の話題として話に上がるのは領地と、それから隣国の様子ね。


 やはり国境と近い地域だから?

 それと中央……つまり王都の話題ね。



「第一王子のハロルド殿下に、新しく婚約者が据えられたとお話があったらしいわ」

「ああ。聞きましたわ。東部のレドモンド伯爵家のご令嬢とか」

「…………」


 王子殿下のご婚約。とてもおめでたいことね?

 辺境から王都、王宮までどの程度あるのかしら。


 遠い地の、遠い話。

 私とは、ほとんど関係ない?


 いえいえ。今の私は子爵令嬢。貴族の一員。

 ならばレノク王国の繁栄を願って、お祝い申し上げなくては?



「ハロルド様のご婚約者といえば、とても優秀……、あら?」

「どうされましたか? テネット令嬢」


 お喋りの最中に首を傾げる彼女。

 男爵家、子爵家だけの貴族女性の集まり。


 遅めにやって来られた方には既に嫁がれて『夫人』になっている方もいらっしゃるの。

 でも年齢は近いわ。

 サリーお義姉様ぐらいの方ね。


 ……私って何歳なのかしら?

 流石にそれは分からないのよね。



「いえ……。殿下のご婚約者についてのお噂を聞いた気がしたのだけれど。最近になってからの話ですので……勘違いですわね」


 勘違い?

 何かお相手の方のお噂がもう広まっているのかしら。


 さすが貴族令嬢。耳が早いのね。



「それにしても殿下のご婚約がこんな時期だなんて。王都の学園で出逢われたのかしら? もう卒業なさるのよね」


 王都には貴族子女の通う学園があるそう。

 でも距離が遠いから辺境に住む貴族子女が通う場合、寮に入る事になるそうよ。


 特別に学びたい方は、家から送り出されて入学・入寮なさるの。

 でも王都から離れた地に住む者には別の選択肢がある。


 家庭教師を付け、辺境の者同士で社交をし、結束を強めるという形らしいわ。


 グレゴリー家の招待で意外とすんなり、こうして人が集まったのもそういう背景があるから。

 そうすると、やっぱり『新参者』の私って皆さんとは距離があって当たり前なのね。



(……リック様はどうされたのかしら。その学園には入っておられたの?)


 そこで『彼女』と出逢ったりしたのかしら。



「ああ、ハロルド王子殿下のお話といえば。面白いお話があるのよ?」

「あら、何かしらカルミラさん」

「なんでも少し前までは……王子殿下には『恋人』がいらっしゃったらしいの」

「恋人ですって?」

「ええ、そう。それもね。その相手は……平民だったんですって!」


 平民?


「ああ、違ったわ。元々が平民の、男爵家の庶子だったそう。そのような方がハロルド王子の恋人だったらしいの」


「あ、そのお話は私も聞いた事があるわ。なんでも王子は……あら? ええと。そう。その恋人さんに夢中で……婚約者を……は、最近、決まった方だから……あら? えっと」


「そう! 殿下も最初はその『平民上がり』の学生に夢中だったの!」


 カルミラさんがお話を遮った、というか。勝手に引き継いでしまったけれど。

 今、別の令嬢が話の途中だったような……?


 『なんでも王子は』『その恋人に夢中で』の続きは何かしら?



「でもねぇ。その『恋人』さん。結局、殿下の婚約者候補にすらなれなかったそうよ。それで今のレドモンド伯爵令嬢に決まったらしいの。王子殿下のご婚約者候補には、伯爵家の令嬢ばかりが集まっていたらしいわ」


「それも聞きましたわ。もう殿下もご卒業を控えた時期。既に侯爵家の令嬢達にはお相手が出来ていて……ええ。伯爵家の令嬢しか残っていなかったとか。陛下がたも学園での出逢いを期待されて婚約者をお決めになるのを待っていたのかしらねぇ」


 王国に今、公爵位の方はいらっしゃらないから、もしも王子殿下の婚約者を選ぶなら。

 当然? 侯爵家から選びたい、という話らしい。


 でも時期が遅れた結果、王子殿下のお相手になれる侯爵令嬢は残っていなかったそうよ。


 ……私は、その王子殿下のお話を聞いて、リック様のご婚約事情を思い浮かべたの。

 彼も中々にお相手が決まらなくて……。


 でも、そのお陰で? 私に機会が巡ってきた。

 そう考えれば……申し訳ないけれど。ん……。どうかしら?


 リック様のお気持ちが私に向いていればいいな、と思うわ。



「学生時代の恋人でも、結局は婚約者候補にすらなれないだなんて。やっぱり生まれてからずっと貴族だった令嬢の方が、王家も良いと思われたのねぇ。歳を重ねてから急に貴族令嬢になられた、平民上がりの方なんて。

 ああ、結局は『その程度』なのね。ふふ。

 ねぇ? 『エバンス子爵令嬢』? 貴方はどう思う?」


 と。とても爽やかな、ある意味でいやらしい笑顔で。

 カルミラさんは私に話し掛けてきたの。

 このお茶会が始まってから初めてのお声掛けがこれね。


(……ああ)


 そういうお話に持っていきたかったんだわ、って。

 その為にわざわざ王子殿下の恋人なんて話を持ち出して。


 ……微妙に不敬じゃないかしら?


 なんて。

 目の前の事よりも、見知らぬ王子様に対する不敬の心配をしちゃったわ。


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[良い点] この場面で自分ならどう返すか、いろいろ考えるのが楽しい [一言] 優雅な一刺しで華麗に決めるシーンを期待します
[一言] シャー様カッコいい!!! やってしまって下さい! は?!でも、もしや何かそのあと、危害が加えられたりするのでしょうか。他の人の前では流石にやらないだろうから、個人的に何か危害を加えて来るかも…
[良い点] 格が違う・・ 本人にそこまでするつもりはないんだけど 完膚なきまでに叩き潰しそう [気になる点] お茶会のあとで荒事になるのでは? どうなるかドキドキ・・
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