3話 リック
「おい、リック! いつまでお嬢さんを抱きかかえているんだ? 綺麗なお嬢さんだからって見惚れてるんじゃないぞ!」
「あ、ああ! す、すまない。本当にすまない。俺がぶつかってしまったのに……!」
「あ、いえ」
リックと呼ばれたエメラルドの瞳の騎士様は、ふわりと私の身体を浮かせて立たせた。
騎士様は2人で歩いていらしたみたいね。
鎧を着ていないこの2人を『騎士様』と判断したのは、彼等が腰に剣を差しているからよ。
ラフな格好で、私服なのだと思うけれど。
服の腕にね? 腕章があったの。
辺境伯の騎士団に所属しているって意味の腕章だったはず。
この街は、こういう騎士様が巡回している事って珍しくないわ。
治安維持の為ね。
「大丈夫ですよ。私も不注意でしたので。ごめんなさい」
「あ、ああ……。そう言ってくれると、嬉しい、のだが……」
お互いにぶつかって。謝って。
それでおしまい。
普通はそうなのだけど。
だけど、その方は私をじっと見つめて、やっぱり黙り込んで固まってしまったの。
吸い込まれるように目を惹かれるっていう話もあるけれど、これは『私が』吸い込んでいる? ような?
「あ、あの?」
「貴方は……」
このリック様という方。
先程から、いつもの私と同じように『何かを思い出せない』という雰囲気なのよね。
だから私から助け船を出したわ。
「あの。何かをお忘れ、ですか?」
「え?」
「その。私もよくあるんです。何か忘れてしまった事があるのに、中々思い出せないことが。今の貴方が、普段の私と、とても『似ている』と思ったので……」
「似ている、ですか」
それでもなお、彼は私を見つめてきました。
じっ、と。
その綺麗なエメラルドの瞳で。
瞳の色が印象的だけれど、お顔もとても美しい方だと思います。
「……珍しいな。リック。もしかしてナンパか? お前が?」
「い、いや。そういうのじゃない。ただ、彼女が」
「私が? 何か思い出せそうですか?」
なんでしょう?
気になる、と言えば気になりますよね。
私に心当たり? がある方なんでしょうか。
「……すまない。急に変な態度を取ってしまって。おかしいと思われただろう」
「いいえ。それは平気なのですけど」
「あの!」
リック様がお悩みで思考を鈍らせながらも私を見つめるなか。
メアリーとアンナが、私の隣まで来て話に入ったの。
「もしかしてシャーロットのこと知ってる人ですか!?」
「さっきシャーロットに敬語? を使っていましたよね!?」
「えっと。貴方がたは……」
二人が言い募る勢いに困ったような顔をされるリック様。
ああ、困らせてしまったわ。
「ふ、二人共……。急にそんな。失礼よ?」
「シャーロット! そんな事を言っている場合? もしかしたら貴方の『手掛かり』かもしれないのに!」
「そうよ! 彼は知り合いかもしれないんだから!」
そんなに私は『前の私』に拘っていないのに。
私のことを心配してくれる彼女達は、この話に飛びついてくれたの。
……こんな時に、しみじみと『ああ、彼女達は友達なんだ』なんて。
そう感じてしまったわ。
それは、とても嬉しい事。私はそう感じているの。
「えっと。どういう事だろう? 手掛かり、とは?」
「……ねぇ、シャーロット。言ってもいいよね?」
「わりと、もう大声で話していた事もあると思うけど……」
とても今更なような?
スイーツのお店とかでも話してたわよね。
「この子。以前までの記憶が色々とないんですよ。だから貴方がこの子の知り合いなら、って思って」
「記憶が? ……いや、すまない。俺も別に彼女の知り合いというワケ……では……」
少しだけ間を置いてからリック様は続けたわ。
「ない、と……思う?」
「なんでお前の方が疑問形なんだよ。リック。記憶喪失なのはお嬢さんの方だろ」
「そ、それはそうなんだが」
うん。どうも、この方も別に私と知り合いというワケではなさそうだわ。
でも、見た事がある、とか? かしら。
「ええ? でも、さっき知っている風だったじゃないですか?」
「それは……。いや、すまない。ただ、彼女を……それに」
「それに?」
「彼女から強い魔力を感じて」
「おい、リック」
え? 魔力?
「ああ、すまない。ここで話すような事でもないな。お嬢さんの名前は……シャーロットさん、だったかな」
「え、ええ。私はシャーロットです」
「この街に住んでいる?」
「はい。エバンス子爵様の屋敷で働いております」
「エバンス子爵の? あっ!」
と。そこでリック様は何かに気付いた様子よ。
何か思い出されたのかしら?
「……そうか。君が彼女だったのか」
「はい?」
君が、彼女?
「そういう事なら話は早い。もう少し落ち着いてから話をしないか? お互い、今は……途中のようだし」
リック様が視線を向けるその先には、私達が買い込んだ衣服の籠が。
そうよね。私達、お買い物の際中だったのよ。
彼はそれを気遣ってくれたみたい。
それに彼らの方も多分、私服だけどお仕事中? かもしれないわ。
「エバンス家に居るのなら、後で子爵に話を通しておくよ。それでどうかな?」
「え、ええ。はい。では、それで……?」
「うん。では、また」
「は、はい。また……?」
そうして改めてぶつかった謝罪をされてから、騎士様達は去っていったの。
他愛もないやり取りだったけれど、なんだか嵐みたいに感じる出逢いだったのよ。
「結局、知り合い? だったのかしら?」
「うーん」
それは違うみたいだったけれど、ね?
それから後日。
本当にリック様は私を訪ねて来られたわ。
口ぶりからそうだと思っていたけれど、やっぱり旦那様達ともお知り合いのようね。
二人きりではなく、奥様やメアリーと一緒にリック様をお迎えする形になったの。
応接室にご案内して。
小さなテーブルを挟んで向かい合ったソファーに座ったわ。
私の隣には奥様が。メアリーは、そばに立ってくれている状態よ。
「改めて。はじめまして、シャーロットさん。リックと呼ばれています。普段は騎士の真似事をさせて貰っています」
向かいのソファーに座ったリック様は、丁寧に頭を下げてくださったのよ。
「こ、こちらこそ。はじめまして。シャーロットです」
正式な騎士様もまた貴族の一員と聞いたわ。
『騎士爵』といって、男爵家かそれに近い身分なの。
街の巡回を担当されている衛士様まで、その身分なのかは不明なのだけど。
奥様の態度でなんとなくリック様はきちんとした貴族なんじゃ? と思ったわ。
家督を継がない貴族の男性は騎士になられる方が多いらしいし。
「今日はわざわざ時間を作っていただいてありがとうございます」
「い、いえ。こちらこそ」
どちらかと言えば用があるのって私の方よね? うん。
だって記憶喪失なのは私の方なのだし。
彼が私を知っているならって、すがりたいのも私の方なのだけど。
こうして会いに来てくれたのよね。
「…………」
そう考えているとリック様は私の事をまっすぐに見つめている事に気付く。
出逢った時のように真剣に私のことを見つめて……。
(あっ)
視線を合わせて。見つめ合っていただけなのに。
私はなんだか恥ずかしくなって視線を背けてしまったわ。
「……シャーロット」
と。メアリーが小さく私の様子を見て驚いた。
それから『ニコー』って。ニコーって笑みを浮かべたのよ?
『ニマニマ』と表現するべきかしら?
(な、なに? その。なんとも言えない表情は)
何かしら。まるで私の『弱み』でも見つけたような、喜び? 方は。
べ、別になんでもないんだけど?
「改めて貴方の事情は聞いてきました。シャーロットさんは記憶を失くされている、と」
「は、はい!」
私は始まった話に耳を傾ける事に集中する。
メアリーの何かニヤニヤした顔は無視よ、無視。もう。
「……俺も貴方はどこかの家の貴族令嬢だった、と思っている」
「え?」
もしかして本当に知り合いなのかしら?
「その理由は、君が身体に宿している『魔力』が理由なんだ」
「え?」
あら。思っていたのと違う理由で来たわ、ね?
「……手を取る事を許してくれるかな?」
リック様はそう言って手を差し出されたわ。
「ええ。構いません」
私はその手に触れる。
彼は優しく私の手を取って。
「魔力を宿している人間は多くはない。けれど居はする。有する人間だけなら市井に沢山いたっておかしくない。だけど、こうして触れて改めて分かった。キミから感じる魔力の量は……とても多い。だから。
シャーロットさん。貴方は、きっと魔法を使える家系の出身なんじゃないかな」
「……魔法」
思いもしなかった方向からリック様は私の出自を予想されたわ。
「実は俺も魔法が使えるんだ。先祖に少々……特別な女性が居てね?」
「特別な女性?」
「うん。それは」
そして。リック様の周りから、光の……粒のようなものが発生したの。
それに触れあった手が少し温かくなってきたわ?
それは優しさを感じる何か。
身体を内側から熱くさせる……『癒される』ような感覚。
「──大昔にこの国を守ってくれた聖女様」
聖女、様? の子孫? なのがリック様?
その言葉を聞いて首を傾げる私。
理解が追いつかない私と違って、メアリーはここで何かに気付いたように驚いたのよ。




