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Gift ~林檎の樹の下で~  作者: 秀田ごんぞう
第八幕 ホントのこと
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第29話 家出

 気づけば僕は河川敷で寝転んでいた。いや、倒れていたという方が近いかもしれない。

 目を開けると、全身の疲れが一気に体中を駆け巡る。あまりにも無茶な全力疾走はやはり体への負担も大きかったのだ。

 月をすっかり覆い隠してしまうくらいに大きな雲が一面に広がっている。雲は、夜の暗さと相まって、不気味なほどに陰鬱な色に見えた。


 頭の冷えた今、僕は自分の犯した愚策を後悔していた。

 僕は家出をしたのだ。

 提出した進路希望にはなぜか留学と記載されていて、母さんには嘘をついたと思われて、そのまま胸の内を暴露してしまいそうで、怖くなって、逃げたんだ、僕は。


 下着は走った時の汗ですっかり濡れていて、背中がとても冷えた。

 蝉の鳴き声ももう聞こえず、風はひどく冷たく感じられた。


 その時、不意に声が聞こえた。


『――あーあー、やっちゃった』


 聞き覚えのあるこの声は間違いない、りんごだ。あいつ、いつの間にいたんだ!?


「りんご? いるの?」


 すると待ってましたとばかりに、りんごが僕の前に姿を現す。彼女はいつものように脳天気に笑っていた。人の気も知らないで笑える、りんごが正直、少し羨ましかった。


「君、いままでどこにいたのさ?」


 僕はりんごの存在をすっかり忘れていた。家を出た時は無我夢中で、あんパン五つ分の重みを感じている余裕はなかったのだ。


『わたしはずっと後ろにいましたよ。翔くん、わたしを放っといて出ていこうとするんですもの。慌てて肩につかまって、なんとかついてこれました』


「じゃあどうしてずっと隠れていたのさ? 声でもかけてくれれば……」


『良かったんですか?』


「いや……ごめん」


『わたしも一応、空気を読んで、翔くんが一人になれるよう気配を消していたんです。それくらいのこと、背後霊にとっては朝飯前ですから』


 つまり、りんごは僕が必死の思いで走っている最中、密かに後ろからついてきてたってことか。なんか……かっこわるいな、僕。


『それで、どうするんですか?』


「どうするって、何をさ」


 僕は体を起こしながらつぶやいた。りんごは僕の横にぺたりと座り込んで言う。


『これからのことですよ。家には帰らないつもりですか?』


「……帰れないよ。突然、家を飛び出したのは僕だよ? どんな顔して帰ればいいかわかんないよ」


『うーん……まぁ、確かに今回の家出はほとんど翔くんのせいですしね』


「君はほんとに正直に物を言うよね。……けどさ、財布も持ってきてないし、今晩の宿もない。野宿をするにしても今夜は寒すぎる。空を見てごらんよ」


『わぁ、なんか雲の形がすごい勢いで変わっていきますよ』


「天気予報でやってたでしょ、今日は荒れるって。雲の変化が早いのは上空の風が強いからさ。今に雨が……そうら降ってきた」


 ぽつぽつと雨の雫が落ちてくる。僕とりんごはとりあえずの雨しのぎに、近くの橋の下へと避難する。ぽつぽつはやがて、ザーザーという音へ変わる。このままいくと轟々という雨に変わるのも時間の問題だろう。


「ばかみたいだよな」


 僕がぽつりとつぶやくと、りんごはその大きな瞳を僕に向けた。


「十五歳になって家出なんてさ。昔のドラマじゃあるまいし。何にも考えずに家出てきて、お金もないし、食べ物も、傘さえ持ってこなかった。挙句、今こうして橋の下で雨宿りなんかしてる。ほんと、ばかみたいだよな」


 りんごは黙って僕の話に耳を傾けていた。うなづくでもなく、相槌を打つわけでもなく、ただじっと聞いていた。だから僕も、自然とそのまま話し続けた。


「大体にしてわけわかんないよ。なんで第一志望が知らぬ間に変わってるのさ?」


 考えてもやっぱりわからない。第一志望に北城高校って書いてあるのを僕はこの目で確かに見たんだ。それがどうしたことか、うちに帰った途端、志望校は変わっていた。それも留学なんて、到底「普通」じゃない進路に。


 まるで狐につままれたような話だ。


 雨はだんだん勢いを増す。橋の下にいても落ちた飛沫が靴にあたって、じんわり冷たく染みこんでくる。ふと気づくと水たまりがそこかしこにできていた。そんなとき、耳を澄ませば聞こえるくらいの声でりんごが唐突につぶやいた。



『――わたしですよ』


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