隊商護衛 2
護衛対象のキャラバンが出発するのは明日ということで、その日は旅支度を済ませてゆっくりと過ごした。
そして今、僕は集合場所に指定された南門の前に来ている。
「おぉ、荷馬車がいっぱいだ」
数日前に見張っていた西門と比べると、こちらの方が荷馬車や積み込み作業をしている人が多い。
やはり、この都市の主要な出入り口は、南門なのだろう。
「それで……、依頼人はどこかな?」
声を掛けられるまで待つのも手だけど、場所の指定が大雑把だからね。
僕のことだって、見つけてもらえるか怪しいなぁー。
仕方ない。とりあえず、1番偉そうな人に話しかけてみよう。
「えーと、あの人がそれっぽいかな?
……すみません、アイヒホルンまでの護衛依頼を受けた者ですけど、こちらの責任者がどちらにいるか、ご存じですか?」
「ん? ぁあ、それなら私ですよ。
フェッセル商会のアイヒホルン支店、その副店長のエーミールと申します。
失礼ですが、あなたは……冒険者の方、ですかな?」
お、初回で当たりを引けたみたいだね。良かった~。
たらい回しにされてたら、色々メンドーになって帰るところだったよ~。
「はい、冒険者のアイリスといいます。それと……これが冒険者プレートですね。
簡単な回復魔法は使えるので、仕事はそれ関係でお願いします」
「ぇ……。あっ、ああ、はい。
確認いたしました、が――いやぁ、冒険者の方はお美しい方が多いのですなぁっ! ハッハッハ」
この人が依頼人みたいだし、フードをとって顔が見える状態で挨拶をしておいた。
だけど、失敗だったかなー。なんか露骨に態度が変わったような……。
「おっと、回復魔法が使えるとの話ですが、一度見せてもらってもよろしいですかな?」
「ええまぁ、それは構いませんが……誰に使えばいいですか?
怪我をしてる人じゃないと、効果は分かり難いと思いますよ」
疲労回復効果もあるから、このエー……商人さんに使っても大丈夫だとは思うけどね。
「そうですなぁ。おーい、ウッツ! 体調不良を起こした馬がいたよな? あいつを連れて来てくれ!」
「へーいっ! ちょっとお待ちを………………連れてきました!」
「おお、悪いな」
青年が引いてきた馬は、ブルルッと一鳴きした後、その隣で大人しくしている。
「この馬、体調不良なんですか?」
「へぇ、朝から様子がおかしくて。食事もあまり食べてくれねえんです」
僕には、ほんとに体調不良なのかも分からないけど、きっと魔法なら何とかしてくれるよね。
「それじゃあ、<ヒール>。これで、どうですか?」
回復魔法を使うと、ヒヒ~ンという甲高い嘶きを上げた。
……とりあえず、すごーくうるさいことだけは分かったよ。
次、同じような機会があるなら、耳を塞ぐことを忘れないようにしよう。
で、これで元気になったのかな?
「うわぁっ、落ち着けアントン! よし、よしよし……。すげぇなあ! たちまち元気になっちまったよ!」
アントン? ああ、馬の名前ね。荷馬にも名前をつけてるんだね。
どこで見分けてるのか知らないけど、少なくとも僕には他の馬と全く同じに見えるよ。
「ほぅ、ウッツ助かった。もう自分の作業に戻ってくれていいぞ。
……ということで、アイリスさんには馬達への回復魔法を担当していただきます。
毎日その日の終わりに、すべての馬に対してお願いしますよ」
「はい、分かりました」
馬が何頭いるのかなんて知らないけど、たぶん魔法なら上手い具合に解決してくれるよ。
いざとなったら、範囲型のエリアヒールとかで複数同時に回復させてもいいしさ。
うんうん、魔法って万能だよね~。
「……なるほど、これは問題ないようだ。試すような事をしてしまい、申し訳ない。
今、私が言ったことは一旦忘れてください」
「え? それは、どういう……?」
試す? 気付かない間に、何か試験を受けてたの?
「中には嘘の申告をする者もいるので、こうして本当に魔法が使えるのか試すようにしているのですよ」
「はぁ、そうなんですか。それじゃあ、すべての荷馬に魔法をかけなくてもいいんですか?」
「もちろん、荷馬達の体調は全体の移動速度に関わることなので、そうしてもらえるならこちらとしても助かるのですが……、貴重な魔術師殿を使い潰すようなことはしたくありませんので」
彼の言い分から判断すると、ここにいる馬すべてに回復魔法をかける行為は、かなりの魔力を必要とするんだろうね。
「なので、対象は絞っていただいて構いません。
その辺の優先順位は、先程のウッツや他の御者と相談してもらえますかな?」
さっき魔法を使った感触からすると、それで魔力が底をつくとは思えないけど……ま、やらなくていいと言ってるんだし、必要最低限でいいよね~。
「そうですか、分かりました。後程相談しておきます。
それと……荷馬の心配ばかりしてますが、人間の方はいいんですか?
モンスターが出たら、被害もありますよね?」
「ええ、体調不良を訴える者がいれば、そちらを優先してください。
ですが、モンスターの方は……街道で襲われるなんてこと滅多にありませんよぉ。
少し前には、森でオーガが発見されたらしいのですが、そんなことはレアケース、レアケース。ハッハッハ!」
そう言って、商人さんは高笑いをしている。
あーあ、フラグ立てちゃったよ。
これはもう、道中でモンスターが出たらこの人のせいだから、エサになったとしても文句は言えないよね。




