幕間 ベルファス王国の乱れ
悪や……『主人公』? いや、まぁ悪役サイドをちょっと挟み。
シャーロットがリックと出逢う1年前。
ベルファス王国、王宮のある一室。
「どういう事か。答えて見せろ。カトレア・ウードワット。──鏡の魔女よ」
冷たく威圧的な目で女を見下して言うのはベルファス王国の王太子。
アレク・サミュエル・ベルフェゴールだ。
「も、申し訳ございません……! な、何も分からなくて……!」
鏡の魔女と呼ばれた女の名前はカトレア・ウードワット。
ピンクブロンドの髪にワインレッドの瞳をした、王太子の直属配下である魔法使いだった。
カトレアは王太子アレクの冷酷な視線に晒され、背筋を震わせ、汗をかきながら震える。
(なんでなんでなんで!?)
(私の魔法が使えなくなった! レノクの各所に散りばめていた監視用の鏡が機能しない!)
(何よりシャーロットに渡した筈の手鏡とも繋がらなくなったなんて!)
カトレアは窮地に立たされていた。
彼女は異世界から生まれ変わった『転生者』だ。
そして彼女には、この世界の未来、根幹たる運命を見通す『知識』があった。
だが。
「シャーロットはたしか国外追放を言い渡される、だったか?」
「は、はい……」
「まったくそんな話は聞こえてこない。どころか俺の配下共も音信不通と来た。全員が、だ」
「そ、それは……」
カトレアの『知識』は概ね正しく運命の流れを言い当てていた。
違ったのはせいぜいが男爵令嬢マリーア・レントの『中身』ぐらい。
だが、それもカトレアの働きかけによって『修正』された事によって、すべてが『運命』の通りになるはずだった。
(なんで? 何かミスったの、私? それとも、やっぱりシャーロットが転生者だったとか!?)
(アレクの部下の『カトレア』が私。私はシャーロットのそばで彼女の平民暮らしをサポートするはずだった)
(それが『原作』の流れ。私の役割はヒーローとヒロインを取り持って、主人公のシャーロットの一番の『友人』になるはずだったのよ? 一番おいしいポジションだったはず!)
(ちゃんとタイミングを見てシャーロットと接触だってした!)
(彼女とする会話なんて些細なことは細部まで覚えていなくても、だいたい似たような台詞で話しかけたはず! 私は何も間違っていないのに!)
「お前が売り込んできた有用性とやらは見直さねばならんな」
「う……」
(どうして? すべて上手くいくはずだったのに。物語はむしろここからでしょう? 婚約破棄はされていた! だけど、その後は……!?)
王太子アレクがレノク王国の夜会や、シャーロットの周りに潜ませていた者達が居た。
だが、そんな彼等からの連絡はパタリと途絶えている。
それも例の夜会の日からだ。
あの日、レノク王国の全土を光が包んだ。
文字通り、全土を。
そして、その光は当然、ベルファス王国の者も確認している。
光の原因は分かっておらず、またレノク王国に災害の報せなどは入っていないと言う。
むしろ影響を受けたのは……ベルファス王国の方。
それもアレクの送った密偵、シャーロットの監視や、諸々の工作に使った人員だけが皆、音信不通となった。
「……あの時の光。アレはもしや」
「もし、もしや?」
「聖女が再び、この時代に現れた。そういうことか?」
「せ、聖女、ですか?」
「知らないのか? 運命を知る魔女を気取っておいて」
「うっ」
(し、知らないわよ! 聖女? そんなのシャーロットの周りに出てきてないもの!)
(マリーアだって乙女ゲーヒロインの設定でも、別に聖女呼ばわりとかされてない!)
(この世界に聖女とか居るワケ!? なんかの作品と設定混ざってるんじゃないの!?)
「しばらく猶予を与えてやる。カトレア。お前の知る、その『運命』とやらの知識を使うなり、魔法を使うなりして、シャーロットの居場所を突き止めろ」
「は、はい……」
殺気さえ感じさせるアレクの前からカトレアはガクガクと震えながら下がる。
二人のやり取りの、2週間ほど後。
アレクがレノクに出していた密偵の一人が見つかった。
見つかったのはベルファス国内だ。
その立場から表立って迎えに行く事は出来ないアレクだったが、手を回し、見つかった密偵を回収する事に成功する。
しかし、その密偵であった男は。
「任務……の内容は、何を、望まれていたのでしょうか。レノクの情勢を把握する、こと?」
「…………」
密偵の男は記憶の大半を失っていた。
それもレノク王国に入る直前から、入った後。
長い期間の記憶を。
また、レノク王国に居た筈の男がいつベルファス王国の国内に戻ったのか。
それもまた謎だった。
何故なら男がベルファスの国内で見つかったのは2週間前だったのだ。
その頃の男は、まだレノク王国の王都付近に居たはずにも関わらず。
「……お前の仕業か? カトレア」
「ちち、違っ、違います! わ、わた、私の『鏡転移』はそんなに便利じゃなくて……! じょ、条件が! む、無理です! それに他人は運べませんっ!!」
(まずい、まずい、まずい! アレクに疑われてる!)
(便利だと思ってた力なのに、余計な疑いを持たれちゃってる!)
また不可思議な事は続いた。
ベルファス国内を探させたところ、アレクが隣国に送り込んでいた密偵の多くがベルファスで発見されたのだ。
皆、一様に任務に関する記憶を失っていた。
己が何者かといった記憶は有しているにも関わらず。
アレクが命じたシャーロットに関するすべての記憶を失くして。
そして、バラバラの場所でベルファス王国に帰還していた。
それは【鏡の魔女】が使う転移の魔法でもなければ不可能なことだった。
「お前の転移は条件付きだったか。なら、それを証明して貰わねばならんな」
「え」
「この女を地下牢に入れておけ。鏡や、それに類する物をけして近付けるな。ああ、身体検査も済ませてからだ」
「あ、アレク殿下! そんな!」
「黙れ。役立たずめ」
「あっ!」
鏡の魔女はアレクの部下の手によって捕らえられ、牢獄に入れられる事になる。
(なんでなんでなんで! どうして私がこんな目に!?)
レノクに送った密偵のことごとくを謎の現象によって失った王太子アレクやベルファス王国は、レノク国内の情報掌握が著しく遅れる事になった。
再び密偵を送り込もうにも、厄介なレノクの辺境伯に見つからないようにしなければならない。
そうしている内に、ある公式の報せがレノク王国から伝わる事になった。
それはレノク王国の王太子、ハロルド・レノックスの『婚約』だ。
新たな婚約。その筈だが……伝わる内容に、奇妙な違和感を覚えざるをえない。
「……レノク内で何が起こった? シャーロットはどこに」
ベルファスの王太子アレク。
彼やベルファスの民は、シャーロットの記憶を失ってはいなかった。




