表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/64

8話 子爵令嬢

 エバンス家の養子に。

 旦那様と奥様の『義理の娘』になる。


 つまり私の『本当の家』がどこかは分からなくても、正式に貴族の一員になるということ。


「……それは、やはり私を。その。一時的に『保護』してくださる為に?」


 本当の。

 いえ、記憶にないけれど、お母様のいた家から連れ戻されるかもしれない。

 お母様の記憶しかない私。


 元の家でどう生活していたのか。

 どんな風に暮らしていたのか。

 まるで覚えていない。


 幸せに暮らせていたのか。辛くはなかったのか。


(……今、私はこの日々がとても大切だと感じている)


 それが『答え』なんじゃないかとも言われた。

 でも、残っているのがお母様の記憶、だけだから。


 お母様と語り合った光景で私はまだ幼かったの。

 だからお母様が亡くなったのは……ずっと前の話。


 じゃあ、それ以降の『私』は?

 1年以上、どこの家も私を捜している様子はなかったそう。

 それもどこの家か把握できなければ本当のところは分からない。


 もしも私にとって『良くない』家だったとしたら。

 エバンス家の養子になれば、猶予が生まれる。


 私の『家』がどのような家かを知る機会が。

 そうして望まなければ私は、ずっとこの家に居られる?


 いえ。いいえ。貴族の娘には『役割』があるという。

 そう……『義務』がある。


 ゴクリと唾を呑み込んだ。

 以前、奥様は言われたわ。自分達もまた貴族なのだと。


 それでは、私を娘に迎えてくれようとしてくださる『意味』は?



「保護の名目もあります。未だ貴方の生家は見つけられませんから。ですが……」

「はい」

「……ここ1ヶ月ほど、貴方たちの様子を見てきました」

「はい?」


 たち?


「シャーロット。貴方にとって悪くない話だと思うの」

「それはどういうこと、なのでしょう?」


 奥様は、ゆっくり頷いて見せる。

 そして視線を旦那様に向けられたわ。

 お話を旦那様から聞かせてくださるみたい。


「シャーロット。貴族家の娘は、多くの場合はどこかの家に嫁ぐ事になる。家を継ぐ場合もあるが、ほとんどの場合は、だね」

「は、はい」

「或いは王宮に仕官する。高位の貴族の家で働く。などもある。私がそうだ。私はエバンス子爵だが……ディミルトン辺境伯の元で働かせて貰っている。身分の差や仕事の内容に違いはあれど、普段のシャーロットが私達の屋敷で働いてくれているのと一緒だよ」

「理解できます」


 私は行った事や、会った事はないけれど。

 この領地を治めていらっしゃるのはディミルトン辺境伯様。


 旦那様は、いわばその『部下』のような立場ね。

 平民の私からすると『子爵』でも上の身分なのだけれど。


 上には上がいらっしゃる、ということ。


 王族なんて、それこそ『雲の上』の人なのでしょうね。



「子爵家の令嬢としての立場を正式に認められれば、そのように高位貴族の家でも働けるようになる。もちろん家によっては平民でも雇って貰えるだろうけれどね」

「はい」

「そういう縁があるかはさておき、例えば侯爵家にご令嬢がいれば身分や立場の確かな『侍女』を欲しがる家も多いだろう。養子であっても、何かあった場合に『親』として責任を取る立場の者が居れば、相手の家も雇い易い」

「……なるほど?」


 もしかして高位貴族の家に働きに出て欲しい、というお話かしら。

 メイドとしての仕事ぶりを認めて貰えている?


 エバンス家が『親』となる事で私の信用を保証してくださる?


 でも、私。別に他の家に働きに出たいワケではないわ。



「家によるのだが」

「はい」

「その家の令息が居れば、やはり平民の女性よりも、貴族家の令嬢から婚姻相手を探す事が多い。次男、三男であってもね」

「はい」


 あら。もしかして。つまり。


「シャーロットには私達の養子となり。そして『エバンス子爵令嬢』として……あるご令息と婚約関係になって欲しい、と。私達はそう考えているんだ」

「…………婚約、関係」


「……婚約の意味は、覚えている? シャーロット」

「は、はい。分かっています……」


 結婚、婚姻の前段階。

 その約束をするという事。


 たしか法的にも、そういう契約を交わし、家と家でその約束を決める行為。

 将来、誰かの妻になる、という立場になること。


(……でも。私は……)


 リック様の顔が脳裏によぎる。

 奥様が仲を取り持ってくださった。


 初めて2人で出掛けたあの日から何度もお会いする機会に恵まれて。


 彼にも『憧れの人』が居る事は聞いたけれど。

 でも、そういう『婚約関係』なのかというと、そうでもないご様子で。

 だから……或いは、私、も。その。


 『可能性』はある、なんて。そんな風に浮かれていたの。

 でも。でも。


 ぐわんぐわんと頭の中が揺れた。

 リック様以外と? でも旦那様や奥様には恩があって。

 守ってくださるのだから私に出来る事を。


 政略結婚。家の為に。恩の為に。だけど整理できない気持ち。

 私は。私は。



「ああ、勘違いしないで。シャーロット」

「え?」


 頭の中で、果たすべき『義務』と『気持ち』が衝突して、ぐにゃぐにゃと視界が揺れた時だった。

 リリー奥様が優しく声を掛けてくださったの。


「シャーロットにとって『悪くない』話だと思っている、って言ったでしょう。様子を見てから、この話を切り出したつもりよ」

「え、と?」

「うん。シャーロット。君は……最近、あの。パ……」

「パ?」

「……コホン。リックくんとよく会う機会があるだろう? リリーから聞いているよ」

「え」


 まさか旦那様からリック様のお話を聞くとは思わなかったの。

 だから驚いたわ。


「えと、はい。よくお話しする機会をいただいています」

「……うん。彼はね。騎士でもあるのだが……貴族令息でもあるのだ」

「貴族」


 やっぱり。

 それは、つまり騎士爵の方とは違う意味で?


 違いをよく理解していないかもしれないわ。

 そもそも正式な騎士様も貴族と言えば貴族なのよね?


 それとは違う貴族?

 男爵、子爵、伯爵、侯爵があると聞いているわ。

 辺境伯様は侯爵様みたいなもの……とも。


 その上にさらに準王族の『公爵』という位があるらしいけれど。

 今の王国には、その身分の方はいらっしゃらないそう。


 王国には第二王子という立場の幼い方がいらっしゃるので、その方が成長すればいずれは、というお立場が公爵ね。



「だからね。もしもリックさんと婚約をするのなら。やっぱり平民のままよりも、貴族令嬢になった方がいい、というお話よ」

「えっ!?」


 リック様と……婚約!?


「わ、私の、その、婚約のお相手というのは、まさか?」


「ええ。貴方の知っているリック様よ。だから何度か会って貰って。二人の様子や、気持ち。相性を見させて貰ったの。……どうかしら? シャーロット。貴方の気持ちは、この縁談を『悪くない』って思っている? 正直に答えてくれていいのよ」


「わ、私の気持ち……は」


 リック様と婚約? つまり、いずれは結婚?

 夫婦になるということ。


 旦那様と奥様みたいに。

 ベルさん夫妻のように。


 つまり、それは恋人……のような? ものになるということ!


「~~~~!!」


 私は顔が熱くなったわ。

 それって……いいの? いいものなの?

 だって、そんなの私に都合が良過ぎる!


 今の私は平民に過ぎないのに。


「もちろん」


 浮かれて。ほわほわとした気持ちになる私に、少しだけ固めに旦那様は言葉を添えたわ。


「それは貴族の家に嫁ぐ、という意味だ。シャーロットには、それ相応の『勉強』をして貰わなくてはいけなくなる」

「勉強……」


 メアリーが言っていたのって、そういうこと?

 騎士様に嫁ぐ。いえ。いえ?


「あ、あの? 旦那様」

「うん」

「もしかしてリック様は……ただの騎士様ではないのですか?」

「ん」


 そう。

 よくよく考えたら昔の聖女様に連なる家系の方なのよね。

 という事は、つまり、家を継がずに騎士として生きていく方ではなく。


「……そうだね。あの方は、まぁただの騎士ではない。騎士としての役割もこなすが……。一家門を背負う立場にもなる。そういう方の家に嫁いで欲しい、とそう私達は願っている」

「……その。ええと」


 混乱する頭を抑えながらも、ひとつひとつ確認していくわ。


「ま、まず」

「ああ」

「リック様はどこかの爵位を継がれる方ですか?」

「そうだ」


 うん。そうなのよね。

 旦那様たちのおっしゃりようは、そういうこと。


「……であれば。その。いえ、嫌という事ではなく、確認なのですけど。なぜ、私と? その他の方。貴族令嬢から嫁ぎに来られる相手は、いらっしゃるのでは?」


 きっと一騎士である事と、家を継ぐ方であることは違うはずです。

 後者であれば、どこかの家のご令嬢が。

 ……私よりも相応しいお方がいらっしゃるのではないか、と。

 そんな事を考えると、またリック様の『憧れの女性』の話が頭によぎりました。


(リック様だって、その方と結ばれたいと思われるはず……)



「それがね。中々、条件に合うご令嬢が見つけられないの」

「え?」

「以前はリックさんにも婚約者が居た事は聞いた?」

「は、はい。いらっしゃったそうですね」


 今はいらっしゃらないと聞いたけれど。


「まだリックさんが幼い頃の婚約話だったの。貴族だからね。早い内から決まっていたのだけれど。そのお相手とは、関係が白紙になってしまったのよ。ああ、もちろんリックさんに落ち度があったワケじゃないわ。どちらかと言えばお相手の問題ね」

「そ、そうですか」


 リック様に婚約者。

 私でない誰か。

 その事を想像しただけでドキドキと変に緊張が走るわ。


「とにかく一度は相手が居たのだけど、そういう話が流れてしまって。それから他にも探したのよ。最初は私達の娘、エリーやサリーと、という話もあったの。でも、ちょうど娘たちには良い縁談の話が舞い込んでいて。色々。そう、色々よ。

 今、リックさんは婚約者を決めるのに少し苦労しているの。

 結びたい家の令嬢達は、それぞれ良縁に恵まれてしまってね。

 タイミングが悪かったのねぇ」


「な、なるほど?」


 タイミングを逃してしまって?

 今は婚約相手に困っていらっしゃる? ということ?

 それでもお相手は探せばいそうな気はするのだけれど。


「そこでシャーロット。貴方なの」

「私」


 つまり。


「お相手に困っていらっしゃるリック様に。私達の家から婚約相手に出て貰う。本人達の相性も良さそうだし。貴方は、おそらく貴族の出……。何より」

「何より?」

「貴方の『魔力』よ」

「魔力……」


「リックさんは聖女の末裔で魔法が使えるわ。これは……家の格とか。他家との繋がりとは話が違ってくる。通常の貴族の結婚と、意味合いが変わってくるけれどね。ある意味で、きちんとした政略結婚よ。

 求められるのが家門との繋がりではなく『シャーロット』という個人、という事になる政略結婚ね」


「あ……」


 納得した。

 たしかにリック様は聖女様の末裔。

 その血を、その力を次代に継ぎたいと考えるなら。


 『魔力持ちの女性』こそを婚姻相手に求めたい、ということ。


 魔法が使えるのとは別に、魔力を持つ人というのが居て。私はそれに当たる。

 だから、私。


「だけど。だからといって、ただ魔力持ちだから、という意味で貴方を選んだんじゃないわ。だからこそ貴方達の相性を見させて貰ったの。そして何よりシャーロットの気持ちと、リックさんの気持ちね」

「私の、気持ち」


 そしてリック様のお気持ち。


「つまり」

「貴方もそうでしょうし。リックさんも貴方のことを良く思っているわ」

「……!」


 ほわり、と胸の中が温かくなったの。


(リック様も私の事を?)


 その可能性は高いって話はメアリーやアンナからも言われていたの。

 私はそれを嬉しく思っていたけれど、でも妄想かもしれないって。

 それが、それが本当に?


「だから。色々、よ。色々と……条件が合っているって思うの。タイミングや、リックさんの事情。そしてシャーロットの事情。そういうのが噛み合っている。だからこその縁だと思っているわ」


「で、では」


「うん。シャーロットには、リック様と婚約して欲しい。だからシャーロットに私達の娘になって欲しい。そう考えている」

「…………!」


 嬉しい。

 そんなの。だって。


 あまりにも恵まれているわ。本当に。

 夢じゃないわよね?


「……ほ、本当に。よろしいのでしょうか? 私が。記憶のない、ただの平民なのに」

「ええ。貴方を振り回してしまったけれど。むしろ私達が『そうして欲しい』って願っていることよ。シャーロット。だから貴方が嫌でないのなら。そうして欲しいの。私達からのお願いね」


「お、お願いだなんて」


 だって、それは私が嬉しいと思うことだ。

 あまりにも。


「へ、平民……なのですが」

「そうね。今はただの平民かもしれない。でも」


 奥様は続けられたわ。


「貴方のお母様。シェリル様の娘のシャーロットだからこその縁よ。……貴方のお母様が繋げてくださったご縁」

「────」


 お母様が繋げてくださった、縁。

 この血に流れるお母様の血が。お母様から受け継いだ魔力が、繋げてくれた、恋。


「う……」

「う?」

「……受けます。お受けします。その話、受けさせてください。旦那様、奥様」


 私は決意したわ。

 不相応なのかもしれない。

 ただの平民が夢見るような恋ではないのかもしれないけれど。

 それでも。

 私はそうしたいって思うの。思ったのよ。


「お、お二人やリック様のご迷惑でなければ、ですが……」

「迷惑なんかであるはずないでしょう? 私達からの提案なのだもの」


 そう言って。

 奥様も、旦那様も笑ってくださったのよ。




 そうして。

 私が『エバンス子爵令嬢』になる為の日々が始まったの。


 色々と、手続きとか。そちらは旦那様たちが進めてくださるみたいだけれど。

 貴族令嬢としての『教育』が始まったわ。


 め、メイド業務が……。


「バカね。シャーロット。そんなの私達でなんとかしてあげるから」

「メアリー。でも。いいのかしら? こんな。だってあまりにも恵まれているわ。身分に不相応なのよ」

「んー、とね。私、シャーロットは友達だと思ってるけど」

「う、うん」

「でも、それはそれとしてね。アンナとも話したんだけど」

「アンナと?」

「うん」

「……なんて話していたの?」

「『シャーロットって絶対にどこかの貴族令嬢だったよねー』って」


 ああ……。


「だから今更、『身分が不相応だわ!』って言われても、ねぇ? って思うわ」

「メアリー」

「そりゃあ、貴方が嫌がっていたなら話は別よ? でもシャーロット。リック様のこと、好きだったでしょう?」

「……うん」

「だよね。だったら良い話なだけじゃない」

「そ、そうなのだけど」


 そうなんだけど!


「……言葉使いとかは、表では変えるつもりだけど」

「うん」

「シャーロット。もし、貴族令嬢になっても。そして嫁いでも。私達、友達よ」

「メアリー……!」


 私は、じーんとなって涙が出そうになったわ。


「私、その言葉が一番嬉しいわ……! メアリー!」

「ええ? そこは、リック様のお言葉とか、奥様たちの言葉に『一番』は取っておいたら……?」


 だって。なんだか本当に一番嬉しかったのよ。

 もちろんリック様と結ばれるかもしれない嬉しさはある。


 けどね。

 なんだか心から、メアリーが『友人』で居続けてくれること。

 それが嬉しいと感じたの。

 一際強く、そう感じたのよ。


「私、この友情はどんな立場になったって忘れないわ。メアリー。貴方が困っていたら絶対に助けになる。アンナもよ」

「うんうん。シャーロットはいい子ねぇ」


 と。感極まって彼女の両手を掴んだ私を優しく、少しだけ呆れるように受け入れてくれたわ。



 その後は、手続きと勉強、ね。

 しばらくリック様と会う機会は減って。

 私は、子爵令嬢になる為の色々を積み重ねていったわ。


 そうして、ね。



「シャーロット。改めてよろしく。私達の娘」

「は、はい。だん……で、ではなく。その……お、お義父様……。お義母様……」


 は、恥ずかしいわ。

 いいのかしら? いいのよね?


 ううん。よくないって思ってももう『手続き』を済ませちゃったわ?

 法的に私、彼等の義娘になったの。


「しゃ、シャーロット・エバンス。です。改めて、よろしくお願いします」


 私、とうとう『子爵令嬢』になっちゃったのよ。

 貴族になっちゃった。


 旦那様たち、ではなく。お義父様やお義母様も笑顔で。

 使用人仲間の皆も。

 それに家に戻って顔を見せてくださったエリー様やサリー様も。


 皆に祝福して貰えたわ。

 本当に。その日は屋敷でお祝いで。


 子爵令嬢となる為の勉強の方もね。

 私、意外と苦労なくこなせたの。

 それこそ忘れていたものを思い出すみたいに楽な勉強だったのよ。


 きっと屋敷の人達が優しくて。

 家庭教師についてくださった先生や奥様も優しかったからこそ、すぐに色々と覚えられたのね。



「うん。絶対に元から知ってたんだと思うな、私」

「メアリーったら!」


 屋敷の中では今でもメアリーとの友人関係を認めて貰えているわ。

 だって私、この関係が大事なんだもの。

 もちろん、ちゃんとした場では互いに色々と態度を変える予定だけどね。


「……まぁ、私達もそう思っているわ。教師についた彼女からもね。所作が……完成され過ぎてたから……」

「奥様、……い、いえ。お義母様まで!」


 が、頑張ったんだからね? 私だって。

 まぁ、その、うん。

 私も、すいすいっと色々と覚えられてしまった気はしてるんだけど!


 ……勉強なのに全然苦しくなかったのよね。

 それはつまり今まで忘れていただけだった程度の知識でしかない?


(『前の私』って一体……)


 逆の意味で気になってきたわ?

 何なのかしら、私。

 すごく他人事のようだけれど、そんな感じ。



「……高位貴族だったんじゃないかしら、シャーロットって」

「え、エリー様、い、いえ、エリーお義姉様」


 エリー様はエバンス家の長女よ。

 今は嫁いでしまったけれど。

 つまり私のお義姉様になった方。

 『家族』がたくさん増えちゃったわ。ふふ。


 友人も、家族も、そして。


「では、次はリックくんとの婚約の話を進めないとね」

「! は、はい……!」


 そ、そうなのよ。

 元からその為にエバンス家の養子にしていただいたのだから。


 リック様。少し会えなかったけれど。

 お元気かしら。


 友人と、家族と、婚約者。

 それが今の私、シャーロット・エバンス子爵令嬢が手にした、大切なもの。


(『前の私』がどんな人だったか。それはまだ思い出せないけれど)


 だけど。


(私は、きっと『今の私』の方が幸せ。それは『前の私』のお陰でも……あるんだと思うわ)


 だって。令嬢としての教育を卒なくこなせたのは。

 『前の私』がきっと頑張ったから、なんだもの。


 だからね。


 私。『前の私』の人生も肯定したい。


 その人生がどんなものであったのだとしても。

 もう思い出せなかったとしても。


 『前の私』もまた、お母様に愛されて生きた私だったのだから。



 そうして。

 エバンス子爵令嬢になった私。


 ドレスまで買っていただいて、過ごす事になったの。

 といっても派手なものじゃないわ。

 街で過ごしても問題ないくらいの、なのだけれど。

 でも、その。『令嬢』なんだなって感じの服。


 なんというか逆に恥ずかしいわ。

 もう平民用の私服に慣れちゃったものだから。


 住む場所は変わらない……のだけど。

 メアリーとは別の部屋になっちゃった。

 それはちょっと寂しかったけれど。


 人生の最高潮を迎えていると感じる。

 もちろん、それはこれからもきっと。

 そんな風な予感に胸がいっぱいだったわ。



 そんな私の前に。

 街に出て、使用人……従者についてきて貰って。

 衣装屋の端で少し休憩させてもらっていた時。

 話し掛けられたの。


「貴方が最近、エバンス家の養子になった『平民上がり』かしら?」

「え?」


 冷たい物言いの、女性の声。

 私がその方に視線を向けると、そこには一人のドレスを着た女性が立っていたわ。


「え、貴方……は?」

「口の利き方に気を付けてくださる? 貴方、所詮は平民出に過ぎないんだから」


 ……そんな言い方。

 冷たくて乱暴。


 驚いちゃったわ。


 だって、なんていうか。

 この街に来てから。この領地に来てから。

 そういう乱暴だったり、見下したような風に話し掛けられたのって初めてだったから。


 でも、驚いただけ。


(あら。どうしてかしら?)


 ショックではなかったのよね。

 なんだか淡々と受け止められる、っていうか。

 初体験なのだけれど。どうってことない? みたいな。

 不思議な感じ。


「それで。貴方はどちら様?」


 私は再度、その女性に問い返したわ。すぐに頭を下げたりはしない。

 堂々と胸を張って、背筋を伸ばしたまま。


 その方は、私を平民と見下していたのか。

 まったく物怖じしない態度の私を見て、逆に怯んだ様子を見せた。

 でも高圧的で、傲慢な雰囲気は変えないまま。


「私はカルミラ。グレゴリー子爵家のカルミラ・グレゴリー。『本物の子爵令嬢』よ。……()()()()()様の婚約者になるのは私なんだから。邪魔しないでくださるかしら」


 そう言い放ったのよ。


 …………はい? パトリック、様?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アンナとメアリーと友達してる主人公が本当に幸せそうでほっこりする [一言] 彼女たちと友情築いてる姿を見るとマリーアは本当に罪深いなと…。 シーメルと違って、身分の差や原作の干渉はあったに…
[良い点]  「以前のシャーロット」を「今のシャーロット」が肯定し認めてやれたこと。  シャーロットの決断は間違っていなかった。
[一言] 記憶はないけど貫禄の違い見せつけたれ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ