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ダメな大人

『どちら様ですか?』

「えぇ…?」


 あまりの他人行儀な返しに、携帯を握りしめたまま、思わず情けない声を上げてしまった。

電話口の相手はそれきり言葉を発することもなく、こちらが話し始めるのを待っている。

というよりも、とてつもない圧を感じる。

相手の感情が電波を通して可視化できるのなら、怒りマークみたいなものが延々と噴出されていると思う。


「……ごめんなさい」

『あ、ご連絡先をお間違えなのかしら? いーえー、大丈夫ですよ』

「姉さん、あの……本当にすみませんでした」

『あら、ウチの弟は1人になったかと認識してたけど違ったのかしら』

「あー、の、連絡しなくて、すみません」

雪仁ゆきひと

「はい」

『他には?』


 さっきよりもワントーン低い声が耳に響く。

あぁ、本当に怒ってるなと姉の顔を思い出して、多少身震いをした。


「正月あたりに、帰ります……」

『あっそう。お土産よろしく』

「ご希望があれば」

『えーどうしよっかなー、美味しい洋菓子とかがいいかなぁー』

「洋菓子……」

『雪仁のセンスに任せるわ』

「圧が強いな」

『なに?』

「なんでもないです」


 始終敬語になってしまうくらいには、姉の激怒具合を把握できてしまうもので、目の前にいるわけでもないのに背筋が伸びる。


「親父は?」

『仕事中。あかつきならいるけど?』

「あー、じゃあ代わって」

『私の説教が終わったとでも?』

「正月に聞くから」

『なんで年明けからあんたに説教しなきゃいけないのよ面倒くさい。あ! そうだ、龍臣のバカも一緒に連れて帰ってきなさいよ』

「え、いや……それはちょっと……」

『は? なに、まさか別れたの?』


 ずけずけと切り込んでくるところは相変わらずで、そもこの姉には全てとは言わずとも大まかには知られてしまっている。

弟同然に可愛がっていた男と、実の弟が付き合い始めたと分かった時の姉の心情は未だ計りかねるものがあるのに、それが更に別れたなんて。


「そ、の……」

『マジか』

「……うん」

『あー、なるほどね。そりゃ、あいつもずっと連絡してこない訳だわ』


 姉の言葉にハッとする。

龍臣も全く連絡を取っていないなんて思ってもみなかった。

考えてみれば、オレと別れた後に連絡が取りづらいのは当たり前だ。あんなことが原因なら尚更。


「……連絡しろって言っとく」

『え、会ってんの?』

「最近、久しぶりに」

『ふーん? 何があったかは知らないけど、龍臣の実家だってここみたいなもんなんだから、帰ってこいって言っときなさい』

「うん、わかった」

『まぁ帰ってきたらシメるけどな』

「……」


 今の言葉は伝えないでおこう。

姉なりの愛情表現なのだ。今回は半分本気な気がするけど。


『雪兄ーーーー!!』

『あ、ちょっとー!』

「え、あ、暁?」


 受話器からガサガサと音が聞こえたと思ったら、今度は弟の声が聞こえる。姉さんからぶんどったな。


『くっそ久しぶり! 美雨みう姉めちゃくちゃ怒ってるから! 覚悟して帰ってきてよ!』

「帰りたくねぇ……」

『いやいやいや、オレも帰っきて欲しいし。つか携帯解約までしてさ! なんなん!?』

「色々あって」

『さっき別れたとか聞こえたけどマジ?』

「……お前ら遠慮なさすぎない?」


 頭を抱えてため息を吐いたら、暁は一瞬の間の後、同じようにため息を吐いた。


『消息不明になってた兄に問い詰めることは山ほどあるが?』

「すみませんでした」

『もうさー、雪兄も龍兄もいい大人なんだからさー、ちゃんとしてよ』

「仰る通りで……」

『ウチ子供生まれたんだよ?』

「えっ」

『伯父さんに出生のお知らせもできませんでしたとかある?』


 衝撃的な報告に言葉を詰まらせていると、暁は先程よりも更に深く息を吐く。


「ええと、おめでとう」

『はいありがとう。3年前だけどな』

「あ、はい。奥様によろしくお伝えください」


 自分が1人うだうだしている間に、弟には子供が生まれていたとか。まさかのこと過ぎて本当に申し訳ない。

昔から、彼の方がよほど現実を生きているし、考え方も何もかも大人だった。そんな弟が長年付き合っていた彼女とすんなり結婚した時には、予想通りすぎて姉とオレで顔を見合わせて頷いたものだ。


『あと、オヤジめっちゃくちゃ心配してたからな! 雪仁から電話ないね、とか言ってしょんぼりしてんだから!』

「うん、ごめん」

『とりあえず連絡先と現住所は今教えといてよ』

「はい」


 大勢の人に心配をかけた分、お怒りも受け止めるつもりだったが、多分本番は帰省後の気がする。

弟に連絡先などを全て伝えて通話を切ると、どっと疲れが全身を襲った。


「……あー」


 勢いのままベッドへ倒れ込んで、クッションに顔を埋める。

5年前、実家とも連絡を絶ってしまったのは、あの家が龍臣にとっても帰る場所だと思っていたからだ。

鉢合わせたらとか、居場所が家族を通して知られないようにとか、そんな考えがぐるぐると頭を巡っていた。

でも、龍臣も同じことを考えていたのだと思い知る。


(結局、似た者同士だな)


 もういい歳だと言うのに、ダメな大人過ぎないか。

自分があまりにもダメ人間すぎることを再確認してしまって、クッションから顔すら上げられない。いや、こういうところがダメなんだな。

ガバリとベッドから起き上がって伸びた髪をぐしゃぐしゃに掻き上げると、手の中のスマホが着信音を奏で始めた。


「……タイミング」


 表示されているのは、最近恋人になった年下の男の名前で。

それを見ただけでじわりと安堵してしまうから、やはり自分はダメな大人だ。

躊躇しながら通話ボタンをタップして耳に当てると、出会った夜よりも少し低くなった声が穏やかに響く。

相変わらずいい声だなと思ったら、無性に……。


『ユキさん? 聞こえてます?』


「……会いたい」


 声に出してしまったことを自覚したと同時、電話口から息を呑む音が聞こえる。

頭を抱えながら、再びベッドへ倒れ込んだ。

自分がダメな大人から抜け出せる日は、まだ先らしい。

ユキの家族構成は父、姉、弟です。父方の祖母は近くに住んでいます。

姉:美雨みう

弟:あかつき

父:晴一せいいち

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