2話 『運命』の出逢い
「陛下。お話しておかなければいけませんわ」
王宮。婚約者として既に決まっていた私と殿下の顔合わせの場にて。
私は、機会を得て自身の魔法について話しました。
メイリィズ家には昔から伝わる魔法のようですし、隠しておいても意味はありませんからね。
妙な勘繰りをされる方がよくありません。
「は……? 魔法、だと?」
それで陛下達も驚かれたのですが、何故か一番驚愕の表情を浮かべたのがお父様だったの。
「シャーロット! 私はそんな話は聞いていない!」
「え? お父様は把握されていなかったのですか?」
「……!?」
私は首を傾げました。
お母様も別に隠していなかったと思います。
私に言い聞かせる言葉を侍女が聞いていた事もある筈。
メイリィズ伯爵家に連絡を取り、資料を受け取っているので私が、それについて学んでいる事も隠せません。
たしかに魔法を使った事自体は部屋に一人の時でしたけど。
「……報告が遅れました事、謝罪致します。ただ、魔法が使えると申し上げましたが……強力な魔法ではございません。そして、軽々に使えるモノではない事をお伝え致します」
私は、父に形ばかりの謝意を示した後、すぐに国王陛下に向き直りました。
父に対して思う事もありませんし。
(あら……?)
そうだったかしら。お父様に対して、私、こんなだった?
(……まぁ、いいわ)
代償として記憶を差し出す必要がある。
その為、これから受けるだろう王妃教育や、侯爵令嬢としての知識。
私の負う身分・立場にとっては失うものの方が大きく、その為、大それた事は出来ないと伝えます。
王子妃、王妃、或いは女侯爵となる者が記憶喪失になる魔法、というのはあまりに相性が悪いですよね。
「母の家系であるメイリィズ伯爵家が継承してきた魔法のようです。譲っていただいた資料もありますが、もっと多くの記録は、かの家に保管されております」
「……そうか」
「私個人としても、過去の記録と向き合い、研究してまいりました。現状、その程度の魔法である、とご認識いただければ」
「分かった。覚えておこう」
ほっ、と息を吐きました。
ひとまず、一つ目のすべき事をこなしたようです。
魔法が使える事を王家に黙っていて、後から問題になっては困りますからね。
「…………」
ん。陛下達に説明を終え、ふと気付くとハロルド殿下が私をじっと見つめていました。
「ハロルド殿下?」
「あ、ああ。いや。……シャーロット嬢は父上達と物怖じせず話すんだね」
「え? そう、ですね。はい。お許しいただいてますので」
「……そうか」
ハロルド殿下は、困ったような顔を私に向けました。
何でしょう。私は首を傾げます。
殿下とは違い、陛下や王妃様はそんな私に、にこにことした笑顔を向けました。
期待を向けられている、と感じます。
「これからよろしくお願い致します、ハロルド殿下」
「あ、ああ。よろしく。シャーロット嬢」
私は、ハロルド殿下と微笑み合い、握手をしました。
良好な関係が築いていけそうな予感がします。はい。
結婚相手がどのような人間か分からない、という不安はありましたが……ハロルド殿下となら問題なさそうですね。
胸のつかえが一つずつ取り払われていきます。
そして私は、王宮に通い、王子妃教育を受ける事になりました。
妃教育を受ける事自体が、政治です。
私がそれを受ける事によって、また教育過程が進む事によって、私の評価が高まっていきます。
……妃というのは、愛だけで選ばれる立場ではありませんから。
陛下が、王妃様や宰相、大臣達と話し合って『誰が的確か?』と決める立場。
次代の治世に関わりますからね。
そういった会議の場で『彼女は妃教育を修了している』などという事が評価基準になるのです。
王宮での話が終わった後、私は父と一緒の馬車で屋敷へ帰る事になりました。
父とこうして二人きりになる機会は、今まで滅多にありませんでしたね。
「……何故、黙っていた?」
「はい? 何の事でしょう」
「とぼけるな! 魔法の事だ!」
「……ああ。それは」
(お父様は、何を怒っていらっしゃるのかしら……?)
はて、と私は首を傾げます。おかしいわね。
前までは、父に対してもっと冷静じゃなかった気がするのだけど。
今はなんだか父の存在が『希薄』だわ。
怒られてもどうでもいいような感覚。不思議ね。
「本当に把握されていらっしゃらなかったのでしょうか。私はご存知だと思っていました。私が魔法を使える事は、母から教えていただきましたし。お母様からはお聞きになっていらっしゃらなかったのですか?」
「……っ! シェリルの話は持ち出すな!」
「はぁ……?」
そうは言っても。お母様から聞いていてもおかしくないと思うでしょう?
二人は夫婦だったのだから。
「それよりもお父様。私が王子に嫁ぐのであれば、グウィンズ家はどうされるのでしょう?」
「……っ! 貴様」
「はい」
私は、淡々と。冷静に父と向き合っていました。
なんだか今まで、そんな事が出来なかったような気がするのですが……。
どうして出来なかったのかしら?
お父様であるとて、そう。
国王陛下達のように『他人』と考え、正面から向き合えば良いのね。
今は自然にそれが出来ている。
陛下達と話をする機会を得て、私も成長したのかしら。
「……、お前?」
「はい」
「……己の記憶を消す、魔法と言ったな」
「はい。そうです」
「……使った事はあるのか?」
「え」
あるけど。どうしましょう。言ってどうなるという話でもないような。
ううん。
「はい。一度だけ。試しに使ってみました」
「………………お前は何を忘れた?」
「何を、ですか?」
「……シェリルの事を忘れたのか」
「まさか! お母様の思い出を消すなんて致しません」
私は首を横に振ります。
けっしてお母様の記憶には手を付ける気はありません。
ええ、それだけは。
「では、何を消した」
「何を……、ええと。少々、お待ち下さい。魔法を使う前に記録を付けておりまして」
いえ、『覚えて』いたのですけどね?
うん? 覚えている? 何を?
……これは、少し考えものね。
覚えている事が正しいの? 忘れている事が正しい?
何を消そうと判断したかは覚えている。
でも、実際に消した記憶に心当たりがない……。
(……使いどころが難し過ぎるわね!)
でも『記録』は消えなかったの。
私が事前に『何を消そうとしたか』について書き留めていた記録が。
だから私は、私の行動を把握している。
そして『事象』は既に起きたのだから、私の記憶は消されている筈。
「お父様との思い出の記憶を、と記録には書いてありましたね」
「……な、に?」
「ですが、私はお父様をお父様としっかり認識しておりますので。魔法の天秤に焚べたのは、おそらく些末な『思い出』の類かと。どのような思い出であったか。今の私には見当がつきませんが」
「なっ」
あら。どうして震えていらっしゃるのかしら、お父様は。
私は首を傾げました。
(このような人だったかしら……?)
以前までの印象とは違う気もします。
でも、まぁ、問題ないでしょう。
私は、彼がお父様である事を認識できていますし。
グウィンズ侯爵である事も忘れてはいません。
……過去の私が『消してもいい』と思った程度の思い出ですから。
きっと、その程度の『価値』なんでしょうね。
「…………シャーロット」
「それで」
私は、不可思議な態度を取られるお父様に言葉を続けました。
少し話を遮ってしまったかもしれません。
「結局、侯爵家の跡継ぎはどうされるのでしょう? 未来で私が生む子を一人、侯爵家に戻しますか? それとも改めてお父様が後妻を娶りますか? 母が死んで2年。筆頭侯爵家ですから釣書も多く来ていましょう」
貴族は血を繋ぐ事も義務ではあります。
とはいえ、もっと大事な義務は、領民を守る事です。
血の存続の目的は、家門を安定させる為。
『あいつは相応しくない』といちいち騒ぎ立てられたり、反発されれば、その分、別の場所に皺寄せがいきますからね。
(魔法使いの血を繋ぐ事も義務……かしら)
貴族家同士で婚姻を繰り返していますので、私のように他所の家に魔法使いの血が発現する事もあります。
魔力の高い嫡子だけを生かし、あとは間引く……でもしない限り、一つの家に魔法使いの血を留めておくのは難しい。
「……後妻は取らん。俺の妻はアレだけで十分だ」
「まぁ」
少し意外に感じました。
よもや、お父様はお母様を愛してらしたのかしら?
「妻など面倒なだけだと分かった。子は縁戚から相応しいものを招けばいい。……お前は滞りなく王妃となれ。それがグウィンズ家の為だ」
「……分かりました」
まぁ、お父様ってそういう人ですよね。
はい。いつも通りの話です。
それから父は領地管理の他に、縁戚から次代の後継者に据える者を探し始めました。
私の方は、王宮通いの始まりですね。
侯爵令嬢、そして女侯爵となる教育とはまた異なる妃教育です。
幾日と王宮通いの日々は続きました。
ハロルド殿下……ハロルド様との関係も、はい。良好なものが築けています。
「……ふふ」
「ああ、シャーロット。今、笑ったね。珍しい」
「珍しい、ですか?」
「ああ。君は、いつも表情がない、いや、微笑んでいるのだけど」
「まぁ」
そうかしら? でも、侯爵令嬢として表情の作り方の教育も受けています。
……母が亡くなって2年。
しっかりと学んできたお陰、でしょうか。
(……ああ、違う、のかしら?)
「私、笑っていなかった……のですね。ハロルド様」
「いや、……なんというか。作ったような笑いだと思っていたんだよ」
「では」
そう。
結局、私は……母が亡くなって塞ぎ込んでいた?
令嬢としての教育にのめり込み、表情を作る事ばかりを覚えて。
だから今まで『笑って』はなかった……?
「ハロルド様が、私に『笑顔』をくださいますか?」
「っ……! あ、ああ。もちろんだ。シャーロット」
「ふふ!」
ああ。良かった。
そう思えたの。ハロルド様が私の婚約者で良かった、って。
貴族の義務と、意地だけで立っていた私は、その時にストン、と。
地に足を付けた気がしました。
……今更、泣きじゃくるような真似はしませんけれど。
それでも。母の死を本当の意味で乗り越えた……ような気がしたんです。
ハロルド様が頬を赤らめて、私を見ています。
どうやら私達は、政略結婚ですが……きちんと互いを愛し合って結ばれる奇跡に恵まれそうでした。
「じゃ、じゃあ! またね、シャーロット! そ、そう。父に呼ばれているんだ、大事なお客様が来るからって!」
「はい。ハロルド様。またお会いしましょう」
照れ隠しのように走り去っていくハロルド様の後ろ姿を見送り。
私は、微笑ましいような、嬉しいような、温かな気持ちでした。
しばらくの間、中庭でその余韻を楽しんだ後。
私は、屋敷へ帰ろうと立ち上がり、歩き始めます。
すると、そこで。
「ね、ねぇ、キミ! 待って!」
「え?」
私は誰かに呼び止められました。
呼び止めた声は、幼い声。大人ではありません。
振り向くと、そこには……私やハロルド様と変わらない歳の少年が立っていました。
「……貴方は?」
ここは王宮内。それも王子殿下が来るような場所。
侵入者、ではないでしょう。
少年の身なりは整っていました。貴族だと思います。
髪の毛は私と同じ黒髪で、瞳の色はエメラルドのような緑色。
ハロルド殿下のように王子に劣らぬ衣装を身に纏った……少年。
「ぼ、僕は『アレク』って言うんだ。君の名前を教えてよ!」