プロローグ ~シャーロットの知る愛~
そしてプロローグが始まる。
私は、賢しい子供だったと思う。
他の子が成長するのがどのぐらいなのか。比べる対象が居なかったから分からなかったけれど。
「シャーロット。貴方は、もう私の言う言葉が理解できるのね」
「はい。お母様」
お母様は侯爵夫人。シェリル・グウィンズ。貴族よ。
私と同じ黒い髪と、紫の瞳をしたお母様。
5歳を越えた辺りで、私はきちんと大人と会話が成立し始めていた。
もちろん、知識の違いは大きかったけれど。
「……シャーロット。賢い貴方だから、今、言ってしまうわね」
「はい。お母様」
「貴方には、魔法の力があるの」
「魔法?」
その言葉に首を傾げる私。
理解できなくはない、のは……おそらく幼児向けの『物語』を読むような教育も受けていたからね。
「だけど、その魔法を使ってはいけないわ」
「え? どうしてですか?」
自分に魔法の力がある。そう言われて、使わないなんて選択肢はなかった。
「貴方の魔法はね。使うのに、大変な……、ええ。簡単には使えないモノなの。代わりに失うモノがあるのよ」
「失う」
お母様は私に語って聞かせたわ。
魔法を使える人間は、とても少ないけれど存在する。
使う事の出来る魔法は、それぞれに決まっていて、多彩な魔法を覚える、といった事は出来ないこと。
つまり生まれつきの才能であり、万能の力ではない。
あくまで『固定・固有の能力』であること。
魔法を使える人間は、概ね血によって継がれていく。
ただし、親が魔法を使えるからといって、必ずしも子が魔法を使えるワケではない。
現に私は魔法が使えても、母は使えないという。
では、父ならば使えるかと問えば、首を横に振られた。
「貴方が魔法を使えるのは私の家系のせいね。だからダリル様は使えないわ」
「……それは、どうやって分かるのですか?」
魔法使いの家系だったのは母の方らしい。
どうも、魔法を使えるかどうかの判別も出来るらしいけれど。
また『魔法を使う』ことと、身体に宿っている『魔力』は別なのだとか。
「…………?」
ええと。
つまり、『魔法』は特定の何かを起こす現象。
『魔力』は、そのエネルギーとなる力。
母と私は、この『魔力』が多くあり、それを感知する事は出来るという。
「つまりお母様は、魔法は使えないのに沢山、魔力を持っているのね?」
「そうね」
「……それって、どういう状態なの?」
「そうねぇ」
魔力持ち同士は惹かれ合うらしい。感覚的に分かる……とか。
また、そんな魔力持ちの母は実家から継いだ魔法についての書物がある。
「貴方が持つべきモノよ、シャーロット」
「はい。お母様」
それは一冊にまとめられた本。
私の家系に継がれる魔法について記録したモノだった。
「あ」
「分かる?」
「……はい。何か感じます」
その本を持った時。感じる何かがあった。
「魔力を持つ者だけが開ける本……らしいわ。書いてある内容は、あくまで記録や研究なのだけど」
「この本を持っていれば魔法が使える、というワケではないのですね」
「ええ。そうよ。それは、あくまで魔法を使える者に渡す研究記録」
「研究記録……」
どうしてそんなものが?
魔力持ちに魔法の行使を促す研究? それとも。
「シャーロット」
「はい。お母様」
「賢い貴方には、言って聞かせなければいけない事がある。これから私は……何度も何度も貴方に言わなければいけない言葉」
「……はい」
いつになく真剣に。
私の母、シェリル・グウィンズは私を見つめて言った。
「楽な道ばかりを選んではいけない。魔法に溺れてはいけないわ」
楽な道を……。
「貴方なら、きっと分かる筈。貴方の継いだ魔法について知れば。魔法に溺れれば、きっと貴方は身を滅ぼしてしまう。楽な道を選ぶ事にばかり慣れては……シャーロット。きっと貴方は魔法に溺れ、やがて、いつか……自分自身を失ってしまうわ。だから、私の言葉を忘れないで。シャーロット」
「……はい。お母様」
お母様は、そうして幼い私に何度もその言葉を言い聞かせた。
楽な道を選ぶ事に慣れてはいけない。
魔法に溺れてしまってはいけない。
だけど。
時には、この力が私自身や、誰かを救う事を恐れないで。
貴族としての矜持や、義務について学ぶよりも先に、私は母から魔法使いとしての覚悟を教わった。
そして、それはシェリルお母様の愛だ。
何故ならば。
私が受け継いだ魔法は【記憶魔法】。
自らの記憶を焚火にして、事象を引き起こす魔法。
母の一族が遺した研究記録に触れる。
侯爵令嬢としての教育を受ける傍らで、己の持つ魔法というものについても向き合ってきた。
だからこそ私は母の愛を確信し、まっすぐに立つ事が出来たの。
……たとえ、私を愛してくれたお母様が病で亡くなったとしても。
私、シャーロット・グウィンズは……確かに親から向けられる愛を知っていたのよ。
何か物語が、完結後から、終わりから始まったような構成になってきましたが
全く計算せずに書き始めるとこうなるんだぞ! という戒めと共にお楽しみ下さい。