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前編

「はじめまして。ゼンク・ロセル様。シャーロット・グウィンズです」

「……あ、ああ」


 ハロルド殿下の婚約者、シャーロット様に会ったのは俺が10歳の頃だ。


 幼い頃から俺、ロセル侯爵家のゼンクは、ハロルド殿下と共に育った。

 と言っても、頻繁に交流するという間柄で、俺が王宮で育てられたワケじゃない。


 侯爵家と言っても次男の俺は、兄貴のスペアとしての教育をされつつ……。第一王子のハロルド殿下の側近としての立場を期待されていた。


 貴族生まれと言っても、子供の誰もが高位貴族の爵位を継げるものじゃない。

 次男や三男以降の男は、騎士や文官などになるよう励む。


 縁があれば、令嬢しか生まれなかった家に婿入りとか、そういう事もある。


 たとえば目の前の彼女の家、グウィンズ侯爵家みたいに。



 シャーロット様は、漆黒の髪とアメジストの瞳をした、とても……見惚れるような令嬢だった。

 ような、じゃないな。


 俺は、一目見て彼女に仄かな恋心を抱いていた。

 もちろん、ハロルド殿下の婚約者だという事も知っていたから、出逢って、恋して、同時に失恋だったけど。

 でも、殿下の側近として仕える騎士になる……そのモチベーションにはなったと思う。

 彼女の傍に控えて、彼女を守る立場になるんだ、と。


 そういう俺だったから自分の婚約者についての話は、先延ばしにして貰っていた。


 そこまで器用じゃないし。

 仕事で殿下に仕え、内心でシャーロット様を想って。

 そういう状況でさらに婚約者にまで心を砕く気になれなかった。


 だから、ロセル家で婚約者を用意して貰うというよりは、晴れて殿下の側近、近衛騎士として認めて貰える立場になった時に、王家の側に縁談を用意して貰う……そうでなければ一生独身でもいいかな、なんて思ってた。


 ロセル家の血を繋ぐのは兄貴の役目だからな。

 次代の王様や王妃様に仕えた騎士になれるのなら、それで十分に家の名誉となる役割は果たすだろう。



「ごきげんよう、ロセル侯爵令息。今日も頑張っていらっしゃるわね。素晴らしい事ですわ」

「はい。シャーロット様。お言葉ありがとうございます」


 シャーロット様と深い会話をした事は特にない。

 あくまで今の俺は、ハロルド殿下の友人以上、騎士未満の立場だし。


 ずっと彼の傍に居ればいいワケでもなく、まず騎士としての実力が必要だった。

 だから騎士科の鍛錬にも励む毎日。


 殿下の婚約者と言えど、彼女も俺も侯爵家の子だ。

 本来なら同等の立場だった筈。


 ……その事を考えると、仄かに黒い感情が芽生えたりした。


 だってグウィンズ侯爵家にはシャーロット様しか子供が居ないんだ。

 侯爵夫人は早くに亡くなられて、後妻を娶ったという話もない。


 なら王家との縁談さえなければ、本来はシャーロット様がグウィンズ侯爵家を継ぐ立場で……彼女が婿を取る筈だったんじゃないだろうか?


 ウチの王国では女性だって爵位を継げる。

 だから婿入りの立場は、厳密に言えばその爵位を個人が持つワケじゃない。


 でも、彼女と結婚した場合は、ほぼ同等の立場に立つ事になる。

 令嬢が貴族夫人になった場合と同じだな。


 そういう意味では、シャーロット様は俺みたいな次男坊や三男、四男にとってはぜひとも声を掛けたい令嬢だっただろう。


 そして、もしも彼女の家が婚約者を選ぶなら……同格の侯爵家である家から相手を選んだ可能性だってあった。


「…………」


 考える程に、自分がシャーロット様の伴侶になれたかもしれないと思えて、軽い絶望を覚える日々。


 貴族社会の仕組みを雑に把握しつつも、同じ侯爵家同士でもさらに家の力の違いがある、なんて事は考えもしなかった。


(どうして王家との縁なんか結ばれたんだ)


 嫡男の居る侯爵家の別の令嬢を婚約者に据えれば良かったじゃないか、と。


 機会があって彼女の父親、グウィンズ侯爵を知る事が出来たけど。

 ……彼は、娘を愛しているってタイプじゃなかった。


 シャーロット様の事を政治の道具と考えていて、王家との婚約もきっとあの父親が決めたのだと俺は理解した。


 ……一度だけ彼女に確認した事がある。

 周りに人が居つつも、少し離れていて、彼女の傍に立つ機会があって。



「シャーロット様は、よろしいのですか?」

「はい? 何がでしょう」

「……望まれた婚約ではないのではありませんか? グウィンズ侯爵が無理矢理に王家との婚姻を結んだと聞きます」


 俺の中では『悪役』は、彼女の父親だった。

 もしも彼女がこの婚約を望んでいないのなら……そう。


 彼女をその窮地から救い出し、攫って、逃げてしまうのだって悪くないな、と。

 心のどこかで自分がヒーローのような存在になれるという希望を持つ。


 そうして愛した女性と結ばれる未来を……胸の奥で燃やして、期待して。


 でも。



「ふふ。何をおっしゃっているの? ロセル令息」

「えっ」

「確かに我が家と王家が決めた縁談ではあります。ですが私にその事についての不満などありませんよ」

「……本当に?」

「ええ。もちろん」


 そう言って彼女が視線を向ける先にはハロルド殿下が居た。


(……ああ)


 彼女の目は、俺には向けられていない。

 そう痛感する。


 恥ずかしい気持ちと、苛立たしい気持ちを、必死に押し殺した。

 まだ別に告白の言葉を告げたワケじゃない。


 特に他人に聞かれたって何の問題もない筈の言葉のやり取りだけど。

 たしかに俺は、この時、改めて、本当の意味で失恋した。


「…………っ」


 苦い思いをして、顔を歪めた。

 勝手に裏切られたような気持ちになって。


(今まで彼女の事を守ってきたのに)


 と。大した実績があるワケでもなく、自分の中で騎士見習いの仕事や鍛錬は、ハロルド殿下の為にじゃなく、彼女の為にこなしてきた事だったから、そう思って。


 密かにそんな事があった日々。

 時が経つ程、シャーロット様の優秀さは誰もが認められるものになっていった。



「またシャーロットが首席か……」

「ハロルド殿下」


 王立学園では3ヶ月ごとの成績が掲示される。

 誰がどの程度の成績かを知らしめるものだ。


 貴族子女は家でも教育を受けている者が多い。

 とはいえ、家によっては家庭教師まで十分に付けられない場合もあるだろう。


 王立学園は、そういった貴族子女の学力向上を目的にもしている。


 ……入学早々、優秀な成績を残せるものは元から家での教育環境が良かった者ばかりだ。


 今、悔しそうにしているハロルド殿下だって、きっちりと上位の成績に入っていた。



「シャーロット様は、いつも優秀ですね」

「……ッ!」


 ハロルド殿下が俺を睨み付けた。怖くはないが、内心で


(あ、ヤバい)


 ……なんて思う。

 これはハロルド殿下にとって触れられたくない事のようだ。

 シャーロット様が優秀な事は学園入学前から分かっていた。


 王子殿下や、その婚約者には将来の為に『王子教育』『王子妃教育』なるものが課されるんだが……。


 王宮での彼女の評価は、とても良い評価だ。

 反面、彼女と比べて殿下は……と。そういう言葉を何度も聞かされてきたのも知っている。


 そういう王宮での評価にも関わらず、容赦なく学年でも首席を取るシャーロット様は、なんとも怖いというか。


 『可愛げのない女』なのだな、と。

 幼い頃からの憧れとは違った感想を抱いた。


 長く仕えたハロルド殿下に対して、信頼はある。

 対して……シャーロット様は、俺の気持ちを裏切った、と。


 ……そう思って、俺はハロルド殿下の気持ちの方に寄り添うようになった。


 シャーロット様を想い続けても意味がない。

 元々、叶う事のない恋でもあるが……それ以上に報われない。


 自分になびかない女に好意を向け続けたって仕方ないだろう?

 俺の仕事はハロルド殿下に仕え、守る事だし。


 彼女が如何に殿下に疎まれようと、それは自業自得だと思う。

 少なくとも俺が口を出す問題じゃなかった。


 この頃には爵位だけでなく、家門ごとの力関係という機微も分かり始めている俺だ。


 シャーロット様は、すべてを持っている女だった。



 誰よりも美しいと言える見た目。顔だけでなく体型も含めてそうだろう。

 王族を除いた最高位の爵位に、その爵位の中でも筆頭と言える家柄。


 そして誰よりも秀でた頭脳。

 オマケに彼女は、それだけじゃない。


 彼女は王国でもさらに稀有な【魔法使い】だった。

 と言っても、大きな役に立つ魔法じゃないらしいけど。


 魔法を使える人間は稀に現れる。

 昔、平民の女性が聖なる結界を張る力を得て、王国の大地を敵から守り抜いた、なんて話も残っている。


 その女性は、力を見込まれたか、或いは功績によって認められ、王家に嫁ぐ事になったらしい。

 もちろん昔の話だから真実は分からない。


 いつの時代も平民っていうのは『王子』や『王女』に憧れるものだ。

 実際の王子を見れば、ただの肩書きじゃない事ぐらいは分かるけど、そんなの外から見ても分からないからな。

 王子だって表面は取り繕う事を知っている。



 とにかく。

 すべてを持っている女。それがシャーロット・グウィンズ侯爵令嬢。


 ……だから、婚約者の王子に疎まれるぐらい、あってもいいと思ったんだ。

 それぐらいはないと、何かが釣り合わないだろう、と。


 優秀過ぎる女性が、見た目にも才能にも恵まれて。

 そのまま愛した異性と、それも王子と結ばれて、幸せになりました、なんて。


 そんなの、どこか納得できないじゃないか。

 だからハロルド殿下が彼女を疎むのを、自業自得だろ、と思う。


 お前も失恋すればいい、なんて気持ちもあったかもな。



「シャーロットは可愛げがないんだよ」

「殿下のおっしゃる通りですね」


 なんて。

 俺は、ハロルド殿下のご機嫌取りをしつつ、口数少なくそう返した。


 諫める必要はないと思う。

 ハロルド殿下だって、どれだけ愚痴を零してもシャーロット様を手放す気はないだろうし。


 これぐらいの愚痴には付き合って差し上げないと殿下だってやってられないだろう。


 優秀な婚約者と比較され続ける毎日だ。



(もっと殿下に気を遣えないのか、彼女は?)


 いつだって、その優秀さをひけらかし、上に立つ事を止めない女。

 優秀なだけが人間の魅力だろうか? もっと大事なモノもあるんじゃないか?


 可愛げがない、という言葉はまさにその通りだと思う。


 それに彼女は……少なからず殿下の事が好きだろう。

 あの時の視線には、そういう意味を感じられた。


(なら、もう少し態度を変えたって良いだろうに。本当に……可愛げのない女だ)


 かつての憧れと、それを裏切られた気持ちと、その優秀さや、すべてを手に入れる者への嫉妬。


 そんな内面を外に出す事なく、内に秘めた日々は続く。

 そうして。


 劇的に俺達の日常が変わったのは、ある女性がこの学園に入学してからだった。


 俺達の前に現れた彼女の名前は……マリーア・レント。


 レント男爵家の庶子、元は平民の女だった。


2023年8月13日12時台

異世界恋愛ジャンル、日間1位! になりました!

ありがとうございます。


これは別視点も書くしかあるまい、と。

頑張ってみます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 改めて読み直して気付いたのですが、シャーロットが「消え」て、殿下が学年トップの成績をとったとき、それまでのトップは誰と記録されてたのですかね? それまでの一位の学生は、除籍されて記録無し? …
[一言] とても面白い星5 余談ですがシャーロットが退場した瞬間の描写は兵士とかにつまみ出されたとかなんですかね
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