いきなり邪魔された‼
〈ゴメンね、圭くん、変な事に巻き込んでしまって〉
「いいよ、しおりちゃんの力になれるなら喜んで
それに【お台場坂49】ファンとして、放っておけないしね」
美月姫との約束を交わした日の夜にしおりちゃんからかかって来た電話での会話である。
彼女との初めての電話、もう少しロマンチックなモノを想像していたのだが
想像のはるかナナメ下をいくとてんでもない内容を話す事になってしまった。
〈ねえ詩織~まだなの?〉
電話口の後ろから声が聞こえてくる。間違いなく美月姫のモノであろう
電話での会話すらロクにさせてもらえないのだろうか?
〈ゴメンね、圭くん、じゃあまた明日、学校で〉
「うん、おやすみ、しおりちゃん」
〈うん、おやすみ……〉
ささやかな幸せの余韻に浸りながら通話を遮断するスマホの画面をタップする事に躊躇してしまう
向こうも中々通話を切ろうとしない、しおりちゃんも同じ気持ちなのだろうか?
だったら嬉しいな……そんな時である。
〈ねえ詩織ったら~〉
美月姫からの再度の催促、おそらく僕に聞こえる様にワザと大きな声で言っているのだろう
〈協力の約束はしたがイニシアチブは譲らない〉というアピールだろうか?
その時僕の脳裏にある言葉が浮かんだ〈ウゼエ~~‼〉
翌日学校でしおりちゃんと再会、一日千秋とはこの事か?
現実には一日も経っていないのだけれど……
「おはよう、しおりちゃん」
「おはよう圭くん、昨日はゴメンね」
「いや、いいよ、少し驚いたけどね」
正直言うと少しどころではない驚きがあったのだけれど、そこは無理に平静を装った。
「美月はああいう性格だから……でも根はいい子なのよ、美月とは昔からの友達で」
「大事な友達なのだよね?」
「うん、だから何とかしてあげたくって……いきなりこんな事に巻き込んでしまって
本当にゴメンね、圭くん。酷い彼女だよね、私……」
「彼女が困っている時、助けるのが彼氏ってモノだろ?
いきなり活躍の場を与えてくれた事に感謝しているぐらいだよ、だから気にしなくていいよ」
勿論今のは精一杯の強がりである、でも好きな女の子の前でカッコをつけたいというのは
太古の昔からの男の本能とでもいうべき欲求であり、DNAに刻み込まれた悲しき宿命といえよう
だから僕はつま先も地面に接地していない程の背伸びをして
目一杯見栄を張り頑張る事にした、だって男の子だもん。
「ありがとう圭くん。私ね、あなたの彼女になれて良かった……大好きだよ……」
今しおりちゃんからとんでもない発言が飛び出した。一瞬自分の耳を疑いあわてて彼女の方を凝視する
しおりちゃんは自分の口から出た発言が余程恥ずかしかったのか
耳まで真っ赤にしていてその後も露骨に視線を逸らしこちらを見ようとしない
だが僕にしてみれば今の発言の真意をもう一度聞きたい
ちゃんと心の準備をした状態でもう一度同じ言葉を聞きたい
できれば録音して僕のセットリストに加えたい
もしもその言葉をもう一度聞かせてくれたなら僕は空だって飛べるだろう。
「しおりちゃん、今何て言ったの?もう一度聞かせてくれないかな?」
「もう言わない……だって恥ずかしいもん……」
顔を背けながらギリギリ聞き取れるぐらいのか細い声でそうつぶやく彼女
この人は僕を殺す気でしょうか?いや、もう死んでもいいかな
もし彼女に殺意があったとしたらしおりちゃんが好きなミステリーの様に
完全犯罪が成立するだろう、そして僕の死体の調書にはこう書かれるはずだ。
【被害者】田村圭一(17歳) 【死因】キュン死 【凶器】甘い言葉
【発見場所】学校の校門前 【死亡推定時刻】大体八時くらい
【経緯】対象者は登校中、彼女である秋山詩織から甘い言葉をささやかれ勝手に死亡。
さすがにこの難事件はショーロック・ホームズでも金田一耕助でも解決不可能であろう
もし解決できるとしたらコ〇ン君ぐらいだろうか?
こうして僕たちはいつもの学校生活に戻り学生の本分である勉学に勤しむ事にした。
三時限目くらいまで頭がボーっとして何も頭に入らなかった、風邪でも引いたのかな?何か体が熱いし……
そして何やかんやで放課後である、僕はもちろんしおりちゃんと一緒に下校する
もう人目を気になどしていられない、この二人きりの時間は非常に貴重なのだ
モタモタしていると奴が来る……駅までの短い距離、この至福の時間を少しでも長く味わいたい
帰りの電車は逆の方向だがいざとなれば詩織ちゃんの家の最寄りの駅までお供仕る所存である
こんな幸せな思惑と健全な下心を抱えながら僕たちは駅へと到着した。
「何かあっという間だね、前は駅まで歩くのは結構長く感じていたのだけれど
しおりちゃんと一緒だと時間がやたら早く感じるよ」
「私も、二人一緒だと通学だけでも楽しいね」
この時のしおりちゃんの微笑みは天使をも凌駕した
僕が神ならば大天使ミカエルを降格させてでも彼女を最高位天使に任命するだろう
そうだ、何なら朝も一緒に通学する為に駅で待ち伏せしようかな?
脳内でそんな幸せな未来計画を立案していると、突然しおりちゃんの顔が歪んだ。
「どうしたの?しおりちゃん」
「いや、その……アレって……」
しおりちゃんが指さした先には奇怪な人物が立っていた
大きなマスクに黒いサングラス、何処から見ても怪しさ満開だ。
そう、その姿は昨日見た事のある不審人物だ間違いない……奴だ。
その人物はこちらを発見したのか、嬉しそうに小走りで近づいて来る
大きなマスクとサングラスで顔を隠していても〈嬉しそう〉とわかるのだから相当のモノである。
「来ちゃった」
可愛い口調でそう言い放つが、その言葉と見た目と行動が完全に反比例していて思わず背筋が寒くなる。
この駅前には交番もあるのに、よく職務質問されずに済んだな?と変なところで感心してしまった。
「来ちゃたったって……美月どうしてこんな所まで?」
「だって、もし詩織が圭一とイチャコラしていて帰りが遅くなったら嫌じゃない」
こういう事を何の躊躇も無く言えるのはある意味才能だろう。
神はこの女にどれほどの才能を与えたもうたのか。僕は初めて神を恨んだ。
「美月にだって学校があるでしょう?お仕事の方は大丈夫なの?」
「大丈夫よ、学校には〈仕事で早退する〉と嘘をついたから。
今日は雑誌のインタビューが入っていたけれど理由付けてキャンセルしちゃった」
まるでそれが当然とばかりに言い切る美月姫。
ここまで来ると強烈な意志というより執念すら感じる。
その時はっきりと自覚したのだ、しおりちゃんを取られない様に
死ぬ気で頑張らなければいけないのはむしろ僕の方なのだと。
一連の言動から察するにどうやら美月姫は〈しおりちゃんを独占しない〉
という僕の約束を微塵も信じていない様子だ
まあどうにかして少しでも長くしおりちゃんといたいという気持ちはあったから
あながち全てが間違いという訳では無いのだが……
「それにしても、そんな恰好までして迎えに来るなんて……」
「本当に大変だったわよ、さっきそこの交番のおまわりさんに色々聞かれちゃってさ
私のファンだというからサインしてあげたら逆に喜んで頭下げてくれたけどね」
やっぱり不審人物として職質されていたのですね。しかしさすがは
国民的スーパーアイドル、国家権力ですらサイン一つで黙らせるとは。
「でも今日は美月の家に行く約束はしていないよね?」
「約束なんかいいじゃない別に、いつでも詩織がウチに来られるように
詩織の家に一番近いマンションをワザワザ買ったのだから」
筋金入りですねアナタ。そこまでするか⁉もはや感心を通り越して呆れてしまう
そんな健気で一途な美月姫にはこの言葉を送ろう〈度が過ぎるぞ〉と。
「詩織のお母さんには〈今日はウチに泊まる〉って、もう許可は取ってあるわ
何なら着替えとか帰りに買いに行く?私のカードで買っていいから」
何と、親公認のお泊りですか⁉何という、うらやまし……いや周到さだ
そしてさすがはCDリリースが全てミリオンヒットの【お台場坂49】のエース
元々美月姫はお嬢様だし、お金は有り余る程持っていそうですね
僕のアルバイトで時給換算すると一万二千五百時間分くらいかな?
「美月、そういうお金の使い方をしてはダメって、いつも言っているじゃない‼」
暴走する美月姫を強めの口調でたしなめるしおりちゃん。
子供を叱る保母さんみたいでこれはこれで凄く良い、僕もワザと叱られてみようかな?
「だって……」
唇を尖らせながらもシュンとするが、なぜだろう?全然可愛く感じない。
「だってじゃないの、もう、本当にしょうがないのだから……」
あの月島美月が完全に子ども扱いじゃないか⁉凄いな、僕の彼女は
しかし詩織ちゃんの前だと本当にこんな感じになっちゃうのか……
そんな二人のやり取りを見ながら色々考えていると
美月姫がチラリと冷ややかな視線をこちらに向けて来た。
「あら?誰かと思えば圭一じゃないの、今まで気が付かなかったわ」
ほう、そう来ましたか。半径1m以内に近接している僕が目に入らないとは
余程しおりちゃんに視線が釘付けだったと見えますね、まあその気持ちはだけは理解できるが。
「こんにちは美月……さん」
「別に美月でいいって言っているじゃない、まあどうでもいいけど」
どうでもいいのかい‼つっこんだ割にはおざなりだなあ、本音っぽいけど……
「ゴメンね、圭くん」
「別にかまわないよ、しおりちゃんが謝る事じゃないし」
「そうよ、詩織が謝る必要なんてこれっぽっちもないわよ‼」
美月姫はムキになって否定すると僕を睨みつけた。
なんで僕が睨まれているの?ていうかアンタが一番謝れよ。
「で、僕はマンションの入り口までは付いて行ってもいいのかな?」
「えっ、来るの?……仕方がないわね、入り口までよ」
何とか姫の許可を得た僕は電車で二人に同行しマンションへと向かった
電車の中でも美月姫が一方的にまくしたてるように話しているのを優しく聞いているしおりちゃん
僕は完全に蚊帳の外だが、その心温まる光景を見ているだけで悪い気分では無かった
考えてみれば月島美月のマンションの前まで同行するって、凄い事なのだろうけど
ここのところ完全に感覚がマヒしてしまっているので
何が凄くて何が凄くないのか識別できなくなってしまっていた。
「ねえ詩織、今日もオムライス作ってよ、私詩織のオムライス大好きなの‼」
「別にいいけど、この前もオムライスだったじゃない、今日は違う物の方がよくない?」
「いいのよ、私は詩織のオムライスが世界一好きなのだから‼」
無邪気にはしゃぐ美月姫、本当にしおりちゃんの事が好きなのが伝わってくる
よし、ここは僕も波に乗るしかない。
「そんなにおいしいなら僕も一度しおりちゃんのオムライス食べてみたいな」
「えっ、そんなたいしたことないよ、普通のオムライスだし……」
「いいえ、世界一よ、詩織のオムライスは世界一なの‼」
キッパリと、そして迷う事無く言い切った、なぜ彼女が勝ち誇っているのかは不明だが。
そんな他愛もない会話をしているとあっという間にマンションの前へと到着する。
「ここまででいいわよ、圭一。お疲れ様、チャッチャと視界から消えなさい」
このお姫様は本当にブレないな。ヤレヤレとばかりに軽くため息をついた僕は
詩織ちゃんに最後の挨拶をして退散することとした。
「じゃあしおりちゃん、明日また学校で……」
「うん、色々とゴメンね、じゃあまた明日……」
その時である、マンションの前に止まっていた黒塗りの高級車の中から一人の男性が降りてきて
僕達に近づいて来た。年齢は四十歳後半ほどで高級そうなスーツを纏い
品の良さそうな雰囲気を持っている。一体何者だろう?だがその答えはすぐに判明する。
「パパ……」
美月姫の口から出て来た意外な言葉、パパ?
という事はこの男性は数々のヒットドラマを世に生み出し
敏腕プロディーサーと名高い美月姫の父君、月島真司なのだろう。
「久しぶりだね、美月。少し背が伸びたかな?」
フレンドリーな態度でゆっくりと近付いてくる月島真司
久しぶりの親子の対面か……それにしても美月姫の表情が暗いのが気にかかる
父親から目を逸らし、明らかにテンションが低い。
先程まではしゃいでいた人物と同じ人間とは思えない程だ
この後僕は月島美月が抱えている問題を少し垣間見ることになるのである。
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