救出作戦 8
「…………ダメ。そ、そう……っ、これ以上、無理をさせるのはダメよねっ!
ア、アイリスっ、戻ってきてっ。もう十分よっ! だから、みんなで逃げましょう!!」
やっとカルラも逃げる気になったみたいだ。
まぁ、助ける予定だった冒険者がこん棒で潰されちゃったわけだし、そう判断するのは当たり前かな。
「ツギハ、アテルッッ」
その冒険者を潰した犯人の筋肉ダルマは、凶悪な顔で店長を睨みながら息巻いている。
「っ!!? たすけ……っ、私を助けてくれっ!」
なんでこの人は、攻撃を避けた後も座り込んだままなんだろう?
意外に余裕……いや、腰が抜けて立てないとか……?
もしそうなら、なかなかに絶望的な状況じゃないかな。
「かねっ、金ならあるんだっ! 今ならかなりの高額で……いや、言い値で雇ってやるぞ!?」
「お金? んー、うん。別に金銭には困ってないので、結構ですー」
お金か……。
もっと面白いことを言ってくれてたら、助ける気になったかもしれないのにね。
ということで、後は店長さん1人でがんばってね~。
「ま、待ってくれっ!? なぜだ!? なぜ、私を置いて行こうとしているのだっ!!
報酬は思いのままだと約束しているのだぞ!! ……ぐっ。こうなれば……っ。
ゴブリン殿っ!! ど、どうですかなっ? 私と商談をしませんか……っ?!」
「ショウ、ダン……?」
「はいっ、そうです! 私はあなたにとって、より魅力的な商品を提供できますっ。
なので、いま私を殺すのは得策ではありませんっ」
ただの苦し紛れだとは思ったけど、彼の話に僕も少し興味を引かれ、つい振り返ってしまう。
なるほどね。彼は武力ではなく、知力で戦うことを選んだみたいだ。
でも、魅力的な商品って何だろう?
この状況で用意できるものなんて、自身の命以外には何もないと思うけど。
「……? ドウイウ、コトダ?」
「あなた方の狙いはキャラバンの積み荷――つまり、私の財産ということになりますが、
ここにある品々は、私が保有する一部でしかないのです。
……私を逃がしてくだされば、これらなど比ではないほどの財宝を献上するとお約束しましょう」
「…………」
筋肉ダルマは黙り込んで、今の話を熟考しているようだ。
おお、まさか乗り気なのかな?
「この提案の素晴らしさをご理解いただけましたか?!
で、ではさっそく準備をしなければなりませんので、私は直ぐにでもブルクハルトへ――」
「ダメ、ダナ」
「なっ、……なぜでしょう? 何がお気に召しませんでしたか?」
「メンドウ、ダ」
筋肉ダルマの返答を聞いた店長は、驚愕の表情で固まってしまった。
あー、店長お得意の交渉でもダメだったみたいだね。
得意分野に持ち込んだところは良かったと思うんだけど、どうしたら上手く行ってたんだろう?
先に、周りのゴブリンを2、3匹殺してから交渉に持ち込む……とか?
「ココデ、オマエヲ、コロス。ソノホウガ、カンタンデ、イイ」
「そんな!? も、もう一度考えてみてくださいっ! そうすれば、気が変わる……え゛っ?
……ぁっっ!? あっ、あしっっ! 足がぁぁあ゛あ゛あ゛っ!?」
「コロス! ケッテイ! ケッテイ!」
商談は、店長に矢が刺さったことで強制終了となったみたいだ。
交渉自体は失敗に終わったね。
とはいえ、僕は店長――ここは商人といった方が適切かな?――を見直すべきかもしれない。
たぶん僕に足りていないのは、ああした生き延びることに対する執着心なんだと思う……。
そういう意味では、彼の行動は大分参考になった。
なったんだけど……うーん、真似できるかと問われたら、無理だなぁ。
殺されないために、商談とか交渉とか、そんな面倒なをことをしようとは考えないだろうし。
彼らの行動原理みたいなものを理解すれば、何か分かることがあるのかも……。
「アイリス! アイリスってば!!」
「ふぇっ!?」
いきなり、暖かくて柔らかなものに手を掴まれた。
びっくりした……。そういえば、カルラに呼ばれて戻るところだったね。
店長達のやり取りに見入ってたから、近距離まで彼女が来ていたことにも気付かなかったよ。
「あいつらの意識が、こちらに向いていないうちに逃げるわよっ」
「ああ、うん。そ、そうだよねっ。すぐに逃げ……」
手を掴まれていることで気付いた。――彼女は震えている。
もう夜だとはいっても、寒いというほどではないと思うんだけど……。
意外と寒がりなのかな?
「どう、したの?」
「――ううん、なんでも無いよ。ごめんね、ちょっとボケッとしちゃってたみたい。
でも、もう大丈夫だから」
「そ、それじゃあ、早く逃げないと……」
彼女が動き出すのに合わせて、手が引っ張られる。
そういえば、手を掴まれたままだ。
女の子と手を繋いだのなんて、いつ以来だろう?
……ダメだ。前世を振り返っても、記憶がある範囲では思い当たらない。
せっかくだし、しっかりと握ってみようかな……。
「……っ。…………」
よかった。
振り解かれたりしなかったね。
それならもうちょっと冒険して……、優しく握ってみたり、ムニムニと握ってその柔らかさを確かめたりしてみても…………大丈夫だ!
これが、美少女になった特権かぁ~。
「……ぐぅっ、……はぁ、はぁ。
まって、待ってください!! ここにある積み荷の10倍は用意してみせます!!
ですから、私を――ぎゃぁぁあああっっっ!!! …………」
僕達が来るまで待っていてくれた、アンジェやラドミラと合流した辺りで断末魔が聞こえてきた。
やはり、あの人は助からなかったようだね。
まあ、それはいいや。
重要なのは、ゴブリン達の次の標的がどうなるのか、なんだけど……。
「ナンデ、トメル?!」
「アノ、ピンクノ、オンナハ、キケンダ……。エモノハ、ホカニモ、イル。ガマン、シロ」
「ッ、……リョウカイ」
ふむ、追ってくる気はないみたいだ。
それに、ピンクの女って……やっぱり僕のことだよね?
配下には人を覚える記憶力がない、みたいなことをゴブリンキングは言ってたのに……嘘だったのかな?
後は、僕達が逃げる方向だけど……こっちにもゴブリンらしき生命反応はないかな。
ってことは、本当にこれで救出作戦は終わりみたいだ。
何処か遠くから響く野太い絶叫や、甲高い悲鳴をBGM代わりにして、4人の少女が街道を走る。
さて、ダークエルフの美少女を1人救出するために、その他大勢が犠牲となったわけだけど……。
まあ、当初の目的は達成したんだし、めでたしめでたしだな~。




