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Gift ~林檎の樹の下で~  作者: 秀田ごんぞう
第六幕 仮面
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第25話 蝉の声

「――わかったでしょ。僕の悩みは解決できるようなものではないんだ」


すると、長く沈黙していた彼女がつぶやいた。


『……翔くんの事情はわかりました』


「なら、もういいでしょ。余計な詮索はこれ以上やめて。君の気持ちだけ、受け取っておくから。でも……ありがとう、りんご。こんな僕の話を聞いてくれて」


『…………』


 りんごは何やら不満気な顔をしていた。眉間に皺を寄せた(しか)め面をして僕をじっと見る。


『勝手に一人で終わらせないでくれませんか? わたしにはまだ腑に落ちないことがあります』


 りんごは渋い顔のまますっくと立ち上がると、びっくりするくらい遅い歩行速度で部屋をぐるぐると歩き回る。


『翔くんが善意でした献血。その時に自分の本当の血液型を知り、また、その血液型は御両親の血液型の組み合わせからは決して発生しないものであることを知ってしまった』


 やがてりんごはウロウロ歩きをやめて椅子に座ると、ぼんやりと天井を見上げる。


『けれど……それだけで養子と決めつけてしまうのは尚早ではありませんか? その他の可能性として例えばそう……不謹慎な言い方かもしれませんが、お父様は翔くんが幼い頃に離婚してしまった。翔くんはその時の奥さんとの間の子ども。その後、今のお母様と再婚して今の形になった、とか』


「確かに……それなら僕がO型になる可能性もある」


 りんごが新たな可能性を示唆しさする。しかし……。


「だが、それはない。父さんは、そう何度も結婚できる性質たちじゃない。仮にも十年以上『家族』をやってきたんだ。それくらいのことは僕にもわかるよ。あの不器用な父さんが、短い期間に結婚を繰り返すような真似、出来るはずがないよ」


 しかし、りんごは未だ得心しない顔で話を続ける。


『御両親の口から直接聞いたわけではないんですよね?』


「父さんと母さんに聞いたことはないよ。『僕は本当の子ども?』なんて、聞けるわけ無いよ」


『だったら、翔くんの思い過ごしという可能性も……。血縁関係を疑うような点は血液型だけなんでしょう?』


「……僕だってそうあって欲しいさ」


 固唾かたずを呑んで僕の言葉を待っているりんごを見やる。


「だけど、怖いんだ。もし本当に……僕が養子だった、という現実を知るのが怖いんだ」


『翔くん……』


「本当のことを知るのが怖い。僕が調べたことは何かの間違いで……。けど、調べた事実は決して頭から離れない。僕は自分の置かれた現実から逃げている。わかってるんだ、そんなこと…………いつまでも逃げてばかりいられないってことは」


『……実はわたしも翔くんに一つ謝らなければいけないことが』


 りんごがぽつりと言った。彼女はぺこりと頭を下げてから言葉を続ける。


『わたし、翔くんの考えてることがなんとなくわかるって言いましたけど……あれは嘘です』


「嘘!?」


『どうしても翔くんが悩んでいることを知りたかったので……これまでのあなたの言葉から推測したにすぎません。騙すようになってしまって、すみません』


 つまり、僕は彼女の口車にまんまと乗せられたってわけだ。りんごがついた嘘一つ見抜けないくらい冷静さを失っていた。けれど、隠していた胸の内を話してしまった今、りんごを怒る気にもならなかった。僕も彼女にずっと隠し事をしていたわけだし、お互い様だ。


「……いいさ。この話はもうおしまい。明日も学校だから僕はもう寝る」


 立ち上がって電気のヒモを握る。


「おやすみ、りんご」


『……おやすみなさい』


 りんごの声色から彼女が未だ僕の考えに不服であることが伝わってくる。


 僕はそれを無視して電気のヒモをひっぱった。

 暗くなった部屋で僕は枕に頭もたげた。


 カーテンの隙間から月明かりが漏れている。りんごはベッドの脇に座ったままみじろぎせずにじっとしている。

 声をかけようと思ったが、やめた。今は、僕もそっとしておいてほしかった。これ以上考えを巡らしたくなかった。

 

 カナカナカナカナカナ…………。


 どこからか聞こえてくるせみの声。

 こんな夜中に鳴く蝉もいるのか。


 蝉の声に混じって、すぅすぅ……とりんごの吐息が聞こえてくる。

 彼女は不思議な存在だ。自分のことを幽霊だとは言っているし、実際に不可解な現象も体験したけれど……やはり心の根っこでそれを認めたくない自分がいる。

 しかしそういうフワフワした存在だからなのか、りんごには不思議と素直な自分でいられる。だから、少し話しすぎてしまったかもしれない。


 りんごにこの話をして正解だったのか? それはまだわからない。


 余計な詮索はよしてくれって言ったものの、彼女がそれで止まるとは到底思えない。それがりんごなんだ。僕はせめて彼女とは真正面からぶつかろうと、そう思った。

 ずっと胸に閉まってきた秘密を共有し、初めて悩みを聞いてくれた存在。

 僕はせめてりんごの前では素直な自分でいようと思った。

 普通であろうとするあまり、心に仮面をつけている「音羽翔」ではない。

 おせっかいな背後霊に取り憑かれているただの「翔」として。

 

 カナカナカナカナカナ……。


 晩夏の夜。蝉の声は止まない。

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