父が現れた‼
「久しぶりだね、美月、少し背が伸びたかな?」
柔らかな表情で娘に近づく月島真司だったが、それとは対照的に表情が曇る美月。
「急にマンションに来られても困るわ、ママはこの事を知っているの?」
「いや、みどりには知らせていない、アイツが入ると話がややこしくなるからね」
「じゃあ止めてよ、パパが内緒で会いに来たことがママにバレたらまた喧嘩になるじゃない。
今、私のマネージメントをしているのはママなのだから……」
どうやら仕事関係の複雑な話の様だ、しおりちゃんも僕にチラリと目配せし
〈私達は席を外した方がいいのでは?〉と訴えかけていた。
「いや、みどりがいるとお前と話が出来ないから直接来たのだ、二人で話がしたい」
嫌がる美月とは対照的に必死で食い下がる父親。
娘に会いにきたというよりどことなく切羽詰まっている印象を受けた。
そういえば最近月島真司の手がけたドラマは低視聴率で悩んでいるとか聞いた事がある。
「だからその話はもう……」
どうやらすぐにまとまる話でも無さそうだし、美月姫もこんな会話を僕たちに聞かれたくないだろう。
ここは素直に退散する事にしよう……
「あの……僕たちはお邪魔でしょうから席を外します」
気を利かせてこの場からいなくなろうとした僕達に対し、視線だけむけ無表情のまま応える美月パパ。
「悪いね、君達。ちょっと込み入った話だから外してくれると助かるよ」
口では悪いと言いながらも、その表情から全くそんな事を思っていない事は明白だった。
だが僕達が口を挟める問題でもないので当初の予定通り席を外す事にする。
美月姫がまるで救いを求めている様な表情を浮かべたが
僕達にはどうする事も出来ないし、口を挟む権利もない
今回の事は自力で何とかしてもらうしかないと思い、退散を始めた。
「いい加減、女優一本に絞ったらどうだ?美月、お前には素質がある
大女優だって夢じゃないのだ、俺がドンドンお前を引き上げてやるから‼︎」
「私は今のままで満足しているわ、女優もアイドルもタレントも
全てのお仕事が身になっていると思っている
今は【お台場坂49】のお仕事が楽しいしやりがいがあると思っているの、だからこのままやらせてよ」
なるほど、彼女の両親の離婚原因は娘の活動方針の違いだと聞いたことがあるが
〈女優として大成させたい〉という思いの父と、〈アイドル、女優、タレントとしてマルチな活動をさせたい〉
という考えの母という訳か……数々のヒットドラマを手掛けてきた父と
元々は売れないアイドルから女優へと転身し成功を収めた母の考え方の差という訳か
どちらも間違いとは言えないし、両親に板挟みの状態になってしまっている娘としては辛いだろうな……
確かに月島真司にしたら娘である美月を主演としてドラマに起用すれば話題にもなるし
ファンは必ず見るだろうから視聴率もそれなりに取るだろう。
僕としては【お台場坂49】のエース月島美月が抜けてしまうのは寂しい限りだが
一ファンがどうこう言える問題でもない。ここは素直に退散して……
そう思い背中を向け歩き始めた時である、月島真司の言った一言に僕は思わず足を止めた。
「いい加減にしないか美月、お前もアイドルなんか単なる腰掛のつもりでやっているのだろう?
アイドルなどいつまでもできる職業でも無いし、子供相手のつまらん歌やダンスで無駄な時間を潰すな。
パパがお前の出演するドラマや映画をどんどんキャスティングしてやる。
お前は世界に羽ばたく女優になるのだ。くだらないアイドルなんかさっさと止めて早く……」
その瞬間、僕の中の何かが弾けた。
「くだらないって何だよ‼」
話を遮るように突然大声を上げてしまった。
何かはわからないが胸に熱い衝動みたいなものが込み上げてきて言わずにはいられなかったのだ。
唐突にブチギレた僕を月島親子としおりちゃんは驚いた目で見ている。
それも当然だろうが頭に血が上ってしまった僕はそれを機にする余裕すらなかった。
「突然何だ、君は?」
「僕は単なる【お台場坂49】の一ファンです。でも貴方の娘さん
月島美月がやっている事はくだらなくなんかない‼︎
僕を始めどれほどの人達が彼女たちの歌で感動し励まされてきたか知らないでしょう?
【お台場坂49】のリリースしたCDは全てオリコン一位を獲得している。
つまりこの日本で一番売れていて、一番聞かれているということです。
彼女達の歌とパフォーマンスを見て、聞いて、みんな明日から頑張ろうって勇気と元気をもらうんだ
それのどこがくだらないんだ‼あなたの馬鹿にした歌やダンスを習得する為に
彼女達がどれほどの努力をしているか知っていますか?
最高のパフォーマンスをファンに見て欲しい、ファンに喜んで欲しい
その為だけにみんな寝る間も惜しんで練習して必死に頑張る
だからみんな感動し応援するんだ。あんたの娘は凄いんだ
何で父親のアンタがそれを認めてやらないんだよ‼
女優も素晴らしい仕事だろうけど、アイドルだってそれに負けないくらい素晴らしい仕事だよ
【お台場坂49】のエース月島美月を舐めるな‼」
僕は声を張り上げて興奮気味に訴えた。正直頭に血が昇って何を言ったのか覚えていない。
だけれど血を分けた父親が娘のやっていることを否定するという行為が
何故か悔しくて悔しくて熱い思いが止められなかったのだ。
しかしそんな興奮状態の僕とは対照的に月島真司は淡々と大人の対応をする。
「ただのファンがウチの家庭の事に口出ししないでくれ、私はもっと高度な大人の話をしているのだ
何もわかっていない子供が口を挟むようなことではない」
当然の言葉である。家庭や仕事の話に何もわかっていない赤の他人の一高校生が
口を挟むとかお門違いも甚だしい。興奮して何を言ったかも覚えていないが
改めて指摘されるとこのまま逃げ出したいくらい恥ずかしい。
そんな時である。
「いいえパパ、圭一の……彼の言う通りよ。私アイドルが好きなの
【お台場坂49】というお仕事に誇りを持っているわ。もちろん女優も素晴らしい仕事だと思っている
でも私はアイドルがやりたいの。ママが勧めたからじゃない、私自身の意志で決めた事よ」
意外な事に美月姫からのフォローが入った。まあフォローというより自分の気持ちを伝えただけなのだろうが……
「しかし美月、アイドルという職業は何十年もやれる仕事じゃない
その点女優は年に応じた演技や役柄に適応できる、若ければ若さの良さが
歳を重ねれば重ねただけの円熟味が出る。
ドラマや映画の良い作品はいつまでも語り継がれ人々の心に残り、名作として永遠にその名を刻むのだ。
アイドルを馬鹿にしたような発言は謝る、しかしアイドルの人気ははあくまで一過性のモノ
長い目で見れば女優業を選んだ方がいいんだ、だから……」
必死で訴える父の言葉に美月はゆっくりと首を振った。
「パパの言っている事はわかるわ、一部の男性アイドルを除いてアイドルの寿命は短い
でもね、その短い期間だからこそ輝けるの、その瞬間の爆発力があるのよ比べるモノじゃ無いわ
女優がいつまでも残る名画だとしたら、アイドルは夜空に上がる花火みたいなモノ。
時間としては一瞬だとしても美しく輝いて最高に爆発するの……
わかってもらえないかもしれないけれど、私はアイドルが好き。
だからお願い、〈アイドルを止めろ〉なんて言わないで」
それを聞いた月島真司は何かを言いかけたが、その言葉と表情に強い意志を感じたのだろう。
結局何もいう事なく口をつぐんだ。そして無言のまま背中を見せると車に向かって歩き出す
そんな父の背中に美月姫は優しく語り掛けた。
「パパが私の事を思ってくれているのはわかっている、ワガママな娘でゴメンね」
月島真司は振り向くことなく無言のまま小さくうなずくと、そのまま車に乗り込み静かに去って行った。
これで【お台場坂49】のエース、月島美月が脱退するという危機は回避できたが
その後、まともに美月姫の顔が見られなかった。
頼まれもしないのに一人で突っ走って偉そうに青臭い持論を展開し
ファン代表のような意見を勝手に代弁して叫んだのだ
こんな恥ずかしい事があるだろうか?正に穴があったら入りたい心境である。
しかしそんな僕をそっとしておいてくれるほど彼女は優しくはなかった
ニヤリと含みのある笑みを浮かべながら僕に顔を近づけてきたのである。
「ファン代表の田村圭一くん、大変ご立派なご高説をたまわりありがとうございました」
今そこをいじるの⁉勘弁してよ、貴方には武士の情けという言葉は無いのですか?
「でも、まあ……その……ありがとう、嬉しかったわ」
えっ⁉お礼とか……意外すぎて混乱してしまう、僕何か感謝されるような事言いましたっけ?
正直興奮していて何を言ったのかほとんど覚えていないのですが……
すべて忘れてくれると嬉しいです。
いたたまれなくなった僕は捨てられた子犬のような目でしおりちゃんを見つめた
何でもいいから慰めて欲しかったのだ。
そんな意志が通じたのか、しおりちゃんは顔をやや引きつらせながら
精一杯の作り笑顔で優しく言葉をかけてくれた。
「その、何て言ったらいいのかわからないけど……とにかく良かったよ、圭くん
カッコよくはなかったけど、熱い何かが伝わってきて、とにかく良かった」
何、その取って付けた様な慰め言葉は?もう文脈がダメって言っていますよね?
あ~死にたい、過去に戻ってやり直したい。家に帰ったら机から猫型ロボットが出てこないかな?
こうして僕と月島美月との関係は良くも悪くも少しずつ強くなっていったのである。
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