4話 受け継いだもの
「魔法を使える事と、魔力を有している事は別の話なんだ」
「は、はい」
光の粒に包まれた部屋の中。
私はリック様に手を取られたまま、まっすぐに見つめられて彼のお話を聞く。
「魔法使いは血で遺伝する。でも確率的にそれは稀な事なんだ。つまり魔法を使える程の人間はそう多くは生まれない」
話を聞いている間も、私の身体には『癒される』ような感覚がずっと伝わっていたわ。
これが『魔力』なのかしら?
それとも『魔法』? 私には判断できないわ。
「聖女の末裔と言っても、聖女様のように国を丸ごと包み込むような結界を俺は張れない。俺が受け継いだのは『癒し』の魔法だけでね。結界の魔法は継げなかった。その癒しの魔法も外傷をどうにか治す程度なんだが……」
癒しの魔法。
ああ、なら彼は今、私にその癒しの魔法を掛けてくれているのね?
「……どうだろうか?」
「え? どう?」
「……すまない。ぬか喜びをさせたくなくてね。先日、シャーロットさんに触れた時、貴方の強い魔力を感じた。魔力持ち同士は触れる事でその存在を意識し合えるんだけど」
「は、はい」
そうなのね。私、あんまり意識できていなかったけど。
ああ、でも。
なんとなく彼の言っている事は『正しい』って思ったの。
もしかしたら以前の私は、誰か魔力を持っている人間と触れ合った事があるのかもしれないわ。
「貴方の記憶喪失が魔力に由来する事なら、俺の魔法で治せないか。そう思ったんだ」
「あっ。だ、だから今日は会いに来てくださったんですか?」
「ああ、そうなんだ。こういった事を治せた事があるワケじゃなくて。貴方と貴方の魔力を意識してからのただの思い付きだった。だから期待させるワケにいかなくてね。すまない。役に立てれば、と思ったのだけど」
「い、いえ。そのお気持ちだけで十分です。リック様」
彼は私の記憶喪失を治そうとしてくださったのね。
あの時。私に触れた事で『魔力』を意識したから。
……優しい方。
「……ありがとうございます。リック様。みんな、奥様も旦那様も。メアリーもアンナも。私の事を心配してくれます。でも私、本当に大丈夫なんですよ? 『前の私』にそんなに拘ってはいなくて。だって今でも十分に幸せを感じているんです。それも毎日! いつも何か新鮮な事があって。お仕事だってすごく新鮮に感じているんです」
「……そうか。それは良かった」
「はい!」
でも私がこういう風に言うと、奥様達やメアリー、アンナは居た堪れないような表情を浮かべるの。
なんで? って聞くとね。
『仕事が新鮮で楽しい、の時点で前の貴方は、かなり窮屈な思いをしていたんじゃない?』って。
そう言われるのよ。
私、一般的な? 貴族令嬢の暮らしはよく知らないんだけど。
余計に『そういうこと』じゃないのか、ってね。
「『前の私』に未練はありません。それに大切な記憶なら、ちゃんと残っているんです」
「大切な記憶?」
「はい。……お母様の記憶です。私には、シェリルお母様に愛された記憶がある。きっと、それだけあれば十分なんです」
これは私の本心。
記憶喪失なんて望んでなれるものでもないでしょうけれど。
それでも、ね。
お母様の記憶さえあれば十分だって、心からそう思っているのよ。
「……そうか」
リック様は、私の答えを聞いて微笑んでくださったわ。
「……貴方がそう言うのなら。もう一つだけ。魔法と魔力について聞いておいて欲しいな」
「え?」
魔法と魔力について? 一体なにかしら。
「魔法は血で受け継がれる。魔法を使える程なら魔力量も多くなる事が多い。今の王国でも魔法使いは、ほんの一握りだろう。長い歴史と時間があって……魔法使いは今、ほとんど貴族出身な事が多くなった」
「だから私が貴族の家の出身だと思われたのですね」
「ああ。もちろん平民に生まれないとは限らない事だけれど。貴方の状況が疑わしいなら、きっと『そういう事』なのだと思う」
「……はい」
私は……どこかの貴族の家の出身。
でも王国のどの家も私のことは捜していない。
捨てられたのかしら?
実感がなさ過ぎてショックも何も感じないわね。
「母親の記憶が残っていると言ったね」
「はい」
「シャーロットさん。貴方に秘められた魔力は、親から『受け継いだもの』だということだ。記憶喪失になっても失くさなかったのが母親の記憶なら。きっと、それは母親から受け継いだものなのだろう」
「────」
お母様から……受け継いだ、魔力。
「聖女の時代から残されている言葉がある。
『魔力持ちは運命の流れに抗える者』だと。特異点だとも言われていたそうだよ。
本来どういう意味合いの言葉だったのかはもう分からない。
かつての聖女様の時代には、未来を予知する魔法使いも居たとか居ないとか。
……だけどシャーロットさんの境遇を知れば、なんとなくその意味が分かった気がする。
貴方はすべての記憶を失わなかった。
大切な母親の記憶を貴方は失くさなかった。
それこそ運命に抗った、と言えるんじゃないかな?
貴方が母から受け継いだものが、今の貴方を作り上げ、支えている。
たとえ記憶を失くしたのだとしても。その愛情は貴方から失われることはない。
俺のように『魔力』として感じられる者もいるぐらいに、多く、貴方は母から与えられたんだ」
「……リック様」
お母様から受け継いだものが今も失われず。
形となって私を支えてくれている。
そうだ。細部の記憶が失われていたのだとしても。
お母様の家の名前まで失っていたのだとしても。
それでも私は。
「……ありがとうございます。リック様。私、とても嬉しい」
じわりと涙がにじみました。
それは別に『悲しい』から流す涙ではなくて。
……嬉しいから、流す涙。
たとえこのまま記憶が戻らなくても。
私は、私のすべてを肯定して、生きていける。
そう思ったんです。
「魔法使い、という絞り込みならシャーロットの家族は見つかるかしら?」
「そうですね。概ね、秘匿されてはいないですから。可能性は高くなったのではないでしょうか」
あら。やっぱり家は探すのかしら?
今の私の気持ち、気分としては『昔のことなんていいから、これからも頑張りましょう!』……なんだけど。
お話の流れもそうじゃなかった?
「……シャーロットの考えていることが分からなくもないんだけど。貴方が貴族だったら探さないのは普通に問題だからね?」
と、メアリーがジト目で説明してくれる。
「そ、そうよね。奥様や旦那様に迷惑が……」
誘拐の疑惑を掛けられてしまうかもしれないし!
もちろん、そんな疑惑は私が否定するけれどね!
「迷惑なんて考えなくてもいいんですよ。シャーロット。ただ見つけてあげたいだけ。貴方は……そうね。娘たちも二人共、嫁いでしまった後だから。少し寂しいと感じていた時に私達に出逢ってくれた。3人目の娘のようだと思っているの。だから、よ」
「奥様……」
また、じーんとしてしまったわ。
だめね。なんだか涙腺が緩くなったような気がする。
『前の私』はどうだったのかしら。
こんな風に簡単に泣きそうになっていた?
分からない。けれど、私。今の私が好きよ。
「……うん。記憶を取り戻す役には立てなかったけど。今日は会えて良かったと思う」
「そんな。リック様の掛けてくださったお言葉、本当に……感謝しています。母の愛は忘れてはいませんでしたが……今日は、よりいっそう、かけがえのないものを思い出させていただきました。ありがとうございます」
「どういたしまして。エバンス夫妻には俺もいつも世話になっている。だからこそ困った事があるなら、どうか頼って欲しい」
「は、はい……」
えっと。リック様は騎士様? よね。
騎士様にお頼りすること。あるかしら?
「今日は帰ります。夫人。時間を取っていただいて感謝します」
「……いいえ。私達の為に、いつもありがとう」
互いに礼を言い合い、和やかな雰囲気のなかでリック様は帰っていったの。
もちろんお見送りもしたわ。
……良いお話を聞けたと、本当にそう思う。
リック様の印象もとても深く残ったのよ。
「……そう言えば、メアリー」
「うん?」
「貴方、何か途中で驚いたり、気付いた? ような態度をしていなかった?」
「あ、あー……。うーん。気付いた事はある、けど」
「けど?」
「言っていいのか、ちょっと」
メアリーは、ゴニョゴニョと濁した感じになって奥様に視線を向けたの。
視線を向けられた奥様は、こちらに注意を向けず、リック様が立ち去った後を遠い目をして見ていらしたわ。
何かお考え事かしら?
そうして。
「……3人目の娘、ね」
奥様は、リック様との会話を思い出すように、小さく呟かれたの。




