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6話 使い方

 第一王子の婚約者としての立場を得て、ある程度の学力水準に達していた私は、政務の一端を任されている。


 もちろん、ハロルド様も、そう。

 2年の間に、それらはどんどん増えているような気配があった。


 私でこれなら国王、王妃様の負担は如何ばかりか。


 セシルの一件があって、屋敷の中は居心地が悪い。

 元より、父に期待する事はなく。


(ハロルド様との関係は……どうなのかしら、ね)


 最近、ハロルド様はあまり調子がいいとは言えない。

 色々な事を投げ出しがちだ。


 彼側の文官や、私も殿下の振る舞いを改めていただくように声を掛けるのだけど。


(逆効果、なのよね)


 今は私が、彼の投げ出した政務を引き継ぐ事で回している。

 滞らせては困る誰かが居るのが仕事というもの。


(いずれ殿下も前を向いてくださると良いのだけど)


 今だけだ。

 ハロルド様があのままだと、結局困るのはハロルド様自身だもの。


 彼だってその事を分かっている筈よ。

 己の義務を投げ出すばかりの者に、下の者は付いてこない。


 特にそれが王族となれば、尚更のこと。


(それで人心を集める事に長けているなら、別なのだけど)


 例えば、仕事を投げ出すにしても、上手く言い訳をするとか。

 良くはないけど、そうして迷惑を掛けた分、周りの人に……何かを渡して便宜を図って貰うとか。


(そういう事をなさらないのが、ハロルド様の善性や、真面目さなのかもしれないわ)


 言ってしまえば『仕事をサボりがち』なだけ(・・)

 私財を減らし、国庫に手をつけて遊び呆けるだとか。


 何やら犯罪のような事に手を出すとか。

 けっしてそういう事はなさらない。


 真面目なのよ。ハロルド様は。あれでね。


(仕事をサボりがちなのに真面目って、変な話ね)


 でも悪くはない。

 一線を踏み越えてはいない。


 誰だって前向きになれない時ぐらいあるでしょう。

 だから今は、私がハロルド様をお支えすればいい。



「……ふぅ」


 とはいえ。

 最近は、私も疲れが溜まってきたの。

 ……最近じゃないのかもね。


 屋敷でセシルとの一件があって、余計に心が休まる場所が減った気がする。

 お父様は、今は領地に戻られているそうよ。


(……お母様との思い出は、ほとんど王都の屋敷で過ごした思い出だったな)


 もっと領地で過ごせば良かったと後悔する事もある。

 王都は華やかだけど、あまり私にとっては……。


「…………」


 

 楽な道を選んではならない。

 魔法に溺れてはならない。


 代償が伴う以上、私の魔法は軽々しくは使えない。


(……でも)


 少し、考えていた事があったの。

 私は、かつて父との思い出を消費して魔法を使ってみたわ。


 その後、特に問題は起きなかった。


 ……そう。起きなかったの。

 でも、おぼろげに感じる事はあったわ。


 私は『忘れたからこそ』父との問題を起こさなかったんじゃないか、って。


 ……今の私は、そう思っていないのだけど。

 でも冷静に、状況を分析すれば、考えていなければならない事があったわ。


 それは『お母様の死を看取りにこなかった』事について。


 ……私、シェリルお母様の事は好きよ。今だって。

 そんなお母様の事を、お父様は慮らなかったの。


 そうしたら。そうしたら私はね。

 きっと……『恨んだ筈』なのよ。お父様を。

 憎んでもおかしくなかった筈。


 でも実際の私は、お父様の事を何とも思っていなかった。

 恨みに囚われる事なく、『ああ、お父様ってそういう人なのね』と淡々と話す事が出来た。


 父親に愛情を求める事もない。



(私は、父に対する関心を【記憶魔法】で消したんだわ)


 子供として親を求める、その心を消し。

 恨みを消した。



「…………」


 思ったのよ。

 この【記憶魔法】ってね。


 引き起こす事象の方は『オマケ』ではないかって。

 つまり大事なのは『忘れる』方なのよ。


 黄金の天秤の、どちらの秤が重要なのかを私は間違えていた。


 代償にして何かを為す、のではなく。

 『忘れる為に』魔法を使うのが正しい使い方。


 言ってしまえば引き起こす事象は何でもいいのよ。

 それらは、ただの副産物に過ぎない。


 何か事態がよくなればいいなぁ、という、ふんわりとした『願い事』に近いわ。



「思い出を忘れる、魔法」


 母の記憶は手放せない。

 でも……『嫌な記憶』だったら、どう?


 失敗した記憶は、未来の糧になるからいいわ。

 でも、日々の些細な『嫌な記憶』って……覚えていても何にもならないじゃない?



「これも……魔法に溺れる、使い方かしら」


 やはり軽々しくは使えないのだけれど。


「ふぅ……」


 私は一人、疲れた身体を横たえながら。


「……、……。セシル・グウィンズに『弟』として抱いていた、私の感情を」


 忘れる。


 今の父との関係のように、冷えた距離感で付き合えばいい。

 屋敷の中で、思う所があるままセシルと過ごすのは苦痛だった。


 未だに未練があるように私に視線を向けるセシルを疎ましく感じた。


 それと同時に感じる、あの『壁』の圧力。

 おそらくセシルの意思によるものじゃないのだけれど、あの壁を取り払わない限り、私は解放されないような気がしたの。



(……可愛らしい義弟と、恋に溺れる侯爵令嬢、なんて)


「戯曲のようだわ。でも、それは夢の中に抑えてこそ」


 魔法で忘れてしまえば、正しい人間関係になれる。

 ……なれるかしら?


「──セシルの持つ私の記憶も失くしてしまえればいいのに」


 …………。

 ……。



◇◆◇



 王立学園も、3年生になった頃。

 噂を聞いたの。


「え? 中途入学? この時期に、それも3年生? 留学生かしら」

「それが、」


 王立学園は15歳から18歳の貴族子女が通う場所。

 その目的は貴族達の平均的な能力の底上げよ。


 下位貴族でもきちんと通えるように、下位貴族の負担は少ない。

 反対に高位貴族になると、学園への寄付金が多くなるわ。


 それもまた一種の家門の力の顕示なのだけど。


 とにかくこの3学年は、もう1年も経たずに卒業する学年ってこと。


 そこに……中途入学してくる生徒が出て来たの。

 当然、注目を集めたわ。


 私の耳にも入ってきた。彼女の噂が。



 灰色の髪の毛と、薄いマゼンタの澄んだ瞳。

 とても可愛らしい子なのですって。


 マリーア・レント男爵令嬢。

 レント家の庶子だったそうよ。


「……大変ね」


 その生い立ち、学園に通う事になった過程を聞いて、同情する。


(1年で、学力……詰め込んだとして、今の私達は3学年。入るのは、おそらくあのクラスだとしても)



 人によって能力差がある。

 そのことは、いくら私でも痛感していたわ。

 ……私は、優秀な方なのだという事も。


(彼女は……どうなのかしら?)


 噂話によれば、この学園に通うまで教育を詰め込まれたらしい。

 でも、その期間がごく短いもの。


 そんな状態で尚、3学年の授業について来れるとしたら……間違いなく彼女は優秀という事だわ。


 優秀な者は、身分を問わずに重宝すべき。

 多くの貴族子女を集めたこの学園は、そういう者を見つけ出す為にもあるのよ。



 だからね。

 私、彼女を探して声を掛けに行ったの。


 彼女は噂通りに……とても、とても可愛らしい方だったわ。


(彼女にも……)


 そして、あの『壁』を感じた。


 私の進む道を決めてしまうような『壁』を。

 私は、その壁の事を『運命』のようだと思ったの。


 私の人生を強引に決めるような、運命。

 だけど『抗う』術を、私は元々、持っていたわ。


 お母様が私に継いでくれた力が、それだった。



 ……セシルの『壁』は取り払えた(・・・・・)のだけど。


 彼女の『壁』は……どうなるかしら?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 自称「親友」シーメル視点で語られるシャーロットと実際のシャーロットはだいぶ違いますね。 シーメルは「表情をつくり」「内心全く違う気持ち(蔑み)」で褒め称えていたと語っていましたが、今回のお…
[一言]  これは、「相手の自分に対する記憶」を消すことに成功した?
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