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異世界王国と放浪少女と百合  作者: 山木忠平
1章 終わりと始まり
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初めての冒険 4

 ホブゴブリンの後について行くと広間のような空間に出た。

 ここが洞窟の最深部になるようだ。ゲームならボス部屋といえる位置だろう。


 部屋の広さは戦闘にも十分に使えるほど広く、それこそボス戦に突入しそうだ。

 しかし、広間にはものが散乱しているため、ここで動き回りたいとは思わない。


 いや、より正確に表現するならば、"宝の山がある部屋で暴れたくない"といった方が正しいだろう。

 様々な金属の光沢を放つコインや武具、宝箱のようなものが積まれ、山を形作っている。

 まさかゴブリンがこんな財宝を持っているなんて考えもしなかった……。



 山の一つに近寄って見覚えのあるコインを手に取ると、それがレドニカコインであることが分かる。

 銅貨や銀貨もあるけど、多くは金貨のようだ。おそらくは商人や旅人なんかを襲って得たゴブリン達の戦利品なのだろう。

 まさか、交易等の正規の手段でもって手に入れたものではない……と思う。


 そして、広間の奥には豪華な椅子が一つ鎮座している。

 こんな岩肌もむき出しの洞窟には似つかわしくない椅子だが、そこには当然のようにゴブリンが座っていた。

 僕が追ってきたホブゴブリンは、その椅子の前に片膝を着いて頭を垂れている。



「キング、オヨビデショウカ」


「……近頃、配下共ノ被害ガ増エテイル。何カ異変ハナイカ?」


「ハッ、スウケンデスガ、キニナルモクゲキホウコクガアガッテオリマス。……オソラクハ、オーガヤハーピーカト」


「ドコゾカラ流レテキタ強者カ? ……フンッ、所詮ハ己ガナワバリモ守レヌ負ケ犬ダ。兵ノ使用ヲ許可スル。(コトゴト)ク蹴散ラセ」


「ハッ、スミカガハンメイシダイ、トウバツタイヲヘンセイシマス!」



 椅子に座ったゴブリンは、くすんだ冠をかぶり、古びたマントを羽織っている。

 また、体の方も何かの金属で出来た鎧を着ており、その隙間から覗く肉体も他のゴブリンと比べて鍛えられているように思える。

 背丈は座っているから分かり難いけど、ホブゴブリンと同じくらいはありそうだ。



「会話だけなら、まるで人間の王様と臣下みたいだ」



 ホブゴブリンがキングといっていたのは、きっとアレのことだよね。

 装備も豪華だし、何だか強そうな雰囲気がある。まさしくゴブリンの王様だ。

 だけど……。



「それをしてるのがゴブリン達だと、何だか出来の悪い演劇を見ているようで面白いね」



 本人達は真面目にやっているんだろうけど、むしろ子供のごっこ遊びみたいで微笑ましい。

 やっぱり、演者がゴブリンっていうのが問題なのかな?


 ……もうちょっと見ていたい気もするけど、洞窟も最深部まで来たしそろそろ帰ろうかな。

 そういえば薬草はどこにあるんだろう? ……この部屋にはない……よね。


 ん、あれは……?



「……盃だ。ゴブリンキングの飲み物かな? 赤黒い……ワイン?」



 少し離れたテーブルの上には金属製の盃が載っていた。後でゴブリンキングへ運ぶために置いてあるのかな?

 中身を確認しようと盃を覗き込むと、赤黒い液体の中に白い球体が浮いていた。

 ゴブリンって何を飲むのかな? この白いのがヒントになるかも。


 白い球体が液体の中で回転し――そして、目が合った。



「ひっっ!?」



 世界がスローモーションになったように感じる。


 驚いた拍子に手が引っかかってしまった盃が、目の前でゆっくりと倒れていく。

 ……やってしまった。中身を確かめようと手を伸ばしていたのが良くなかった。


 まさか白い球体が"眼球"だとは思わなかったよ。

 これが倒れたらさすがにバレるよね……。だけどこれ、もう触りたくないし……。


 カランコロン、と倒れた盃が甲高い音を洞窟内に反響させる。

 ……僕から離れたものはサイレンスの効果範囲外のようだ。



「ナンダ? ……ナニヲシテイル。ハヤクカタヅケ――」


「ッ!? 侵入者ダ!! 盃ノ周囲ヲ取リ囲メ!!」



 ゴブリンキングが号令すると、それまで部屋の両脇で退屈そうにしていたゴブリン達が、倒れた盃を中心にして半円状に展開した。

 僕を囲むゴブリン達は皆、手に持った弓矢を構えている。まさに、絶対絶命だね。



「……コソコソト無駄ナ抵抗ハヤメテ姿ヲ現セ。ソウスレバ命ハ助ケテヤロウ」



 どう考えても嘘にしか思えない言葉を投げかけられた。

 インビジブルは現在も発動中だ。上手くすれば抜け出せる可能性はある。


 どうしようかなぁ。仮に、ここを抜け出したとしても外まで逃げられるかな。

 この洞窟は他に500匹近いゴブリンがいる。それらから逃げ切るのは難しいと思う。

 それなら、ダメ元で交渉してみよう。



「待ってください。あなた達に敵対する気はな――」


「放テッ!!」



 まあ、こうなることはわかっていたけどね。


 弓兵ゴブリン達が放った矢が一斉に飛んでくる。

 隠蔽用に使っていた魔法はすべて解いてしまったし、どれかは命中コースだろう。

 これは死んだね。現世の最後はゴブリンの巣の探索になるのか……。



 ……まあそれでもいいや。

 どうせ生きていたところで、前世と代わり映えのしない人生を送ったに違いない。

 なら魔法やスキルで遊べたし、異世界は十分堪能できたんじゃないかな。


 そう考えると、生に対する虚無感と、むしろ死ねることに対して深い安堵を感じる。

 この感覚は何だろう? ……いや、前にも似た感覚に覚えがあるような……。

 そうだ、前世の最後だ。あの日もこんな奇妙な感覚があった。


 それならこの感覚に任せて、前世と同じように来世へ行くとしよう。

 うーん。でも前世と同じ……か。せっかくなら少しは違う展開もいいな。


 そういえば、前世も死ぬ時は一人だった。

 今回は()()()()()()()()()()()()()()()()



 ――その思いがよぎると思考がクリアになり、ただ道連れを求めて体が動き出していた。



<ブレッシングアロー>。

 心の中で唱えた魔法は即座に効果を発揮し、目前まで迫っていたすべての矢が軌道を変えた。



「ギャッ!?」「グゲッ!」「ガァッ!?」「グェ!!」



 軌道を変えた矢は寸分の狂いもなく、それを放ったゴブリン自身に向かい、急所を射抜いていく。


 ゴブリン達の包囲は解けた。出口に向かうことも可能だろう。そうすべきだろうか?

 いや、道連れはより()()の方がいい。そう、狙うはゴブリンキングだ。


 ゴブリンキング目掛けて一直線に走る。

 誰に邪魔されようとも止まる気はないが、ホブゴブリンが僕の狙いに気付いたのか、はたまた自衛のためなのか、所持していた手斧を投擲してきた。


 これは直撃コースだ。このままではたどり着く前に死ぬだろう。

 とりあえずはバックラーでガードしながら直進しよう。って、いくら何でもこんな盾じゃ防げないか。

 左腕を犠牲にすれば一撃くらい与えられるのかな?



 しかし、バックラーに当たった手斧は、鋭い金属音を響かせると、僅かな衝撃のみを残して明後日の方角へ飛んでいく。

 少し不思議な光景だけど、これで邪魔するものはなくなった。


 右手に持ったダガーを振りかぶり、ゴブリンキングに狙いを定める。



「<パワースタブ>っ!!」


「ッッ!!?」



 スキルを使用したことで、より鋭さを増した刺突がゴブリンキング――ではなく、ホブゴブリンの胴体に命中し、当たった箇所を中心に破裂した。



「ッ!? ……マ、待ッテクレ!? 降参ダッ、命ダケハ助ケテクレ!! オ願イダ!!」



 ゴブリンキングは、近くにいたホブゴブリンを肉盾にすることで僕の攻撃を凌いだ。

 あのホブゴブリンは腹心のような立場に見えていたが、そこには一切の躊躇も見られなかった。



「頼ム! 配下共ハドウナロウガ構ワン! ダカラ、俺ダケハ見逃シテクレ!!」



 しかも、ホブゴブリンを身代わりにするだけでなく、部下も見捨てて自身の命乞いに必死のようだ。


 ――そんな相手を見て普通なら何を思うのだろう?


 侮蔑や軽蔑、呆れ、非難といったところだろうか? ……だけど僕は、そんな彼の生きることに唯々(ただただ)貪欲な姿に、尊敬のようなものを感じていた。



「どうして……」


「ナ、ナンダ? 見逃シテクレルノカ……?」


「どうして、そこまでして生きたいの?」


「ハ?」



 だから、僕は心に湧いた純粋な疑問をゴブリンキングにぶつけていた。

21/05/04 本文修正。

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