現在ー3ヶ月後ー
再会後、俺とユキさんは月に何度か会うようになった。ランチをしたり、観たい映画を見に行ったり、これが食べたいからここに行こうとか、誘うのは全部俺。
わかっていた事だけど、ユキさんからの連絡はほとんどなし。返信はちゃんとしてくれるから、まだ救われている。
まぁ、俺が忙しいことを気にしてくれているようなので、彼の優しさだということにしておこう。
「ユキさんて、意外な趣味してますよね」
「なんで?」
「いや、水族館行きたいとか言われると思ってなかったというか、なんか……この間も博物館で仏像とかあまりにも予想外で」
「ペンギン可愛くない?」
「可愛いですけど!」
主にアンタが可愛いですけど!
まさか行きたいところの希望を聞いてユキさんの口から水族館なんて言われると誰が予想できるのか。
しかもペンギンが好きなの? シャチとかじゃなくて? なにこの人会わない間に可愛さ激増してない? 大丈夫? 本当にこの世に存在してる??
「涼? どした?」
「ちょっと……自分の中のコスモと対話してました」
「大丈夫か……?」
引いた顔しないで欲しい。半分はアンタのせいです。
「犬と猫どっち派ですか」
俺は一体何を質問をしているんだ。
「猫」
「猫」
「気が合う」
「ああー凄いそんな感じするー」
「犬も好きだけど、おっきい方が好きだから狭いマンションじゃ飼えないし」
ちょいちょい語彙が可愛いのを何とかして欲しい。俺は今日何回この人の可愛さに唇を噛み締めなきゃいけないんだ。
しかもペンギンエリアの前で何の話してんだ。俺が悪いんだけど。
ユキさんはしゃがみ込んで水中を泳いでいくペンギンを眺めると、ゴソゴソと貰った案内図を広げ始めた。そういうのちゃんと見る人だったんだ。
じっと見ていたと思ったら、今度は立ち上がって俺の服の袖を小さく引っ張る。
「涼、カワウソが隣にいる」
「かっ……ワウソ、好きなんすか?」
「可愛くない?」
「可愛いですけど!!」
アンタがな!!
半ばキレ気味に返事をしてしまったがもう勘弁してくれ。俺の心臓が悲鳴を上げています。酸欠で倒れそう。
「涼?」
「いや、うん。行きましょう、カワウソ見に」
ペンギン見て、カワウソ見て、一通り回った後、ショップでユキさんの職場にお土産を選ぶ。そこでもユキさんはカワウソのぬいぐるみに釘付けになっていて、案外可愛いものが好きだったのだと知る。
「……ユキさん」
「ん」
「買います? カワウソ」
「買わない」
「買わないんだ」
「あってもスペース取るし」
「ベッドの上とか」
「幼女かよ」
「いいと思いますよ。俺はユキさんの部屋にカワウソのぬいぐるみがあるだけでキュンとします」
「おっさんの部屋にカワウソのぬいぐるみ……」
「おっさんじゃないでしょ何言ってんすか」
「…………」
「え、なんでそこ黙るんですか」
何故か目を合わせてくれない。そういえばこの人いくつだったっけと思ったけど、誕生日は知っていても年齢を知らないことに気づいて自分で自分に驚く。
勝手に4、5歳上くらいに思っていた。
「ユキさん、生年月日は」
「2月22日」
「干支は」
「……職場にお土産買うの忘れてた」
「誤魔化し方下手すぎるでしょ!」
俺のツッコミは聞こえないとばかりにクッキーの箱を二つ取ってレジに並ぶ。マジで一体いくつなんだこの人。
「ユキさん、今何の仕事してるんですか?」
年齢に関しては答えてもらえなさそうなので、他のところから攻めることにした。
「ゲーム制作会社のSE」
「あれ、前と同じとこ?」
「いや、あそこすげーブラックだったから……」
「あ、今は違うんですね」
「お陰様で」
話しながら会計して、ユキさんの顔面をガン見したまま固まってるレジのお姉さんへお礼を言ってショップを出る。わかる、わかるよ。同じ立場なら俺も固まるしガン見する。壮絶な美形だよね、わかる。
なんなら今日一日ずっとチラチラ見られてるのは絶対この人のせいだと思うのだけれど、本人に至っては微塵も気づいてない。そんなことある?
「修学旅行生に一緒に写真撮ってくださいとか言われたことありません?」
「いつの時代の話してんだ」
「ありますよね?」
「あるけど……」
「アンタ、それでよくそのまま生きてこれましたね」
「はぁ?」
普通ならナルシストまっしぐらだと思う。女遊びだってめちゃめちゃしてると思う。いや俺と会ってない期間は知らないけど、少なくともはちゃめちゃにモテまくっていた無双時代に遊んではいなかった。
(あぁ、でもあの人がいたからか……)
あの日見た、長身の男の顔を思い出す。
「涼?」
「あ、あー。なんでもないです。どっか、他に行きたいとこあります?」
「いや、お前は?」
「俺も特には。じゃあ、今日は解散しましょっか」
時計は18時過ぎを指していた。何という健全な時間。でも、再会してからずっと会うのは昼間で、夕飯のお誘いをしたことはない。
勇気が、出ない。
どんだけ意気地なしなんだと思うが、ようやく見つけたこの人に、酔った勢いで何を言い始めるかわからなくて怖い。
「また連絡します。ちょっとこの先舞台入っててバタバタしちゃうんですけど」
「ん、頑張れ」
「……チケットあったら観に来てくれたりとか」
「うん」
「いいんですか!?」
「ふは、いいよ」
意外な答えが返ってきて、思わず叫んでしまった。危ない。ガッツポーズまでしてしまいそうだった。
「涼」
「え、はい!」
「落ち着いたら、一緒に酒飲もうか」
「えっ」
ユキさんからの誘いに、言葉を失う。
早く大人になりたいと思っていた。あの頃、この人に早く1人の男として認めてもらいたくて。
「涼と飲むの、結構楽しみにしてたんだけど」
「そ、なんですか」
「うん」
「……はい、また、落ち着いたら」
いざそうなったら怖気付くのは、どうしてなのか。
別れ際、上手く笑えていた自信がない。
「ヘタレすぎんだろ……」