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3話 アレク

「ええと。私は……」


 どうしようかしら。王宮に居るのだから。

 周りを見回す。他に人……、あ、離れた場所に居るわね。

 でも服装が違う?


 侯爵家付きの従者は、馬車で待機しています。

 王宮の人間ではない? なら、どこかの家の貴族?


 ……私は、第一王子殿下の婚約者、ですね。


「失礼致します。お話がしたいのであれば場所を移しましょうか」

「え?」


 私は、微笑みを崩さず、見知らぬ服装をした者達からは離れるように動きました。


「待ってよ!」


 と。少年が私の手を掴みました。


「!?」


 驚きました。

 無礼……というのもあります。ありますが、そっちではありません。

 社会的なもの、或いは人間的な? 感覚とは違う。


(何……?)


 私は、何かを感じ取りました。感じ取りましたが……それが何か分かりません。

 どの感覚に一番近しいかと言えば、母から貰った魔法の本を手に取った時?


(『魔力』に触れた……?)


 魔法を使えるか否かに拘わらず、私は『魔力』を内包しています。


(お母様も魔法は使えないけれど、人とは違う感覚を持っていらっしゃる方だった)


 という事は、この方も魔力持ち?

 私は、振り返り、改めて少年を見返しました。


「行かないでよ。お話をしよう?」

「……私の言葉が聞こえていなかったのですね。お話がしたいのであれば場所を移そうと申し上げたのですよ」

「え? あ」

「話をしないとは言っていません。あちらに移動しようとご提案しました。それとも、何か場所を移すと……不都合な事でも?」

「え、え、え?」


 私は、表情を歪めていないでしょうか。

 どんな時でも微笑みを崩さないのが貴族令嬢だと教わってきました。


 母の死後、令嬢教育に没頭していたので、たぶん他家の令嬢よりは……いえ、分かりませんね。


 比較できる方がいらっしゃいませんので。

 ただ家庭教師にはお墨付きを頂いていますから多少は、はい。


 あとは。



「痛っ……腕が、」

「えっ! あ、ご、ごめん!」


 微笑み、彼を受け入れる態度を見せてから、顔を歪め、掴まれた腕に対して痛みを訴えました。


 幸い、彼には良心が備わっていたようで、すぐに離してくれて良かったです。


「はぁ……」


 私は痛くはないけれど、ビックリはした原因の腕を摩りながら、心を落ち着けます。


(王宮の人間は私の為に動いてくださるかしら? いえ、相手が敬意を払うべき相手なら。でも私は)


 ぐるぐると思考を回転させます。

 せめて隣にハロルド様がいらっしゃってくれれば……と思いますが。


 ないものねだりをしても仕方ありません。

 それに警戒する程の相手でない可能性も高いのですから。


「……お話、でしたかしら。ええと、アレク様?」

「うん! 君の名前を教えて欲しいんだ」


 キラキラと輝いた目を向けている。

 まるで玩具を見つけた子供みたいな目。


(とすると私は玩具?)


 ハロルド様とは違う目ね。

 私が学んだ限り、同年代の子で、私より身分の高い人間はそうは居ない。

 でも、当然どこにでも上には上が居る話。

 そして、ここは王宮……。


(まさか)


「失礼。アレク様。ご家名は何と言うのでしょう?」


 彼付きの従者の事も視界に入れながら、名乗る前に彼に問う。

 ここで彼の従者が『不敬だぞ』とでも怒るなら私の推測は確定。


「え? あー、その。言わなきゃ、ダメ、かな?」

「……無理にはお聞きしません。ですが、貴方の方が家名を名乗りたくない、という事ですわね?」


 つまり、如何様な身分であるにしても、それを隠す意図が彼の側にあると。


「え、あ、あー、うん。そう。僕はただのアレクとして話したいんだ」

「……そう」


 ぐるぐる、ぐるぐると頭の中は回る。


(ただのアレク? ここは王宮なのに)


 ありえない言い分でした。そして、そのように語るという事は、やはり?

 ひとつひとつ、可能性を潰しておきましょう。



「……申し上げます。アレク様。私は、グウィンズ侯爵家の長女でございます。家名、名乗れずとも、どこぞの高貴な出の方なのでございましょう? どうか、私の事は『グウィンズ侯爵令嬢』とお呼び下さいませ」


 私は、カーテシーで行儀よく挨拶して見せました。

 最初からすればいいのに、と指摘されてしまいそうです。


 でも、まず見知らぬ方しか居ない場所から立ち去りたいと思ったんです。

 せめて王宮の者が多い場所に移動してから、と。


 それも腕を掴まれて止められた事から、この相手が嫌がるらしい事が分かってしまいました。

 強引には離脱できません……。


 それでも掴まれた腕を痛がった私から、すぐに腕を離した彼には、良心があると期待できました。

 だから、この場での対話を続けてみます。

 穏便にここを離れたいと思います。

 正式な自己紹介を経ての場なら、ここまでしなくてもいいかと思うんですが……。



「あ、いや。家名じゃなくて、君の名前を……教えて欲しいんだ」

「私は、ただの『グウィンズ侯爵令嬢』として貴方と話したく思います。アレク様が家名を名乗らないのと同じ気持ちですね? ふふ」

「え、あ」


 ニコニコと微笑み続けました。

 家庭教師に教えられた直伝の微笑みです。


 ハロルド様には『笑っていない』と見破られてしまいましたが。


「ご、ごめん」

「…………はい。では、お話はここまででよろしいですのね」

「え? な、なんで!?」

「え? 今、アレク様が私を『無理に引き止めて』『無理に話を続けようとした』事を謝罪されたので……てっきり、お話は終わりかと」

「ち、違うっ」

「まぁ」


 慌てたご様子。少年らしい反応、と言うのでしょうか。

 悪意は感じられませんね。


 従者の方々の反応は……、困ったような感じです。

 私の返しは一線を越えていなかった、いえ、許されたようですね。


 おそらくアレク様の謝罪は、『自分が先に名前を隠した事』に対してだと思います。


 私は、それを曲解して受け取り、『迷惑だ』と返した……つもりでした。

 ストレート過ぎたかしら?

 貴族らしい皮肉は、まだまだ未熟ね。



「……私の家、グウィンズ侯爵家は、レノク王国では有数の貴族であると学んでおります。その事を聞いてもアレク様は、お気になさいませんのね?」

「ん。それは、だから……ね?」


 ね、ではありませんけれど。


 侯爵家の名を理解していない、というワケではなさそうです。

 つまり、筆頭侯爵家の娘相手に引かずとも良い身分。


 王宮内に立ち、見覚えのない服装で統一された従者達を従える、同年代の少年。



(他国の……王族? 或いは、他の侯爵家。辺境伯家。その辺りの貴族令息)


 自国の貴族であれば、やはり不味いのではないでしょうか?

 私の立場は今や王子の婚約者なので。


 変に私に関わると、彼の家の家格が下過ぎた場合、彼の家が危険です。

 私は侯爵令嬢でありつつ、準王族にもなった……と聞きました。

 不敬と取られてしまうと。


 たとえば、こう、彼の家が男爵家だとか。いえ、もっと言えば平民……それはないですよね。

 王宮に居る事から考えて。


 いえ、いえ。

 知識ばかりを蓄え、経験不足な私。


 それでも今ある知識を総動員して、目の前の難題に取り組みます。



「ふふ。申し訳ありません。私、少し自惚れていたようです」

「うん? 自惚れ?」

「はい。少し舞い上がってしまっていました。グウィンズ侯爵令嬢である事と、……そしてハロルド第一王子殿下の、婚約者として私が決まったこと。これらの点があるから、皆様、敬意を払って下さるのかと。ふふ。本当、思いあがっていましたわ」


 はい。王子の婚約者。

 それは、一種の『権力』でしょう。

 振りかざすのはよろしくないかと思いますが、知らせておいて損はない話。


 貴族階級相手ならば特に、です。


 ドキンドキンと心臓が高鳴っています。

 立場を明かすのはいいですが、相手がより上の可能性もありますから。


 失礼のないように振る舞いつつ、相手を立てながら……距離を取る。

 いえ、距離を取って貰うのです。



「え……。君、婚約者……いるの?」

「ええ。私の婚約者は、レノク王国の第一王子、ハロルド殿下ですわ」


 そこでようやく彼、アレク少年は一歩引いたような態度を取ります。

 心なしかショックそうな表情を浮かべていらっしゃいますね。


「そ、そう……なんだ……」

「はい。なので……。ええ。ハロルド様が先程、用事があると離れてしまったので。私も彼に会いに行かなければなりません」


 会う必要はありませんが、このまま帰ると告げるよりは王子に会いに行くと言っておく方が無難……だと思いました。


「そう、か。うん……。なら、邪魔をしたね」


 これは、もう離れても良さそうです。

 はい。やり切りました、私。えへん。


「はい。アレク様。お話が出来て嬉しく思います。それでは」

「あ、ああ」


 最後まで家名を名乗らなかった彼。

 最後まで名前を名乗らなかった私。


 ある意味でお似合いの私達のやり取りは、そのようにして終わりを迎えました。

 そうして私は歩く速度は変えないまま、しかし心は逃げるような気持ちで彼に背を向け、立ち去ったんです。



(魔力持ち……の方)


 腕を掴まれた時。ピリリとした感覚でした。

 あれが魔力持ち同士の反応でしょうか?


(でも、お母様と違ったわ……)


 お母様も魔力持ちです。

 お母様が傍に居た時は、もっと安心するような、愛おしさを感じたのだけど。


 彼の魔力は何か、もっと、こう。


 邪悪とは違いますが、何か。



「…………囚われるような、感覚」


 言葉で表わすならば、こうでした。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんかこのアレクという物体、ガチで気色悪い
2023/08/25 07:37 退会済み
管理
[良い点]  おおう、こんな「わかってるよね?僕の言いたいこと」的なキャラクターキモチワルイ。  一見すると微笑ましく見えなくもないのに。  しかし流石シャーロット、警戒心バリバリなのは大正解でしょう…
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