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過去ー5年前ー

 ユキさんは界隈ではちょっとした有名人だった。天才的なギタリスト。大手のレコード会社からもジルはデビューの話を持ちかけられたりしていたと聞く。

それを断ったり保留にしていた理由は知らないけれど、結局メジャーデビューはしないままだった。


「好きです」


 その日はギターの相談のために一緒にスタジオを借りていて、受験が終わった安心感からなのか。

思わず、零してしまった。

ユキさんはめちゃくちゃ驚いた顔をしていて、自販機から買ったコーヒーを取り出そうとしたまま固まっていた。


「急に、どうした?」

「あ……いや、あの……」


 しまった、と顔に出ていたのか、ユキさんは取り出した缶コーヒーのプルタブを開けて一口飲むと、何も言わずに俺の隣に座る。

俺が話始めるまで待ってくれているのがわかって、逃げ道を残してくれているのだと何となく思った。


「……ユキさんのことが、好き、なんです」


 逃げ道は、自分で塞いだ。

多分このまま抱えておくことは出来ないくらい、この時にはもう、彼への想いは膨れ上がっていた。


「……確認するけど」

「……はい」

「それは、恋愛的な意味で?」

「……はい」

「そうか……」


 ユキさんはしばらく無言のままで、何度か缶に口を付けている。フラれるだろうなと漠然と予想していたので、できればとっととトドメを刺して欲しい気持ちもあり、期待する気持ちもあり。

複雑な気分のまま、自分も持っていたスポーツドリンクを飲んだ。


「その、気持ちは、嬉しいけど……」

「はい、あの……わかって、ます。ユキさん、龍臣さんと付き合ってるんですよ、ね……」

「えっ?」

「え? いやだって、何度も一緒にいるところ見かけたし」

「……いや、あいつとは、その……随分前に別れてる、から」

「え!? それであんな距離近いんですか!?」


 思わず叫んでしまったのは仕方ないと思う。

だってあんな、何度も、誰もユキさんに近づけたくないみたいな。


「あー……」

「すみません……俺めちゃくちゃ牽制されてると思ってたんで」

「……ごめん」

「いえ」


 また妙な沈黙が流れる。

告白した瞬間よりも更に気まずい雰囲気になってしまったのは、あの人の話を出してしまったからだ。

別れていながら、あの男はこの人を独占しようとしていたのか。未練ありまくりだろ。


「……もう、そんな威嚇はされないと思う」

「え?」

「涼」

「え、はい!」

「オレは大人で、お前は未成年だ」

「は、い」

「だから今、涼のことをどうこう考えられない」

「そう、ですよね……」


 真っ当なことを言われている。そりゃそうだ。だけど、スタートラインにも立てないのだと言われて少しだけ落ち込む。

ユキさんは立ち上がって、飲み終わった缶をゴミ箱に捨てた。


「……大人になって、その時にまだ、オレのことを好きだと思ったら……もう一度言って」

「え」

「そしたら、その時考える」

「……俺、絶対好きですよ」

「わかんないだろ、先のことは」

「わかります。絶対好きですから。覚悟、してて下さいね」

「ははっ、わかった」

「ぜってぇわかってないでしょ」


 何でちょっと楽しそうなんだこの人。

そんなことを言われたら、そんな顔で笑われたら、諦め切れるわけがない。


(ズルいなぁ)


 早く大人になりたいと、強く思った。






 俺たちが今の事務所に声をかけてもらった頃、その事件が起きた。


「なんか今日のライブの雰囲気、おかしくなかったか?」


 最初に静馬が気づいた。

2人でジルの出演ライブを見に来ていた時だ。終了後、楽屋に挨拶へ行く途中に彼がそう言っていたのを憶えている。


「あー、なんか、新曲歌ってる時にザワついてた気はする」


 確かに雰囲気はおかしかったな、と思いながらも気のせいだと流していた。


「失礼しま……」

「どういうことだよ!?」

「待て待て待て、落ち着けって!」


 対バン相手と穂澄さんが、言い争っている声が聞こえた。


「は、ちょ、なに? どうしたんすか?」

「うぇ、あ、静馬に涼くん……」

「何か、あったんですか?」


 言い争っていると言うよりも、穂澄さんが食ってかかる相手を止めていると言った様子だ。


「何があったもなにもねえよ! お前自分が何したかわかってんのかユキ!?」

「え、は? ユキさん?」

「……」

「なんとか言えや!!」


 ユキさんは呆然としたまま、ずっと違うところを見ているようだった。

そんなユキさんは初めて見るから、少し怖くなって、莉子さんに背中を摩られているその隣へ座った。


「ユキさん」

「りょ、う……」

「兎に角、ユキがそんなことするはずないし、曲が似てるとかじゃないの!?」


 莉子さんは相手を睨みつけてそう言うが、一体何の話をしているのか。


「そんなレベルの話じゃねえよ。一回聴いてみろっつってんだろ! ユキ、お前今聴いたよな? どーなってんだよ!」

「……」

「……あの、俺、聴いていいですか」


 断りを入れて、片耳のイヤホンを借りる。

何度かリピートされているのだろう。曲途中だったが、すぐにわかった。

さっき、聴いたばかりの新曲だ。あれよりも音は低いし、アレンジの仕方も違うけれど、進むに連れて確信に変わる。紛れもなく、これは。


「さっきの、曲」

「ほら、どーなってんだよ!」


 でも歌詞も違う。表示をじっくり見ていくと、それはプロメテウスのその日発売されたばかりのアルバムの一曲だった。


「これ……龍臣さんに確認は?」


 ユキさんに確認すると、彼はふるふると首を横に振るだけで、それ以上何も発しない。


「何でずっと黙ってんだよユキ。言い訳しねーと、お前が盗作したってことになんだぞ」

「ちょっと待ちなよ! ユキだって混乱してる!」


 対バン相手もユキさんが盗作なんてするはずはないと思っているのだろう。けれど何も言わないユキさんに焦れている。


「こういうの、SNSとかであっという間に拡散されて行くんだよ。今お前がきっちり片付けとかねーと、誤解されたままなんだぞ」

「待てって! だからってユキが自分の曲だって言ったところであっちは大手のレコード会社だぞ。それこそ大事になる」

「じゃあどーすんだよ」


 話していくうちに冷静になってきたのか、当初ヒートアップしていた周りも落ち着いて話し始めた。


「ユキ、オレらだって、お前がそんなことする人間じゃないって思ってるよ。でもお前がちゃんと説明しないと、今日ここで対バンしたオレたちだって納得できねえよ」

「あの、いいですか……」


 ここに入っていくべきではないのだろうけれど、少し気になる点があったので遠慮がちに手を挙げる。


「どうしたの?」


 莉子さんは相変わらずユキさんの隣で彼を落ち着かるように背を撫でながら、俺の方へ視線を向けた。


「これ、トラックデータよく見たら、作曲者のとこシークレットになってるんです。編曲は龍臣さんの名前ですけど」


 借りたノートPCのトラックデータを追いながらもう一度確認したが、その曲だけは作曲者不明のままだ。


「ユキお前、龍臣にこの曲聞かせた?」

「……」

「ユキ」


 穂澄さんの質問に、ユキさんは頷いて答えるだけだった。きっとユキさんが1番動揺している。

当たり前だ。状況だってよく分からないのに、自分が苦しみながら作った曲を他人に奪われるなんて。


「結局、龍臣が無断で曲を使ったってことか?」

「……だとしても、どうしようもない。なんの証拠もないしな」


 穂澄さんがため息を吐きながら頭を抱えると、多方面からも憤りの声が上がった。俺だって正直腑が煮えくりかえっている。あの男は一体なんなのか。

深い理由も、彼らの関係も知らない。だけど、あの人がユキさんを見る目は、めちゃくちゃ優しかったから。愛しいって、全身で言っているみたいに見えていたから。


(だから、大人しくしてやってたのにあの野郎、ざっけんなよ……!)


「でもどうする? SNS、既に結構な騒ぎになってるけど」


 朔夜さんがスマホ画面をこちらに向けると、ジルのアカウントは予想通り、盛大に燃えていた。

何も知らない人間がこぞって罵詈雑言を浴びせ、謝罪を求め、さっきのライブ動画が拡散されている。


「……ライブ前にその辺の精査ができてなかったのは俺らの落ち度だ。迷惑かけて申し訳ない。この事はこっちで解決するから、今日出演してた他グループは、自分たちは何も知らない、関係ないで通して欲しい」

「穂澄……」


 そこにいる全員がそうするしかないのだと理解していた。しん、と静まり返った楽屋に、ダン! と机を殴りつける音が響く。


「あいつ、絶対に許さない……!」


 莉子さんが、今までに見たこともないような顔で拳を握りしめていた。






 結局その後、どうなったかは知らない。

レコード会社の方に余計な通報をしに行く輩がいたから無視できない状況ではあったのだろうが、穂澄さんが上手く話をつけたのか、お互いに沈黙を貫いていた。

そして、ユキさんとは連絡がつかなくなった。

今まで対バンして交流があった人たちも、俺も、誰も彼がどうしているかを知る術はなく。

部屋も引っ越して、職場すらも辞めてしまったらしいと風の噂で聞いていた。

ユキさんの盗作疑惑は払拭されぬまま。

味方も多いけど、やっかんでくる敵も多い人だったから、あることないこと勝手に言われているのは、耐えられなかった。


「涼くんも、これ以上俺たちに関わらない方がいい。ユキのことも、もう」

「嫌です! 俺はっ」

「涼くん……涼くんには、音楽を続けて欲しい。だから、余計なしがらみは無い方がいいんだよ」


 諭すように笑う穂澄さんは、全然笑えていなくて。


「穂澄さん、それでも俺は……もう一度、ユキさんに会いたいです」

「そっか」

「だから、頑張ります」


 ユキさんに、届くくらい。


「おう、頑張れ! めっちゃ応援してるから」

「はい」


 ジルの他のメンバーとも、それ以来直接は会ってない。















「ホント、どんだけ役立たずなんだって話ですよね……」


 当時のことを思い出しながら、はは、と乾いた笑いが出る。


「違うわよ、涼くん。少なくともあなたは、ユキにとって必要な人だったわ。今もね」

「……」

「信じられないなら、本人に聞いてみなさい」


 パチンとウィンクをする朔夜さんは、あの頃と同じで可愛らしかった。




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