プロローグ ~平民暮らし~
パチリと目を覚ました。
「んっ!」
ゆっくりと起き上がってから伸びをする私。
「んー!」
身体を慣らしてから起き上がり、寝間着を脱ぐ。
そして着替えるのはもちろん……メイド服!
うふふ。このメイド服を着るのも何故か、ちょっと楽しいのよね。
お仕事も楽しいの。
最初はもちろん苦労したけどね。
『メイド』と『侍女』は違うのよ。
侍女は、旦那様や奥様に直接仕えてお世話をする立場なの。
雇い主に近い立場ね。
私は、その『侍女』じゃなくて『メイド』よ。
下働きとも言うかもね。
屋敷のお掃除に、毎日のお洗濯。お食事の手伝いとか、お仕事は色々。
でも、そこまで辛くはないのよ。
お屋敷は2階建て。
(ここは……広い……筈なのだけど)
広いのかしらね? でも、広くない気がする。
まぁ、とにかくよ。
私にとってはなんだか『このぐらい』って思える広さね。
だから同僚の皆よりも、そこまでお掃除が苦に感じないのかも。
うん。お仕事にやりがいは感じているし、待遇だって良いのよ。
特に私は住み込みで働いているからね。それもお食事付き。
だから、とっても助かってるの。
改めて思うけど、やっぱりあのままベルさんの家にお世話になるのは……あまりにも、ね。
人一人の生活スペースに食事の費用とか、色々とあったでしょうし。
私は初めの内のお給料で、最初に面倒を見てくださったお礼をしたのよ。
受け取るのを渋っていたけれど、私がそうしたいって言ったの。
それに『貸し借り』がない関係で接したいのって言ったら、むしろ喜んでくれたわ。
それからベルさん夫妻とも仲良くしているし、アンナは『友人』なのよ。ふふ。
こうして働く事で自分の居場所があるっていう環境は、とてもありがたいわ。
「ほら。起きて。起きて。メアリー」
「ん……ああ、早いよぉ、シャーロット」
私は同僚で、同室に暮らすメアリーを起こしてあげる。
この家で働くメイドは、年齢はバラバラね。
メアリーは私と同じ歳ぐらいの子。
彼女は、両親も健在だけど、家が遠いから私と同じように住み込みで働かせて貰っているのよ。
「ほぅら。これでもギリギリまで待ってあげたのよ、メアリー」
「うぅ……」
「もう。昨日、夜更かししてるから」
「だってぇ」
甘えん坊さんなメアリー。ふふ。でも可愛らしいわ。
メイドだって、こうして個性があるのよね。
なんだか、そう感じる事もとっても楽しいし、新鮮な気がするのよ。
こう、普段はキリっとして働いている彼女が、私生活ではこんな風にダラっとしているんだって。
そういう姿を見るのが新鮮で嬉しいわ。
私の記憶は戻ってない。
落ち着いてから、1年前の話を聞いたわ。
私、あの時、道で倒れているのをベルさんとアンナに見つけて貰ったみたいなの。
倒れていた私は白のドレスを着ていたそうよ。
でも他の手掛かりはなかった。
ドレスは真っ白だったのだけど……どう言えばいいのかしら?
『色落ち』しているように見えるわね、っていうのが奥様のご意見。
ドレスの生地には本来の色があったのに、その色をわざわざ落として白くしたモノを私は着ていたらしいわ。
……何の覚えもないのよねぇ。
なんでそんなドレスを着ていたのか。
それでよ。
私はそんなドレスを着て倒れていた。
ベルさんとアンナに見つかって家に運んで貰い、それで目覚めて医者に掛かって……って事ね。
初め、私の事を見る人みんなが貴族扱いしていたのは、そのドレスが原因。
でも、それだけじゃなくてね。
どうも指が綺麗過ぎるとか。
髪の毛が長いままで綺麗だとか。
見た目が理由で貴族と判断されてたみたい。
特に髪の毛が大きかったそうよ。
長く、綺麗なまま髪の毛を維持するのは、とても大変なの。
私の口から言うのはどうかと思うけれど、とにかく『雰囲気』が如何にも貴族令嬢だったらしいわ。
そんな事言われてもねぇ、って思うけれど。
でも『貴族名鑑』という、この国の貴族の名を連ねている本には私の名前は載っていなかったそう。
正確には『シェリル』という母親の元で生まれた貴族令嬢はいなかった、ね。
それでも旦那様達や、その上司に当たる『ディミルトン辺境伯』様は調べてくださったの。
『シャーロット』という貴族令嬢の名を当たってみたらしいのね。
そういう名前の令嬢は居るみたいだから。
でも、そんな貴族令嬢の『シャーロット』様は、ちゃんとご無事で家や嫁ぎ先にいらっしゃったそうよ。
そこまで来ると『前』の私が貴族令嬢だった説は、かなり怪しくなってくる。
だって、お国が明言しているリストに名前が載っていないんだもの。
だから私については、色々と旦那様達も困っていたのね。
どう見ても貴族令嬢なのに、どう探しても居ないから。
そうしたら私の事は『平民』として扱うしかないって。
初めの内は、記憶の件もあったから看病されているような待遇だったの。
でも、ちゃんと日常生活を送れるようになった辺りから、お仕事を覚えてメイドとして働かせて貰うようになったわ。
それで慣れてきたらね。
私も『立派な』平民として認められたのよ。ふふ。
指もただの綺麗な指じゃなくなったわ。
お洗濯やお掃除は戦いだもの!
旦那様達は、まだ気に掛けてくださっているけれど。
仮に私がどこかの家の娘だとしたって、1年も探している素振りがないなら……まぁ、それはもうどうしようもないんじゃないかしら? きっとね。
不思議な事に私は『前』の人生の家族とかには未練はなかったの。
……シェリルお母様が既に亡くなった事だけは覚えていたから。
もしかしたら私、お母様が亡くなって天涯孤独になったから彷徨っていたのかも。
そうなら、拾ってくれたベルさんにアンナ、そして今も面倒を見て下さっている旦那様や奥様には感謝だわ。
「さぁ! 今日もお仕事よ! メアリー!」
「うわぁん! 朝は苦手なのよぉ!」
可愛い同僚のメアリーを叩き起こしながら、私の一日は始まるのよ。
ええ。毎日がとっても楽しいわ。ふふ。
あと、ちょっとだけ続くんじゃ。
「パトリック編」にしようかと思ったけれど、
概ね主人公(視点者)はシャーロットなので変則で。




