酒場の看板娘達 2
ラドミラが振り向こうとしたところで、店の中から可愛らしい悲鳴が響いてきた。
その出所を探してみれば、客らしき黒髪ロン毛の男と愛らしい茶髪エルフのウェイトレスが何やら揉めている様子だ。
「どっ、どこを触ってるんですかっ!?」
「へへ、尻触ったぐらいで騒ぐなよぉ? そんな短いもん穿いてんだぁ! そっちも誘ってんだろぉー?」
端的に状況を表現してしまえば、酔っ払いが店員の娘に絡んでいるだけとなるだろう。
しかし、本当にそれで片付けてしまって良いのだろうか? 考えようによっては、酔っ払いの発言もまた真理なのかもしれない。
――そう。彼女達が身に着けている、下着が見えそうな挑発的な衣装は、"お触りOK"という証なのではないかと……っ!
であるならば、だ。
目の前にあるむっちりボディも好きにしていいってことだよね? じゃあ、さっそく……。
「なっ!? 変なこといわないでください!! ここはそういうお店じゃありませんからっ!!」
「ああ? 硬いことをいうんじゃねえよ。金か? 俺だってなぁ、女一人買う金くらい――イデデデっっ!?」
「はーい、イタズラはそこまでねー。アンジェちゃん、嫌がってるでしょー?」
騒ぎの原因である男の背後にすぅーっと近付いたラドミラが、彼の腕を背中側へ捻り上げている。
おー、素早い対応。ここでの仕事、もう慣れてるみたいだね。……くっ、あともうちょっとで触れたのになぁ。
「ちっ、くそ……っ! なんだてめぇ!? こんなことしてただで済むと思ってんのかぁ? ああっ!?
俺はなあ!! ブルクハルトの裏社会じゃあ"黒狼"の名で恐れられてんだぞ!!」
「んー? ぶるくはるとってなんだったかなぁ? ……あ~、前にいた街の名前だぁ。
そっかぁ、有名人さんなんだぁ。アイリスちゃんはこの人知ってる~?」
ラドミラは男を抑えつけたまま、顔が見えやすいように彼の頭を動かしてくれる。
黒狼? 黒髪でロン毛の男ねぇ……いや、まず知り合い自体皆無なんだから、僕が知ってるわけなかったよ。
「うーん、知らないかな。けど、本人がそこまで言うんだから痴漢で有名……とかなんじゃない?」
「ぇっ、アイリスさん……? ど、どうしてここに!?」
「アンジェ、何回かこっち見てなかった?
それで気付かないなんて……もしかしてボク、影が薄過ぎる……?」
でも、ラドミラはすぐに気付いてくれたような……?
いや、店の入口には鈴が付いてるから、音で気付いただけかも……って、そうか。
<隠密>スキルを発動したままだったよ。
きっとこれのせいだなぁー。こ、これ切ってたらすぐに気付いてくれてたなー。
「ご、ごめんなさいっ! 料理を運んだり、注文を受けたりで忙しくて、それで……っ」
「あーえっと。気にしないで……ね? そ、それよりもっ! アンジェはこの人知ってたりする?」
とにかく話題を変えようと話を振ってみたが、それに答えたのはこの見知らぬ男だった。
「てめぇら、俺を無視して盛り上が――おい、待てよ……っ!? よく見りゃあ、あの時のエルフに……"ピンクの魔女"っ!??
ど、どうしてここにいんだよ!?」
「ピンクの魔女……? え、それボクのこと?」
どうやら彼の方はこちらを知ってるみたいだね。
というか、また魔女だって……しかも今度は、ピンクがプラスされてるし。
「お前達と二度と会いたくねぇからこんなとこまで来たってのに……っ!!
じょ、冗談じゃねえ!? 離せっっ!!!」
「きゃっ!?」
「か、金は……ほらよっ! これで十分だろ!! だから許してくれよっ!?
そ、そういうことで、な?? すんませんしたぁーっ!!?」
男はラドミラの拘束を解くと、謎の袋――おそらくは彼の財布だろう――を放り投げてから脱兎の勢いで逃げ去った。
あれが火事場の馬鹿力ってやつなのかな。
「そうですよ、あの人……っ! ラドミラちゃんを探してる時に捕まえた、チンピラさんの一人です!」
「んーと、そうなの? でもチンピラって何人もいたと思うんだけど、そのなかに黒狼かぁ……。
アンジェは記憶力があるね、ボクは全く思い出せないな~」
「えっと、あの、黒狼っていうのは聞き覚えがないですけど……。
ちょっと印象的というか、記憶に残ることを言っていたので…………その、たたなくなった人、って言えば思い出せますか?」
え? たたないって何の事だろう? 立たない……勃たない!
そういえばいたね。カルラに蹴られ過ぎて、そんな事になっちゃった人。
「あぁうん、思い出したよ。……そっか、あの可哀そうな人だったのかぁ」
「???」
当然だけど、ラドミラには何のことか伝わっていない様子だ。
うん、それでいいよね。分かったところでいい事もないしさ。




