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残酷なクスリ-3

 「僕を、騙したんだね」

 当初の気負いを失ってしまっていた僕は、無言でQOLの屋敷内を導いている黒猫の後姿に向かって、やっとそれだけの事を言った。

 一応、助けてもらったような格好になってしまった手前、非難の言葉を浴びせ難くなってもいたから、その言葉は随分と小さかった。

 それに、自分の考えに対する違和感も感じていたし。

 黒猫は僕の事を“客”と言った。

 「騙しただと?」

 それを聞くと黒猫は、少しもこちらを振り返らずに応えた。

 「騙してなどいない。我らの主人だって、失敗をする事くらいある。今回は偶々、それだったのさ」

 だって…

 「だって、君達はメージー=メージーがいなくなればそれで良かったのだろう? メージー=メージーが取引を邪魔する存在にならなければ……。だから、僕を騙して、あのクスリを飲ませて、メージー=メージーをあんなにしたんじゃないの? もしアクシデントであるのなら、その可能性がある事も僕に伝えておくべきだったし、それに、失敗したと分かった時点で、僕を呼んで説明するべきでもあったはずだよ」

 コツリ、コツリと、暗い屋敷内の廊下に足音が反響している。

 僕の足音だ。

 黒猫は少しも足音を発ててはいない。

 黒猫は、突然足を止めると、クルリとこちらを振り向いた。

 「なるほど、確かにアクシデントの可能性を伝えておかなかったのはこちらのミスだ。しかし、実は我々もこのイレギュラーには驚いているのだ。どうやら、我々は、あの娘に対する認識を少々誤っていたようでな。お前を騙した訳ではない。第一、あの娘をああ変える事を目的にするなど、そんな危険を犯すはずはないではないか。もし、お前が皆に私達がやったという事を告発をすれば、取引相手としての我々の立場が危うくなるのは目に見えているのだから」

 そして、そう語った。

 僕は、その話を聞いても納得をしなかった。

 「お前に伝えに行かなかったのには訳がある。その事は後で説明しよう」

 黒猫は、じっと僕の顔を見てそう言うと、また僕に背を向け前進を始めた。

 僕は、黒猫の後姿に導かれながら、納得できないでいた。

 「自己欺瞞だな」

 すると黒猫は歩きながら、その納得ができないでいる僕に向かって、そう言ってきた。

 自己欺瞞?

 僕は、それに対して何も応えなかった。

 ただ黙って付いていく。

 「もし、お前が本当に騙されたと思っているのならば、どうして私達の事を村の者に告発しなかったのだ?」

 「………」

 僕は何も応えなかった。

 「もし私達が本当にお前を騙しているのなら、たった一人の、無力な子供であるお前が、ここにやって来て、一体何をするつもりだったのだ?」

 「………」

 僕は、何も応えなかった。

 「もし、我々が本当にお前を騙しているのであれば、お前はその事実を村に告発し、そしてその上で、村の協力を得、我々に立ち向かうべきだったのではないか? その方が、あの娘を救う事ができる可能性は高かったはずだ」

 「………」

 僕は、何も応える事ができなかった。

 「お前は望んでいたのさ、自分自身が被害者である事を。村の者に告発をする事ができなかったのは、自分が加害者として扱われる事を恐れたからだ。自己欺瞞に、お前は何処かで気付いていたのだ。村の者に気付かれずに問題を解決するには、自分一人で私達を訪ねるしか方法はないからな」

 「………、どうして…」

 僕はやっと口を開いた。

 (それに対して抗った)。

 「どうして、僕に失敗をした事を伝えに来なかったの? 僕が村に告発する危険性だって充分にあったはずだよ。そうしたら、君達にとってまずい結果になっていたのじゃないの?」

 もしかしたら、僕が告発できない事すらをも見抜いて僕を騙したのかもしれない。それなら、QOL達は安全なはずだ。

 「それでは意味がないからだ」

 すると、黒猫は言葉を濁す事もなく、すんなりとそう答えた。

 「意味がない?」

 「お前を試したのだよ。お前が、自分からここに来る事ができなければ、今から我々が行おうとしている事はできないのだ。お前が、何もしないでいで、ただじっと黙ってあの事態をやり過ごそうとするような子供なら、我々が行おうとしている事が失敗に終るのは目に見えているからな」

 「行おうとしている事?」

 「あの娘を救いたいのだろう?」

 フフフ、と笑うと黒猫は、それっきり黙って何も語らなかった。

 そして、僕も沈黙した。何も尋ねなかった。(何でなのかは、自分でも分からない)。

 そのまま黙ったままで、しばらく歩き続けるとドアが見えてきた。茶色い色をした古臭いドアだ。

 黒猫がそこの前まで行くと、ドアは自然にキィと開いた。

 中の景色が見える。

 そこには白いベッドが置いてあった。

 黒猫はその中に入ろうとし、そしてその刹那にこちらを顧みて言った。

 「T.Sよ。自分を客観的に見る、とはどういう事なのだと思う?」

 客観的に、自分を?

 「本質的に、人は主観の世界から逃れる事はできない、自分の体験に当て嵌め世界を見ようとし、またそれで自分自身を形作る。だから、本来、自分を客観的に見る事などできないはずだ。だが、にも拘らず、人は自分を客観視しようと試み、擬似的な客観ではあるが、それに成功する事ができる。それは、一体どういった事なのだろうと思う?」

 僕には、黒猫の話すその内容がどんな事を示唆しているのか分からなかった。

 黒猫はなおも語る。

 「優しさ…。そう一言では言っても、それには色々な要素があり、またそれは様々な角度から見る事ができる。お前は、あの娘を優しくする事ができる、と私から聞いた時、一体どんな事を想像したのだ?」

 僕はそれを聞いて、何か具体的な答えを見つける事ができなかった。

 だから、何も返さなかった。

 黒猫はそう僕に問いかけた後で、僕の返事を待つ様子もなく、完全に部屋の中に入っていってしまった。そして中から、僕の事を呼んだ。

 「こっちへ来い、T.S」

 僕が部屋の中に入ると、黒猫は白いベッドの上に乗っかており、そしてそこから僕に向かって言った。

 「私達は、その認識の上で、あの娘の事を勘違いしており、まただから、失敗をした」

 (?)

 何の事だか、僕にはさっぱり分からなかった。分からなかったけど……。

 

 にゃぁお!

 

 突然、黒猫はそう鳴いた。まるで普通の猫みたいに。

 「ここにクスリがある」

 いつの間にか黒猫は、何処からか白い物体を取り出していた。

 白い欠片……。

 また、白い欠片だ。

 これを、どうしろって言うのだろう? また、メージー=メージーに飲ませろって言うのだろうか? そうか……、これは解毒剤なのかもしれない。

 僕は、そんな事を考えた。

 ゆっくりと、黒猫はそんな僕の様子を確認している。

 ところが、

 「このクスリを、な。お前が飲むのだ、T.S」

 それから、黒猫は僕にそう言ったのだ。

 

 にゃぁお!

 

 黒猫が、また鳴いた。

 また、普通の猫みたいに。

 僕の前にはクスリが置かれている。

 これを飲む?

 「あの娘を救いたいのだろう? T.S」

 黒猫はそう言った。

 僕の前には白い欠片が置かれている。

 黒猫が僕を見下ろしている。

 これを僕が飲んだらどうなるって言うのだろう? メージー=メージーをそれで救う事ができるのだろうか?

 それは、何か意味のある行為なの?

 「あの娘を救いたいのだろう? T.S」

 黒猫はもう一度僕に向かってそう言った。

 僕は迷っていた。

 僕は騙されているのかもしれない。何もかも……。メージー=メージーの時は、ちゃんと説明があった。でも、今は説明すらない。このクスリを飲むと僕はどうなる? QOLは、僕を何かに利用しようとしている?

 分からない。

 黒猫は僕を見下ろしている。

 見下ろしている。

 やがて、

 僕はその視界の中で、決心をした。

 クスリを飲もう。

 もし、騙されているのだとしても、僕にはどうする事もできない。メージー=メージーを救う事は僕にはできないし、救う事を諦める事もできない。ならば、QOLの言う事に従うしか、方法はない。

 黒猫の視界の中で、僕はその白い欠片をごくりと飲んだ。

 飲み込んだ。

 黒猫が、にゃぁお!と鳴く声が聞えた。

 

 ………、

 

 (僕の意識に、ぼやけた白が混ざった。次の瞬間、白は急速に支配力を強め、僕は回転するような浮遊感を味わった後で、真っ白くフェードアウトしていく自分の世界を自覚した。)

 

 “……なんで、僕はクスリを飲んでしまえたのだろう?”

 

  ………。

 

 しろ。

 白。

 真っ白……。白だらけだ。何で、白しかないのだろう?

 ………。

 そうだ、思い出した。ウィル・オ・ザ・ウィスプだ。僕は突然現われたあいつらに目をやられて、それで何も見えないでいたんだ。

 目が治ると、ウィル・オ・ザ・ウィプスの一団が、森の中を、深淵の森の中を、照らしていて、僕はそれを厭がるんだ。

 だって、そんな光景は本当じゃないもの。見えているのだけど、見えていないのだもの。それは、分かり易く僕が変えてしまった世界だもの。本当はもっと複雑で、奥が深い世界を、僕が簡単に認識してしまっているだけの世界だもの。

 それなら、最初から闇のままであってくれた方がいい。

 だから、厭なんだ。

 明るいのが。

 嘘ばっかり。

 僕は、嘘ばっかり。

 だから、闇が直ぐにやって来て、その嘘を破壊したんだ。

 

 「自己欺瞞だな」

 

 闇は、黒猫は、僕に向かってそう言った。

 

 “……なんで、僕はクスリを飲んでしまえたのだろう?”

 

  ごめんなさい。

 許して、ごめんよ、メージー=メージー。

 メージー=メージー…、

 メージー=メージー……、

 ……。

 メージー=メージー、僕は君に謝らなくちゃいけない。

 僕は、君の事を否定してしまったんだよ。

 それなのに、僕は君に謝る事すらできないで、森の中に入ったんだ。

 

 「無力な子供であるお前が、ここへやって来て、一体何をするつもりだったのだ?」

 

  闇は、黒猫は、僕に向かってそう言った。

 

 何をするつもりだったのだろう?

 ………。

 メージー=メージーを救う為…?

 

 “自己欺瞞だな”

 

 否、違う。

 僕になんか、何もできないのは、はじめから、分かりきっていた事じゃないか……。

 

 “……なんで、僕はクスリを飲んでしまえたのだろう?”

 

 黒猫を、QOLを、信用していた訳なんかじゃないのに。もしも、何もかもが嘘で、クスリが毒薬かなんかだったのなら、僕は死んでしまうかもしれないんだ。

 

  “……なんで、僕はクスリを飲んでしまえたのだろう?”

 

 メージー=メージー、君に謝らなくちゃいけない。僕は悪いヤツなんだ。

 “自己欺瞞だな”

 そう、僕は嘘を吐いていた。森の中に入って、何か君の為にできなくても良かったんだ。QOLが僕を騙していて、そしてQOLが僕に何かするのであれば、僕は君と同じ立場になれたし、僕は苦しむし、だから、それで、僕は自分に罰を与える事ができたんだ。

 QOLに、僕の感じている罪の全てを押し付ける事ができたんだ……。

 だから、僕はクスリが飲めた……。

 (多分、それも一因子)

 

 ざわり、ざわり、と噂をする、人々の姿が僕は厭だった。

 黒い影達……。

 きっとあいつらは、僕を非難する。

 メージー=メージーに、僕がクスリを飲ませた話をしたなら、きっと僕を非難する。

 僕の言う事なんか信じてくれない。

 

 「QOLに、言われて……、騙されて、それでメージー=メージーに、僕がクスリを飲ませたんだ……、」

 

  黒い影どもは、口々に、僕に向かってこう言う。

 

 “はっ! 普段から酷い事をされてる仕返しに、知っててやったんじゃないのか?”

 “こっそり飲ませるなんて、卑怯な事をするわね!”

 “死ねばいいって思ってたんじゃないのか?”

 “結局、お前もメージー=メージーを嫌がっていたんだな”

 

 嫌われ者のメージー=メージー。

 知っているさ、メージー=メージーと一緒にいる僕を、(僕らを)、みんながどんな目で見ていたかくらい………。

 

 “それで、善人のつもりか? T.S。メージー=メージーなんかと友達でいる必要なんてないだろうよ お前だって、本当は嫌いなんだろう? メージー=メージーの事が”

 

 「自己欺瞞だな」

 

 闇は、黒猫は、僕に向かってそう言った。

 

 そうさ! 自己欺瞞だよ。

 僕は、罪の告白が怖かったんだ。

 だって、きっと、僕がクスリを飲ませた事実を聞いて、あいつらは喜ぶんだから…。

 T.Sは、偽善者だって!

 やっぱり、偽善者だって!

 だから、罪の告白が怖かったんだ。

 だって、第一、QOLに頼り切っている村の連中に言ったって、一緒に立ち向かってくれるはずないじゃないか……。

 何にもできないよ…。

 それに、きっと、みんな心の中では、嫌いなメージー=メージーが苦しんでいるのを喜んでいるのに決まっているんだから。

 だから、きっと助けてくれない。

 だから、僕は罪の告白をしなかったんだ。

 

 (僕は、それで、断罪されてしまうから)

 

  ………

 

 QOLは、嘘を吐いていない。

 僕が、森の中に入って、こっそりと、こっそりと状況を知らせて頼めば、きっと皆に知られずに、問題を解決できるよ……。

 

 僕が否定してしまったメージー=メージー

 

 QOLが悪いんだ。

 QOLの所為で。

 QOLが僕を騙したから。

 

 「自己欺瞞だな」

 

  闇は、黒猫は、僕に向かってそう言った。

 

 自己欺瞞さ……。

 無力な子供である僕が、森の中に入って、何かができるはずなんて、はじめから、なかったんだから。

 QOLが、僕を騙してなくて、だから、駄々をこねればなんとかできるって、そう思ってたんだ。

 

 (こんがらがってるね、色々と……。でも、みんな、本当の事なのだろう……?)

 

 きっと、みんな、僕の事なんか許してくれない。

 僕はとても悪い事をやったのだもの。

 僕は嫌なヤツだもの。

 僕は無力な存在で、だから必要ないのだもの。

 (劣等な存在なのだもの…)

 

 “自分達の生活の為に、化け物たちの徘徊を許しているだなんて、他所じゃこんな所は、絶対ない”

 

 僕は、自分の村を馬鹿にしていた。

 無力で、何にもできない子供なのに。

 なんて傲慢なんだろう?

 

 僕なんていない方が良いんだ。

 僕は存在しては駄目なはずだ。

 

 “森へ行こう。行くしかない”

 

 こんなに傲慢な僕ならば、森に入って何かができると本気で信じていたのかもしれない。心の何処かでは。

 それとも、消え入ってしまいたかったのだろうか? 森の中へ 傲慢だから、何もかもを拒絶して……。

 こんな傲慢な僕を、みんなは疎んでいたはずさ……。

 メージー=メージーだって、僕に謝ってしまったんだ。

 こんなに、

 こんなに……、

 こんなに! 傲慢で、馬鹿で愚かで、無力な僕なんか、きっとみんなはいらないって言うに決まってる!

 

 (ねぇ? ボクはこの場所に存在していても良いの?)

 

 みんな、僕が嫌いなんだ。

 みんな、僕がいらないんだ。

 だから、僕が森の中に入っても、ああ、良かったって安心するはずさ!

 あいつなんて死ねば良いって、そう思うはずさ!

 

 (ねぇ? ボクはこの場所に存在していても良いの?)

 

 そんなに!

 そんなに、この僕がいらないのなら、もっと早くに、殺してしまえば良かったじゃないか!

 

  …………、

 

 (その時、真っ暗闇の中に在る、メージー=メージーの存在を、僕は、突然はっきりと自覚した。

 いつから彼女はそこにいたのだろう?

 そういえば、ずっと、彼女はそこに存在していたような気がする。

 ……。

 彼女は、僕がそう言うと、とてもとても哀しくて寂しそうな顔になった。

 彼女の哀しみが、僕にはっきりと伝わってくる。

 僕は、ハッと理解した。

 …、

 僕が、彼女を哀しませたんだ)

 

  …………、

 

 ……ごめんなさい。

 僕は今とても酷い事を言った。とてもとても酷い事を…。

 

 (でも、次の瞬間、僕は、それはメージー=メージーじゃないような気がした。それには、もっと色々な他人が混ざっているような気がした。母親も、父親も、友達も、他の人も、みんな混ざっているような気がした。その存在は、未分化な、すべての他人の象徴である気がした)

 

 “ごめんなさい”

 

 ……………

 

 ………

 

 …

 

 。

 

 目が覚めると、僕は僕が白いクスリを飲んだ、あのQOLの屋敷の一室の、白いベッドの上で横になっていた。

 何故だか知らないけど、目覚めた僕は、涙を流した後みたいにすっきりしていた。

 僕は、一体どうなったのだろう?

 黒猫の姿は何処にもなかった。だけどその変わり、部屋の隅の影の中に人が立っているのが見えた。

 その人物は、よくは見えなかったのだけど、どうやら初老の男の人であるようだった。

 その人物は、僕の事をじっと見つめていた。僕が起きてからの様子をじっくりと観察してるのかもしれない。それから、僕がしっかりと覚醒するのを確認したのか、その人物は、ゆっくりと僕に向かってこう話しかけてきた。

 「君は寝ている間に、何か夢を見たかな?」

 「はい」

 僕は何故だか分からないけど、その人物に対して何の不安も感じず、そしてだからなのか、少しも戸惑わずにその質問に応えていた。

 「色々な事々についての夢を見た気がします」

 「その中に、娘は出てきたかな? 君がとても気にしていたあの娘だ」

 「はい…、出てきたような気がします」

 でも、僕はそう答えてから、言い直した。

 「いえ、分かりません。あれが、メージー=メージーであったのかどうか……。確かに人は出てきました。確かに、“別の世界”は出てきました。でも、あれがメージー=メージーであったのかどうか、僕にははっきりとは分かりません」

 「そうか……」

 それを聞くと、ゆっくりとその人物は俯いた。そして、それからこう言ってきた。

 「ならば、あの娘はもう大丈夫だろう。村に帰ってみるといい。あの娘はすっかりと元気になっているはずだから……」

 なんでなのかは分からない。でも、僕にはその言葉が嘘であるようには思えなかった。否、それどころか、僕はその言葉を聞く前から、メージー=メージーはもう大丈夫であるような気がしていた。

 

 「はい。ありがとうございます」

 

 僕は屋敷を出ると、森の道を行った。

 メメ・クリフトの足跡を辿っていけば、村に帰る事ができる。

 もうすっかり朝になっていて、足跡を見失う心配はなかった。

 足跡を辿りながら、僕は考えていた。

 あの時、もしかしたら、僕の心はメージー=メージーと繋がっていたのかもしれない。少なくとも、部分的には同じモノを共有していたような気がする。

 もちろん、確証はない。

 でも、そんな気がする。

 黒猫が言った言葉も、それで納得ができるように思えるし…。

 あのクスリは、その為のモノだったのかもしれない。

 もしかしたら、この体験は、何もかもを、最初からQOLによって仕組まれていた事なのかもしれない。この結果を出す為に、QOLは僕を騙したのかもしれない。

 もちろん、それも分からない事だ。

 僕は何も騙されていなくて、これは、ただのアクシデントであったのかもしれない。

 ……。

 あの老人は、一体何者だったのだろう?

 QOL=高橋であるとは限らない。もしかしたら、交渉人や使い魔の類だったのかもしれない。QOL=高橋の技術力ならば、それだってありえるはずだから。

 「自分を客観的に見る、とはどういう事だと思う?」

 黒猫は、僕にそう訊いて来た。

 今なら、なんとなく、だけど、それがどういう事なのか分かる気がする。

 もちろん、説明する事なんてできないけれど。

 ………。

 村へと向かう道の空は、珍しく青かった。

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