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過去ーユキと莉子②ー

「うっ、うっ、だって、いくら憧れの人だとしても、そんな、ウチの子まだ4歳で、そんな、うっ……」

「落ち着け」

「そうだぞー、パパと結婚するとは言ってもらったことないからってー」

「あああああぁぁぁぁ」

「追い討ちかけるなよ……」


 結局帰ってきた旦那も一緒にせっせと餃子を作りながら、誤解を解く羽目になった。

莉子の結婚相手は元々ビジュアル系バンドのギタリストだった。バンド仲間の繋がりから知り合って、付き合い始めた当初にジルのファンだったことを告白されたらしい。

結婚式で初めて彼に会った時には、こちらがドン引きするほど緊張していた。

今やビジュアル系バンドの面影なんてどこにもないサラリーマンだ。


「ユキさんはっ、ウチの美衣のこと幸せにできるんですか!」

「パパ、しあわせはしてもらうんじゃなくていっしょになるものだよ」

「どこでそんなの覚えてきたのおおおお!」


 相変わらずテンション高いな。


「そもそも美衣と結婚はしないから」

「ええーーーやだー! ユキちゃんとけっこんするー!」

「こんな子供まで堕としていくとはさすがだねー! よっ、初恋泥棒!」

「やめろややこしくなる」

「いくらユキさんでも許しませんんんんん」


 ダメだ、面倒くさくなってきた。

心を無にして餃子を作り続けること数分、漸く大人しくなった旦那が泣きながらフライパンで焼き始める。いつまで誤解してんだ。


あゆむさん、そろそろ泣き止んでくれませんか」

「急に敬語!?」

「テンションすげえな」

「す、すみません。ユキさんに敬語使われるとちょっとドキドキしてしまって……」

「おい人の旦那を誘惑すんな」

「言いがかりがすごい」

「ち、違うよっ、オレは莉子さん一筋だよ! ユキさんは確かに綺麗だし憧れだけど!」

「誤解されるような言い方やめろ」


 ここの夫婦面倒くせえな。

オレがあまりにも無表情になるのが面白いのか、莉子はからから笑いながら焼きあがった餃子を食卓に並べた。


「ま、とりあえずいただきますか!」

「沢山焼くので沢山食べて下さいね」

「いただきます」

「いーたーだーきーます!」


 美衣と一緒に丁寧に手を合わせる。こんなに賑やかな食事は久しぶりだ。

食事の間も美衣のプロポーズ攻撃は続き、莉子は止めることもなく笑い続け、歩は高いテンションのまま泣き続けた。


「寝た?」

「うん、はしゃぎ過ぎて疲れたみたい。ユキが来たの、よっぽど嬉しかったんだね」


 食事を終えて洗い物を手伝っていたら、美衣はソファで寝てしまったらしく、ベッドルームへ運ばれようとしている。

母親になったんだなと、やはり感慨深くなると同時に、自分は未だ一歩も進めていない気がして、少しため息をついた。


「珍しいですね、ユキさんが莉子さんに相談なんて」

「そうか? 莉子には相談してる気がするけど」

「あはは、ユキさん、いつも溜め込んで結局自己完結するから、全然相談しないって言ってましたよ」

「……そうかも」


 心当たりがありすぎる。


「莉子さんも嬉しいんだと思いますよ。ユキさんに頼ってもらえるの」

「……」


 歩は本当に穏やかに笑っていて、夫婦揃って人が良すぎやしないかとまた息をついた。

戻ってきた莉子と2人で缶ビールを開けて、再びテーブルにつく。

歩は、気を遣って美衣の様子を見ていると言ってくれた。


「で? 珍しく自分から連絡とってきて、どーしたの?」

「ん……相談というか、報告というか」

「おう」

「涼に、会った」

「え!? 涼くん!? 涼くんって、あの涼くん?」

「そう、綾瀬涼あやせ りょう

「またなんで……」


 涼のライブの最後、目が合った気がして本当は焦った。でも気のせいにしておきたくて。

足早に会場を去ろうとするオレを、凄い勢いで引き留めたのが涼のマネージャーだった。


『ウチの綾瀬に、会ってもらえませんか?』


 そう言われて、やはり気付かれていたのだと後悔した。もう涼には関わらないと決めたのに。

だから、当然のように断った。それはできない、と。

でも彼は深々と頭を下げて、それはもう必死にお願いしてくるものだから、どうしたものかと困っていたら。


『涼くんがあんな必死に僕にお願いしてきたの、初めてなんです。これ逃したら一生恨む、なんて、本心じゃないことまで言っちゃうくらい、あなたに会いたいんだと思います。だから、お願いします! 一緒に、来てもらえませんか? あと僕を助けると思って! 会えないなら連絡先だけでも!』


 最後の一言で全部台無しだと思ったけれど、あまりの必死さと勢いに負けた。


「ちょっと、色々あって」

「説明を面倒くさがるな。それで?」

「春に再会してから、今も何回か会ってる」

「あらー、へえー、ほおー?」

「何その顔」


 ニヤけ顔で返事をする感じがちょっとウザい。


「いやー、そっかぁー! 涼くん良かったなぁ! え、それで? なに? 惹かれちゃってます的な報告? 付き合い始めましたとか?」

「どこのセクハラオヤジだ」

「だぁーって、涼くんに再会しました! とかさー、ユキにとってもいい事だと思うし、あの子は分かりやすくユキのこと好きだったし、そういうことかなって思うじゃん」

「分かりやすかったか……?」

「え、滅茶苦茶分かりやすかったじゃん。気づいてないのはユキだけだったよ。でもまぁ私も涼くんならいいかなっていうか寧ろ涼くんにお任せしたいと思ってたからさ。あのダメ男なんぞとっとと捨てて光属性選べよって感じだった」


 遠慮なく痛いところを刺してくるのは、相手がオレだからだと思うが、ダメージを受けるものは受ける。

缶ビールに口をつけてぐいっと飲み下すと、また大きくため息をついてしまった。


「あいつ未成年だったろ。あまりにも歳下すぎて範疇になかったわ」

「でも今はあると」

「……そ、いう……ことじゃ……」

「じゃあなに」


 涼のことを全く意識していなかったかと言われれば、それは嘘だ。

初めて会った時、リハで聴いた涼の歌声に惹かれた。いい声だな、と純粋に思った。

親しくなってからは、いつでも変わらず優しくて、明るくて、真っ直ぐな強さに救われていた。

涼を見ていると、自分の中にいつもとは違う音が降ってくる。それは、再会してからも変わらない。

けれど……


「……莉子、龍臣と連絡取れるか?」

「はぁ!? 何言ってんの!? 正気!?」

「お前が反対するのはわかってる」

「わかってんじゃん!」

「それでも」


 先日、プロメテウスのMVを見て、気づいてしまった。その音で、わかってしまった。

留まっているのは、オレだけじゃないのだと。

涼に惹かれている自分は確かにいる。でも、龍臣のことを引きずったままの自分もいる。


「……どうして?」

「……さっきの話、認める。涼に、惹かれてる。あっちが今どう思ってるかは知らないけど。あの時の顛末を、話したいと思ってる」

「まぁ、あの子には知る権利があると思うよ。でも、全部? 龍臣のことも?」

「うん……それも。龍臣のこと、このままにしておきたくない」

「龍臣が、望んでなくても?」


 本当に、痛いところを突いてくる。

彼女がオレと龍臣のことをよくわかっているからこそだ。


「望んで、ないだろうな……」

「望んでない人間を、無理にそこから引っ張り出すの? 自分の都合で?」

「……そうだ。最初から最後まで、全部オレのわがままだ」

「なんで、あいつにそこまでしてやるの」


 盛大にため息をついて、莉子は頭をぐしゃぐしゃと掻いた。


「……生きてて、欲しい」

「え?」

「あいつに、生きていたいと思って欲しい」


 愛していた。確かに、龍臣を愛していたから。

あの日、あの子供に、生きて欲しいと願ったから。


「……あんたたちはさ、嵌まらないはずのピースを無理やり嵌め込んで、ホッチキスで留めて、ボロボロになってもやめないみたいな、そういう危うさがあって……見てられないなって、思ってたんだけど」

「……うん」

「あの時の事、話すべきじゃないと思ってたし、あいつも話してないだろうけど、今言うわ」


 莉子の言うあの時とは、龍臣をバンドから外したきっかけの事だろう。莉子も龍臣も、何が原因かは最後まで話さなかった。


「あの日ね、流石にもう、ユキの事を傷つけてまで周りの人間を排除するのはやめろって忠告したの」

「……それは、前にも言ってただろ」

「そう、前にも言ってた。それはいつもと同じ反応だったよ。わかってるって言うだけ。でもね、他にも思ってたことがあったから」

「他にも?」

「ユキの音楽に、あいつは嫉妬してた」

「そんな……ことは、」

「あったよ。ユキの音楽に嫉妬してるのか、音楽がユキを奪っていくと思ってるのか、まあ両方だったと思うけど、とにかくあいつは、そうだった。だからそんなに、ユキを傷つけるんでしょ? って言った。ユキに音楽をやめて欲しいんでしょ? って」


 龍臣が、そんなことを思っていたなんて知らない。なんでも、分かっていると思っていたのに。


「あんたたちはお互いになんでも分かり合ってると思ってたんだろうけど、私から見ればそれだってズレがあった。だから歪だって言ったんだよ」

「……」

「あいつは図星だったから、怒った。まぁ、私が刺激しちゃったのは悪かったと思ってる。首絞められるとは思ってなかったけど……本気ではなさそうだったし、まぁいいかなって」

「よくは、ないだろ」


 アルミ缶を握りしめすぎて、少し凹んでしまった。


「ただ、それがきっかけであんたたちが別れたって聞いた時には、完全に別れられるとは思ってなかった。案の定ズルズルいってたし」

「それは本当に申し訳ないと思ってる」

「共依存みたいになってたから、離れられないだろうなって。流石にその後、あんな事になるとは思ってなかったけど」

「……ごめん」

「でも考えてみれば、あいつもなにか、きっかけを探してたのかもしれないね」


 背もたれに体を預けて伸びをすると、莉子は立ち上がってベッドルームの方へ向かった。

静かにドアを開けて、歩だけを呼び寄せる。

何かを小声で話してすぐに、彼は真剣な面持ちでこちらへ来て座った。


「僕なら、多分龍臣さんと繋げられると思います」

「え……」

「詳しい事情は知らないですけど、でも本当に、会いたいですか?」


 莉子と同じ顔で、心配してくれるのか。

やっぱり人の良すぎる夫婦だなと思って、少し笑った。


「うん。頼んでいいか?」

「わかりました。数日待ってください」

「ありがとう」

「私はあいつのこと許してないけど、あんたたち2人がケリつけたいってんなら、見守ってるよ」

「はは、カッコよ」


 あの時と同じ顔で笑って、莉子はビール缶を高く上げた。




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