2-12 今ここを離れていいのか迷いましたが
ライガは私の手を握り返し、私の目を見て、小さく頷いた。しかし、動こうとはしない。
モハード先生達は、話しながら城の中へと歩いていく。
彼等の姿が完全に見えなくなると、ライガは私を再び抱きしめ、囁くように早口で告げた。
「チカ、よく聞いてくれ。モバード先生から、大事な任務を授かった」
「はえ? どゆこと?」
「時間がない。オレ達は、今すぐに神鳥に乗ってここを発つ。モハード先生から、手紙を預かったから、後で読んでくれ」
「いや、そう言われても……」
疑問しかないライガの言葉に、正直、戸惑う。
今すぐここを発つって言われても、はいそうですね、とは即答できない。
この場から私が消えることで起こる様々なリスクが頭に浮かぶ。
躊躇する私の両肩をガシッとつかみ、ライガは私の目をまっすぐにみつめた。
「チカ、とにかく時間がない。モハード先生とオレを信じてほしい。オレも先生も、チカの愛するこの国の人達を、一緒に守りたい」
ライガの真っ直ぐな眼差しと思いが、私の心にストンと届いた。
ライガとモハード先生は、信用できる数少ない人達だ。
彼らが急ぐというなら、急がなくてはならない。
詳しい話は後だ。
私は腹を決めた。
「わかった。ライガ、行こう」
私達は神鳥の元へ戻った。
象クラスの大きさ、見た目は完全に恐竜というか、翼のあるトカゲというか。
ライガがその神鳥へ話しかける。
「アリ、待たせてすまない。さっそくオレ達を乗せて飛んでもらえるか?」
「あら、もうチカちゃんを説得できたの? あなた、やるわね」
少しこもったような、不思議な声が神鳥から聞こえてきた。
「え、神鳥って喋るの?」
「いや、普通は人間の言葉は話せない。このヒトは特別なんだ」
「そうそう、神鳥じゃなく、私だから喋れるのよ。はじめまして、チカちゃん。アリよ、宜しくね」
「は、はじめまして……。こちらこそヨロシク……」
条件反射で挨拶を返しながら、私はライガと一緒に、神鳥の体の上によじ登る。
背の部分に、クッションが2つ、前後に連なって設置されていた。有難い。
「チカは後ろに座ってくれ。手はオレのベルトをつかむといい。足元に馬の鐙のような、輪っかをつけてあるからそこに足をいれて……」
「ねえ、私は前には乗れないの?」
「だめよ、ちかちゃん。前側は風の抵抗が強いんだから。初心者は、まず後ろに乗って慣れてちょうだい」
「なるほど。わかりました、アリさん。お世話になります」
私は大人しく言われるがままに、後ろに座った。
「二人とも、用意はいい?」
「オレは大丈夫だ。チカは?」
「私も、いいわ。出発しましょう」
「オッケー、飛ぶわよ」
アリさんが、その翼を動かしはじめた。
バサッバサッという羽ばたきの音がだんだんと大きくなり、その振動はダイレクトに私達に伝わってきた。
(私、どういう状況? 色々と急展開すぎるんだけど。少し前まであんなに平和に過ごしてたのに、よその国の王族は求婚してくるわ、お兄様は突然帰ってくるわ、ゴシップ記事の主役になりかけるわ、モハード先生の名前は実はヒラガゲンナイだとか……。聞いてないんだけど? そして、今。皆が恐れ敬うあの神鳥に乗って飛ぼうとしている。はぁ、一気に事件が起こり過ぎじゃない? 私はこれからいったい、何をさせられるのかしら)
不安がないわけじゃない。
でも、ライガが目の前にいる。彼と一緒なら、危険な道でも進まざるを得ないわよね。
と、フワリと体が浮き上がる。
「わ、わ! 浮かんでる」
お嬢様である事を忘れて、つい声がでた。
「チカ、絶対に手を離すなよ」
ライガのその言葉を合図に、アリさんは空へと大きく上昇した。
「神鳥様が飛びたったぞ!」
「神鳥だ、本物の神鳥様だ!!」
人々の驚きの声が聞こえてくる。
みんな、指をさしながらこちらを見上げている。
「チカちゃん、一度低空飛行するから、あなたは人々に声をかけなさい。ナルニエント公爵令嬢が、神託を受け、神鳥と共に民を助けに行くって」
「チカ、アリさんの言う通りに、なるべく多くの人達につたえてくれ。ジェシカお嬢様が再び天啓を受け、神鳥と共に使命を果たしに行くと。噂が広まるように、派手にやってくれ」
二人ともが、熱のこもった声で私に告げる。
なるほど。私が神託により、神鳥とともに使命を果たしに行く姿を、多くの人にみせ、そして噂を広めたい、と。
何か、理由があるのだろう。私がまだ知らない、大切な理由が。
「わかった。思いっきり、全開で行くわ!」
(なんだかんだ言って、冒険がはじまる予感に、胸がドキドキするわね。久しぶりのアクティビティだもの。めちゃめちゃドラマティックに、いきますか)
ヨーロピアン国城の周りを一周したアリさんは、ゆっくりと下降する。
城の兵士や騎士達も、建物から顔をのぞかせているのが見える。
城外の民達の叫び声や視線から、彼らの衝撃が感じられる。
それと同時に、城下の飲食店の食べ物の匂いも、風と共に昇ってきた。
慣れ親しんだこの日常生活と、いったんお別れなのだと、一瞬寂しく感じながら。
私は、大声でセリフを言うために、息を深く吸い込んだ。




