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残酷なクスリ-2

 僕は昼食の時、メージー=メージーに、こっそりとクスリを飲ませる事に成功した。

 僕が本当にメージー=メージーにクスリを飲ませたかったのかどうかは分からない。僕は、そんな事よりも、黒猫と交わしてしまった約束……、否、“契約”を履行しなくてはいけない、という思いに縛られて、それを行ってしまったのかもしれない。

 あの黒猫とさえ、ある種の人間関係のようなモノができていたのだと思う。

 ……。

 メージー=メージーにクスリを飲ませる事は、複雑な気分だった。

 それが良い事なのか悪い事なのか、僕には全然分からなかった。黙ってクスリを飲ませるという行為は、卑怯なのだと思う。でも、その結果で何もかもが良くなるのであれば、それは行うべき事であるように僕には思えた。メージー=メージーの性格が良くなれば、周囲にいる人達も助かるし、メージー=メージー自身だってそれで救われるのだろうから。

 でも、そう結論付けながら、それでもどうしても僕は何かが吹っ切れなかった。

 それが良い事なのだと、どうしても思えなかった。

 それは、このクスリが本当に効くのかといったQOLや黒猫達に対する不信感などでは、多分なくて(もちろん、そういった思いもあったのだろうけど)、そんな大それた事を、この僕が本当にやってしまっても良いのかという、その行為全体に対する不安感だったのかもしれない。

 ……飲ませてしまったなら、もう取り返しはつかないし、それに、僕の手で今のメージー=メージーを変えてしまうという事は、僕が、今の彼女を否定し破壊する事でもあるんだ……。

 (罪悪感が、チクリ?)

 僕は、本当に、どうすれば良いのか、全然分かっていなかった。

 それでもそんな僕が、昼食のメージー=メージーの飲み物の中にクスリを入れて、彼女にクスリを飲ませるという行為を行ってしまったのは、苦悩しながらも、それを行えてしまったのは、やはり黒猫との“契約”があったからだろうと思う。

 それが膠着状態にある僕を一押ししたんだ。

 そして、彼女はクスリを飲んでしまった。

 飲んでしまったんだ。

 ………

 ……

 …

 。

 

 メージー=メージーがクスリを飲んだその日。その日、僕は彼女の行動の変化を認める事はできなかった。

 少なくとも、表面上は、メージー=メージーは、いつも通りの彼女であるように僕の目には映った。

 僕は効果が現れない事に戸惑いを感じつつも、どこかでそれに安心していた。

 まだ、一日目だしな。それに、このまま何もなかったなら、それはそれで……。とにかく、僕は黒猫との約束は果たしたんだ。だから例え効果がなくても、後は、向こうの落ち度なはずだ。僕には関係ない。

 次の日。彼女の様子は、微妙におかしくなった。僕に対する態度が、何かぎこちなかったんだ。僕の予想とは、それは違った変化だった。

 僕はそれに不安を感じた。

 どうしたのだろう? メージー=メージー。僕に対して、あんな態度を見せるだなんて。僕の存在に全く安心していない…。優しくなるのだろう? 僕を怖がるのが、優しくなる事だっていうの?

 そして、三日目。彼女の様子は、いよいよおかしくなった。

 家から、少しも出てこない。

 訪ねて行っても、僕には会ってくれなかった。

 僕は不安を抱きかかえたまま、その夜を過ごした。

 どうしたのだろう? メージー=メージー。

 どうしたのだろう? メージー=メージー。

 まさか、あのクスリは………。

 四日目。彼女から手紙が来た。それは、こんな内容だった。

 ごめんなさい、T.S。私は醜い人間だった。私は、あなたに対して、許されないような酷い事をたくさんした。あなたを傷つける言葉をたくさん言った。私はあなたに嫌われたって仕方のない人間だわ。でも、私はあなたに嫌われる事がとても怖いの。怖くて仕方がないの。だから、ごめんなさい、私はあなたに会えない。会う事ができないの。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……、

 “ごめんなさい”

 その手紙を読み終えて、僕はとても哀しかった。

 メージー=メージーが僕に謝ってる。

 その事実がとても哀しかった。

 僕にまったく安心してない。僕には、僕にだけは、謝る必要なんてないはずなのに。

 メージー=メージーにとって僕はそういった存在であるはずだったのに。

 それなのに……。

 メージー=メージーが僕にもう会わないって言ってる。

 ああ、

 ………。

 五日目。どうやら、彼女が自殺をしようとしたらしい話を聞いた。大した事にはならなかったらしいけど。

 僕はそれを聞いた瞬間、酷いショックを受けた。

 僕が、メージー=メージーをあんなにした。

 僕が、メージー=メージーを殺してしまう。

 僕が、クスリを飲ませたんだ。

 僕が……、

 まさか、自殺しようとまでするなんて

 彼女は酷く傷ついている……。

 僕は、自殺をしようとするまでに、彼女が追い込まれているとは、流石に思っていなかった。

 メージー=メージーが、僕を避ける事にはショックを受けてたけど、それ以上の考えまでには至っていなかったんだ。

 自分の事ばかりで、メージー=メージーの事までは考えていなかった。

 彼女は苦しんでいる。

 馬鹿で、愚かな僕は、ようやく、その事実に気がつけた。

 しかも、自殺までしようとするほどに苦しんでいるんだ。

 あの手紙で、メージー=メージーが苦しんでいる事くらい、分かっていた事なのに。

 しかも

 それは、みんな僕の所為だ。

 僕は、盲目になっていた。

 行動しなくちゃいけない。

 僕は、いじけてる場合じゃないんだ。

 なんとかしなくちゃいけない!

 僕はそう思い至った。

 ………、

 でも、どうやって?

 

 皆、急過ぎる彼女の変容を不思議がっていた。

 ……ざわざわ、ざわり。

 あのメージー=メージーが?

 どうしていきなり?

 自分のしてきた行いを省みたんじゃないのか? それで、自分の醜さを……

 でも、自殺まで?

 ……ざわざわ、ざわり。

 そんな中で、僕だけが事実を知っていた。

 僕が飲ませたクスリの所為で、彼女はあんなになってしまったんだ。

 僕は迷っていた。

 僕は、ここで罪の告白をしなくちゃいけないだろう。いけないのだけど……。

 それを行えば何か良くなるのだろうか?

 僕が言えば、メージー=メージーは、僕が彼女を否定しようとした事を知ってしまう。彼女は傷つくだろう。それでは逆効果だ。

 それに、事実を知ったって、誰にも何にもできない。

 僕の罪が明るみになるだけだ。

 解毒方法なんて、誰も知らないのだから。

 

 ……誰も?

 

 六日目。彼女の様子に変化はないらしい。相変らず、自分を否定している。

 シナプスの連結が固定すれば、と黒猫は言っていた。彼女の性格は、固定されてしまったのだろうか?

 ごめんなさい。

 許して、ごめんよ、メージー=メージー。

 ………。

 僕は、森に出かける事を決心した。

 恐らく、彼女を、メージー=メージーを救えるのは、森の科学者QOLだけだ。

 QOLに頼むしかない。

 僕は、そう結論出したんだ。

 頼む?

 否、違う。QOLは僕を騙したんだ。それでメージー=メージーは苦しんでいる。だから、それを糾弾して、QOLに、彼女を元に戻させるんだ。

 そうだ。考えてみれば僕だって被害者だ。騙されたのだから、怒っていい立場なんだ。相手が恐ろしい科学者だって知った事じゃない!

 僕は悪くない。悪いのはQOLだ!

 QOLなんだ!

 森に行くと決めた瞬間、僕の思考はそう働き、怒りの作用を利用して、恐怖感を麻痺させていた。

 そして、

 “僕の所為じゃない”

 そう思う事で僕は元気になっていた。

 僕が救われる道は、最早それしかないように、僕には思えた。

 森に行こう。

 行くしかない。

 

 生まれた時から、ずっとこの村に住んでいる僕だけど、この森の奥にまで向かうのは初めての経験だった。

 否、僕だけじゃない。村のほとんどの子供達は、この森の中に足を踏み入れた事すらないはずだ。

 それくらい、この森……、否、QOL=高橋は、村から畏れらているんだ。

 深淵の森は、薄暗い僕の村より更に暗く、僕は今が昼間である事を忘れてしまいそうだった。深い霧が辺りに立ち込め、何もかもをボヤケさせている。

 村の皆の目を掻い潜る為、僕が森に入ったのは午後の遅い時刻だった。皆に気付かれないようにするのには、その時間帯しかなかったんだ。

 だから、早くQOL=高橋の屋敷にまで辿り着かないと、僕は闇夜の森の中をさ迷い歩く事になってしまう。QOLの森でなくたって、それは危険だ。

 だから、そんな訳で、僕は森に入る前から既に焦っていたのだけど、一体、どうやったならQOLの屋敷に辿り着けるのかは、まったく分かっていなかった。

 森の奥に進めば、不安はそれだけ増して、何処を見ても同じに見える森の薄暗い風景は、僕をそれだけ困惑させた。

 確実に変わっていくのは、森の出口が遠ざかっていく、僕の背後の風景のみだ。

 “もう、二度と出られないかもしれない”

 そんな思いが浮上してくる。

 僕は闇雲に森の奥を目指し、そんな中で、刻々と時間は過ぎていった。

 そうして、やがて、薄暗い森の微かな光の中に、少しだけ朱色が混ざり始める。

 夕暮れ。

 僕は、それに気付くとますます慌て、泣き出しそうになりながら、森の中を早足でさ迷い歩いた。

 あともう少しで日が暮れてしまう…。

 引き返そうかとも考えてみたけど、もう森の出口がどっちなのかも分からなくなってしまっていて、それは、もう手遅れだった。それに、僕はQOLに会って、一刻も早くメージー=メージーを救わなくちゃいけないんだ。引き返して、出直してる時間はない……

 ………、

 ……歩き続けながら考えて、僕は木に登ってみる事を思いついた。木に登れば、視野は広くなる。それで、QOLの屋敷が見つかるかもしれない。

 だけど、駄目だった。それは、無駄に終った。木に登っても霧が濃過ぎて、全然辺りがどうなってるかなんて分からなかったんだ。僕はそれで軽い絶望感を感じると、感情の昂ぶりの所為で気が散り、木から降りてる最中に、足を滑らして転落してしまった。

 視界が急速に回転して、目の前が突然地面になる。

 幸い大した傷はなかったけれど、僕は、その事によるショックと、さっき感じた絶望感と、そして、どうしようもない焦燥感とで、涙を我慢する事ができなかった。

 ごめんよ、メージー=メージー。僕は君の事を救えないかもしれない。君を救うどころか、僕は、もうここで駄目なのかもしれないんだ。

 でも、涙を流しながら諦めかけて、急速に暗くなっていく森の中で落ち込んで、じっと地面を見つめていると、僕は妙なものを発見してしまった。

 それは、足跡みたいに見えた。

 そして、それは森の奥の方に向かってずっと続いているようだった。

 更に、それがあるのは僕の目の前の地面ばかりではなく、よっく見ると、あちらこちらに筋みたいにしていっぱいあって、そしてそれら全ては、森の中のある一方向を目指して続いているようだった。

 僕はそれが何なのか、しばらくは分からなかったのだけど、やがては、それがあのいつも辺りを這いずり回っている、泥んこ足のメメ・クリフトたちのモノであるのじゃないか、という事に思い当たった。

 泥んこ足たちは、村の内外にたくさんいる。その、たくさんいるあいつらが、毎日毎日ここを移動してるから、こんな筋みたいな足跡が、いつの間にかできてしまったんだ。

 という事は、この筋の行き着く果てには、あいつらの住処、つまりQOLの屋敷があるはずだ。更に、普段は拡散して活動しているあいつらの足跡が、これだけ密集しているという事は、QOLの屋敷は、すぐ近くにある可能性が高いという事にもなる。

 そう結論付けると、僕はさっきまで酷く落ち込み、絶望していた事の反動で、急速に元気になった。

 希望の光が、僕の胸を照らした。

 この筋を辿って行けば、QOLの屋敷に着く事ができる!

 後の心配は、夜がもうそこまで迫っているという点だけだ。夜が来て、真っ暗闇になれば、足跡は見えなくなってしまう。だから、足跡が見えている間に、僕はなんとか、QOLの屋敷にまで着かなくちゃいけない。

 急がないと!

 僕は、筋が密集している方へ、方へと、夢中になって駆け出していった。

 周りが全て自己相似な森の景色の中で、唯一、メメ・クリフトたちの足跡の筋だけが、それらとは違い、森の果てしない暗部に向かってどんどんと密集していく。

 あの先に、QOLはいる。

 やがて、濃い霧の中、微かな光りの風景の中に、薄ぼんやりと大きな屋敷の姿が浮かんできた。

 あの屋敷だ!

 間違いはない。あれがQOLの屋敷だ。この森の中に、他に人の住むような屋敷があるなんて考えられない。やたらと大きな屋敷だけど、それは当たり前だ。かなりの数の化け物たちの住処にも、あそこはなっているはずだから。

 僕はそう確信すると、やっと安心して歩を緩めた。完全に日が暮れてしまっても、これだけ近ければ、もう迷う心配はないはずだと判断したから。

 僕は、はぁはぁと息を漏らしながら、ゆっくりと屋敷に向かって近づいて行く。

 ところが、屋敷まであともう少しという時になって、僕はある異変に気が付いた。

 暗い闇の中に、何かの気配があったんだ。

 ずざざ、ずざざ、ずずざざざ

 しかも、それは、一匹や二匹といった気配ではなかった。

 群だ。

 何かの。

 そいつらは、大量にいた。

 よく目を凝らして見ると、そいつらが何なのかが分かった。

 メメ・クリフトだ!

 そいつらは、泥んこ足のメメ・クリフトたちだった。

 もの凄い数のメメ・クリフトたちが、屋敷の前の地面、闇の中で蠢いているのだ。

 僕は、思わず息を呑んだ。

 普段は、これだけの数のメメ・クリフトを見る事はない。QOLの屋敷の前だから、これだけ大量にいるんだ。

 メメ・クリフトたちは、僕の行く手を阻んでいた。屋敷に向かうには、あの群の中を通り抜けなくちゃいけない。

 僕はしばらくの間、立ち尽くして考えた。

 QOLの屋敷はすぐそこにある。もう焦る必要はない。ちょっと遠回りになるけど、迂回して屋敷に行けば良い。メメ・クリフトの群の中を通る事は避けよう。

 そして、そう結論出した時だった。

 背後の気配に気付く。

 ずざざ、ずざざ、ずずざざざ

 後ろを振り返ると、そこにはメメ・クリフトたちが。

 もの凄い数のメメ・クリフトたちが!

 既に僕は、前後から囲まれてしまっていた。逃げ場がない。

 どうして?

 背後のメメ・クリフトたちは、ズンズンと近づいて来る。そして、目の前のメメ・クリフトたちも、移動を開始したようだった。

 僕のいる方向に向かって。

 どうして、こんなにも大量のメメ・クリフトたちが背後からもやって来るんだ? それに、移動している…

 その理由は、簡単に想像する事ができた。

 ………、

 そうか分かった! 交代の時間なんだ! こいつらは、時間で交代していたんだ。

 考えてみれば当たり前だ。ずっと同じヤツが稼動しているはずはない。休み休み、交代しているはずだ。

 ……このメメ・クリフトたちは、僕に危害を加えないだろうか?

 分からないけど、その可能性は否定できない。ここは、QOLの屋敷の目の前なんだ。侵入者は、排除しようとするかもしれない。

 ずざざざ ずざざざ

 大海のように前後から迫ってくるメメ・クリフトたち。

 僕はそのあまりの迫力に、戦慄して動けなくなった。

 今度こそ、駄目かもしれない。

 そう思った。

 何にもできない状況下の中で、僕は終りを覚悟していた。

 そして、辺りは本格的に暗くなっていく。メメ・クリフトたちの群が、背後から、前方から、押し迫って来る。闇がその世界を支配し始め、メメ・クリフトたちの姿を消した。

 何にも見えない真っ暗闇の中、蠢く気配だけが際立って僕に迫ってくる。

 その気配は、既に僕のすぐ傍にまで近づいて来ていて、メメ・クリフトたちの手が、前後から、ただ立ち尽くしているだけの僕の足に触れた。

 僕はビクリと震え、体を強張らせる。

 そして、その時だ。

 前方で、何かが光った。

 光りの存在に違和感のある深淵の森、真っ暗闇の闇夜の中で、それは明かに不自然な現象だった。

 そして、はじめチカッと光ったそれは、次の瞬間にはブワーッと広がり、拡大し、僕の視界を支配していった。

 真っ白が、僕の周りを覆う。

 その急激な明度の変化に耐え切れず、しばらくの間、僕は何も見る事ができなかった。

 そして、徐々に視力が回復してくる。

 すると、数々の球状の光りの玉が、空にいっぱい浮かんでいるのが見えた。

 ウィル・オ・ザ・ウィスプだ!

 今度は、ウィル・オ・ザ・ウィスプの一団が現れたんだ。

 僕は思い出していた。

 そういえば、夜といえばこいつらだった。夜の調査の為の“明かり”として、こいつらは毎夜毎夜、現われるんだった。

 大量の光りの玉に照らされて、森の中は昼間よりも明るかった。不気味な木の影が消え、メメ・クリフトの群を照らし、そしてQOLの屋敷ですらをも、それらは鮮明に照らし出していた。

 それは、この深淵の森ではありえないはずの光景だった。

 僕がそれに感動したのは一瞬だけの事で、あまりに眩し過ぎるその光りの洪水を、僕はむしろ無粋で無神経であるモノのように感じていた。

 明る過ぎる光りの下で、僕はメメ・クリフトたちに掴まえられてしまっている。

 動く事ができないでいる。

 明るい下で把握するその状況は、なんだかとても間抜けに思えた。

 短時間にやって来た数々のショックの所為で、僕は呆然自失となってしまっていて、その状況に対して全く無抵抗だった。

 何かを考える事すらできなかった。

 ただ、ぼーっと景色を見送っていた。明るい下に曝け出されたQOLの大きな屋敷をじっと見つめていた。

 分からなかった森の景色が、今では細部までしっかりと見えてしまっている。

 なんだか、それが嫌だった。

 闇がないなんて……。

 ところが、僕がそう思った瞬間。

 僕の視界の隅に、突如として闇が現われた。

 嘘だ。この世界からは既に闇は奪われてしまっている。この光りの洪水の中で、闇が存在できるはずなんてないんだ。

 僕はそう思ったのだけど、闇はどんどんとこちらに向かって近づいて来るようだった。

 どんどんと、どんどんと。

 闇は、すぐ傍まで来ると、こう言い放った。

 「お前達、その子供を放せ、その子供は私達の客だ」

 闇は、黒猫だった。

 あの、黒猫だった。

 光りに負けない闇は……。

 その言葉を黒猫が放つと、メメ・クリフトたちは僕の足から手を離し、そしてウィル・オ・ザ・ウィスプの一団は、何処かへ霧散して去って行ってしまった。

 急激に闇を取り戻す森の中。

 背後からやって来たメメ・クリフトたちが、僕を通り抜け、前方に移動する気配がする。目の前のメメ・クリフトたちが、僕を通り抜け、背後へと去って行く気配がする。

 そして、それから黒猫が、僕の目の前にまでやって来てこう言った。

 「やはり、来たか。待っていたぞ、T.S」

 僕が自分の心を取り戻すのには、少々の時間が必要だった。

 

 ………。

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