7話 ビクトリア・モンクレー
執事長が突然思いついた様に言った。
「カイト、一つ大事な事を言い忘れていた。」
「3階の真ん中に次女のビクトリア様がいる。ビクトリア様には、近づくな。」
「非常に危険な存在だ。注意する様に。」
「次女ですか?デュラン様の子供は、ジーク様、ビクトリア様、ロデオ様の3人だから長女では?」
「長女の方は、行方不明だ。その話はタブーだ。口にしてはならない。」
「はい。分かりました。」
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今日もカイトは、トイレ掃除に勤しむ。
「オン シュリマリママリ マリシュシュリ ソワカ」
「ゴシゴシ。キュッキュッ。」
「ゴシゴシ。キュッキュッ。」
「キラキラ、キラキラ。」
3階のトイレは、東側と西側の2箇所ある。
東側のトイレ掃除を終え、西側のトイレに向かう途中、突然声を掛けられる。
「ちょっと、そこの君。」
「はい?」
振り向くと。3階の真ん中の扉が10㎝程開いていた。そこから、大きな瞳が二つ此方を見据えている。目以外は暗くて見ることができない。確か【非常に危険な存在】と執事長が言っていた。見なかったことにしよう。気付かないふりをして西側のトイレに向かう。
「ほっ。」
どうやらスルー出来たようだ。トイレ掃除を開始する。
「オン シュリマリママリ マリシュシュリ ソワカ」
「ゴシゴシ。キュッキュッ。」
「ゴシゴシ。キュッキュッ。」
「キラキラ、キラキラ。」
「!」
突然、首筋に冷たい物が当たる。全く気配を感じることができなかった。
「ちょっと君。無視しないでくれるかな!」
怒気を孕んだ声が耳元で聞こえる。【ゾワ、ゾワ】
簡単に背後を取られてしまった。あり得ない。
左腕が首に巻きつき、右手のナイフが首筋に密着している。もちろん、背中に柔らかい物も密着、【玄武より、かなり小さいかな】って場合じゃない。
脳内に危険信号が鳴り響いている。
「ト、トイレ掃除の小僧に何か御用ですか?」
「そうなの。トイレ掃除の小僧に御用があるのよ。」
ねっとりと纏わりつく様な声【ゾワ・ゾワ】が止まらない。
頭の中で声がする。
【レベルが上がりました。】81
「君さ。ロデオの依頼受けてたよね?」
「私のお願いも聞いてくれるよね?」
「な、何のことでしょう?トイレ掃除しか出来ませんよ俺。」
「幻の花、取ってきたの君でしょ。分かっているのよ。」
どうやら逃れられないようだ。
「!」
烏枢沙摩明王さまがトイレの蓋の上に座っている。
目があった。あっ目を逸らした。
烏枢さま、助けてくださいよ〜。
「私、欲しい物があるの。」
「東にある。ジュエリーダンジョンの30階層のボスを倒すと宝箱からネックレスがドロップするの。それがね。どうしても欲しいの〜。取ってきてくれるよね。カ・イ・ト・く・ん。」
頭の中で声がする。
【レベルが上がりました。】82
「すいません。俺、冒険者じゃないのでダンジョンには入れないと思うんですが…。」
「大丈夫よ。ギルドマスターには話しておくから。冒険者登録も済ませておくわ。宜しくね。」
「…ご希望に添える様頑張ります。」
「あの〜。刃物を首に当てながら話すのは、辞めて頂けないでしょうか?」
「私、最近ナイフに凝っていて色々集めているのよ。うふふ。」
「このナイフ、私の一番のお気に入りなの〜。ほら〜綺麗な波紋が細かく幾重にも重なっているでしょう。職人が何度も折り曲げて重ね合わせたの。美しいわよね?」
逆らわない方が良さそうです。
「はい。とても美しいです。」
「そうよね。とても美しいの。」
と一瞬ホールドが弛んだ隙に離れる。そして。
「し、仕事があるので失礼します。」
と言ってその場からそそくさと退散した。しかし、何で狸親父からあんな恐ろしい女性が生まれるんだ?あり得ない。
う〜。まだ【ゾワ・ゾワ】する。
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朝、仕事に行くと執事長が神妙な面持ちで話しかけてきた。
「カイト、話がある。ちょっといいか?」
「実は、今日からビクトリア様の専属執事になってもらう。」
頭の中で声がする。
【レベルが上がりました。】84
わっレベルが2も上がりました。これから何が待ち受けているのだろう。
「え~。俺まだ執事見習いですよ。」
「旦那様の命令だ。拒否権がない。」
「カイト、ビクトリア様と何があった?」
「大した事ではないと思いますが、3階の西側のトイレを掃除していたら背後から羽交い絞めにされ首筋にナイフを当てられ、【これが私の一番のお気に入りのナイフなの。】と仰っていました。いや~。大ごとですよね~。ははは。」
「・・・。何も聞かなかった事にする。非常に心苦しいが健闘を祈る。」
いや。いや。いや。聞かなかった事にするってないでしょう~。
「この屋敷でビクトリア様に逆らえる者は奥様だけだ。だが現在、仕事の関係で不在だ。どうやらビクトリア様は旦那様におねだりをしたようだ。旦那様はビクトリア様に甘い。」
=おねだりの様子=
「お父さま~。ビクトリア、専属の執事が欲しいの~。」
「見習いでいいので欲しいの~。」
「おお!そうか。そうか。着けてやろう。」
「見習いは、カイトしか居ないが、カイトで良いか?」
「はい。ありがとうございます。お父さま。大~好き。」
「ははははは。そうか。そうか。ビクトリアは可愛いな~。」
=おわり=
「と言う訳で今日からビクトリア様専属の執事だ。」
どう言う訳だ~。
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「コン!コン!」
「ビクトリア様、カイトです。」
部屋に入る。何の気配もしない。
「!」まただ。気付けば後ろから羽交い絞めにされてナイフを首筋に当てられている。一体どんなスキル?なのだろうか?
「よく来たね。カイト。今日から君は私のものだよ。うふふふ。」
【ゾワ・ゾワ・ゾワ】悪寒が走る。
頭の中で声がする。
【レベルが上がりました。】85
母さんの勤め先だ。下手なことは出来ない。・・・。いざとなったら病休を取らせて頂きます。
「早速だ。カイト、打ち合わせをしよう。」
「いいですが、ナイフで色々な所をなぞるの止めて頂けますか。」
「いいじゃない。減るものじゃないし。」
いやいやいや。心が擦り減っていますよ~。
「それじゃあ。これが冒険者カードだよ。無くすと大変だから気を付けてね。」
「いつまで密着してるんですか?」
「いちいち気にするな。私が気にしてないんだから問題ないだろう?」
「名前と年齢合ってるよね?冒険者にはランクがあって、Eから始まってE・D・C・B・A・Sまである。国に認められればSSランクってのも存在しているが一般的にSまでだね。君はEになる。通常Eだとダンジョンには潜れない。だがしか~し。私の力を持ってすれば、あら不思議、Eでもダンジョンに潜れるのさ。ほら、冒険者カードに小さくダンジョンの文字が。ははは。どうだい?凄いだろう。」
「はい。凄いです。」と棒読みで答える。
「なんだ。もっと喜びたまえ!」
ナイフで頬をペンペンされる。
「とっても。とっても。素晴らしいです。」
「そうだろう。そうだろう。流石私だ!」
自画自賛ですか!