現在ー映る想いー
渋谷に用があるから付き合って欲しいと言われたのは、舞台稽古が半ばに入った頃。
午前中なら時間が取れることを伝えたら、すぐに了承をもらえた。
ユキさんからの誘いは珍しくて、ちょっとだけソワソワしてしまう。いや、飲みに行く約束は忘れてないですけど。そこはもうちょっと待って欲しい。
某有名出口で待ち合わせなんて久しぶりだ。
改札を出て辺りを一通り見渡すと、めちゃくちゃ目立つその人を見つける。
あの人の周りだけ空気違うんだよなぁと声をかけるのを躊躇っていたら、スーツを着た業界関係者らしき人から声をかけられていた。
凄いな、いくつだと思われてんだ。
「すみません、お待たせしました」
さすがに放置することはできずに間に入ったら、あからさまにホッとした顔をするもんだから、信頼は得ているぞと心の中でガッツポーズを決めた。するでしょ、普通に嬉しいでしょ。
人見知りのこの人が俺には気を許してんだよ。調子乗ってもいいでしょ。
「わ、お友達も背高くてカッコいいですね。モデルとか興味ないですか?」
「あーすみません、他と契約してますんで」
「えっ、あ、そうでしたか! すみません……」
こういう時はこの対応が1番。既に業界にいますと言えば引き下がる以外にない。
しかし俺もまだまだだな。もっと頑張ろう。
「ユキさん、行きましょう」
「あ、うん」
スーツのお兄さんに笑顔で会釈をして歩き出すと、ユキさんは漸く息をつけたようだった。
「スカウトなんて若い時からあったでしょ」
「そーゆーの全部無視してた。キャッチと区別つかないし、東京は怖い……」
「キャッチと区別はつくでしょ。小さい頃とかもそーゆーのありませんでした?」
「石川の片田舎でそんなもんはない」
「待ってユキさん石川県出身なの?!」
「え、そうだけど」
聞いてませんが?
この人出会って7年でどんだけ新情報を出してくるつもりなんだ。本名も年齢も出身地すら知らなかった俺もだいぶおかしいと思うけども。
「方言とか出るんですか」
「実家に帰ればまぁ……」
「今度ご実家帰る時は一緒に行きますね」
「なんで?」
方言喋るユキさんとかはちゃめちゃ見たいからです。
「だって……ユキさんの方言て……くっ」
「お前ら都民がどう思ってるか知らないけど、方言って可愛いもんじゃないからな」
「えぇー」
「早口でその土地の人間だけで喋ってたら絶対理解できない」
「夢がないー」
「なにに夢持とうとしてんだ」
呆れた顔のユキさんについて行きながら、そう言えば目的地は聞いてないなと思い至る。
「で、どこ行くんです?」
「あそこのイベントスペース」
指を刺された先には、CDショップの上の階。確かによく何かの展示をやっているイメージがある。
「何やってるんです?」
「オレが携わってるゲームの展示会。誰か連れてきてもいいよってチケットもらったから」
「え、何それすご。ていうかこれ、人気のタイトルじゃないですか」
「納期が鬼だけどな……」
あ、目が据わっとる。
今はそうでもないって言ってたけど、そう言えば昔はよく寝不足で辛そうにしていたなと懐かしくなった。
あの頃のユキさんは、作曲してバンド練習して、その上俺の相談にも付き合ってくれて、一体いつ休んでいるのか不思議だったけど、マジで休んでなかったんだな。
「今はブラックではないんですよね?」
「まぁ、そこまでではない」
「そこまでではない??」
なんか心配な言い方だけど、とりあえず納得しておこう。
最上階まで上がって、展示スペースの受付でチケットを渡すと、関係者らしき人が中から出てきてユキさんに声をかけていた。
「牧さん、来てくださったんですね」
人懐っこそうなお兄さんだ。
華のある笑顔に柔和な喋り方で、人好きのする印象。営業さんとかだろうか?
「あ、お世話になっております」
すごい、ユキさんが社会人をしている。いや、俺が出会った時にも社会人だったから当然なんだけど。
二言三言交わしてこちらに戻ってくると、ユキさんはそれだけでちょっと疲れた顔をしていた。どんだけ人見知りなんだ。
「取引先の方ですか?」
「うん」
「ユキさん、こういう打ち合わせも出るんですか」
「いや、オレは展示には関わってない」
「何故それで顔と名前を知られて?」
ちょっと雲行き怪しい話になってきたな?
「ウチの本社で打ち合わせしてた時に、一応挨拶に駆り出されて」
「なるほど?」
営業マンは人の顔覚えるのが得意なんだろうとは思うけど、自分に下心があるせいか、余計な勘ぐりをしてしまう。
だってこの人、男女問わず惹きつけるんだもん。
バンドマン時代、何人ユキさんに情緒も性癖も乱されたことか。俺もその1人だけども。
いや最初は普通にこの人の音楽に感動した訳で、下心なんて微塵もなかった。たぶん。恐らく。きっと。ダメだ言い訳がましくなってきた。
もう純粋に展示を楽しむことにしよう。
「……凄いですね」
「うん?」
「こう、作品を作り上げる過程にユキさんが関わってるんだなと思うと、すげーなって」
「……なんだそれ」
ふ、と笑って原画に目を落とす横顔が綺麗で、うっかり見惚れてしまう。
綺麗に笑う人だなと、ずっと思っていた。
大口を開けて笑ったりすることはないけれど、目を細めて、口元を手の甲で隠すようにする仕草や、口角が少しだけ上がるような微笑みも。
ずっと、変わらない。
(あぁ、好きだ……)
さっき展示を楽しもうと思ったばかりなのに、結局ユキさんのことばかり気になって集中できなかった。
「楽しかったです」
「それはよかった」
イベントスペースの帰りにカフェで早めのランチを取って、駅へ向かう。
できれば1日一緒にいたいんだけど、仕事があるので仕方ない。お仕事大事。さっきもっと頑張ろって決意を新たにしたばっかりだし。
休日の渋谷は相変わらず人が多くて、信号待ちの間にも続々と動きを見せている。
それをぼんやりした頭で眺めていたら、スクリーンから、大音量でCMが流れてきた。
(あぁ、絶妙に間が悪い)
プロメテウスの新曲MV。相変わらずボーカルが上手いのが更に腹立たしい。何もかもレベルが高くて、聴きたくなかったドラムも、耳に残る。
「……ユキさん?」
隣に立つユキさんは、画面に釘付けになっていた。
ビー玉みたいな瞳が揺れて、あの人の影を映し出す。瞬きを、ゆっくりと、ひとつ。
まるで、美しいものを刻みつけるみたいな仕草が、うっかりまた綺麗だと思ってしまった。
「ユキさん!」
「っ……ごめん」
焦って肩を掴んだら、ユキさんはハッとしたようにこちらを向いてくれたけれど、どこか、泣いているんじゃないかと思って。
無意識に、頬に触れた。
「りょ、う?」
「……すみません……なんでも、ないです」
触れたそこは、濡れているわけはなく。
ホッと胸を撫で下ろして、慌てて手を離した。
「……なんで……」
まだ、あの人のためにそんな顔するんですか。
そう喉元まで出かかって、止めた。
たいして話したこともないあの男に、未だ勝てる気がしない。2人の間のことなんて知りもしないのに。
「涼?」
「……ユキさん、あの人のこと許したんですか」
ダメだ、顔が見れない。
グラグラと頭の中を揺さぶるような気持ち悪さがあって、自分がこんなにも醜く嫉妬をしているのだと気付かされる。
口走ってしまったものを元に戻すことはできなくて、俺はただ黙り込むしかなかった。
信号はとっくに青に変わっているのに、俺たちの間だけ時間が止まってしまったように沈黙が流れている。
「……わからない」
「え」
ユキさんの答えに驚いて顔を上げたら、こちらを見つめる瞳とかち合った。
「あいつにももう、あの後から会ってないから……」
「そう、ですか……」
「許してはないと、思う……でもオレも、ずっと逃げ続けて、よくわからなくなってる」
「……ユキさん」
「何でお前がそんな顔してんだよ」
苦笑しながら、ユキさんはオレの頭をポンと軽く撫でた。あぁダメだ、やっぱりまともに顔が見れない。
再会してからずっと、この人には情けないとこばかり見られている。
「涼」
「なん、ですか」
「ごめんな、ありがとう」
「ちがうでしょ……俺今、すごい嫌なこと聞いて」
「違わない。お前はいつも、オレのために怒ってくれる」
優しく見上げてくるこの人を、今すぐ抱きしめたい衝動にかられて、ぐっと拳を握りしめた。
そんな、綺麗なもんじゃないのに。
「……」
「ほら、時間ないだろ。もうそんな気にするな」
「……すみません」
「いいから。頑張ってこい」
「……はい」
深く頭を下げて、気合を入れ直す。
スクリーンは、既に違う映像に変わっていた。