異世界転移は突然に
夕暮れの街角。年老いてなどいないというのに、妙に草臥れたサラリーマンがいた。
彼はノー残業デーの家路で、ふらりとキャリアショップに立ち寄ると、ボーナス払いでスマホの機種変更を行った。
帰宅後。旧式から全データを移行し、動作確認中。
サラリーマン――渡辺亮一は不意に手を止める。
「お? ああ、……懐かしいな。まだ消してなかったっけ」
青春時代を共に送ったアプリが、一覧画面の最下部に現れたからだ。
高校入学で、それまでのガラケーから、初めてスマホを手に入れた。
そのスマホでネットサーフィン中に偶然目にした広告。
『竜騎手と天空都市』
誤タップが元でインストールした基本無料のオンラインゲームは、そんなタイトルだった。
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『竜騎手と天空都市』において、プレイヤーの最初の身分は駆け出し騎手。ナビゲーターに操作方法を教わり、チュートリアル終了で辺境に小さな土地を貰う。
ナビゲーターが最初にくれたゴールドを使ってその土地に『庭付きの家』を建てると、『???の卵』という初回限定イベントが発生し、ランダムで相棒を得る。
一連の流れを終えたプレイヤーは、相棒である騎竜で各地を旅する冒険者になるもよし、与えられた土地で農業をやるもよし、職人になるもよし、商人になるもよし。
中々に自由度の高いゲームだ。
亮一の脳裏に愉しくもほろ苦い思い出が蘇った。
当時、リセマラを知らなかった彼は、ゲーム内でハズレと呼ばれるワイバーンと相棒の契りを結んだのである。
ゲーム内でメジャーだったのはアジア系統の龍族の幼生『蛟龍』と、ヨーロッパ系統の竜族の幼生『ドラゴネット』。
また、初期ステータスこそ低いものの、『ドレイク』という、育て方によってはエンシェントドラゴンへの道が開けている古竜族の幼生も人気が高かった。
反してワイバーンは亜竜である。龍や竜、古竜とは違い、いくら育てても進化しない。
低い初期値と低い成長率。高いのは繁殖率だけ。故に排出率だけは異常に高いという、まさにゴミ扱い。
否、ゴミとまではいかないかもしれない。ワイバーンにはレベリング用の『カモ』という価値があったのだから。
知らぬが仏とはよくいったもので、意気揚々と『カモ』を相棒にした亮一はありとあらゆるパーティーからプークスされる。
他プレイヤーと『遭遇』からの『対決』でボロカスにされつつもどうにかこうにか『レベル20に到達』でランクE達成、レベル35で開放される『ギルドにパーティーを登録』でランクDにまでは至る事ができた。
だが亮一のパーティーはソロである。組んでくれる相手は誰もいない。そのため、『パーティー内の三人以上がレベル50に到達』というランクアップ条件がクリアできず、万年ランクD止まりだった。
通常であればランクDまでいけば、たとえ『カモ』が相棒だとしても優しいパーティーに加入出来たり、メンバーが集まるものである。
通常・普通ならば。
だが、しかし、である。ここでも亮一の無知が火を噴いた。
『ネット掲示板はこわいところ』
そんな原則にして阿呆の極みな思い込みから、募集用や馴れ合い用といった掲示板から遠ざかっていたのである。
ここまで無知と悪条件がミルフィーユも斯くやとばかりに重なりあった期せずしての縛りプレイなら、つまらなくてアンインストールするだろう。
だが、しかし、である。
高校生の亮一は頑固一徹であった。
かくして孤高(笑)のワイバーンライダーの出来上がり。
ランクC達成が進化の必要条件? 知らねえよ俺の相棒は進化ゼロのワイバーンだし。
ランクEで所有地がポツンと一軒家からになって、ランクDで町になって、ランクCで『パーティー』県の地方都市? こちとら町規模の治安維持で手一杯だわ。
そんな思いで、騎手と相棒は美しい世界中の天空都市を巡った。
亮一は他プレイヤーのマウントに揉まれながら、どこまでも壮麗な世界観にのめり込み、ゲームを始めて3週間経つ頃に震えながら人生初めての課金をした。
相棒にウェブマネー限定強化アイテム『宝玉』を貢ぐためだった。
課金の証である宝玉は、X千円でステータスを1.X倍してくれる代物であり、例えば五千円分のガチャチケット購入で1.5倍用の宝玉が手に入る。
宝玉は千円の赤から始まり、そこから三千円の黄、五千円の緑、七千円の青へと続き、上限は一万円の紫。紫の宝玉を所持する事は、即ち自らの騎竜のステータス値が通常の2倍である事を意味する。
(因みにワイバーンの強さであるが、同レベルの他種族が1とすると0.7程度。倍で1.4と併記しておく。戦略次第で簡単にひっくり返される戦力差である)
四足ある他種族の課金ビジュアルは敬愛する騎手から授けられた宝玉を両前足で持つデザインに変化したが、二足のワイバーンは宝玉を掴む事ができず、鎖骨の間辺りに埋め込まれる。
そのヴィジュアルが格好良くて微妙に復権したのは笑えた。
一度無課金の壁を突破してしまうと、後は財布の紐は緩む。
『竜騎手と天空都市』のガチャは大きく分けて二種類。プレイヤー用の武具と、相棒用の装飾品だ。
ワイバーンはやはりというか、積載限度が他の種族よりも低く、孤高のソロプレイヤー亮一の悩みは常に「軽くて強い」アイテムの獲得であった。
それを求めて夏休みのバイト代をうっかり全ツッパし高揚と虚しさを学んだ。
パーティー対抗イベントではプレリリース時からの最古参無課金勢『蚣蝮ちゃんズ』から完膚なきまでにボコられ、種族の格差を学んだ。
オンラインスマホゲームの宿命とでもいうべきものか、レアリティは当初コモン、アンコモン、レア、エピック。続いてレジェンダリーが登場し、後に上限はミシックへとアップした。更には課金ガチャ限定のエキゾチックなるものまで現れ、インフレの一途を辿る。
エキゾチックの存在は亮一が高校三年の春にアナウンスされた。本格的な受験対策期と重なり、彼は夏を迎える少し前に、この愛するゲームからほぼ引退したのであった。
今、亮一は社会人3年目。
第一志望のインフラ系、第二志望の輸入業には就けず、第三志望の食品メーカー企画部勤務。
大学一年で新調したスマホへ一応引き継いでいた『竜騎手と天空都市』を、このたび発掘した、という訳だ。
彼の指は何気なく、アプリの情報をネットで検索し始めた。
「へー、サ終が来月末……って、まだしてなかったの?」
彼がほぼ引退後した頃から他プレイヤーもチラホラと抜けてゆき、年を追うごとにアクティブユーザーは減り続け、現在は五百人程度。
亮一がゲームをやり込んでいた最盛期から比べると人口は数百分の一未満だ。行われるイベントも新社会人となる頃には復刻のみ、課金優遇はなく……と、順当に終了への道を歩んできたらしい。
たかが一アプリの終焉である。しかし自らの青春時代を思うと、ただ消してしまうのは惜しくなる。
ミシック級アイテムに身を包んだ竜騎手『リョーイチ』
胸を誇らしげに反らせて紫色の宝玉を輝かせる相棒のワイバーン。彼は密かに『エリィ』という名を付けていた。
少ない情報を漁っていくと、ある情報が視界に飛び込む。
「『カムバックボーナスが破格すぎる!』だと?!」
しかも離れていた期間が長ければ長いほど超豪華になっていく。
一際目を引くのが、チートアイテム『ティアドロップ』だ。
通常のレベル上限は200だが、課金アイテムで限界突破すると250に引き上げられる。報告によると『ティアドロップ』はその250まで到達していた場合にのみ付与され、相棒に使うと鱗の一部が放置年数に合わせて花弁型に宝石化するのである。
宝石化といっても見栄えが良くなるだけではない。一つ一つが宝玉と同じ性能を持つ。
報告の最長は5年であるが、亮一はそれを超える7年。
つまり理屈では、課金によってステ値2倍の効力がある紫色の宝玉を得、そこへ更に金と時間をチマチマ注ぎ込んで250に到達した亮一のワイバーンは、2✕7で14倍。 ……14倍!?
もう暴力とかチートとかいう域じゃない。インフレの向こう側に存在する黙示録レベルの災害だ。最終章のボスだって赤子の手をひねるくらい容易に瞬殺できる。出会った瞬間アクション起こす前に向こうが勝手に死んでしまいそうである。
亮一の喉が鳴る。
チートアイテムだけじゃない。いや、チートでTUEEEEはもちろんやってみたいが。サービス終了前、最後にもう一度。最初の都市から最終章まで、『エリィ』と飛ぼう。そう思った。
長らく触れていなかったアイコンをタップする。アプリが起動し、久々すぎて遅々とした更新を待てば、懐かしのオープニング。チュートリアル以降はナビゲーターではなく相棒が呼びかけてくる。
嬉しそうに「おかえり!」と尾を振るワイバーン。
表示されるカムバックボーナス。たくさんの石とチケット、そしてお待ちかねの――
「あれ? なんだこれ」
おかしい。報告にあったのは『ティアドロップ』のはず。
なのだが亮一が貰ったのは『レインボー・ティアドロップ』。名の通り虹色に煌めく雫型のアイテムだ。
不思議に思いつつも、彼はアイテムをタップし、『使う』を選択する。
次の瞬間、亮一は草原に立っていた。
「……は?」