商人の娘 1
追加報酬について交渉するため、ノラと商人さんは別室へと移動して行った。
ということは、僕は一人残されるというわけで……暇になっちゃったね。
どうしようかなー。先に宿へ行くのは……、よく考えたら宿の場所知らないし……。
ああ、えっと。これだけじゃ説明不足だよね。
実は今回の宿、ノラ達がいつも使ってるところを紹介してくれるんだって~。
しかも、ワイバーン戦の時にちょっとお世話したから、そのお礼ってことで宿代まで出してくれるんだよ。
彼女達は費用がかさむ時なのに、ホント義理堅いよね~。
そういうわけで、宿の場所を案内してくれる予定の彼女が戻って来るまではここを動けないんだよね。
ボーっとしてるだけでも時間は潰せるけど……周りの視線が気になるような?
フードで顔を隠すようにしてからは、あまり気にならなくなったのに……って、そうだ。
商会に入る時に一応脱いだの忘れてたよ。
後はノラが戻ってきたら出ていくだけだし、もういいよね。被り直そっと。
「ん…………っ?」
と、そこで一人の少女がこちらを見ていることに気付いた。
その少女は、艶やかな翡翠のような緑色の髪をツーサイドアップにしており、ムーンストーンのように鮮やかな青色の瞳を大きく見開いている。
そんな商会などという野暮な場所とは無縁に思える少女は、小さくて愛らしい口までもポカンと開けており、どうやら何かに驚いているみたいだ。
いや、一つ重大な間違いをしてしまっていたね。あれは――ただの少女じゃなくて、美少女だよ!
容姿が整ってて、ずっと眺めていたくなる美少女……えーと、こういう娘のことをなんて言うんだったかな……?
「お人形さんみたい……」
そう、それ! ……ん? 待って、僕は何も言ってないよ? ってことは――
「わあぁあああ~~っ、すご~く可愛い子見つけちゃったぁ~!! ねえねえっ! あなたのお名前、聞かせてもらってもいいかな?」
「え、かわいいこ……って、ぼ、ボクのこと?」
「うんうん、そう! もちろん、あなたに決まってるよ~」
お人形さんみたいな美少女は、身に纏う真っ白な膝丈のワンピースを翻すほどハイテンションで近づいてきた。
そうだった、今は僕も美少女だったね。
なるほどぉ……美少女をおびき寄せるには、美少女をエサにするのが一番ということか~。
「んと、ボクはアイリスだよ! よろしく、ね?」
……とりあえず、相手に合わせてフレンドリーな感じで挨拶してみたけど、どうかな?
挨拶とか自己紹介とかって苦手だから、どう反応されるか不安なんだけど……。
「じゃあー……ア~ちゃん、だね! こちらこそよろしくね!」
彼女は可愛らしく挨拶を返すと、ぴょこんと跳ねるようにして手を握ってきた。
あ、アーちゃん? 美少女にあだ名をつけてもらえるなんて……。
しかも肉体的接触付き……っ。ふふ、これはもう勝ち確定だね!
「わたしは、フローラだよ! ア~ちゃんも、好きに呼んでくれていいからね~」
「う、うん。フローラ、ね……フローラ」
僕も可愛い呼び方を考えてみたけど、何て呼べばいいか分からなかったよぉ。
フーちゃんとか? いや、フロちゃん……は微妙だし。
「……でね。この腕のものは……なに、かな?」
「え? 腕のもの? ああ、これね。これはバックラーっていう盾だよ。
ボクは冒険者をしててね、他にも……ほら、ダガーって名前のナイフ? みたいなものも持ってるよ」
戦闘とかには絶対縁の無い娘に見えるし、きっとこういうものは知らないんだろうね。
一応、聞かれたから説明してみたけど、これで興味を引くのは……やっぱり難しいかな。
他に、何か良い話題は……。
「……ダメ、だよ……」
「え?」
「アーちゃんみたいに可愛い子が、冒険者なんて危険なことしちゃダメだよっ!」
今さっきまでニコニコしていたフローラが、真剣な顔でまくし立ててくる。
「え、ええー? ど、どうしたの急に……? 冒険者がキライだったり、するのかな?」
「むぅぅ~~っ! だって、冒険者ってモンスターと戦ったりするんでしょっ!
もしかしたら、死んじゃうかもしれないんだよ!? そんなのリスクとリターンが釣り合ってないよ!!」
リスクとリターン……? 意外と現実的な面から怒られてたんだね。
まあ、確かに死ぬ可能性はあるし、それが報酬と釣り合うかは分からないかな。
……僕にとってのリスクになるのかは、分からないけど。
「フローラ……? 何を揉めているんだい?」
「パパっ!」
という感じで美少女と戯れていたら、知らないおっさんが話に割り込んで来た。
父親? ……柔和な笑みを浮かべてるところは、フローラに似て優しそうな人っぽい。
でも、本当にこの娘の父親なのかなぁ? 「君のパパになりたいな」とか言って父親面してるだけの変質者の可能性も……。
「アーちゃん、こんなに可愛いのに冒険者なんてしてるんだよ!
やめた方がいいよって、パパからも言ってあげて!」
「あーちゃんというのは、そちらの方かい? こ、こら、人の仕事を悪く言ってはいけないよ。皆、自身の仕事に誇りを持っているんだ……賢いフローラなら、分かるね?
私はホラーツ・ヒューベンタールと申します。娘が失礼をしました……普段はこのようなことを言う子ではないのですが……」
「……どうも、アイリスです。失礼だなんて思ってないので、謝らなくていいですよ」
その男は、フローラに優しく諭すとこちらに話を向けてきた。
ふむ、今のやり取りで、この人が父親だと五割くらいは認めてもいいかなって気持ちになったね。
「ムぅぅぅ~~~っっ、そうだ! ねえパパっ、ア~ちゃんを新しいメイドとして雇わない?
もう一人くらいいてもいいでしょっ?」
「勝手に決めては……いや、そうだったのか。いつも、寂しい思いをさせてすまないね……」
「っ!! な、なにを言ってるのパパ? わたしは寂しくなんて……」
なーんか、目の前でイチャつき始めたんだけど……商会って武器を使っても問題ないとこだったかな?
……この人、たぶん変質者だから狩っても問題ないと思うんだよねぇ。
「あのー」
「これはすみません……っ。
私は仕事のために家を空けることが多く、最近は娘を構う時間も十分に作れていないのです。
……それにこの子は、冒険者になった友人とケンカ中でして、それで寂しさから友人を求めていたのでしょう」
ほぉ。つまり、その寂しさを埋められたら美少女を攻略できるよ、ってことだよね。
ちょっと本気で考えちゃうなぁ。
メイド……前世での家事スキルはないも同然だったんだよね。
だけど、今なら本当に家事スキル的なものだって持ってるんだし……やる事は美少女のお世話になるのか。
それならやってもいいかも~。
「お義父さん。メイドの件、詳し――」
「そ、そんな恥ずかしいことまで全部話さなくてもいいんじゃないかなっ!?
――もうっ、わたし先に帰るからねっ!! ……アーちゃん、また今度遊ぼうね!」
「……我儘なところもありますが、心優しい子です。是非、仲良くしてやってください。
では、私も失礼します」
あー、行っちゃったよ。父親はどうでもいいから、娘だけ置いていってくれないかなぁ。
まあ、いいや。
ここに来ればあの娘に会えるってことだろうし、また来てみよう~。
美少女に出会えるなんて思ったよりもイイ商会だったね。
……ところで、ここの名前なんだっけ? 入口に書いてあったような気もするけど、もう忘れちゃったよ。
「アイリス、こちらは終わりました――って、何かありましたの?」
「いえ、何でもないですよ。
それよりも、交渉の事ありがとうございます。すご~く、助かっちゃいましたぁ!」
「っ!! こ、これくらいなんてことありませんわ! あなたは私のい、妹みたいなものですから、もっと頼ってくれても――」
興奮気味に語り続けるノラ。
うんうん。フローラを真似てちょっとテンション高く話してみたら、ノラにも高評価だったね。
可愛い娘の話し方を真似してみるのも、楽しかったりして……。




