2話 3人娘でおでかけ!
「シャーロット! メアリー! こっちよー!」
メアリーと一緒に私服を着て、街に出てきました。
視線の先にはアンナの姿があります。
はい。今日は同僚のメアリーと、そしてアンナと一緒におでかけの日です。
私達が暮らす街は、辺境伯領の中心地。
ここは実は街の作りから『隣国』からの侵攻を抑える作り? になっているらしいわ。
うん。栄えているのよね。
実は、旦那様のように領地を持たないお貴族様も沢山いらっしゃるみたい。
『男爵』や『子爵』には、そういう風に高位貴族に仕える人が意外と居るらしいのね。
旦那様は、その中でも古くから辺境伯様に仕えて、信用ある方のよう。
辺境伯様は『辺境の伯爵』? とは微妙に違っていて、国境を任されるお国でも重要な貴族らしいわ。
王都を中心に『侯爵』様や『伯爵』様達が治めているのだけど。
『辺境伯』様は、国境を守る特別な立場だから『侯爵』様と、ほぼ同等の立場であるらしいの。
(うーん。『雲の上』の人よねぇ)
だって私、平民だもの。
「今日はねー。美味しいスイーツのお店へ案内するわ!」
「果物屋なのに、お休みでもスイーツ?」
「加工された果物とスイーツは別モノなのよっ」
「うふふ」
メアリーとアンナとは、とても仲がいいのよ。
彼女達に学ぶ事はとっても多いの。
記憶喪失の私は、本当に何もかも新鮮な事ばっかりだわ。
本当に『はじめて』の経験っていう新鮮さを感じるのよね。ふふ。
そうして3人でお食事……ではなく、スイーツを食べに? 行くの。
これは果物屋のアンナの家の繋がりで融通されている面もあってね。
つまりお安くしていただける、っていう事よ。
持ちつ、持たれつね。
お金は有限なんだから、節約できるところはする!
……でも、子爵様は街でお金を使う事も大切だ、っておっしゃるの。
どちらもどちら、ね。
私達、平民は満遍なくお金を使う事で許していただきましょ。
スイーツを食べた後は、私服を買いに行くのよ。
私とメアリーはお給金を使う場所も限られているし、こういう場所で楽しまないと。
っていうのはメアリーの受け売りね。
「ねぇ。パトリック様っていうのは、サリー様とご関係のある方?」
「パトリック様?」
私は、2人と一緒にスイーツの並べられたテーブルを前に座って世間話をする。
「何かあったの」
「えっと。あんまり他言するような話かは分からなくて。でも、ちょっと耳に入ったの。サリー様が戻られた夜にね?」
「ん。じゃあ、貴族のパトリック様? それだったら、辺境伯様のご子息のことじゃない?」
「辺境伯様の! ご子息はパトリック様というお名前なの?」
「そうね。辺境伯令息様よ」
「まぁ」
「パトリック様がどうかしたの?」
「ええと、ご婚約がどうとか」
「ああ、まだご結婚されていないそうね。以前は、婚約者がいらっしゃったそうなんだけど」
「だけど?」
「お相手の方の都合がつかなくなったとかで、そのご婚約が流れたそうよ。と言っても、何か揉め事が起きたとかは聞かないの。どこそこのお貴族様と、辺境伯様の仲が悪くなった、とかね」
「まぁ……」
「それでご子息様、ご嫡男様のお名前がパトリック様ね。辺境伯のご令息パトリック・ディミルトン様。以前はいらした婚約者様との関係がなくなった……白紙になった? とかで。そこから……良いお話は市井には流れて来ないわね」
そうなのね。
貴族のご結婚には『政略』が多いらしいけれど。
つまり、その方は一度、女性とお別れになった、という事よね?
傷つかれたりされたのかしら……。
だから、新しいお話はない、とか?
私達の住む街の、領主様のご子息だもの。
いわゆる浮いた話などあれば、街もまた賑わうでしょうけれど。
「サリー様もそうだし、エリー様……あ、サリー様のお姉様ね。旦那様達のご息女の長女様よ。お二人も一度はパトリック様とのご婚約の話が持ち上がったそう」
「そうなの?」
「ええ。なんと言っても旦那様達は、辺境伯様に信頼されている方達なんですもの。その娘であるエリー様、サリー様も、もちろん、そういう話があったのよ」
「でもお二人は、別の方とご結婚されているのね」
「そう! ちょうどねー。良いお話が舞い込んできたらしいの」
「辺境伯様のご子息より良いご縁談なんてあるの?」
『侯爵』様に勝るとも劣らないご身分なのでしょう?
もちろん、身分だけでは決められないとは思うけれど。
「そこは立場の違いなのよね。それこそ辺境伯令息様であれば、縁談なんてきっとどこからでもお話が来るのだもの。わざわざ、ほとんど身内のご令嬢を選んで、それも他にも来ているご縁談を潰してしまってまで……とはならなかったみたいよ」
「よく知っているわねぇ」
結婚なんて。
……私、そんなご縁、あるのかしら?
記憶が定かでないけれど、私も見た目や感覚的には……うん。
「アンナやメアリーは結婚の予定とかあるの?」
「あら。シャーロット。貴方、興味あるの?」
「え? ううん。ふと、思っただけなのだけど」
「……そう言えば、シャーロットって」
「なぁに?」
「記憶を失う前には、いい人、居たりしなかったのかな」
「んー……どうかしら」
つまり『恋人』とか、そういう事よね。
流石に『結婚』はしてないと思うの。
たぶん、だけど。
そういう気持ちはないのよね。
「あんまり、そういう方向の『寂しさ』みたいな事も感じた事ないのよ。記憶がないから仕方ないかもなのだけど。もしも、仮になのだけど。私に『お相手』が居たとしたら……うん。ごめんなさい? ってするしかないわね。だって覚えてないんだもの」
「あはは! 可哀想ー!」
「きっと居ないわよ。いないいない」
「んー! 恋人が居たかどうかは分からないけど! でもシャーロットを好きだった男は、きっと居たんだろうなー!」
「ええ?」
「知ってる? 旦那様や奥様が……実は今もなんだけど。使用人達にも、不用意にシャーロットに『そういう』近付き方をしないようにって釘を刺されてたのよ」
「ええっ!?」
そ、それは初耳だわ!
「なんでそんな事を?」
「そりゃあだって。旦那様達にとってはシャーロットは『ほぼ間違いなく』って思ってらしたんだもの。そんな貴方が弱っている隙に近付こうとするヤツとか……まぁ、ロクでもないじゃない? 許されない事だし。
私達が同室なのも変に男を近付かせない為だったりしたのよ?」
「そ、そうなの!?」
「うん」
そう言われてみると、いつも侍女様や、今やメイド仲間の誰かが私の近くに居たような。
「釘を刺したりしとかないと、シャーロットに近付こうと考える……使用人とかね。居たと思うの。どうしても」
屋敷ではメイドの他にも働いている方がいます。
当然ですが男性も。
比較的、中での女性の働き手が多かったのは……おそらく旦那様達のご子息がどちらも女性、お嬢様だったからでしょうか。
「じゃあ、その。私に『そういう縁』があるのは、ダメ、なのかしら?」
「シャーロットに気になる人が居るのなら、それは平気……かな?」
「んー。どうなんだろうねー。でも旦那様……ううん。奥様には相談した方がいいかもね。ダメとか、許しの問題じゃなくて。ずっと心配なさっているんだもの」
「それは……そうね」
本当に。奥様にも、旦那様にも、目を掛けて貰っていると思うの。
とてもありがたい事だわ。
お二人が居なかったら私がこうして普通に暮らす事だって難しかったでしょう。
そして、アンナやメアリーが居てくれた事も本当に……ありがたい事なのよ。
『友達』にこんな風に感謝するだなんて、ちょっぴり恥ずかしいんだけどね。
そんな風に雑談を交えながら美味しいスイーツに舌鼓を打ち、そして市井の為の衣服を売っているお店へ3人で向かったわ。
市井用の既製服に、古着。
色々と取り扱っているお店が何店かあるの。
やっぱり大きな街だからね。
そういうお店を渡り歩きながら、安く、そしてお気に入りの服を探すの。
もう休日いっぱいね。
こんな風にお店を渡り歩く行為も何だか新鮮だし、とても楽しいって思うの。
(『以前の私』は、どんな服を着ていたのかしらねぇ)
前の私もこんな風に友達と沢山のお店を渡り歩いてお気に入りの衣服を探して手に取ったりしたのかしら?
だったらいいのに。
ああ、でも。そうだとすると私は『友達』を忘れている事になるの?
それはなんだかイヤね。
……うーん。
「そう言えば」
「うん」
「シャーロットが最初に着ていた真っ白なドレスはどうしたの?」
「ああ……もちろん置いてあるわ」
あのドレスだけが一応、私の前の手掛かりになるのだしね。
でも、特別な思い入れとかは感じないの。
大事なドレス……っていうワケじゃなかったのかしら?
奥様曰く、色の落とされたドレスらしいから……その線でも探していただいたのだけどね。
何の手掛かりにも繋がらなかったのよ。
「あのドレスを着る事は……もうないわねぇ。困ってはいないけれど、売ってしまおうかしら?」
「ええ? 勿体ない!」
「そうかもしれないけど。だって着ないんだもの」
ドレスなんてね。
着る機会、ないでしょう?
あら、だとしたら以前の私はドレスを着る機会があった?
と。
3人で仲良くお喋りに花を咲かせて。
そして買い込んだ衣服を畳んで籠に詰めて貰って。
そうして、そろそろ帰ろうか、という時だったの。
「あ、シャーロット!」
「え?」
ドンッ!
「きゃっ!?」
お喋りが楽しくて夢中になっていた私は、不注意にも人にぶつかってしまったの。
それもぶつかった相手が悪くて……。
えっと。なんて言うのかしら。
すごく弾力があるというか、力強いというか。
「すまないっ!」
「あっ!」
ぶつかった相手の『パワー』? に弾き飛ばされそうになった私を、パッと抱きかかえられてしまった。
「平気か?」
「あ……」
私がぶつかり、そして抱えられた相手は、男性で。
綺麗な金色の髪と、澄んだ緑色の瞳。
騎士様のような、そんな雰囲気を纏った方だったの。
(エメラルド……)
彼の瞳に色を見た時。そんな事が思い浮かんだ。
エメラルドのような瞳だ、って。
(あら?)
エメラルドは宝石の名前。それに瞳の色を例えた私。
なら、私はエメラルドを……見た事がある?
人にぶつかっておいて、そんな風な事を考えて呆けてしまったわ。
「……!? 貴方、様は……」
「え?」
「あ、いや。失礼。人違い? いや、その」
出逢ったばかりのその男性は、私の事を抱えたまま。
混乱してしまったように、私から視線を外せなくなったみたいだったわ。
何か言葉に出掛っているのだけど、どうしても、それが頭の『奥』から引き出せない。
そんな感じに。
(あっ)
その反応は、とてもよく理解できたの。
だって、それは私がよくなってしまう現象。
『何か』を思い出そうとしているのに、まったく思い出せない。
だから、その場で固まってしまって、口をパクパクと開いては……。
何も形に出来ず、声に出せなくて。
きっと、この男性も私と同じような現象に見舞われていたのだと理解できたの。
「ふふっ」
だから。私、なんだか笑っちゃったのよ。
混乱して口をパクパクしている、その騎士様が。
なんだか凛々しいとか、格好いいとか、そう感じるよりも『可愛らしい』って。
そう思ったから。
更新が止まってしまいました。
また完結まで毎日頑張るぞー。




