始まりの終わり 1
「ここまで来れば、安全かな」
僕達はブルクハルトの城壁近くまで逃げてきた。
初めてこの城壁を見た時は、その大きさに呆然としたのに、ね。
いつの間にか、見慣れてしまったみたいだ。
大して昔のことでもないはずなのに、「そんなこともあったなぁ」と懐かしい気分になってくる。
「はぁ、はぁ……、みんな……っ、ちゃんといるわよね?」
「……ぅっ、……大丈夫だと、思う。……ラドミラちゃんもい、いるよね?」
割と長い距離を移動してきたからだろう。
カルラとアンジェは、息を切らせて苦しそうにしている。
「ここにいるよー」
それに対してラドミラは、意外と平気そうだ。
彼女はのんびりしてるけど、体力はある方なのかもしれないね。
「うっ、うぅぅ……。よかった……っ、みんなで逃げることができて、ホントによかったよぉ……」
「あ、あんたはまた、泣いてんの……っ? しょ、しょうがないわね……っ」
「そ、それは、カルラちゃんも……でしょぉぉ……」
3人は再び抱きしめ合って、互いの無事を喜び合っている。
道中では何事もなく、誰もかすり傷すら負わずに帰ってくることができた。
やったことを考えれば、結構な危険度だったと思うんだけどね。
結果だけ見れば、奇跡みたいな終わり方だ。
彼女達の運が良かったのかな?
いや、元々は攫われたりとか、色々あったからこそ、危険な事をしないといけなくなったわけだし、運が良いとは言えないか。
とまぁ、それはいいや。もう終わったことよりも、今は――目の前の羨ましい光景の方が重要だ……!
3人の美少女が抱きしめ合うのは、仲が良くて微笑ましいけどさ。
……できればそこに混ざりたいっ! と、そんな渇望がふつふつと湧いてくるんだよ。
それなら、勝手に混ざってくればいいだろって?
いやいや、無理だから。
あんな仲良し空間に入っていく勇気、僕にはないからっ。
「よーし、よしー……? ねえねえ、アイリスちゃんもこっちきなよー?」
「……え? ええっ?? ボ、ボク……? ボクも混ざってい、いいんです、か?」
「? もちろんいいよ~」
な、なんて優しいのだろうかっ!?
誘ってもらったからには、もう飛び込むように……待て待て、がっつき過ぎてはいけない。
常に紳士――それとも、淑女かな?――として、落ち着いた行動を心掛けないとね。
「そ、それじゃあ……、失礼しますっ」
おおっ、これはっ、なんて……! …………っ、柔らかい……。
ポヨンポヨンの胸は予想通りの感触だけど、どこを触っても柔らかい感触が……。
ラドミラが着ている服の生地が薄いおかげで、最高の感触が伝わってくるよぉ。
誰がこのワンピースみたいな服を用意したのか知らないけど、ナイスッな仕事だね!
「わぁー、ピンクの髪キレ~。それに、ふわふわぁー」
「……ぁぁ。……ラドミラさんは女神みたいな人だなぁ~」
「あははっ、アイリスちゃんはヘンな人だな~」
いや、待てよ。それだけでここまでのダイレクトな柔らかさを感じられるだろうか? ま、まさかっ! 下着を着けていない……?
その可能性はある。というか、それしかないじゃないかっ。
なるほど、なるほど。これが奴隷の正装というわけか。
奴隷……いいな。僕もいつか買ってみようかなぁ。
……それで上は分かったけど、下はどうなんだろう?
くっ、さすがに下まで自然に触るのは無理か……っ。
はぁ。とても残念なので、隣にいるカルラの感触もさり気なく楽しんで満足しますか。
「あっ、そうだ。わたしのことは"ラドミラ"でいいよー。
わたしはもうアイリスちゃんって、呼んでるし」
「……ぁ、う、うん。じゃあ、えっと…………ラ、ラドミラ?」
「うんっ!」
僕の呼びかけに、彼女は純真な笑顔で頷いてくれた。
ヤバイ……っ。
抱き着いたり、柔らかさを満喫するよりも、今のやり取りの方が恥ずかしいんだけど……。
「せ、せっかくだし、あたしのことも呼び捨てでいいわよ?」
「それなら、わたしも同じように呼んでほしいです……っ」
しかも、2人まで仲良しイベントを発生させてきたし。
急にどうしたの? 好感度でも溜まったの?
いや、よく考えればそれが普通なのかな? 女の子同士って、なぜか距離感近いところがあるもんね。
今後は僕も、もっと気安い感じに……は難しくても、相手に合わせるくらいはした方がいいかなぁ。
「うん……分かった」
なんだか3人と物理的にゼロ距離な状況が、急に恥ずかしくなってきた。
一旦、離れようかな? だけど、この感触は捨て難いしなぁ……。
「そういえば、アイリスちゃんは2人の用心棒? をしてるんだっけー?」
「え? まぁ、うん。その通りだよ。
そうは見えないかもしれないけど、ボクは冒険者をしてるんだぁ。
……けど、それがどうかしたの?」
「うーんと……用心棒って、わたしたちを守ってくれる人? だったと思うんだけどー。
いつまでやってくれるのかなぁ? って、すこし気になったんだ~」
「「っ!!?」」
ラドミラの言葉を聞いた2人の顔色が変わった。
「ちょ、ちょっといいかしら? アンジェと2人で話したいことがあるの……っ」
「うん……わたしもカルラちゃんと話したいことがあるな……」
2人はそう言うと、輪の中から抜け出して、少し離れたところで密談を始めた。
「どうしたのかなー?」
「……さあ、どうしたんだろうね?」
わざわざ離れて話しているけど、僕には「結局、お金はどうする気だったのっ!?」とか、凡その会話が聞こえている。
内容は察することができたし、あっちは放置でいいかな。
「さっきの質問の答えなんだけどね。
たしか……いつまでとか、そういう具体的な期間は決めてなかったね。
ただ、ラドミラを助けるためって話で受けた依頼だったから、それだともう完了してることになるのかな」
「そうなんだ……。森まで一緒にきてくれないの? って、それはワガママかなー」
「森? それって、3人が暮らしてる……」
「ううん。やっぱり、忘れて? たぶん、ここからだとかなり遠いと思うし……。
ゴメンね。無理なこといってアイリスちゃんを困らせちゃったぁ」
美少女に別れを惜しまれるシチュエーションかぁ。
人生初のことだけど、なかなかに嬉しいもんだね~。
さて、いい気分になったところで、これからのことを考えておくか。
まずは……そうだなぁ。
目と鼻の先にあるラドミラの容姿を再確認しようかな。
銀色の綺麗な髪は、これまでにも何回か注目したけど、本当にキレイで……うん。
夜闇の中で見ると星々の光を反射して、まるで自ら光を放って輝いているみたいだ。
その髪をミディアムくらいの長さにしており……あれ?
そういえば、彼女は編み込みを後ろでまとめるんじゃなくて、左側で垂らすようにしているね。
てっきり、3人でお揃いにしてるのかと思ったけど、違うみたいだ。
そして、アレキサンドライトのような深みのあるフォレストグリーンの瞳が2つ。
彼女は背が高いから、この体勢だと僕は見下ろされる状態だね。
つまり言い換えれば、僕と彼女は抱き着くのにちょうどいいサイズ感をしている、ということだよ。
ふむふむ。熟考したことによって、これからどうするか。その結論が出たよ。
「……遠いくらいなら――」
「ア、アイリスっ、大事な話があるの!! ちょっといいかしらっ!?」
「別に、問題ないよ」と言いかけたところで、カルラから割り込みが入った。
2人の密談の方が、先に終わったみたいだ。
……そして、どうやらこの状況、こちらを優先して片付けないといけないみたいだね。




