彼女と喧嘩した‼
いろいろなことがありながらも、僕にとっては待ちに待った【お台場坂49】のドームライブ当日である
何万人というファンの群れがこの〈帝都ドーム〉に集結し彼女達のパフォーマンスに熱狂する
前回のライブの時はチケットの抽選に外れた為、くやしい思いで涙を飲んだ
しかし今回は見事当選し胸を張って彼女達のパフォーマンスを堪能することができる……はずだった
僕は今、複雑な複雑な複雑な思いでドームの前でたたずんでいる。
本来最高の気分でこの日を迎えるはずだったのだが予想外のことが起きたのである。
それは今から一週間前、美月との擬似デートを終えた翌日の話である。
「ねえ圭くん、次の日曜日、今度は私とデートしてくれないかな?」
しおりちゃんからの思わぬ誘い。本来であれば待ちに待っていた言葉
一日千秋の思いで待ち続けたセリフと言っても過言ではない、しかし……
「ゴメンしおりちゃん、その日は【お台場坂49】のドームライブの日で……
できれば別の日にして欲しいのだけれど……そうだ、前日の土曜日ならどうかな?」
「その日は私、親戚の法事で無理なの……」
「そ、そっか。だったらその翌週なら?その先ならばずっと予定空いているよ」
「でも来週からは中間試験期間じゃない、流石に試験期間中に勉強ほっぽり出して
デートに行くのは親がいい顔しないと思うし……」
「じゃあ再来週はどう?」
「再来週からは学園祭の準備期間になるじゃない、うちの学校は学園祭に力入れているから
休日も集まって準備に忙しくなると思うよ、部活動やっている人以外は手伝うのが暗黙のルールじゃない
みんなが頑張っているのに私たちだけデートに行くから抜けるというのもやっぱり……」
くそっ、誰だ、この学校の行事スケジュールを組んだのは⁉︎
ワザとか?ワザと僕たちの事を邪魔しているのか?
それとも何かの見えない力が僕たちのデートを阻んでいるとでもいうのか?
そういえば今日の朝の占い、九月生まれのおとめ座は運勢最悪って出ていたな。
確かラッキーアイテムは【ハートの形をした小物】とか言っていたが、それはどこに行けばありますか?
「私とデートは嫌なの?圭くん」
「そんなわけないよ、でも今度の日曜だけは無理だよ」
「どうして、美月とはデートできても私とはできないの?
それで今度の日曜日まで美月に会いに行くの⁉︎」
何だ、何だ?しおりちゃんが急に訳のわからないことを言い出したぞ⁉︎
「ちょっと待ってよ、そもそもこの前の美月との擬似デートも
しおりちゃんに頼まれたから仕方がなく行っただけだよね?
日曜日も美月に会いに行くのではなくて【お台場坂49】のライブに行くだけだよ
そんな事わかっているでしょ⁉︎」
「だけど、私は圭くんの彼女でしょ?だったら私を一番大事にしてよ、一緒に居てよ」
何故かはわからないが少しヒステリック気味に訴えてくるしおりちゃん
嬉しいというよりこれは少々わずらわしい。
「しおりちゃんが一番大事だよ。この前も言ったよね?
しおりちゃんとのデートだってこっちから頼みたいぐらいだ
でも今度の日曜日だけはダメだ、コレは譲れない」
「圭くんは私より、美月がいいの?さやかさんがいいの?やっぱり私なんか……」
「何でそうなるのだよ、いい加減にしてよ‼」
「圭くんなんかもういいわよ、わからず屋‼︎」
「わからず屋はどっちだよ、こっちだってもういいよ‼︎」
こうして僕たちは初めての喧嘩をした、まともなデートすらしていないまま
まさか大喧嘩することになるとは思わなかった。しかしこちらから頭を下げるつもりは毛頭ない
どう考えてもあっちの言っていることの方が理不尽で支離滅裂だからである
この時の僕は頭に血が上って冷静でなかったのかもしれない
いや冷静であっても多分わからなかったであろう。
なぜいつも控えめでおとなしいしおりちゃんがこんなワガママじみたことを言い出したのか
どうしてあれほど感情的になって僕に無茶を言ってきたのか
それを理解するには僕はまだ子供すぎたのである。
そんなことがあって僕は今、ドーム会場の前にいる。
大河の流れのように人々が行き交う中でイマイチ気分が乗らないままチケットを握りしめ
ボーッと入り口でたたずんでいた、そんな時である。
「おーい、田村くん、久しぶり‼︎」
僕に声をかけてきてくれたのは松永さん。年齢二十八歳で【お台場坂49】のファン
というより〈大橋さやかちゃん〉の大ファンであり、さやかちゃんファンの中心的人物と言ってもいい人だ。
「お久しぶりです、松永さん」
「いや〜〜ついにきたねドームライブ、この日をどれほど待っていたことか
今日も死ぬ気でさやかちゃんを応援するぞ‼︎そして次こそ我らがさやかちゃんを念願の一位に‼︎
次回の総選挙こそはあの美月魔王を引きずり下ろしてさやかちゃんを女王にするぞ‼︎」
「そうですね、今日はさやかちゃんを目一杯応援しましょう」
僕の言葉に何度もうなずき、満足げな松永さんだったが
急に真面目な表情を浮かべ真剣な眼差しで顔を近づけて来た。
「そういえばちょっと小耳に挟んだのだけれど、田村くん彼女ができたらしいね
まさかとは思うけれど、それでさやかちゃんファンを辞めたりしないよね?」
どこからそんな情報が入ったのだ⁉すごいな、この人。
「ええまあ、でもさやかちゃんのファンは絶対やめませんよ。
実は今日も彼女と喧嘩してしまいまして……」
「ほう、それはまた何で?」
「何故かわからないですけど、〈今日はどうしても私と一緒にいて〉とか言い出して……
今日はドームライブがあるから無理だと断って無理矢理ここに来たという訳です
全く訳がわかりませんよ」
彼女と喧嘩をした経緯と不満を打ち明けると
松永さんは嬉しそうに僕の背中をバンと叩いた。
「偉い、君はファンの鑑だ‼︎女なんてそんなものだよ。理不尽で、我がままで、感情的で
全く理屈が通じない、そんなの放っておけばいいよ。我らにはさやかちゃんがいる、女など不要だ‼︎」
松永さんは僕の背中をバンバン叩きながら嬉しそうに語る。
こういった思考は全くもって同意できないがおかしな反論をすると話がややこしくなるのでやめておいた。
この松永さんは背が180cm以上ある長身で横幅もそれなりにある
いつもチェックの服を着ていて分厚い黒メガネをかけている
一応社会人のようだが給料を全てさやかちゃん関連に注ぎ込んでいるようで生活はカツカツの様だ
ただ客観的に見ても容姿がそれほど悪いわけではなく、少し痩せておしゃれでもすれば多分モテるのだろうが
本人にその気が一切ないのだからそんな気遣いは無用なのだろう……
「だからね、田村くん、女というのは……」
松永さんの講義はますます熱を帯びてきて止まることを知らない
聞いた話では昔恋人にこっぴどく振られてそれ以来普通の女性には不信感を抱いてしまい
恋愛ができなくなってしまったとの事だ。一応彼女がいる僕とは永遠に価値観を共有することはないだろう
延々と女性に対する不満を語る松永さん。ん?でも待てよ……
「あの……松永さんは〈全ての女性はダメ〉と言っていますが
さやかちゃんだって女性じゃないですか?」
僕はごく自然な質問を投げかけた。この矛盾する問題にどう答えるのだろう?
と少し興味があったのだ。だが松永さんはキョトンとした表情を浮かべ不思議そうに僕を見つめると
まるでそれが当たり前だという口調で答えてくれた。
「何を言っているのだい、田村くん。さやかちゃんは女性じゃない、天使だろ?」
いよいよ待ちに待ったドームライブが始まった、急に会場が真っ暗になりド派手な音楽が鳴り響く
次の瞬間、七色の光が暗闇を切り裂き、【お台場坂49】のメンバーが次々と姿を現した。
〈ワアアアア―――〉という大歓声とともに会場の雰囲気は一気に最高潮に達する
まるで僕たちに見せつけるように美しい歌声と華麗なダンスを披露する女神達
もちろんその中心にいるのはあの美月である。不動のセンターである女王様は
ここ数日の出来事が嘘のように威風堂々とパフォーマンスを見せつけた。
「さやかちゃーん、さやかちゃーん‼︎」
この大歓声の中でも松永さんの声が耳に入って来る、おそらくそれが魂の叫びだからだろう
以前の僕であれば松永さんと共に叫んでいただろうし、ライブに熱中して松永さんの声など聞こえてこないはずだ
そう、僕はこの最高の空間の中でどこか冷静な自分がいる事に驚いていた。
久しぶりの生のさやかちゃんを見ながらも、つい美月のことを目で追ってしまっていた
それはファンの視線とは明らかに違う、もっといえば異性の向けるものとも違うと思う
訳のわからない何かであった。
『大丈夫かな、ちゃんとやれるだろうか?』
心の中でつぶやく。それは応援というより心配といった類のものだったのかもしれない
冷静に考えてみれば馬鹿げた話である。
あそこに立っているのは【お台場坂49】の絶対的エース月島美月だ
一介の高校生である僕が心配する必要など全くない
しかしそんな理屈を頭の中でこねくり回していても心境が変わる事はなかった
気がつくとライブの最中ずっと美月のことを目で追ってしまっていたのだ。
結局ライブは大盛り上がりの中で集結した、ドームを後にする観客達は口々に
〈今日のライブは最高だったね〉と語り合い最高の時間を満喫した様子だ
だがそんな会話が聞こえてくるたびにイラッとしている自分がいた。
どうにも煮え切らないモヤモヤした感情、原因ははっきりしている
僕は、いや僕だけがライブに集中できず満喫できなかったからである
その理由がしおりちゃんと喧嘩してしまったからなのか?
変に関わりを持った美月の事が心配で集中できなかったからなのか?
中途半端な形でしかさやかちゃんを応援する事ができなかったからなのか?
自分でもわからない。
「こんな事ならしおりちゃんとデートしていた方が良かったな……」
今更……という独り言をつぶやきながら一人寂しく家路へと向かっていると
突然僕のスマホの着信音が鳴った。
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