森の迷子 3
まだ傷が完全に癒えていない赤髪のエルフにヒールを使おうとしたら、森の奥から大きなモンスターが出てきた。
アレは敵なんだろうか? ……敵なんだろうなぁ、流れ的に。
大きなモンスターの背丈は僕の倍はあると思う。少なくとも、昨日森の中で出会った熊みたいなモンスターよりも大きい。
それに額には2本の角が生えており、何かの獣の皮をなめしたようなものを着ている。
その服(服と言っていいのかも分からない程、体を覆っている面積は少ない)がない部分は、まるで分厚い筋肉で隆起しているようだ。
武器は何も持っていないけど、素手でも人間くらいなら軽く捻り潰せそうだ。
「お、オーガ!? この森こんなのまでいるのっ!!」
「オーガになんて勝てないよっ!! は、早く逃げよう!!」
新しいモンスターを見て、エルフの娘達が騒ぎ出した。彼はオーガという種族なんだね。
彼女達はゴブリンの時とは違って、始めから戦うこと自体諦めているようだ。
……まあ、それが正しい選択なのかな。目の前のデカブツとか、一目で戦っちゃダメな相手だって分かるからね。
ライフディテクトで、たしかに1匹近くに反応があった。
だけど、てっきりまたゴブリンだと思っていたから、襲ってくるまで放置でいいやと考えていたけど……周囲の安全確認って大事だよね。
さて、まずは交渉かな。何か話していたし、会話くらいできる……よね?
「ええと、もしかして先程のゴブリンさん達は、あなたの仲間の方でしたか?
すみません、それでしたら謝罪します。あれは事故のようなもので、あなたに敵対する気はないのです。
……分かってもらえませんか?」
「あのゴブリン共のコトか? ナニ、気にするな。あれはタダの道具だ。代えならすぐに見つかル」
なんだ、意外に話が通じる相手じゃないか。
そうだよね。ゴブリンなんて目の前のオーガから見たら豆粒みたいなものだし、重要な存在のわけないよね。
これなら、彼女たちを回収して逃げることもできかもしれない。
「そうですか、そうですか。それは良かった。
……ではボクたちはこれで――」
「我が望むはタダ強者との闘争のみよ」
あっ、これはダメなやつだ。
そう考えた時には既に遅いようで、オーガの周りに魔法陣が浮かび上がる。
見た目、完全に肉弾戦キャラのくせに魔法まで使えるらしい。これは――サンダーストームかな。
雷を飛ばす感じの攻撃魔法だ。
当たったら丸焼き確定だろうし、ここは逃げるしかない。
魔法が発動するまでの時間は分からないけど、テレポーテーションを使えば逃げられ……いや、待てよ。
本当に逃げる必要があるだろうか?
後ろを確認すると、エルフ達は未だに僕の少し後ろにいた。
オーガに驚いて腰が抜けたのか、ほとんど地を這うように逃げている。
位置的には、彼女達もオーガの攻撃に巻き込まれるかもしれない。
ここにはエルフの子達がいる。そして、このままいけば彼女達を道連れにできるだろう。
道連れの相手がエルフというのは、ファンタジーな世界に転生した最後としてはなかなかに悪くないのではないだろうか?
もしここで生きることを選択したとして、今回以上の死に方ができる保証はない。
それなら、今回こそチャンスを活かして死んだ方が良い気がする。
――自身の死を受けいれる。すると、全身を深い安堵感が包み込む。
これは、昨日と同じ感覚だ。死を目前にした時のこの心地良さ……。
しかも、こんなに穏やかな気持ちで死ねるのなら文句はない。
少し不安があるとすれば彼女達の位置か。
2人とも必死で、少しずつこの場を離れようとしている。
……大丈夫だとは思うけど、オーガの魔法範囲外まで行ってしまうかもしれない。
それなら、念のため動いておこうかな。
「危ないっ!! 2人共ボクの後ろに隠れて!!」
さすがに、彼女達を道連れにしようとしていることを、表に出すのは憚られる。
なので、あたかも守ろうとしているようなセリフを叫びながら、2人の目の前に移動した。
さらにバックラーでも構えておけば、自分達を捨て身で庇おうとしているように見えるだろう。
思い付きでやってみたけど、割とかっこいい最後じゃないか。
「そのよウな見すぼラシい盾で、我の魔法を防げルとでも思っているのか?」
「やってみないと分からないよ?」
「……強者でハなく、愚者の類であったカ……ならば死ネ。<サンダーストーム>」
オーガから放たれた青白い光が一直線に飛んでくる。
青白い光――魔法の雷は人間の胴体くらい太い。
僕を貫いたとして、それでも余りある威力があるはずだ。
これなら狙い通り、彼女達も巻き込んで死ねるだろう。
「うわあぁぁっ!! ……………うん?」
サンダーストームがバックラーに命中すると、一瞬ピカッと光った。
だけどその後には何も起きない。
あえて言うならば、光った瞬間にバックラーを持った手が少しピリッと感じたくらいだろうか。
えぇ、これで終了? これじゃあ死ぬというか、ダメージにもならないよ?
……期待外れにも程がある。
「何だトッ!? そのような盾で耐えきッタとでも言うのか!?
……し、しかシ、一発で終わりではないゾ?」
オーガは意地になったように全く同じサンダーストームの魔法を3度も続けて放ってくる。
だけど、結果もさっきと全て同じだ。雷がバックラーに当たると、一瞬だけ光った後、何事もなかったかのように消えてしまう。
これなら静電気の方が痛いかもしれない。
「ありエん!? 我ガ魔法が効かぬなどッ!! よもや雷耐性に特化シタ盾かッ!」
確かにスキルに<雷耐性>はあるけど、このバックラーに特別何かした覚えはない。
雷耐性はパッシブスキルだから常時発動しているみたいだ。
えっと、これはここまでの効果があるものなの? というか迷惑なんだけど。
このスキルは無効にできないみたいだし、何度攻撃されても死ねそうにない。
仕方ない。ここはオーガにもっと頑張ってもらうか。
「どうしたのかな? この程度じゃかすり傷一つできないよ?」
「……ははハッ! 面白い。楽しまセテくれるではないか。これは予想以上ノ強者。
望外の喜びではないかっ! ならバ我が最強の一撃モ耐えてみせヨ!!」
<挑発>スキルを発動してオーガを軽く煽ってあげると、その巨大な拳を構えながらこちらに走ってくる。
どうやら魔法での攻撃を諦めて接近戦に切り替えたようだ。
自信満々に"最強の一撃"とか言っていたし、見た目通り肉弾戦の方が得意なのだろう。
あの巨体からのパンチはかなりの威力がありそうだ。
とはいえ所詮はパンチだから、3人への同時攻撃ではないと思う。
僕を殺したとして、その後に2人もやってくれるのかな? ……どうなんだろう、普通なら逃がさない気もするけど、確証は持てない。
出来れば最後は一緒に逝きたいし、とりあえずこの攻撃は防いでおこう。
そうなると……このシールドバッシュとかいう攻防一体って感じのスキルが最適かな?
ノックバック効果もあるみたいだし、距離が開けばまた魔法攻撃に戻るかもしれない。
「逃げもせヌかっ! それでこそ強者!! 必殺ノ一撃を受け止めてみよッ――<バーニングブロー>っ!!!」
「<シールドバッシュ>!」
炎を纏ったパンチに合わせてバックラーを突き出す。
攻撃のタイミングは思ったよりもバッチリで、巨大な拳と盾が正面からぶつかり合い――オーガの体は、水風船が割れるように破裂した。
「なニ……ガっ!? …………」
首より下が破裂し頭部だけとなったオーガは、驚愕の感情が籠った言葉を吐き出すと、それきり動かなくなった。
えっ、何これ……? 僕はオーガの拳に盾をぶつけただけのはずだ。
スキルを使って少しは攻撃力が上がっていたかもしれないが、いくら何でも破裂まではしないと思うんだけど……。
思い出されるのは昨日の光景だ。
そういえば、あの身代わりとなったホブゴブリンも僕が攻撃すると、体が破裂していたっけ?
……あの時はゴブリンキングに意識が向いていたから気にしなかったが、よく考えればダガーで刺しただけで体が破裂するなんておかしいじゃないか。
状況としては、今回のオーガも同じだ。むしろ体の大きさ的にオーガの方があり得ない。
もしかして、僕の攻撃力が高過ぎる……? いや、この体の攻撃力といった方が正確かもしれない。
「あ、あの……戦いは終わった、のよね……?」
赤髪のエルフだ。
後ろで逃げようとしていたはずだが、オーガが死んだことを確認したから話かけてきたんだろう。
目の前にはあの巨大だったオーガが生首のみの姿となって転がっている。
そして、その前にはオーガを盾で殴って破裂させるような女の子だ。
……そういえば、彼女達のことを忘れていた。
どう考えても僕って化け物確定だよね。さて、この状況どうしようかな?
人生が詰んだなら自殺でも何でもすればいいんだけど、化け物扱いされて死ぬのはねぇ……。
出来れば、もう少しマシな死に方をしたい。
一部始終を見られたわけだから誤魔化す事もできないし……。
そうだ。ここで彼女達を殺してしまうのはどうだろう?
今のところ彼女達にしか見られていないし、いい考えかも――。
「あなた、あたし達の用心棒になってくれない?」
「えっ……?」
想定外の提案を受けて頭が疑問符でいっぱいになってしまった。
……この子は何を言っているのだろう?
21/05/05 本文修正。




