始まりの終わり 5
「試着、試着っと……。あっ、中で個室に分かれてるタイプじゃないのか。
ご、ゴメンねー? 終わるまで、外で待ってるよ」
天井から垂れ下がった布を左右に開いて中に入ると、複数人が着替えられる広さはあるものの、仕切りとなりそうなものは見当たらなかった。
ただ着替えるだけで、こんな広さが必要なのかな?
分ければ4、5人くらいは使えそうなのに、これじゃあ順番待ちの列ができそうだよね。
まぁ、客は僕達しかいないし、これが平常運転ならそれでも問題ないのかもしれないけどさ。
「んー? どうしたの? アイリスちゃんも着替えなよ~」
「いやでも、仕切りとかないし……」
「仕切りって、その布じゃないのー?」
そうじゃなくて、試着する人の間を区切る物が、ということまで考えた時に気付いた。
……もしかして、外から見えなければいいくらいの考え方なのかも。うわぁ、雑ー。
でも、待てよ? 2人だけなら、むしろ好都合じゃないか……。
「ボ、ボクが勘違いしてただけみたい~。だから、気にしないで着替えてね?」
「うん。……んー、さっきの服着てみたけど、背中側おかしくないー? よく見えなくて」
「ふむふむ。そうだね――」
選んでいた時は気付かなかったが、背中側も首の部分が結構開いており、肌が露出するようになっている。
開いた部分から覗く褐色肌と、真っ白な服のコントラストは映えるなぁ。
「――うん、何もおかしくないよ。前も見せて? ……うんうんっ、すごい似合ってるよ!」
特に、その零れ落ちそうな双丘とか……最高だと思う。
「よかったぁ~、わたしも気に入っちゃったかもー。
……ねぇ、アイリスちゃん。ちょっとこっちに来てくれる?」
「あっ、はい……」
無邪気な彼女の表情が、急に大人びたものに変わった。
これは、僕の下心がバレたのかな?
いやまぁ、昨日アンジェに気付かれてた時点で、ある程度は覚悟してたよ。
一発くらいは甘んじて受けるかぁ。
「ほんとに……本当に、ありがとうね」
「っっ!!?」
殴られる覚悟を決め、目を閉じたところで、つい最近も堪能した覚えがある極上の柔らかさに包まれた。
「わたしね。もう2人とは会えないんだって、諦めてたんだ。
だから、再会できたことが何よりも嬉しい――ううん、一番はちょっと違うかな。
一番嬉しかったのは、2人が無事でいたこと……」
「…………」
「カルラちゃんも、アンジェちゃんもすっごく優しいから。わたしのこと、きっと無茶をしてでも探しに来ちゃうもん。
嬉しいけど、そのせいで2人がケガしたりする方が嫌……。
でもそんな2人を、アイリスちゃんはしっかり守ってくれた。――こんな小さな体で凄すぎだよっ! ぎゅぅぅ~~っっ!」
「…………」
これは、うん。あれだね。やっぱり、生の胸って素晴らしいよね……。
前は服の上から程度で満足したけど、それは甘かったようだ。
いくら生地が薄かったと言っても、直接のが格上だよ。
あっ、こんなにきつく締め付けられたら窒息するんじゃないか心配? 大丈夫、大丈夫。
<呼吸不要>スキルが常時発動してるから、何も苦しくないよ。
だけど、こんなことなら胸元が大胆に開いてるくらいじゃなくて、先っちょまで出るヤツを探せば良かったね。
「アイリスちゃん……?」
「ふぇ? え、えっとぉー。ど、どういたしまして?」
まずい、ほぼ話を聞いてなかった……っ。
でも、お礼を言われたような気はするし、たぶん返答は間違っていないはず……たぶん。
「あはは、あなたも何でもないことのように言うんだね……」
「え? それってどういう――」
「そんなことより、アイリスちゃんも試着しようよ~」
意味深な発言に興味を引かれたが、その時の僕は彼女のことを大して知りもせず、それ以上を聞くことが出来なかった――。
ま、深入りするのはメンドそうって、思っただけなんだけどね。
***
「ラドミラちゃんー、アイリスさんー、着替え終わった? ここ、開けても大丈夫?」
ちょうど渡された服に着替えたところで、試着室の外からアンジェの声が聞こえてきた。
何も聞かないで入ったとしても問題ないのにね。
きっと、僕のことを気遣ってくれてるんだろうなぁ。
「うん、大丈夫だよー。というかボクが出た方が早いね。……はい、コレどうかな?
ラドミラからは『すごくかわいい~』って、言ってもらえたんだけど」
「っっ!! ……かわいい……」
「アンジェもそう思う? いやぁ、自分でも結構いい感じかなー、と思ってたんだよね~」
前から知っていたことでも、可愛い娘に褒められると嬉しいね。
それに、僕に求められるのは、渡された服をただ着るだけってところが、お手軽で尚いいよ~。
「は、はいっ! お世辞でも何でもなく、すごい綺麗ですしっ、すごく似合ってますっ!
ラドミラちゃんも――ぶっ!?」
「えへへー、わたしもかわいいかなー?」
「な、な……っっ、なんでそんなエッチなの着てるの!?」
「えー? ダメかなぁ? せっかくアイリスちゃんに選んでもらったのにぃ……」
アンジェには、不評かぁ。
それも、仕方ないか。このくらいの歳だと、エロ系は理解されないさ。
ん? そういえば、みんなはいくつなんだろう?
……いや、止めよう。歳なんて聞いてもいいことないよね。
「ア、アイリスさんっ! なんてもの選んでるんですか?!
とりあえず、他にもいっぱい選んできたからっ、この中のどれかに着替えてっ!」
「あはは、ホントにかなりの数、選んできたんだね?
……あれ? まだ残ってるけど、もしかしてそれ……」
「おそらくですけど、いま考えていること当たっていますよ?
こっちのは、アイリスさんのために選んできたものです」
そう言って、山のような衣服を手渡された。
え? これ全部、試着するの……?
「えっと、さっきこの服の事をすごく似合ってる、って言ってくれたよね?」
「はい! なので、他のもぜひ着てみてください! きっと、どれも似合うと思いますのでっ。
それと、わたしのオススメはコレとこれ、それにコレですから!
それでは、今度はさらにいいものを選んできますっ」
「えぇぇ……。もしかしてコレ、まだまだ時間かかる?」
「うーん、いつもと同じなら2時間くらいで終わるかな~」
ま、マジですか……っ。考えてた以上にハードなことになりそう……。
この後、数えきれないほどの試着回数を重ねることになったが、途中からはこの体を着せ替えフィギュアだと考えることで、そこそこ楽しめるようになった。
大量の服を買い込んでも、<インベントリ>に突っ込んでおけばいつでも着られるんだから、きっとこの先役立つことがあるだろう……。
ああ、ちなみにだけど、代金はすべて僕が払ったよ。
お会計になった途端、自分たちが無一文な事に気付いて慌てる姿……可愛かったな~。




