7話 恋心
「はぁ……!」
部屋に戻ってみると、少し疲れていた事が分かります。
でも嫌な気分ではありません。
メアリーは部屋に戻っておらず、私一人だけ。
「……んー」
小さく、淡く。私は『恋心』を抱いてしまいました。
正確には自覚したのは、小さな嫉妬心でしたけれど。
(……でも)
リック様には『憧れの女性』が居たそうです。
夢の中のような人だとおっしゃっていましたけれど。
それは交際しているワケではないけれど、王都に好きな人がいる、という意味?
本当に夢に思い描いただけの人?
でも、実際に居る人だとおっしゃっていた……。
「んっ」
(ちょっぴりショック)
恋すると同時に失恋。
いえ、失恋とはまだ決まってないけれど。
平民と騎士様は……大丈夫なのかしら?
いえ、私は元・貴族? それは確信がないのよね。
「はぁぁ……」
うつぶせで枕に顔をうずめて、深く息を吐いた。
そして膝から下をベッドの上でパタパタと動かす。
恋。
恋。
恋。
私、そんな事した事ないんだもの。
淡いものだけど、記憶がないからか余計に、その心は大きくなる。
ゼロから人生を始め直した私は、この1年で出会った大事な人達との思い出が大きく心の割合を占めている。
だから、この小さな恋心も、とても。
(私、恋なんてするのね)
なんだか『意外』って感じるの。
『前の私』は恋、したことあるのかしら?
思い出せないわ。
もしもそんな人が居たとして、思い出した時に今の恋心を上回ったりする?
「……そんなこと、ないわ」
いえ。淡い恋心に過ぎないのだけど。
でも、だって、イヤだもの。
私は今の恋心の方が……大切だって思うもの。
「あー……!」
両足をパタパタ、パタパタ。
恥ずかしいけど、嬉しい。
少しだけ苦しくもあって。
彼の顔を思い浮かべて、頬が緩んでしまったり。
彼が別の女性を想っていることを意識してショックを受けたり。
(そう。そうよ。リック様は、誰か、別の女性を)
「ふぅ……」
(リック様の『憧れの人』……。どんな女性なのかしら?)
まだ彼は好きな人だと言ったワケではなかった。
でも、とても彼にとって大事な人なのは確かで。
やっぱり私は『彼女』に少し嫉妬してしまう。
会った事もない人。
見た事もない人。
どんな人かも分からない人相手に。
小さく、小さく、私は嫉妬する。
私もそんな人になれるかしら。
私は、そんな彼女よりも魅力的になれるかしら。
それとも私なんて見向きもされないかしら。
「あー……!」
両足をバタバタ。バタバタ。
小さな恋心だっていうのに、制御できない気持ち。
はぁ。私、本当にこんな。
「……さっきから何やってるの? シャーロット」
「!? め、メアリー!?」
「大分、変な挙動してたけど」
「いい、いつからそこに!?」
「けっこう前から?」
「もう! 声を掛けてよっ」
「やー、だって。シャーロットがそんなになるなんてさ」
メアリーが私をからかってくるわ。
やっぱり前の段階で気付かれてたのね。もう。
メアリーが隣のベッドにそのまま座ってきて、
「シャーロット。リック様に惹かれたのね?」
「……うん」
「そうだと思ったけれど、あのね。シャーロット」
「うん」
「……どんな人だった?」
「え? ええと。お優しくて、誠実そうで。お仕事に誇りを持たれている方、かしら……」
まだ彼を知る機会は少ないけれど。
「そっか。いい人そう……そっかぁ。うーん」
「どうしたの?」
「ううんとね。私が口出しする事じゃないの。でも相談には乗るわ。シャーロットが話したい事をたくさん、話して欲しい。遠慮なんてせずにね。きっと、そういう事を友達と話すのって……楽しいと思うの。シャーロットがね」
「ん」
恋の話を友人として、共有する。
それは……なんだか、とってもワクワクするというか。
楽しそう、って思っちゃうわ。
得難い経験ね、なんて。
「でもほらー。そう。お相手の職業とか? そういうの、あるからね? お誘いするなら……ほら。奥様に相談しないと」
「あっ」
そうだわ。
私、リック様が普段どこにいらっしゃるのか知らない。
今回も前回も彼が来てくれただけ。
私の方から彼に連絡を取る手段がないじゃない。
「……そうだったわ」
「うん。でも奥様もご相談すれば連絡を付けてくださると思うのよね。……ええと。まぁ、その代わり? ほら。勉強、とか? 必要かも?」
「勉強?」
私は首を傾げる。
どうして勉強が必要になるのかしら。
「ええと、だから。お相手の職業に? 理解があってこそ、良い縁談が成り立つ……みたいな?」
「ああ。たしかに。それはそうよね」
だって私、騎士様のお仕事について詳しくないわ。
それに彼の事だったら……知りたいと思うの。
うん。それって大事なことだと思うわ。
相手のことを知らなくてすれ違いとかしたくないものね。
……って。私、上手くいく前提で考えちゃってるわ。
リック様のこと、まだ何にも知らないのに、ね。
浮かれてるんだと思う。
うん。まだフラれたワケでも……ないんだから。
ご迷惑にならないように……この恋を楽しみたいって思ったのよ。
そうして。
メアリーのアドバイスもあったからね。
それに奥様の方からメアリーと似たような質問をされてね。
その。私の気持ちを聞かれてしまったわ。
あれかしら?
やっぱり騎士様との交際って、奥様のような立場の人が管理? されていたり?
自由恋愛だとダメ、なのかしら?
ううん。でも、騎士様が街にいる女性と恋愛関係に……なんてありそうな話じゃない?
ああ、でも。
それこそ騎士様は貴族の家出身のご次男さんや三男さんのような場合が多いと聞く。
それに私の立場も曖昧なままだし。
交際に関しても、やっぱり色々と……あるのかも。
(だから交際できる前提で考えるなんて……リック様のお気持ちもあるのに)
でも。でもね。
その後も何度かリック様とお会いする機会を持ってもらえたわ。
奥様もそうだし、旦那様も積極的に、なのよ。
「シャーロットさん。またお会いできましたね」
「は、はい。リック様」
3度、4度。お話する機会をいただいたわ。
屋敷のお庭でテーブルを囲んで一緒にお茶を飲んだり。
そのお茶は私がご用意させていただいたのよ。
なにせメイドですから。
メアリーと一緒に今度はお菓子を作ってみようって話したりするの。
そういう時間もとても楽しかったわ。
恋も大事だけれど……私が一番嬉しかったのは、やっぱりメアリーやアンナのような友人と知り合えた事じゃないかしら。
実はね。私の方がそういう機会を得る間にも、メアリーとアンナにも浮いた話が出てきているみたいで……。
だから余計に3人で、そういう気持ちを共有したり、ああでもない、こうでもないって話したりする時間が大切だったわ。
もちろん、ちゃんとお仕事だって手は抜かない。
奥様、旦那様が居てこその私ですもの。
それで、それで。
「シャーロット。貴方をね。私達の……『養子』に迎え入れようと考えているわ。これは、より具体性を持った話よ。貴方をエバンス子爵家の『娘』にする。エリーとサリーの義妹になるわ」
旦那様と奥様の揃った執務室に呼び出されて。
私は、そう告げられたの。




