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4話 加減

「貴方がセシルね。これからよろしく。セシル。貴方は今日からグウィンズ家の一員よ」

「は、はい……。シャーロット様」


 縁戚から私の義弟が来たのは、私が12歳になった頃の話だ。

 その子の名前はセシル。気弱そうな雰囲気の男の子だった。


(本当に後妻を取らなかったのね。お父様)


 母が亡くなったグウィンズ侯爵家。

 屋敷の管理は使用人達が行っているが、私に裁量を任される事も増えてきた。


 実質として母の代わりを私がしている状況よ。

 ……12歳の私が。


 そして、セシルを家に連れて来た後は、教育係を付ける以外の世話を私に任せた父。

 家庭を省みない性格だとは知っていたけど、何かしらね。


 侯爵領地は広い。管理すべき仕事は多いわ。

 12歳となって、妃教育と令嬢教育が進んできた私は、父の仕事を少しは理解できるようになった。


 父は、ちゃんと仕事はこなしていると思う。

 家令を通じて領地管理について教えて貰い、その事は把握した。


 数年前までは父の仕事になど深く関わりたくない、と考えていた気がするけど。

 今は、なんだか赤の他人のようにお父様の事を見れている。


 彼は『仕事人間』と言うべきかしら?

 高圧的な態度で、人を見下すところはあるけど、それは身分に沿ったものと言える。


 そして生きがいが仕事なのよ。

 さらには、これだけの領地の管理が出来る自分を、とても偉いと思っている。

 もっと認めるべきだと。


 だから。


(だから私を王子の婚約者に?)


 自分は、もっと大きな仕事をするべき人間だと思っているのね。

 それなら宰相の仕事など、どうかしらと思う。


 でもまぁ、領主を辞める気もないようだから……。

 侯爵家領主と宰相、または大臣などの両立は難しいでしょう。


 後妻と、また新たな子を産ませるという事をせず、養子を取った理由も見えてきた。


 彼は、いつでも切り捨てられる跡継ぎが欲しかったのだ。

 自分の仕事と役割を奪われたくないから。


 ……シェリルお母様は、夫を立てる妻だった。

 屋敷の管理をし、私を育て、人を支える側の立場をヨシとして立つ人間だったの。


 父は母を省みなかったけれど、相性は良かったとも言えるわね。

 要するに『面倒くさくなかった』の。


 でも、盗み見た父への釣書の相手は、誰も彼もまぁ我が強い。

 後妻でいいから筆頭侯爵家の夫人になりたい、と主張してくるタイプだ。


 ある意味で当然と言えるわね。

 そういう女性達の相手をするのが、きっと父には煩わしい事だったの。


 夫人がいなければ社交界での情報交換が出来ない事もある。

 ……でも、それは病弱な夫人でも一緒。

 男性用の交流の場はあり、父はそちらに顔を出しているわね。


 お父様の興味のない分野を私がカバーし、回るグウィンズ侯爵家。

 家令達は優秀だから回っている。


(……お母様が居なくなっても)


 後妻を娶らない判断をした父の思惑は推察するしかない。

 そういう話を父とする気はないから。


 でも、ありがたいと思ったの。

 だって、新しい『母』が来て、その人を私が認められるか不安だったもの。


(まさか、私の気持ちを配慮してくれてたりとか……ないわね)


 他人に仕事を任せるぐらいなら、しんどくても自分でやった方が早い。

 私も、父も、そう考えているところがある。


 ……自力でこなせてしまうが故に、ね。


(これではいけないかしら)


 まだ、その事に引っ掛かりを覚えるのは私が幼い故か。

 もっと、多様な事が出来るようになったら、私も父のように?


「シャーロットお義姉様」

「あら。どうしたの、セシル」

「その。お話をしませんか?」

「……ええ! いいわよ。貴方は私の弟だもの」


 気弱そうなセシル。彼は、私の一つ下の男の子だ。

 父の基準は何かしらね。利発さもそうだけど、従順そう、というのが決め手かしら。


 セシルの親は、子爵家の出よ。元々は子爵令息。

 それが私とハロルド殿下の婚約で、将来は侯爵となる。


 まぁ、侯爵代理となる予定、かしら?


 確定ではないものの、おそらく私が生む子の一人に次代のグウィンズ侯爵家を継がせる予定。


 ……その子は、王族となるワケで、そうなるとグウィンズ家は『公爵家』に陞爵する事になるかしら?


 臣籍降下と共に公爵位と国一番の領地を賜る子。

 未来の事を考えれば、きっと悪くない話なのでしょうね。


 つまりセシルは、長期的なその計画の、一時代の『繋ぎ』の役割ね。


(一番、角が立たないのが、第一子、第二子、共に男児であること。そんなの理想論で、生まれる子の性別は選べないけど)


「…………ふ」

「お義姉様?」

「いえ。何もないのよ。セシル」


 私は、まだ12歳だ。

 なのに何を考えているのかしらね。


 まだ恋が何かも、愛が何かも分かっていないっていうのに。


 セシルと同じ屋敷で暮らし、彼の学力を見るにつけ、やはり私は賢しい子なのかと思った。



「……そうだ」


 王妃様に相談してみましょう。

 母が病に倒れ、早くに亡くなった事で、私は他家との交流が疎かになっていた。


 夫人同士の繋がりの恩恵が受けられていないの。

 だから同世代の令嬢の友人がいないのよ。


 今まで気にした事はなかった。

 けれど、セシルのように同世代の子を知れる機会は得難いものだわ。



 チクリと、まだ胸に痛む。


(私が『普通』の子供だったなら)


 ……あの時、母を救う為に【記憶魔法】を使い、母を助けたのだろうか。


 がむしゃらに。すべてを投げ出して。

 大好きなお母様の為になら、自分なんて、と。


 私は踏み止まる。私は思い止まる。私はリスクを考えてしまう。


 賢しい自分が恨めしい。

 賢しらに立ち回って、安全そうな場所に自分を置いて。


 優秀さに驕り、いずれ父のように己で何もかもが出来ると自惚れるのか。



「…………」


 知りたい。答えを。

 あるべきだった振る舞いを。


 7つの子が本来、取るべきだった『普通』の行動を。


(出来るから)


 私には出来るから。そう思う。

 出来ないならば悩む事はなかった。


(……魔法なんて)


 なくても良かったのに。



 そんな事を考えて、王宮の庭で出会った少年の事を思い出す。

 アレクと名乗っていた黒髪の少年は、おそらく魔力を持っていた。


 魔法まで使えるのか分からないけれど。


(彼もそういう悩みを抱えているのかしら?)




 日々は過ぎていく。

 王妃様を頼り、女性の集う交流の場を設けて貰った。


 私と同じ侯爵令嬢とも知り合いになったわ。

 でも……、なんて言うのかしら。


「まぁ、シャーロット様。凄く綺麗だわ。私も貴方のようになりたい」

「うふふ。ありがとうございます。フィガロ侯爵令嬢」


 私と同じ12歳に近い年齢の令嬢は多い。

 それは、王子の誕生に合わせて、各家が子を成すのに励んだからのようだ。


 つまり、集まった多くの家にとって、候補としての目通りもなく、とっとと第一王子の婚約者となってしまった私は『目障り』な可能性が高い。


 それが令嬢本人の意向とは限らないけれど。

 少なくとも、この年齢層の子を抱えている高位貴族家門は、グウィンズ家に心底好意的とは言い難い様子だった。


(なるほど……)


 王妃様が今は後見人の立場で取り仕切って頂いているけれど。

 実母という後ろ盾のない私が、こういった茶会の場に出るのは、格好の的ね。


 他家の侯爵令嬢が集まった場の交流は、終始、裏に何かを抱えているような空気があったの。


(これは『友人』を作る場とは程遠いわね……)


 年齢を重ねれば変わってくるのかしら。

 今のところ、表情に隠せない程の『敵視』があると思う。


 皆、まだ12歳前後。婚約相手は決まっていないの?

 気になるけれど、この場では口に出さない。


 王家と同じ年に子を望んだとして、王子が生まれるとも、令嬢が生まれるとも限らない。

 つまり、それだけ同等の家門に男女が揃っていてもおかしくないのよ。


 ここに集まった侯爵令嬢達も、早い内に王子の婚約者になれないと『見切り』を付ければ、おそらく侯爵令息の婚約者の席が空いている。


(……私は、『友人』を求めていたけれど。彼女らの立場を考えれば)


 もちろん、私よりも優れた令嬢が居るなら、それはいい。

 きっと王家も見逃さず候補に入れる筈よ。


 グウィンズ家と既に結んでいる以上、それはないかしら?

 この場合、令嬢本人の能力というよりは、家門の力を優先されたという事よね。


 とすると表向きとしては『将来の王妃』の友人になれるか否かを見る場ね?


 ……見せつけなければいけないのだわ、きっと。

 他家に。


 『シャーロット・グウィンズが王子の婚約者であるならば、自分達に芽はないのだ』と。


 それも早い段階で。確実に。

 そうすれば彼女達は、王子の婚約者になるのを諦め、滞りなく家格の高い令息と婚約を結べる。


 まだ彼女達は『選ぶ』立場に立てる筈よ。



 そうして、私は妃教育を合わせた知識の差を王妃の前で披露する。

 如何に自身が、その座に的確なのかを示すように。


 ……それは、きっと上手くいったのだと思う。

 ただし、私が当初、望んだような『友人』は出来なかったけれど。



「……ふぅ」

「シャーロット。素晴らしかったわ。これからも、そのように在りなさい。ね?」

「はい。ありがとうございます。王妃様」


 そうして私は王妃様の下、令嬢としての……主に女性を相手にする交流の場を重ねていく。


 それらは友人を作る場ではあるものの、私の立場を前提としたものばかりだったわ。


(そういうもの、かしら)


 貴族だもの。きっといつまでも、腹の内を隠しながら付き合い続ける。


(いつまで?)


 将来の王妃とは、国一番の女性になるという事。

 並大抵の努力でその座に座れるワケもない。


(私は、そうなりたかったかしら)


 この家に生まれたから。

 生まれながらにして義務を背負う。


 義務を背負うからこそ、私は今、生かされている。


 怠れば、きっと明日、食べる物すらなくなるのでしょう。



 ……13歳になった。

 曲りなりにも『友人』のような相手が出来たの。

 それは、とっても嬉しい事だったわ。


 相手はクトゥン伯爵家のご令嬢。


 侯爵家の令嬢が相手だと、いつまでも陰で探り合い、落とし合いが続いていたからね。


 そこで王妃様の計らいで、伯爵家からも交流の場を広く持とうという事になったの。

 クトゥン伯爵令嬢、シーメル様は、その中にいらっしゃったわ。


「よろしくお願いします、シャーロット様」

「ええ。よろしくお願いね、シーメル様」


 貴族令嬢という相手に慣れ始めてはきていた。

 誰も変わらないな、と思う反面、彼女達に私が共感する事が薄いように感じる。


 一歩引かれた立場。

 私もまた一歩、距離を置いた立場だったの。


 ……筆頭侯爵家の令嬢、そして第一王子の婚約者だもの、ね。

 その肩書きの重さを高位貴族ほどに理解し、立ち回っていた。


 だから私に踏み込む者は驚く程に少なくて。

 シーメル様は、そういう一歩を踏み越えてきたのね。


 ええ。私、とっても嬉しかったわ。

 同格の家門でない、というのは、逆に壁を取り払えるものなのかもしれない。



(……ああ。私、誰かに踏み込んで貰わないと、ダメなのかしら)


 私からは踏み止まってしまうから。

 リスクを考えてしまい、踏み込むのを止めてしまうから。


 だから相手から来て貰えないと、私も安心できない。踏み出せない……。


 『それでいい』のだと考える自分が居る。

 私が無茶をする必要なんてない、と。


 私の立場を考えるなら常にそうあるべきだと。


 だけど、同時に。



(……もっと一生懸命に、なりたい。我を忘れるように)


 すべてを卒なくこなし、優秀さを自他共に認めて。認められて。

 こなしている。滞りなく。


 妃教育は厳しくも、私はそれを乗り越えて。

 きっと私は、何でも出来た。


 誰もが羨む程に。何だって。

 出来るのだから。そうあれ、と。


(私はそういう人間。そういう人間だから)


 …………母を見殺しにしたのではないの。


「…………」


 14歳になった頃。

 ようやく、私は気が付いた。


(私、自分自身が……『嫌い』だわ)


 大好きなお母様を見殺しにした私。

 自分自身の保身を考え、すべてを投げ出さなかった私。


 賢しく、振る舞うだけの、私。

 その殻を破れない、情けない私。


「あはは……」


 人知れず。誰も居ない部屋で私は乾いた笑い声を上げた。


 これからも、私はずっと、こうなのかしら。


 大好きな誰かの為に、自分を差し出せなかった。

 そんな自分を嫌い続けて。


 ただ、ただ、賢く振る舞い続ける。優秀なだけの、空っぽの王妃様になって。




「ハロルド様。今日もご機嫌麗しく」

「ああ。シャーロット」


 ハロルド様との関係も、良い関係を築けているわ。

 少なくとも私はそう思っている。


 『王子妃としての私』をちゃんと形作れていると思うの。

 常に、ね。殿下の前でも、きっと完璧にそう振る舞えていたわ。


 ここに座るのは『シャーロット』である必要はない。

 人形のように完璧な『王子妃』が座っていればいいのよ。



「……シャーロットは、いつも頑張っているな。偶には気を休めても良いんじゃないか?」

「まぁ。ありがとうございます。ハロルド様」


 ハロルド様との交流は定期的に続けている。

 母の居ない私は、よく王妃様に頼る事もあった。


 貴族的な立場の壁はあるものの、きちんと『家族』としての関係を築けていると思ったの。



「……そろそろ学園へ入学する時期だ。しかし私達は既に高度な教育を受けた身だろう?」

「ええ。そうですわね」

「……どうだろう? 入学試験やその後、考査で。……私達は手加減する、というのは」

「はい?」


 手加減? とは。


「一体、どういう事でしょう。ハロルド様」

「うん。何も最初から実力を見せつけるような真似をしなくてもいいのでは、とね。シャーロットの実力については、もう皆が知っている事だろう?」


 あえて成績を振るわないようにする、という事かしら?

 でも、それをする事に利点は?


 ハロルド様は第一王子。

 だから、きちんと実力を示した方がいいに決まっている。


 貴族が他人に見縊られてはならない、というのは何も貴族社会だけが原因じゃない。


 人間というものが、相手を見下した際にどこまでも……そう。高圧的になってしまうからよ。


 『攻撃してもいい相手』だと。弱者だと思われてしまったら余計な争いを招くの。

 反撃をしてこない相手だと思われては、こぞって攻撃されてしまうものなのよ。

 だからこそ示せる力は示しておいた方がいいわ。



「ハロルド様。そんな事はなさらず、きちんと実力を示されるべきだと思います。今までハロルド様も王子教育を頑張ってきたではありませんか。その実力をしっかり発揮されるべきですわ」


「だから……!」

「え?」

「っ……! いや。いい。そうじゃないんだ」


(ハロルド様?)


 どうして今、一瞬怒鳴られてしまったのか。

 私には、それが理解できなかったの。


「……何でもない。共に学園入学にあたっても全力を尽くそう」

「は、はい……。ハロルド様」


 それっきり。

 しばらく学園への入学準備などで忙しくて、ハロルド様とは手紙のやり取りが主になっていったわ。


 数か月経ち、15歳になる年。

 私達は、王立学園へと無事に入学を果たした。


 私とハロルド様は入学成績も上位2つを独占した。


 将来の王と王妃として相応しい成績で……学園のスタートを切れたのよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] >私とハロルド様は入学成績も上位2つを独占した。 でも首席はあくまでシャーロットw シャーロットに手加減させ、自分は実力を示して首席を取るつもりだったんかな?ハロルド君
[気になる点] 王子が何故、勉強を手加減しようとか言ったのか私にも理解できん。だって、失礼じゃないか?『本気でメチャクチャ頑張ってやっと真ん中らへん』というタイプの人に対して、手加減して負けてあげるっ…
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