ただ、笑って側にいて
「どうぞ」
「お邪魔し、ます……」
こんな急に好きな人の家に上がりこめることあります? 俺は長期戦を覚悟してこの人と会い始めたんだけど、そんな4ヶ月でお宅訪問とか、そんな。
さっき告白したばっかの人間を簡単に家に上げないでユキさん、プロポーズも同じです。
「適当にどーぞ。酒とお茶どっちがいい?」
「お茶! お茶でお願いします!」
酔った勢いで押し倒しかねないので!!
俺の剣幕にちょっと笑って、ユキさんはキッチンへ消えてゆく。なんだあれ可愛いかよ。
くるりと見渡すと、ユキさんらしいシンプルなレイアウトだった。白とライトグレーの家具で纏められていてオシャレだ。
ソファに座る勇気はなかったので、ローテーブルの横に腰を下ろした。
「ん」
「あ、ありがとうございます」
キッチンから戻ったユキさんは俺にお茶の入ったグラスを渡すと、自分は片手に持っていた缶ビールを開ける。
とにかく一度落ち着きたくて、受け取ったグラスの中身を一口飲み下した。
「……」
「あの、流石にこの沈黙は耐えられないと言うか」
「あぁ、悪い。考えてた」
「え」
「いや、いきなり結婚とか言うから」
まあ確かに急ではあったと思うけど。
「すみません。あの……俺もう、アンタのことを、手放す気がないと言うか」
「……」
ユキさんはじっと、俺の目を見て話を聞いてくれている。
ビー玉みたいに潤みがちな瞳が、ゆっくりと瞬きをする瞬間が好きだ。
「いや、もちろんユキさんが嫌だと思うなら離れます。でもできれば、側にいて欲しい。俺のことをそういう風には見れなくてもいいから……ただ笑って、側で生きてて欲しい」
「……うん」
「もう2度と、俺の前から黙っていなくなるのだけは、勘弁して下さい。顔も見たくないくらい嫌いになったらそう言って……俺がアンタの前から消えます」
「それは、困る」
俺の大好きな声が、少しだけ震えた気がした。
「ユキさん、俺と結婚しましょうよ」
「いや、結婚は法律上無理だろ」
「ユキさん」
少し強めに名前を呼ぶと、缶を持っていた手がピクリと震える。何度か唇を開いて、閉じて、少し息をついて、数秒そうしてから、ユキさんはビールの缶をテーブルに置いた。
「……本当は何から話そうか、迷ってたんだけど」
「はい」
「結論から言う」
姿勢を正したユキさんは、さっきよりも潤んだ瞳でこちらを見つめた。
「涼が好きだ」
「……人として、とか、無しですよ」
「言わねえよ。ちゃんとそういう意味だから」
思わず確認するようなことを言ってしまったけれど、ユキさんは柔らかい声で優しく答えてくれる。1日に何回泣きそうになるんだって思うけど、多分今が1番ヤバい。
この人に恋をしてからずっと、こうなることを望んできたのに、結局格好つかないのが悔しい。
「ユキさん」
「うん」
「抱きしめても、良いですか」
「うん」
返事を聞いたと同時に、ぎゅっと抱きしめた。
ユキさんは思い描いていたよりも幾分華奢で、でもそれは多分、あの時よりも俺が成長したからだと思い至ってまた少し泣きそうになる。
遠慮がちに背に回された手が、そのままゆっくりシャツを握りしめるのがわかって堪らなくなった。
「ユキさん」
「……うん」
「滅茶苦茶好きです」
「うん」
「結婚してください」
「それはちょっと」
「そこは流されて下さいよ!」
「ふっ、ふふ、あははははっ」
「ちょ、なに、そんな笑ってるとこ見たことないんですけど!?」
彼が俺の前で声を上げて笑うなんて初めてで、思わず肩を掴んで顔を覗き込んだら、信じられないくらい楽しそうな顔で笑っていた。
「はは、ホント……っ、お前は」
「なん、可愛すぎません?」
「あははっ、あー、久しぶりにこんな笑った」
ユキさんは涙を溜めた目を指で擦ると、今度は自分から俺を抱きしめてくれた。
なにこれ、俺今日死ぬの?
「涼」
「うぁい」
「ははっ、泣いてる」
「俺の片思い歴ナメないでください。7年ですよ。7年分滅茶苦茶重いですからね」
「うん」
ユキさんが腕の中にいるだけでいっぱいいっぱいで、これ以上情けない顔を見られたくなくて。
もう一度強く抱きしめたら、同じだけの強さで返してくれた。
「涼、オレはずっと、お前に救われてた」
「なん、で、今そういうこと言っちゃうかなあぁ」
ズルい。
必死に止めようとしていた涙腺はついに馬鹿になってしまった。
この人の言葉一つで、あの頃の自分が報われる。
ユキさんはずっと、俺の背をゆっくり撫でていてくれた。
「涼、話したいことがある」
「……あの時のことですか」
「それも。それから、その前のことも」
そっと体を離して真正面から向き合うと、少し寂しそうな瞳を揺らして瞬きをする。
それから、ユキさんは静かに話し始めた。




