隊商護衛 8
「――そこは危険よっ!? 早く逃げてっっ!!」
ゆっくりと走る馬車の荷台、そこで寝ていた美しい金髪をした騎士風の少女が、悲鳴にも似た叫び声を上げながら起床した。
彼女は現状を把握しようと周囲を見回すが、すぐに暢気な少女の声が聞こえてくる。
「あ、よかった~。ノラさん、ちゃんと意識が戻ったんですね~」
「えっ……アイ、リス? いきてます、の……? っ!! よかった……っ、生きていてくれてよかったですわっ」
うーん、抱きついてくれるのは嬉しいけど、ほぼ鎧の感触だから微妙なんだよね……。
おっと、状況が分からないよね。
簡単に説明すると、実はノラは死んでなかった……とかじゃなく、僕がレイズデッドの魔法をかけて蘇生させたんだよ。
他の娘達にも同じようにしたから、みんなもそのうち起きるんだろうね。
それにしても……魔法を使えば復活させられるなんてねー。
これでまた一つ、テキトーなところで死ねない理由ができちゃったよ。
んんー、アンデッド化に蘇生魔法かー……どっちも不可能なくらい酷い状態の死体なら、本当に死んだ事になるのかな?
でも、炭化でダメということは、灰になるくらいはしないといけないってこと……?
「本当に、よかった……っ。(リア、今度は救うことができましたわ……)」
抱き着いたままのノラが、小さく呟いた声が聞こえた。
"リア"……? ユリアのこと? でも、そんな呼び方は聞いた覚えがないような……。
「けれど、よく助かりましたわね。たしか、あなたが乗っていた馬車は、火の海に飲み込まれて…………」
「えぇっとぉ、それは…………。し、信じられないかもですが……っ!
あの時は偶然にも馬車の外に出てまして、それでたまたま助かったんですよ!
うんうん。そうだった、そうだったっ……で、ノラさん達がワイバーンと戦っている間に、安全なところへ避難して…………」
「え? ちょっと、待ってくれるかしら。私達がワイバーンと、戦う……? 何の話をしているの??」
彼女は、困惑顔で聞き返してくる。
もしかして、忘れちゃったのかな? いやいや、まさかねぇ……?
「……ボクが見た時は、四人でワイバーンと決死の戦闘をされてましたよ?」
「じょ、冗談ではない、のよね? けれど、そんな記憶は……」
ノラは嘘を……? でも、彼女がそんな嘘をつく理由はないと思うし……え、じゃあ本当に……?。
「……っ! すまんっ、いつの間にか寝てしまっていたようだっ」
「…………どうしたん、ですかぁ? あれぇ、ここはぁ……?」
「……?」
お、残りの三人も目を覚ましたみたいだね。
ちょうどいいや、彼女達にもワイバーン戦のことを聞いてみよう。
……その前に、注意事項くらいは伝えてあげないとね。
「おはようございます。ちょっと聞きたいことが出来たんですけど……ユリアさんとエルネさんは、あまり動かない方がいいですよ?」
「えぇ~? どうしてですかぁ~? ……んんーっ」
寝起きの緩慢な動作で伸びをしたユリアから、はらりと布が落ちる。
――それにより現れたのは、あどけない少女の穢れない裸体であった。
「ユ、ユリアっ!? なんでお前、裸で寝てる――って、私もかっ!?」
「はだかぁ~? なにいって……きゃああああああああああああああああ!! ど、どうして!? わたしに、何が起きたんですかぁ~~!?」
「二人の服は、ワイバーンの攻撃でお亡くなりになったので、とりあえずその辺にあった布をかけておいたんですが……ダメでしたか?」
「ダメですよ!! こんな薄い布一枚で乙女の肌を……え、ワイバーン??」
こっちも覚えてない感じかな?
んー、エルネの方も困惑してるみたいだし、どうやら全員同じような状態みたいだ。
ということは、ある程度の記憶がなくなるような特性が、蘇生にはあるのかもしれないなぁ。
……じゃあ、この状況を活かしてイイ感じにねつぞ……説明してあげよう~。
「みなさん記憶があいまいなようなので、ボクが見た出来事を説明しますよ。まずは――」
ま、僕がワイバーンと戦ったところはなしにして、彼女達がワイバーンを撃退したことにすればいいよね。
ノラ達が勝てないモンスターを、僕が一人で戦ったなんて言ったら絶対にメンドーな事になるし。
「……記憶はないが、この状況では信じるしかないのだろうな」
「そんなことがありましたのね。……感謝しますわ、アイリス。
戦いで疲労して、倒れてしまった私達を介抱してくれたのは、あなたなのよね?」
「その前にっ、ノラ様の怪我は大丈夫なのですか……?
鎧がそんなことになるなんて……っ、お、大怪我をされているとしか思えないのですが!?」
「一応、回復魔法は使っておいたので、目立つような怪我は残ってないと思いますよ」
ユリアはなおも心配そうではあるが、それ以上は何も言わない。
おお、意外と僕の魔法も信用されてるんだね~。
念のため蘇生した時に確認したから、本当に傷跡は残ってないはずだよ。……そう、全身隈なく見たからね~。
「あんのー、取り込み中のところ悪いんですが、そろそろ到着しますんで……」
彼女達と楽しくおしゃべりしてたら、御者台から遠慮がちに声が届けられる。
ホントだぁー。馬車が進む道の先に、ブルクハルトと同じような城壁が見えるね。
今日は色々とあったし、ゆっくり休めそうで良かったよ~。
「……気にはなっていたが、御者はどうしたんだ? 朧気だが、ワイバーンの襲撃で逃げ出していたように思うんだが……」
「ん? ああ。ワイバーンが飛んで逃げていくところを見た人が、何人か戻って来てくれたんですよ」
後片付けとかは、みんな彼らにお任せ出来たから、そこは幸運だったね~。
ノラ達を復活させたのは、半分くらいそれが理由だったのにさ。生き返っても、すぐには目覚めないなんてね。
……え、半分じゃなくて全部だろって? い、いや、そんなことはないよぉー。
「なので、彼らと協力して動かせる分だけでキャラバンを組み直しました。
……この馬車に積んであったものは勝手に降ろしちゃったんですけど、そこは許してくださいね?」
「そ、そうか。それは私が文句を言えることではないからな……。
むしろ、色々と世話になった……ありがとう……っ。
……おい、ニヤニヤすんなっ! 聞いてんのかっ!? おいっ!」
はい、可愛い照れ顔いただきました~。
というわけで目的地にも無事着いたし、美少女達との交流も楽しめたし、今回の隊商護衛依頼も完了かな~。
んん? 僕はそれが目的でこの依頼を受けたんだっけ?




