空の襲撃者 3
ゾンビだらけの夜が明けた。
街を出てからトラブル続きな気もするけど、意外と旅程は順調でこのまま行けば今日中にアイヒホルンへと到着するらしい。
全て僕のおかげだね。
……まぁ、全ては言い過ぎだけど、ちょっとくらいはホントなんだよ?
馬にも回復魔法を使っていることで、昼間はほぼフル稼働で動けているし、昨日の夜だってレイスを倒したのは僕だからね。
その功績で「今日は荷台で、ゆっくり寝ていてください」って、言われちゃったし。
もしかしたら、朝からユリアが辛そうにしてたから、僕にも気を遣ってくれたのかもしれないけどね。
彼女は魔力が空っぽになるまで頑張ってたし、まだ回復してないのかな。
あ、もちろん僕は何にも疲れてないよ。
え? だったら魔力を返せって?
……そ、そういうわけで、僕は馬車の荷台で横になっているだけで、目的地に到着するというわけだね。
でも残念なことに、隣にいるのがユリアではなくただの積み荷なんだよ。
空きスペースの問題で、二人一緒に休むのは難しいってさ。僕は彼女と一緒にギュウギュウ詰めにされれても全く構わないのに……。
ということで、暇なんだよねぇ。もう、荷台の入口から見える青空でも眺めて、ボーっとすることしかできないよ。
ま、嫌いじゃないけどね、そういう時間もさ。
なんか適当に思い付いたことを考えたり……そういえば、昨日はゾンビなんてものに出会っちゃったんだよね。
ゾンビ……アンデッド化。よく考えてみたら、そんなものがあるということは、安易に死ねないっていうことじゃないかな?
そこら辺で下手に死んだら、ゾンビとかになって死んだ後も無理に生かされる? ことになるじゃん。
うーん、死体だけだったら、好きに使ってくれてもいいんだけど、魂的なものまで縛られるとしたら困るなぁ。
死んだなら、最悪でも今みたいに転生するか、もしくは魂や意識ごと消し去って欲しいよ。
これは、考えることが増えちゃったなぁー……。
「あーあ、生きるのってメンドーだよね……。ん、アレは……?」
空の端に新たなシルエットが現れた。
今回は生命反応があるから、生き物ではあるのだろう。
いやまぁ、普通に考えればただの鳥なんだけど、何だろう……違和感が……。
その謎の鳥の進路は僕達がいる方向みたいで、段々と姿が鮮明になってくる。
二枚の翼が背中から生えているのはいいとしても、体を覆う赤銅色をした鱗や鋭い爪や牙、長い尻尾……なんて、やっぱりただの鳥じゃないよね。
そして、生命反応の大きさでも分かっていたことだけど、周囲の生物とは比べようもないあの巨体は……なんて言ったかな?
「…………ああ、そうだ。ドラゴンだ――」
と、やっと思い出せた瞬間、僕の視界は真赤に染まった。
***
【レオノーラ視点 開始】
護衛対象である隊商の中央付近を進んでいた馬車が数台燃えている。
残りの馬車も、突然の出来事に動揺した馬が暴れ出し、幾人かの御者はそんな馬を宥めることも放棄して、逃げ出す始末だ。
……いえ、そんなことはどうでもいい。今、気にするべきは――
「アイ、リス……?」
あそこには、彼女が乗っていたはずなのだ。
その一事を再認識したことで、堪えられない程に心音が騒ぎ出す。
すぐに助け出さなければ……っ、今なら間に合うっ、間に合うに決まっていますわ!!
「――必ず助けますわよっっ!!」
そう、あの時とは……無力で結果を受け入れるだけだったあの時とは、違いますもの……っ!
「おいっ、ノラっ!? どこに行く気だ!!」
一秒でも惜しいと即座に駆け出した私の腕は、しかし、小さな手に捕まってしまった。
どうしてっ、どうして邪魔をするの?!
「エルネ離してっ!? 早くしないとアイリスが……っ!!」
「冷静になれ!! あの炎の中に突っ込んだら、おまえも無事では済まんぞっ!?
それに――どう考えても手遅れだっ!」
目指す馬車は激しく燃え続けている。
その勢いは衰えることを知らないようで、常人であればまず生存の可能性はないだろう。
脳裏に「死体を回収しても意味はない。回復魔法でも死者を蘇らせることは不可能なのだから」などと悲観的な言葉までが過ぎる。
何を考えているのっ!? あの子が死ぬなんてこと、あるはずがないわ!
「そんなことないわ!! まだ間に合う――っ!?」
乾いた音が響き、一拍置いて頬から痛みが伝わったことで、自分が叩かれたことを理解した。
「少しは、落ち着いたか? ……死にたいなら勝手にすればいい。
だが、おまえは私達のリーダーだ。これを乗り切るまでは、全力を尽くしてもらうぞ」
「……ごめんなさい、取り乱してしまいましたわ。
ええ、そうね。エルネの言う通り、まずは私達のことを考えないと……」
そして、ごめんなさいアイリス。
あなたのことを諦めたわけではありませんが、私には守るべき大切な仲間がいますわ。
彼女達を放って、あなたの元に行ったりしたら、それこそあの子に怒られてしまいますものね。
「んんっ……、どうしたんですか~? 何だかぁ、騒がしいみたいですけどぉ……?」
馬車の荷台で熟睡してユリアが、寝ぼけ眼で問いかけてくる。
「いいタイミングだな。起き抜けで悪いが、戦闘だ。すぐに準備しろっ」
「はぁ~い。せんとう、ですね……戦闘っ!? 敵は――」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
けたたましい咆哮が周囲に響き渡る。
まるで大地まで震えているのではないか、と錯覚してしまいますわね。
「そ、そんな……なんであんなものが……っ」
「ファイアワイバーンか……実物を見るのは、私も初めてだな。
でだ、どうするノラ?」
一撃で簡単に人間を焼き殺し、一鳴きで精神を委縮させる怪物。
そんなものに出会ってしまったのなら、逃げることが正解なのでしょうね。
けれど――。
「当然、戦いますわ」
「そうか。了解だ、リーダー」
予想はしていましたが、迷う素振りすら見せずに頷いてくれますのね。
「二人は? 逃げるのも、賢明な選択よ。……私とエルネで、そのための時間くらいは稼いでみせますわ」
「わ、わたしも、一緒に戦いますっ」
「……ん、戦う」
ユリアにミアも……結局、全員戦うことを選んでしまうのですわ……。
これでは時間稼ぎだけ、というわけにはいかなくなりましたわね。
「……では、アレに『黄金の盾』最高の戦いを見せてあげましょう。
そして、大勢の人が利用する街道の安全を守るのですわ!」