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10話 心

 衣装屋で私の顔見せをしつつドレスを注文。

 ドレスと言ってもお屋敷の中で着る為のものだけれど。


 アンナ曰く、お貴族様はお店を訪れるよりも屋敷に呼ぶのが『普通』だとか。

 エバンス家はそういう事もするけれど、地元のお店に貢献も、といったところ。


 この地の領主様なのは、あくまで辺境伯様だもの。

 『貴族』と言っても色々なのね。うん。

 領地持ちとそうでない貴族では大きく違うはずよね。



「お義父様。ご報告がございます」


 街に出ていた侍女さんと護衛さんと一緒にご報告。

 お手をわずらわせたいワケではないんだけど。


 まだエバンス家の方針が分かっていない私。

 それにリック様との婚約話だって、まだ子爵家内でお話を聞いただけだもの。


 ええ。

 だから、まだ何も決まっていないのと一緒なの。

 疑ってはいないけれど、お義父様たちが急に手の平を返して……という事もなくはない。

 そんな段階でしかないのよ。


 ちょっと浮かれ過ぎてたかもね。



「……パトリック様と婚約するのは自分だ、か」

「はい。そう私に言ってこられました。邪魔をするな、とのことなのですが……。あの。聞かない方が良いですか? 私、リック様がその。そういうこと、なのかと」

「……うむ」


 こういう時って、あえて聞かない方がいいのかしら。

 意図して明かしてないワケだもの。


 どんな状況でだって考えること、推測することは出来るけれど……。

 確定した答えを言うか言わないか。聞けるかどうかは別の話。


 判断にはきっと経験が必要で、今の私にそれはなかった。


 リック様の方がご自身を『辺境伯令息』と見て欲しくない、なんて考えているかもしれない。


 でも、私はその事に思い至ってしまった。

 だから無視はできないし、これからも彼の正体について深く考え込んでしまうと思う。



「……彼の家について。答えは少し待っていてくれるかい? シャーロット」

「はい。お義父様がそうおっしゃるなら」


 裏に事情があり、かしらね。

 隠したがっているのがリック様なのかも。

 もしも彼が辺境伯令息だったならば、きっとお義父様に勝手に話す権利はないわ。


 だから問い詰めてはいけない話ね。



「申し訳ございません。ただ気になってしまっただけですので。私は『リック様』という男性、個人をお慕いしています。そして彼との縁が繋がっている。それだけで十分ですから」

「……ありがとう」


 私とお義父様は頷きあったわ。うんうん。


「シャーロットは悪くないんだ。それに、そこまで重い話でもないんだよ」

「そうなのですか?」

「ああ。……まぁ、私の口から言うことではない。そういう話だと……察してくれれば」

「なるほど?」


 現時点でリック様が何者だったとしても、です。


 彼が爵位を継ぐお立場であるのは明言されたこと。

 ということは、その家名が未だ明かされていない件は……リック様本人から聞くべき。


 ですよね? だって婚約者になるのですもの。

 いえ、というか。



「……婚約のお話は継続されている、のですか?」

「うん?」


 エバンス家の養女になること。

 子爵令嬢として教育を詰め込むこと。

 これらで、あっという間に過ぎていったというのが、最近の私の時間感覚。


 屋敷の人達はみんなが私にとっていい人達だし、勉強なども苦ではなかった。

 変わっていく生活には余裕があり、楽しく、幸せ。


 それから『寂しさ』も感じる日々だったの。

 メイド生活を悪くないと思っていたものね。



「ああ。もちろんだ。話を整えるのに必要な事が多かったのと、それから」

「はい」


「やはり、シャーロットの様子を見てからでないといけないから、とね。

 シャーロット。今日は、よくない相手と会ったようだ。

 上手く立ち回ったのだね。

 まず、そこを『よくやった』と褒めておこう」


「ありがとうございます。お義父様」


 褒められちゃったわ。

 ああいうことで褒められてしまうのは、なんだか変な気分だけれど。



「だが、この先。君が貴族夫人になったら、こういう事は多く起こるだろう。

 元は平民だったと見下してくる者もきっと多くいるに違いない」

「……はい」

「シャーロットにとって、それは辛い人生ではないか? なら、とね」

「なるほど」


 リック様との婚約話を進めるのも、単純に私達の気持ちだけでは済まないのね。


 私が、どうしても貴族夫人に相応しくない、適応していけそうにない、なら。

 リック様は、また婚約を解消することになってしまう。


 2度目の婚約解消。

 それぞれに相手の女性に理由があるとはいえ、それが彼にとって醜聞になりうることは容易に想像できた。


 だから私が彼の婚約者になるには、かなり……様子見の時間が必要、ということね。


 もしかしたら婚約者でいる時間はとても短くなって、決まった後は早々の婚姻まで、などになる可能性も?



 私を見定める時間の必要性。

 そして慎重にならざるをえない相手の立場。


 難しい状況であるほどに、やはりリック様という存在もまた、より貴い身分の可能性が……。



「私の方は、こういう状況ですので納得するのですが。その」

「なんだい?」

「やはり? リック様……かは、さておき。グレゴリー子爵令嬢のように婚約者になりたがる令嬢はまだいらっしゃるのでは?」

「ふむ」


 これは『彼の正体』に言及したことになってしまうかしら?


「グレゴリー子爵令嬢か……。もちろん私が相手を吟味することではないのだが。それに令嬢が言ったのは、あくまで『パトリック様』という誰かについて、だね?」


「はい。リック様ではなく、パトリック様。それこそ家名まで言及しておりませんから、誰かに対する不敬とも取れないかと」


「そうだね。まだ誰かの勘違いで済む話だ。それも、まだシャーロットの婚約は正式ではないのだから」

「はい」


 そうよね。

 もしも私が既にリック様の婚約者となっていて、そしてリック様の正体がパトリック様なら。


 カルミラ様のおっしゃりようは相当の問題になっていたはずだわ。

 辺境伯令息の婚約者相手に! ってね。


 でも色々とまだだったから。


 彼女の言動は、平民上がりの子爵令嬢を、同等の立場から窘めに来た程度……となる?


 仮にこの件を外部に広めた後で、この先に私の悪評が広まりでもすれば。


 『カルミラ様のあの時の言動はそういうことだったんだ!』と皆に思われてしまうんじゃないかしら。

 そうなると正解の対応としては。



「グレゴリー子爵家に抗議はしよう。だけどシャーロット。あまり大事にはできない、というのは分かって貰えるかい?」

「はい。もちろんです。それに私には特に実害がありませんでしたから。どうこうして欲しいとも、恨んでいることもありません」

「そうか。まぁ、危なかったようだが……」


 まぁ手は振り上げられたけれどね。

 でも叩かれてはいないもの。


 なら抗議文で、事実を互いの家で共有するぐらいがベターな対応。じゃないかしら?



 ひとまず、まとめると。


 『リック様の家名は、お義父様たちからは話せない』

 『ただし話さないことは、そんなに重い理由ではない』

 『確定ではないけれど、リック様の生家はディミルトン辺境伯家の可能性がとても高い』

 『カルミラ様との諍いは抗議文をエバンス家から送る事で決着。これ以上は動かない方が無難』

 『私の状況と、リック様の状況もあって、私達の婚約については私の様子をもっと見てから』


 ……ということね。



「婚約者として正式に結ぶ前から教育を受ける、という形になってしまうのだが……」


「それは構いません。どの道、今の私はもう『エバンス子爵令嬢』として迎えていただきました。となれば……教育は、きっと『普通のこと』なのではありませんか? どの家の令嬢だって当然にこなすべきことだと存じます」


「う、うむ……」

「お義父様? 何か間違っていましたでしょうか」


「……いや。教育を受けて間もないのに……既に貴族令嬢としての考えがしっかりしているな、とね」

「あ、ああ……えっと」


 ま、またやってしまったかしら!?


 どういったらいいのでしょう。

 何事も卒なくこなすのは……悪い事とは思わないのだけど。


 たぶん、きっと『可愛げがない』って思われてしまうんじゃないかしら。


 分かるのよ。

 なんとなく、今の私でも分かるの。


 もっと、こう、幼子に手取り足取り教えるように。

 失敗をたくさんして、ダメなところを叱って。

 そんな風に順番に教育するのが『普通』で『可愛げのある』ことなんだって!


 で、でも、ほら。

 その。わざと失敗とかするのは、やっぱり失礼だし。色々と。



「ええと! その! り、リック様とまたお会いすることは……しても?」


「あ、ああ。そうだね。まだ婚約者に据えるまで時間は掛かる。だが交流は取っていい。手紙のやり取りがしたいならば、私に渡してくれれば、すぐに彼に届けよう」


「……お義父様に、でございますか?」


「うむ。……あ、いや。あー、私か妻に、だな」

「は、はい。では、そのように」

「あ、ああ」

「さ、さっそく手紙を一筆、書いてみたいと思いますわ?」

「そ、そうか。そうしてくれ。きっと喜ばれるだろう」

「は、はい」


 ぎくしゃくとしたまま、私は執務室から下がって、新しい私の部屋に帰ったの。



 ……ええと。


 お義父様。レオン・エバンス子爵。


 彼は、貴族だけれど領地を持たない貴族で、住んでいる屋敷はディミルトン辺境伯領にある。


 領地なしで普段はどうされているかと言えば、ディミルトン家の屋敷などに行き、辺境伯様に仕えていらっしゃるわ。


 つまり、お仕事先が辺境伯家で、辺境伯様はお義父様の上司に当たる方。


 そんなお義父様に手紙を渡したら、すぐにリック様に届けられるという。


 ……それって、もうお仕事先にリック様がいるって事じゃない?

 つまりは。



「……パトリック様、なのかしら、ね」


 他の可能性としては、辺境伯家の騎士として、伯爵家以上の家門のご令息が居て……。

 あるのかしら、そういうこと?


 騎士様って、もちろん危ないお仕事よね。

 他家のご嫡男を預かっている可能性は……ううん。


 そこまでは分からないわ。

 それこそ、その判断には経験が物を言うでしょうから。


「とにかく精進あるのみ、ね!」


 私は、とても前向きになれたの。

 それは、きっと私が『恋』をしているから。



 ……ねぇ、『前の私』。


 貴方は恋をしていた?

 誰か……好きな人はいたかしら。


 貴族令嬢だったなら……誰かと婚約をしていたの?

 その方の事は、どう思っていたのかしら。


 覚えていない。

 記憶は戻らないまま。


 だから私は、私の『心』に問いかけた。


 前でも今でも、きっと私は、私のままだから。



 だからね。……この恋が、初めての恋であれば。

 きっと素敵だな、って。そう思ったの。


 私の『心』は……そうだと肯定してくれたような気がしたわ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前の私もリックに会ったら可愛いなって思ったのかなとか思うと こっちがほこほこするんだよ
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