何も知らない嫌われ者
◇
「あー頭いてぇ。完全に二日酔いだわこれ」
前日に悪友と久々に飲み明かした俺は布団から上半身を起き上がらせた状態で顔をげっそりとしながらボヤく。
現在いる場所は娼館通りの近くにあるダンの一軒家であり。近くにうつ伏せになって寝ているダンの姿がある。
別に「アーッ!」なことはやっていないので悪しからず。
「たく。久々に酒なんて飲んだわ。呑むと記憶が曖昧になるから、嫌だったんだよなぁ。酒はやめるつもり、だったのに…っぅ」
二日酔いの時になるあの頭の痛みがきて顰めっ面になり額を押さえてしまう。
昨日ストーカー達に見つかることはなかった。恐らく二人は宿屋にでも戻っていることだろう。しかしまだ安心はできない。暫くダンには匿ってもらおうか。それだけ考えるとどうせ自分も急ぎはないからと二度寝をかます。
◇◇◇
ボールスがそんなお気楽に考えている中冒険者組合ではほとんどの冒険者達が緊急で集められギルド長のカイン直々に話しを受けていた。
ギルド長カインは長髪の白髪に巌のような顔。鷹のような目つき。白を基調とした衣服を着こなすダンディズム。
「今回は聖女様方まで集まってくださり感謝します」
まずコルデー達に一礼する。頭を上げたギルド長は鷹のような鋭い目つきを作り集まっている冒険者達に向ける。
「早速だが本題に入る。先程ルクセリアが誇るダンジョン『ルクスダンジョン』の件で調査団体から連絡が入った」
それだけ前置きで言うと話を続ける。集まった人々の中にはルクセリアにいる冒険者達。ユート達「黒曜の剣」や近場にいた「聖女」やレイア含める「聖堂騎士」達も参加している。
「『ルクスダンジョン』及び周辺の魔物に異常発生が起きている――【魔物氾濫】が起きる兆しがあると」
『『――!!』』
ギルド長の話しを聞いた冒険者の大半は顔を見合わせて驚いていた。
【魔物氾濫】。それは魔物が「異常発生」「繁殖」「興奮」「恐怖」を起こしその場に留まらず一斉に動き出す現象。魔物達の進行方向にある物を何もかも蹂躙するとか。定期的に魔物を間引いていれば【魔物氾濫】は起きない。しかし稀に突発的に起きるケースがあると。
「静粛に。聖女様もおられる中だ。それにいまはまだ《《可能性》》にすぎない」
『『――』』
ギルド長の一喝で周りは静かになる。その場で「コホン」と一つ先払いをして流れを戻す。
「ただ私は此度の件【魔物氾濫】が起きていることも視野に入れている。【魔物氾濫】は「自然的」それか「人為的」に起きる。私はそこで今回の件は「人為的」に起こされた現象だと睨んでいる」
「――カイン様。それはどうしてわかるのですか〜?」
「は――まず調査団体が調べた結果件の『ルクスダンジョン』及び周辺の魔素濃度が高くありました。その原因は――こちらの“魔石”に原因があると推測しています」
割って入るコルデーに気を悪くした様子もなく語る。
「魔石、ですか〜?」
ギルド長の手にあるなんの変哲もない魔石を見てコルデーは小首を傾げる。他の冒険者も意味が理解できていないのか話を無言で聞いている。
「はい。聖女様及び冒険者の諸君も認知していると思いますがダンジョン内で魔石を放置するとその魔石から魔素が漏れ魔物が引き寄せられる。その魔石が近場に何個もあると魔石同士が共鳴し新たな魔物が発生する事例があります」
「確かに魔石の放置は二次災害を起こす危険性がありますので放置は危険視され禁止されてますね〜」
「そうで御座います。そして調査団体からはもう一つ通達があり。黒いローブ姿の人物が『ルクスダンジョン』近くに居たと。賊の可能性もありますがその人物が故意に魔石を放置、或いは置き去り【魔物氾濫】を引き起こした。ということはありえない話でもありません」
「わかりました〜わかりやすい説明ありがとうございます。続けてください〜」
「はっ!」
コルデーの間延びした声を聞いたギルド長は一礼し、冒険者達に顔を向ける
「どちらにせよルクセリアに害を齎す存在に他ならない。そこで今回【魔物氾濫】及び「賊」の討伐隊を形成する。腕の覚えのある物は名乗り出てくれ」
ギルド長自ら頭を下げてみんなに問う。詳しい話を聞いていた冒険者達もことの大きさを理解し始めた。
『どうする?』
『どうするったって俺達のランク帯じゃ【魔物氾濫】は無理だろ。返って足手纏いになる』
『そうだよな。荷が重いよな』
しかしランクが低い冒険者達は自分の実力を考慮してか不参加を示す。ギルド長からも「腕の覚えのある者」と事前に言われているので無理をせずに引き下がる。
「ギルド長。俺、行きます」
周りが皆お互いの顔を見て牽制し合って出方を伺っている中一人の青年が声を上げる。声の主に視線が集まる。
「ユート殿が行ってくれると?」
「はい。俺達は「A」ランクですしこの街にはお世話になりました。その恩を少しでも返せたら」
声を上げたユートは好青年のようにハキハキと話し揺るぎない信念を持ちカインの目を見る。
「それに自分には強い仲間がいるので。ルルとエレノアも動いてくれるか?」
「…まぁ」
「…力を貸すわ」
ユートは自分の側から何故か一メートルほど離れて立つルルとエレノアに顔を向けて促す。
二人は不詳不詳と言った感じで頷く。この場で自分達「A」ランクが不参加の意思を見せたら討伐隊の士気が下がると思ったから。
(勝手にうちらを巻き込むな。行くなら勝手に行ってこい。害虫)
(最悪。この後ボールスさんと話してもっと親密を高めてあの冷たい目を向けて貰うはずだったのに。討伐隊でもなんでも一人で行って死んできなさい)
実際は二人から内心でボロクソ言われていた。
「ありがとう二人共!!」
そんなことを知る由もないユートは信頼している仲間からの言葉に燃え上がる。
ユート達を見て大丈夫だと思ったカインは頷く。
「承知した。ではユート殿達「黒曜の剣」を中心とした討伐隊を形成しよう」
『『おぉ!!』』
「A」ランクのユート達が参加するということで他の冒険者達の士気も上がる。
「私達も参加します〜人々を救うのが私の使命ですので〜」
コルデーがほんわかと間延びした声で自分達も【魔物氾濫】の参加を示す。レイアやオーラス達「聖堂騎士」は主人の御心のままにと従う。
コルデーの参加表明を聞いたカインや冒険者達は驚く。
「な、なんと。聖女様も動いてくださるのですか。ありがたき幸せ」
「当然のことです。【魔物氾濫】はこの街は愚か周辺や村、街。『王国』。周辺国までをも巻き込む恐れがありますから」
カインの言葉に至極真っ当な言葉を連ねて真剣に答える。
「わかりました。では討伐隊の形成と共に作戦を考えましょう――」
話し合った結果。
・討伐隊は「黒曜の剣」を中心とした「C」ランク以上の冒険者で大型パーティを組み向かう。
・「D」ランクから下の冒険者や戦う意志がない人達は街に待機。魔物が襲ってくる可能性も考慮して。
・聖女と聖堂騎士達は街を護る要として残ってもらう。ギルド長のカインも街の要として残る。
・『聖堂騎士副団長』のレイアは冒険者ランク「S」ランクの資格を持っているということで討伐隊のリーダーを務める。
※コルデーも了承している。
「――では、各自持ち場に」
『『はい!』』
話が纏まった人々は各自役割に別れる。
討伐隊派遣の前に先に出していた偵察隊の数人が帰って来た。そこで聞かされる『ルクスダンジョン』と外の見回りを行った際に魔物達の不自然すぎる大量発生とこちらに向けて進行してきていることを確認。
諸々を見て【魔物氾濫】だと確証が持てた討伐隊は三の鐘が鳴ると共に動く。
討伐隊が向かってから少し経った三の鐘と四の鐘が鳴る中間の頃「ルクセリアの街に突如として大量の魔物が出現した」と報告が上がった。
ギルド長カインでもコルデーでも気づかなかった不測の事態。街の「外」からではなく「中」から魔物は現れたのだ。
「街に、魔物だと…」
考えてもいなかった事態に声を失う。だがギルド長という立場を思い出し我に帰る。
「冒険者の諸君。不足の事態。だが狼狽えるな。魔物の殲滅と街の住民の保護を優先してほしい。魔物に勝てないと判断したら速やかに退避しろ。死人は許さんぞ」
『『はい!!』』
冷静さを取り戻し迅速な行動で残っていた冒険者達に指示を出して魔物の殲滅及び街の住民の保護。
「私達も動きます」
『『は!!』』
コルデー達も住民の保護及び怪我人の治療に向かう。
冒険者組合内にいたギルド長とコルデー達が動こうとした時雪崩れ込んでくる街の住民達。
何が起こったと訝しんでいると一人の男性が声に出す。
「俺達は助けて貰ったんだ。アイツに、アイツ――」
男性は伝える。
「なっ!?」
『『嘘だろ!?』』
「♪」
『『流石ですね』』
それぞれ違う反応をみせる。
カインや冒険者たち冒険者組合側は“ありえないと驚き”。コルデーや『聖堂騎士』達は“信じていたと頷く”。
◇◇◇
魔物達が現れて少し経って
「――なんで魔物が街の中に!?」
「どうして、どうしてこんな時に魔物が襲ってくるのよ!!?」
「逃げろ! いや、冒険者達や聖女様に誰か伝えるんだ!!」
「もう、終わりだ――」
街の住民には【魔物氾濫】が起きていることを伏せていた。それはカインの「他言無用」という伝達。街の人々を不安にさせないための配慮だった。
魔物が襲ってくる前は大人も子供も関係なく練り歩いていた街。そこには今はどこもかしこも混乱が巻き起こり、阿鼻叫喚が響き渡る。
誰もが助かろうとする。ただ直ぐ近くに迫っている脅威。力の持たない人々は助けを乞うことしかできず。人々は冒険者や「聖女」に助けを求める。それを邪魔するように行く手を阻む魔物達。
「ゴッフ、ゴッフ」
「グギャッ!」
「グギャッギャ!!」
「や、やめて、近づかないで!!」
一人の女性がホブゴブリン率いるゴブリン達に囲まれていた。
「ゴッフフ。ゴフ――ッ!」
逃げ場を失った女性にホブゴブリンが手を出そうとしたその時、ホブゴブリンが真横に吹き飛ぶ。
「え?」
『『ギ、ギギャギャ?』』
その光景を間近で見た女性とゴブリン達はホブゴブリンの魔石を目で追って次にホブゴブリンの命をあっさりと奪った人物に顔を向ける。
「――あぁーくそ。頭痛え。気分悪りぃ。こっちのことを配慮しねぇでギャアギャアギャアギャア叫びやがって。ぶち殺すぞオラァ」
口の悪い言葉が聞こえる。ただその場の人々には何処かで聞いたことがある声だった。
そこには藍色の肌着と茶色のロングパンツ。左手で額を押さえて座った目でこちらを見てくる赤茶髪の男。ボールスの姿があった。プラーンと下げている右手に持つ灰色の棍棒に血が付着していることからボールスがホブゴブリンを一撃で倒したことが伺える。
「取り敢えずなんで魔物が街にいるのかしらねぇけどゴブリン。テメェらは死刑」
右手で持つ棍棒をゴブリン達に向けて死刑判決を下す。
現在
「俺達は助けて貰ったんだ。アイツに、アイツ――“ボールス・エルバンス”に!!」
男性に続くように女性、老人、子供と老若男女関係なくしっきりなしにボールスへと感謝の言葉を告げる。中には「馬鹿にしたり貶してごめん」「いい奴だったんだ」と聞こえてくる。
カインを含む冒険者達は信じられなかった。自分達の知る「ボールス・エルバンス」という人物像は「悪」であり所詮は「D」ランク止まりの落ちこぼれ。
そんなことを考えているとコルデー達が怪我をしている住民達の手当てを始める。何人かの騎士達は冒険者組合から飛び出して救援へ向かう。
「わ、私達も動くぞ。優先順位を履き違えてはならん」
『『わ、わかりました!!』』
考えるのは後にして今は目先のことに取り掛かる。




