商人の娘 2
様々な苦難を乗り越えて採取してきた薬草を納品し、依頼を達成した翌日。
今日は冒険者ギルドではなく、とある建物が二コラとの待ち合わせ場所になっていた。
「ここならもっと高値で買い取ってくれるでしょ!」
彼女が元気に宣言した"ここ"というのは、前に隊商護衛の依頼で訪れた商会のことだよ。
要するに、倒したハーピーから手に入れた羽毛とかを売るために来たんだけど……うーん、個人的には気が乗らないんだよねぇ。
「やっぱり止めない? ギルドでも買い取ってくれるんだし、それで十分だと思うなぁ」
「……ここまできてなに言ってんのさ? あんただって、あの程度の金額じゃ納得できないでしょ?」
ギルドには討伐報酬とは別に、モンスターから手に入れた素材を買い取る制度も存在している。
なので、まずはそこで査定をしてもらったんだけど、普通の羽毛と変わらない金額――僕には相場なんて分からないので、ニコラ情報だけど――だったんだよ。
「(元々、売るために毟ってたわけじゃないから、いくらでもいいのに……)」
「ん? なにか言った?」
「え? あー、ええと……そ、そうだよねー? ハーピー強かったし、その羽なんだから、もうちょっとくらい高くてもいいよねー?」
とはいえ、お金にするためと言って集めたのは僕だし、今更本当の理由を話す気にもなれないし…………うん。
彼女のやる気を否定するのは良くないよ。やりたいようにやらせてあげる、それって大事だよねー。
「どうせ、他では売れないと思って足もと見たんでしょうけど、あたしはそんなに甘くないから。
じゃあ、適当に誰かつかまえて話を――」
「ア~ちゃんっ!! やっと会いにきてくれた……えっ、どうしてニコちゃんが一緒なの?」
商会を入ってすぐにあった、無駄に豪華なラウンジのような場所で話していたら、可愛らしい少女の声が聞こえてきた。
アーちゃん? 何だったかな、その呼び方には聞き覚えが……あ、そうだ、フローラだよ!
……うん? それともう一つ、よく知ってるようで知らない名前も呼んでなかった?
「にこちゃん?」「あーちゃん?」
声の主を確かめるよりも先に隣の幼女を見ると、彼女の方も僕の事を見つめていた。
「フローラと知り合いだったの?」
「知り合いってかっ…………。
そ、そっちこそ、どうなのさ? あんたのことなんて、フローラから聞いた覚えがないんだけど」
始め何を言いかけたんだろう?
誤魔化そうとしてるし、何となく怪しいなぁ。
「むぅー。わたしを無視して、ふたりだけで楽しそうにしてる……」
「っ! いやだなぁー、無視なんてするわけないよぉ。
むしろ、ここに来たのはフローラに会うためと言ってもいいくらいだって! あ、あははー」
明らかな不機嫌オーラが漂って来たので、急いでフローラと会話することにした。
そこにいるのは、数日前にこの場所で出会った女の子……のはずだ。
キラキラと艶やかな深緑のツーサイドアップは記憶通りなんだけど、何だか今日の笑顔は怖い……。
これは、フローラのご機嫌取りが最優先だね。
「……だよね~。アーちゃんとは遊ぶ約束してたもんね~?
まさか、忘れてた……なんて、ありえないよね~?」
「約束? うっ、うん! 約束してたよねー。……したかな?
えっとぉ、ご、ごめんね? あれから色々とあってさ~、なかなか来られなかったというか……」
話の流れでテキトーに頷いちゃったよ。
ま、まぁ美少女がそう言うんだもの、きっと間違いないよ。うんうん。
「遊ぶ約束ねぇ。
悪いけど、あたしたちは仕事でここにきたの。いつまでも子供みたいに遊んでられないからね」
ニコラ、何で遊ぶってところ強調したの? それ完全に煽ってるじゃん……。
とはいえ、これはこれで仲良しなのかも? ……うん? 仲良し……友達、ケンカ……。
あっ、そういえば。フローラは冒険者になった友達とケンカ中とか、誰かが言ってたよね?
「っ!! ……ニコちゃんは冒険者になったんでしょ?
アーちゃんはわたしと遊ぶから、冒険でもなんでも一人で好きに行ってきたら?」
「な、なら、アイリスもあたしと一緒に冒険だねっ。
なんたってこいつは、あたしの仲間なんだからなっ!」
なるほどね。どうやら二コラがその友達ということで正解っぽいよ。
……友達なら、僕は二人の邪魔すべきじゃないかー。しばらく聞き手に専念しよーっと。
「……ふーん、そうなんだぁ。
アーちゃんのいう"色々"って、二人で楽しく冒険者してたってことなんだぁ……へー」
と思った矢先なのに、こっちに話が来たよ。うわー、不機嫌オーラが成長していくなー。
この状況を何とかしてくれる人、誰でもいいから募集中ですぅ、何とかしてくださーい!
――という祈りが通じたのか、この話は中断することになった。
「お願いしますっ!!!」
突如、悲鳴にも近い男の大声が響いた。
反射的に声がした方を確認すると、ソファーに腰掛けてた二人の男が見えた。
片方は確か……そうだ。前に隊商護衛の依頼をしてきた商人さんだね。
もう一方の頭を下げ過ぎて、テーブルと額がくっ付きそうな中年男は……どこかで会ったことがあるのかな? 見覚えある気がするよ。
「パパ……?」
ん、それそれ! フローラの父親――お義父さん。確か彼女と会った時にご挨拶した気がするね。
印象が薄い人だったからなのか、ほとんど記憶にないけど。
「金貨百でもいいのですっ! 融資をっ、何卒融資をお願いします!!」
「担保になりそうなものは残ってないのですか? 何かしら提示いただければ、私共も最大限配慮いたしますので」
「家も家財も、価値があるものは既に担保にしていましたから……」
んー? どんな事情があるのか分かんないけど、お義父さん必死そうだね。
あそこまで切羽詰まってる様子はなかったような……?
前はそんなこと……って、よく考えたら彼の事なんて大して知らないんだから、僕に分かるわけないじゃんね。
「私に提示できるものはございません。ですが今日までの取引――その実績を信用の材料として頂きたいのです」
「……ヒューベンタール殿、頭を上げてください」
「で、では!」
「となれば難しいですな。
非常に残念ですが、どう説得されましてもこの決定が変わることはないでしょう」
「っ!!」
あーあ。お義父さん、断られたショックで言葉も出なくなっちゃったよ。
可哀そうだね。
それにしても、商人さん偉そうじゃない? あんな人だった?
そういえば、自己紹介の時にここの副店長? とかなんとか言ってた気がするね。
てことは、そこらの平商人よりは偉いのかなぁ。
「心情的には、あなたに同情しているのですよ?
尾のないワイバーンに襲われたということですが、私も最近似たような経験をしましたからね。
アレはどうしようもない、まさに空より降りかかった厄災といえるものでした……」
"尾のないワイバーン"? ふーん、またワイバーンね。
意外と遭遇率高いものなんかな? この世界の人は大変だなー。
「そうなのですっ! アレは天災も同然っ。ですから、資金さえ融通して頂ければやり直すことは容易なのです!
いえっ、これまでに培った経験を活かし、挽回するだけでなくさらには」
「――ですが。私は、全ての荷を失うという、最悪の結果は回避しました。
翻って、あなたはどうだったでしょう?」
「それは……運が悪かったとしか」
どうやら、彼の方は積み荷を全部やられたみたいだね。
まあ、ちょっと炎を吐かれたら全て燃えちゃうからね。そういうこともあるよ。
「運というのも、大事な要素だとは思いますがね。
しかし、今回の結果を招いた原因は、護衛の質にあるのではないですか?」
「!? な、んのことですか?」
明らかに声が動揺してるよ。
何か思い当たるフシでもあるのかな?
「近頃は、ならず者同然な人間を雇い費用を削っていると、そのような噂が私の耳にまで届いておりましたよ?
優秀な冒険者を雇っていればワイバーンを退治できる――とまではいいませんが、最低限の荷は確保出来ていたかもしれませんな」
「それはっ……! ですが……っ、ぅ…………」
「この事態はあなたの不手際でもあるのです。
何にしても、商売は自己責任というもの。すっぱりと諦めることをお勧めしましょう」
「…………」
お義父さん、完全に黙ちゃったね。
対する副店長は、何かキリっとした顔してるよ。
もしかして、『フッ、決まったな……』とか思ってたりするのかなぁ。




