戯曲
この世界は『乙女ゲームの世界』……ではない。
まぁ、完全に無関係ではないんだけどね。
『私』には分かる。
何もこれは『この世界は現実よ。ゲームとは違うわ!』……なんて綺麗事の話じゃないの。
ヒントとなる違いはハロルド王子だろう。
仮にマリーア・レントがヒロイン、つまり読者目線のプレイヤーキャラで主人公だったとして。
ヒーロー役のハロルドに、婚約者が居るのは『おかしい』という事になる。
だって、そうでしょう?
ハロルドに婚約者なんて居たら、いちいち婚約解消なり破棄なりしなくちゃいけない。
それじゃあ、まるでヒロイン側が悪者みたいになるじゃない。
つまり、この世界が乙女ゲームのままの世界だとおかしいっていうワケ。
主人公はマリーアじゃない。
この世界の主人公は、シャーロットだ。
ここは乙女ゲームを元にした物語をベースにした世界……。
シンプルに言おう。
この世界は『悪役令嬢モノの世界』だ。
乙女ゲームの要素は『作中作』に過ぎないの。
雑に流れを言えば【婚約破棄された悪役令嬢は、国外追放された先で隣国の王太子に溺愛される】……ってところかしら?
そして、ハロルド、ゼンク、クロード、マリーアなどといったネームドキャラクターは『ざまぁ要員』に過ぎないわ。
この世界は、あくまでヒロインであるシャーロットと、ヒーローである『アレク』の物語。
ハロルドやマリーアの出番もあるけど、基本的には終盤で雑にざまぁで片付けられる連中よ。
本編はシャーロットとアレクが知り合い、ラブラブになっていく話が本筋。
ハロルド達は、エンド後の『オマケ』要素で、それぞれの末路が語られる程度の存在ね。
ちなみにアレクは、ハロルドとの対比なのか、黒髪で緑色の瞳をした美形。
雰囲気的に言うと『魔王』みたいな感じね。別に魔族設定でも何でもないけど。
シャーロットを溺愛し、彼女を傷付ける者や敵対者には容赦しないってタイプ。
めちゃくちゃ愛が重いヤツね。
私が知る知識の中で、マリーア・レントは『転生者』だった。
それもアレよ。
『自分の事を乙女ゲームのヒロインだと思い込んでいる、頭がお花畑の勘違い女』ね。
でもマリーアの策略が上手くいくのは学生時代の間だけ。
彼女の人生は最初は順風満帆で、悪役令嬢であるシャーロットは何もかも上手くいかないの。
これも定番で、シャーロットがどれだけ悪戦苦闘しようが、あがこうが、わめこうが、誰も彼女の努力を評価しないし、その努力の成果も搾取されるし、悪評が立った時だって、どれだけ奔走して立て直そうと努めても無駄どころか逆効果になるわ。
不自然なぐらいに誰にも信じて貰えず、シャーロットは学園、実家、王家、貴族、すべてから疎まれ、嫌われ、拒絶される運命にある。ドアマットヒロインって奴ね。
どうして王国の連中がそこまでアレかっていうと……最終的に彼等、滅びる運命にあるからなの。
乙女ゲームの知識で次々と男達を手玉にとったマリーアは、ハロルド王子を落とす。
そしてハロルドはシャーロットに婚約破棄を突きつけて、その上、国外追放を言い渡すの。
失意の中、実家に帰ったシャーロットは事の顛末を父親であるダリオ・グウィンズに話す。
当然、そんな状況に陥ったシャーロットを赦し、匿うような父親ではなかったダリオは、シャーロットを家から追い出してしまうわ。ご丁寧に除籍処分もしてね。
そして王家から、というか王子の使いがやってきてシャーロットを連れ出し、辺境へと連行していく。
一方で、シャーロットが婚約破棄され、追放された事を知ったアレクは『要らないなら俺が拾おう』という事で彼女を救いに向かうわ。
そして隣国に流れ着いたシャーロットは、しばらくは何とか一人で頑張っていく。
優しい人に助けられ、努力と献身で返し、何とか食べて生活していって。
『平民の暮らしも悪くないわね』なんて思った辺りで王太子アレクと出逢うのよ。
まぁ、そこからは順当に甘々展開って感じね。
もう語るまでもないってところ。
隣国の王太子とシャーロットがラブコメをしている一方、ハロルド達は落ちぶれていく事になるわ。
彼等は最終的に、その愚かさでレノク王国をダメにし、内側から滅ぼす事になる。
でも、そこはシャーロットの物語だからね。
レノク王国崩壊の原因は、シャーロットじゃなく、あくまでハロルド達の選択ミスよ。
たとえば……ハロルドが分かり易いわね。
彼は、シャーロットを追い出した後は、得意満面の顔で過ごし、マリーアを抱いてご満悦。
でも、すぐに皺寄せが来る事になる。
今までシャーロットに押し付けていた政務の負担がすべてのしかかる事になるわ。
それから今までシャーロットがサポートしてくれていた苦手分野もこなさなくちゃいけなくなる。
それから逃れる為に『じゃあマリーアに仕事をやらせろ!』となるけど、シャーロットの優秀さを知っている教育係が、マリーアの教育なんてして不満を持たないワケもなくて……。
早々にマリーアは勉強を投げ出してしまうの。
その上、傲慢な振る舞いはますます増長し、勉強もせず、散財だけはする女に。
ハロルドの王子としての評判だって地に落ちていくわ。
そうなっては面白くない彼は、どうするか。現状の打開策は?
『そうだ。シャーロットを連れ戻して、そして側妃にしてやろう』……ってなるワケよ。
まさにざまぁの序曲ムーブね。
当然、そんな事を赦さないヒーローのアレクはシャーロットを魔の手から守る。
攻防をしている間に、だんだんとハロルドのせいでレノク王国の中央から廃れていき……。
ってね。
重要な点として、レノク王国崩壊の責任がシャーロットにないって事。
だから『分岐点』は婚約破棄じゃなくて、その後になる。
クライマックスでシャーロットと、ハロルドが対峙した時に彼女は認めるわ。
『婚約者として、良好な関係を築けなかった落ち度は自分にもある』って。
そして婚約破棄を理不尽と感じはするものの、でも『未来の王妃』としてのそれは、所詮は『政争で負けた』に過ぎない事だって。だから、シャーロットは婚約破棄の点でハロルドを責めるつもりはなかった。
だけど。ハロルドが間違ったのは、その後だと語るの。
シャーロットがいなくなった後。
今まで押し付けてきた仕事や、王子教育を……歯を食いしばってでもハロルド自身が頑張っていれば。
仮にマリーアがパートナーとして使えなかったのだとしても、それなら政務をこなせる令嬢を妃に改めて据えていれば。
そうしていれば、シャーロットが隣に立っていた場合ほど華々しいものじゃなかったとしても。
平凡な王という評価だったとしても。
民を不幸にし、貧しくし、国を滅ぼすまでに落ちぶれる事なんてなかった筈だ、ってね。
そうしてシャーロットのせいではなく、自らの愚かさこそが国の破滅を導いたのだと突きつけられてしまったハロルドは崩れ落ち、後悔しながら生涯幽閉される事になる。
幽閉され、時期を見て毒杯を飲む事になったわ。
属国となったレノク王国は、まだ幼い第二王子が継ぐ事になり、ベルファス王国の傀儡として統治される事になるの。
まさに『ざまぁ』展開ね。自業自得というワケ。
エピソードは違うけど、だいたいゼンクやクロードも似たような感じで破滅する事になるわ。
ゼンクは騎士としては再起不能になるし、クロードは宰相なんて頭を使う地位どころか肉体労働に従事する末路。
その中でも一番悲惨な末路を辿るのはマリーアになるわね。
転生者のマリーアは、ハロルドの婚約者になった後、我儘放題に散財する。
それだけじゃなく、聞こえだけはいい現代知識を披露して、それに乗ったハロルドは最悪の政策を連発させて国庫をどんどん圧迫し、優秀な人材達を疲弊させていくわ。
現代と、王国では何もかもが違うっていうのに、その違いを理解せず、現代の知識の方こそ正しい! だから完璧! ……って感じで政策を進めさせて、すべて失敗・破綻・壊滅していくのね。
上手くいかなくなる度に『なんでなんで!』って彼女が喚き散らし、ボロボロになっていくレノク王国。
……で。上手くいかない事は『全部、シャーロットのせいだ!』って考えるのよ。
シャーロットが何もしていなくてもね。
そうしてシャーロットを害する計画を立てるけど、これもアレクがすべて退ける。
最後は、捕まってハロルドみたいにシャーロットと対峙して説教されて、哀れみを向けられて、ジ・エンド。
その後の処分は、シャーロット本人には教えられないけど、読者には語られる事になったわ。
何より、マリーアは最後の対峙の前に、嫉妬と憎悪で狂ってシャーロットに襲いかかり、刺し殺そうとしたの。
それがいけなかったのね。ヒーロー役のアレクの逆鱗に触れる事になった。
マリーアは、犯罪を犯した者達を強制的に働かせている、犯罪奴隷の鉱山に連れていかれる。
そこで……まぁ、ね。
彼等の慰み者として使い潰される事になるわ。
死ぬ事さえも許されず、容姿だけが取り柄で、何の努力も勉強もしてこなかった彼女は、その性を何年も何年も使い潰されて。
彼女は、ずっとシャーロットを嵌めた事を後悔しながら、生き地獄を味わう事になって終わる。
『ざまぁ要員』の彼等は、シャーロットに執着し、嫉妬し、憎悪し、恋慕する。
シャーロットを忘れられなかった彼等は、自らの愚かさによって選択を誤り、王国を破滅に導き、そして自らを破滅させるのよ。ざまぁ、ね。
それらは全部、彼等の愚かさが招いた結末であってシャーロットの責任ではない。
けど、彼女は『自分のせいで多くの人間が不幸になってしまった。彼等をこんな風に歪めてしまった』と嘆くの。
そこからは……うん。
よしよしタイムね。アレクは彼女を慰め、もうすべて自分に任せればいいって、王宮に閉じ込めるわ。
なんと溺愛監禁エンドね。
……まぁ、お察しというか。
王太子なんて立場なのに、婚約者が今までいなかった、なんていうふざけた設定のアレク。
その原因、理由が補足説明される事になる。
シャーロットに執着していたアレクは、裏から手を回し、時には……黒い事までして、自分の婚約者候補をすべて辞退させていたの。そんな事をする、無駄にハイスペックなヤツが、レノク王国に手を回していない筈もなく……。
これは確実には語られていないけど、そもそもシャーロットが婚約破棄を突きつけられる場まで、徹底的に追い詰められたのは……と、読者の間で考察されているわ。
国王もあわよくば隣国を落としたい、という野心があった。
それを渋っていたのは、今まで国力に差がなく、また厄介な辺境伯家が国境を守っていたからね。
家名も語られない『モブ』の辺境伯家も設定上だけでは強い。
ただし、レノク王国の中央がハロルドやマリーアのせいでグズグズになっていき、内政悪化したせいで支援が受けられなくなり、疲弊していったの。
それから……ここがヒーロー役のアレクの怖いところ。
強固な辺境伯家を落とせないなら、それ以外から落とそうって策略を長い年月を掛けて取っていた。
それも直接的にじゃなくて、外側から攻めていったのよ。
遠回しに、時にレノク王国に利益のある形で、辺境伯の息子の縁談を潰していったの。
縁談が決まりそうなのを察知したら、その相手の家により良い話を持っていく、とかね。
それでどうするのか? って。
辺境伯の息子の縁談に、ベルファス王国の間者の家の令嬢を捻じ込んだのよ。
『他に相手が居ないから』ってね。
自分達から推薦したのではなく、消去法で辺境伯家自ら、その家との縁談を組ませる形に仕組んだ。
そうしてモブ辺境伯の息子と、婚約期間を通り越し、さっさと結婚する事になる、とある家の子爵令嬢。
アレク率いるベルファス軍が、レノク王国の侵略を開始した際。
結婚し、信頼した子爵令嬢の手によって辺境伯の息子は後ろから刺される事になるの。
策略によって辺境伯家を崩したアレク。
辺境伯家が潰されれば、もう疲弊したレノク王国には為す術がなく、あっという間に王都まで制圧されて……。
ハロルド達は無様にわめき散らしながら、一矢も報いる事なく捕まるわ。
そうしてレノク王国を降し、大きな功績を上げ、実力を示したアレクは、シャーロットまで手に入れ、王になる……。
と、まぁ、これが私の知るこの世界の『運命』ね。
ここまで知っている私が、この運命に介入しないのか。
或いは、あえて介入するのか。
っていうと。まぁ、実は私にも『元からの役割』があるワケよ。
レノク王国を救う事は別にしないわ。だって、ここは現代社会と違って、戦争はいけません! なんてナイーブな世界観じゃないし。まだ隣の国を滅ぼして領土を拡大すれば、我が国は豊かになる! ……って考えが主流になくもない世界なのよね。
そして私の帰属意識は、レノク王国にはない。
私はベルファス王国の人間として育ったし、意識もそうだ。
だからレノクを滅ぼす事は……別に、っていう。
どうせ愚か者がトップの国だしねぇ。遅かれ早かれというか……。滅びるでしょ? あっち。
なら、むしろアレクに滅ぼされた方が彼等の国の為じゃないかな。
キャラに感情移入するから助けなきゃ、ってものもない。
シャーロットは別よ?
でもハロルドとか、マリーアなんて、ほとんどモブに近いもの。
出番の長さの違いってヤツね。まぁ、ほぼシャーロットとアレクのお話だから。
だから私は、自分の利益の為にも、『運命』を全うする。
そうした方が王太子殿下の覚えもめでたいってもの。
頑張れば美味しい思いが出来るワケね。ビバ、権力の加護。
ベルファスの為に今日もお仕事をこなすわ。
懸念点だったのは、やっぱりマリーアなのよね。
だって『転生者』でしょう?
いえ、ここがシンプルに『乙女ゲームの世界』ならいいのよ。
なら、転生者が居ても納得するじゃない。するかしら?
でも、ここは『悪役令嬢の世界』だから。
『転生者という設定のキャラクター』って……何? って話なのよね。
それは転生者なの? 私と違う世界の現代から来たの?
それとも、転生する前の世界も、そういう設定の世界なの?
本当に『私』と話が合う人間かしら、それ。
もしかして、その地球にある国の名前とか、私が知っているモノと違ったりしない?
……なんてね。
そう考えていた懸念、疑問は私の仕事で把握する事になった。
マリーア・レントは、おそらく現地人だ。
つまり現代の知識なんて持っていない。
これは大きな差異となるでしょう。だから私は彼女に接触を試みたの。
「うふふ……」
この世界での魔法使いはね。特異点なの。
『運命』に干渉できる、或いは理から外れた特別な人間よ。
ええ。私の輝かしい、そして満たされた未来の為に。
運命に干渉するお仕事を始めましょう。
そうして私は、鏡に手を翳したわ。
哀れで愚かな、レノク王国のキャラクター達。
彼らが、自らの選択ミスで自滅する未来を選ぶように。
シャーロットに焦がれて、焦がれて……身を滅ぼす。
そんな無様を晒してちょうだい?
私の未来と、王太子殿下の為に、そしてベルファス王国の為に、ね? うふふ。
次話からシャーロット視点、書いてみます!
マジでシャーロット様、何考えてるか知らね。(作者)




