依頼の報酬 4
あの後、話の続きは食堂に移動してからということになった。
なかなか起きず恥ずかしい寝言を連発していたノラは、ユリアが無理矢理起こしてくれたよ。
ま、彼女が起きないのは仕方ないことだけどね。なぜかって? ……明け方までシてたから……。
コホン。えっと、それでまぁ……重い朝食の時間に突入したというわけだね。
もちろん、この重いというのは朝食のメニューの話じゃないよ?
どちらかというと、軽食って感じだし……うん。
これ以上つまらない冗談なんて考えてたら怒られそうだし、ここでやめておくね。
「…………私達は席を外すか?」
この気まずい沈黙を破ってくれたのはエルネだ。
彼女とミアは完全に巻き込まれただけだから、悪いことをしちゃったね。
……ミアは何も気にせず、食事を続けてるけど。
「い、いえ。ここに――」
「お二人にも是非聞いてもらいたいお話なので、残ってもらえますか」
「あ、ああ……」
ユリアはいつも通りの微笑み――ただし目は笑っていない――でエルネの提案を否定した。
うわぁ、圧が凄いなぁー。
説明はノラにお任せするとして、僕は黙ってニコニコしてればいいよね?
「……っ。ユ、ユリア? 女同士というのは確かに許されないことかもしれないわ……。
でもねっ!! 私は、私の心に素直になっただけなのっ!
……理解して欲しいとまでは言いませんわ。けれど――」
「いえ、そこは問題ないです。というより……女の子同士の方が好都合ですので」
「「……っっ!?」」
お、ユリアがついに言い切ったね~。
若干二名からは戸惑いが伝わってくるけど、女の子同士……僕も実にいい事だと思うなぁ~。
「……で、では、何を怒っているのかしら?」
「それは…………なぜ、アイリスさんなのですか……?
出会って、すぐに別れて……再会してからだって、たった数日を一緒に過ごしただけですよね……?
なのに……。こんなの、あまりにも唐突で……」
ああ、それは僕も不思議に思ったかな。
ノラを突き動かしたものは、一体何だったんだろうね?
「ボクも気になります。ノラさんは、ボクのどこを好きになってくれたんですか?」
「あ、あなたまで……っ。ですが、それは……」
なんて気軽に聞いてみたが、彼女は困った様子で答えは返ってこない。
……ふむ。この身体の一番の魅力は美少女な事だよね。じゃあ、やっぱり「外見」ってこと?
僕はそう答えてくれてもいいんだけど、普通は言い難いから困ってるのかもしれないね。
「アイリスさんにも秘密なのですか?
……これはお話しようか迷っていましたが、ノラ様は可愛らしい方がお困りだと見境なく助けようとするのです。
今にして思えば、あれらはすべて……」」
「何を言ってますの?! ――アイリスっ、ち、違いますわよ!?
ユリアの誤解ですわ!! そのようなこと、決してありえませんわ!!!」
おっと、なんだか話の流れが変わってきたね。
このままだと思っていた以上にドロドロな展開になりそうだけど……それはないかな。
「……はい。そこは信じてますから、大丈夫ですよ」
「ほ、本当? 信じて、くれますの?」
「ど、どうして信じられるんですか……? 自分が何人目なのかすら、わからないんですよ??」
ユリアが本気で疑っているのかは分からないけど、僕はとある理由から彼女を信じることができた。
「そうですねえ、理由は……秘密ですが。
ノラさんはそんなことしていないと、ボクは確信してるんです」
「アイリス……っ」
なぜならユリアは知らなくて、だけども僕は知っている重要な情報があるからね。
それはつまり、昨夜の経験――だって、ノラは僕と同じようにたどたどしかったもの~。
アレは、お互い初めての反応だった……うん、僕には確信できるよ。
なのでまあ、異性経験の方は分からないけど、同性経験は初だったろうね。
「そ、そんな……っ、その理由って何なんですか!? 教えてください!! じゃないとわたしはノラ様を信じられ――」
「もうやめておけ。……おまえだって、本気でノラがそんなことをするやつだとは思ってないのだろ?
……これ以上は自身を傷付けるだけだぞ」
エルネが諫めに入ったし、この辺で終わりかな。
ん? いや、ノラにはまだ何か話したいことがあるようだね。
「……分かりましたわ。アイリスを好きになった理由を話しますわ。話さないとユリアは納得できないのですものね。
ですが、少し長くなりますわよ? ……実は、私には妹がいたのですが――」
ということで、本当に長話だったから内容を簡潔にまとめるよ。
まず、彼女にはとても大事な妹がいたが、数年前にモンスターの襲撃――おそらくゴブリンだろうね――にあって、その娘を亡くしたみたいだ。
で、同じようにゴブリンに襲われていた僕が妹さんと重なって、この僅かな間にどんどん好感度が上がっていった……という感じかな。
「妹さん、そんなにボクと似てるんですか?」
「あの子も、あなたと同じで回復魔法が得意でしたわ。ですから、よく怪我人を癒して回っていましたのよ……ふふっ。
…………けれど、あの日はそれがあだに……っ。アイリスっ、あなたは絶対に、この私が守ってみせますわ!!」
語りとともに視線も情熱的になったノラが、ジッと見つめてくる。
うーん、何でここにはベッドがないのかな?
あったら衆人環視の中でも、昨夜の続きをしちゃうのになぁ……。
「……何ですか、それは……っ。そんな理由で納得できるわけないじゃないですか!?」
「お、落ち着いて……?
今までみんなにも黙っていたことですから、すぐには信じてもらえないかもしれません……が、これは実話なのですわ。
それに、アイリスへの想いだって、私の本心ですのよ」
「それなら尚更です……っ! ……ノラ様の話では、ただ妹さんの代わりを見つけただけになるじゃないですか!!」
「っ!!」
なるほど、妹の代わりね。
というか、本当にノラお姉様だったのか……僕の勝手な妄想が当たってたんだね~。
「アイリスさんはどう思いますか?
……ひどいと思いますよね? 自分のことを見て愛して欲しいと、当然そう思いますよね……っ?」
ユリアは何というか、とても寂しそうな表情で問いかけてくる。
そんな顔で見られてもなぁ。僕としてはどうでもいい事だし……。
「ボクですか……? ボクはそれでもいいですよ。
妹でも他の誰かの代わりでも、ノラさんに好きになってもらえることには変わりないんですから」
「……っっ!? わ、わたしは……、わたしだったら……っ!! そんなの受け入れられないですっ!!」
「ま、待って!? ユリア、どこに行く気なの!!」
そう叫んだユリアは食堂を飛び出して行き、ノラもまた彼女を追いかけて行く。
「え、二人とも待ってくださ――っと。エルネさん? どうかしました?」
「……すまない。おまえも当事者なのだろうがな……。今は、あの二人だけにしてやってくれないか?」
二人の後を追おうとしたところで、小さな手に止められた。
ふむ。ノラの考えは知れたし、「話の流れ的に仕方なく追いかけるかぁ」くらいの気持ちだったから問題ないね。
ユリアの事は、ノラに任せたよー。
「そう、ですね。……ボクが行ったら話がややこしくなるかもしれないですし、ここで待ってみます」
「ああ、それがいい。何だかんだ言っても、ユリアのことを一番分かっているのはあいつだからな。
すぐに説得して戻ってくるさ」
とはいえ、あまりにも露骨に態度へ出してしまうと薄情だって想われるかもしれないから、それっぽい事を言っておいた。
エルネは変だと思ってないし、ミアも…………まあ、問題ないね。
「じゃあ、ミアさんを見習って朝食を続けましょうか~」
「……ん?」
リスみたいに頬を膨らませたミアが、食事の手は止めずにこちらを振り向いた。
彼女はずっと食べ続けてるけど、意外と大食いキャラなのかな?
ふふ、可愛いなぁ~。
もしかすると、このパーティのマスコット的存在は彼女なのかもしれないね。




