商人の娘 8
依頼を完遂した僕達は、寄り道をすることも他のモンスターに遭遇することもなく、無事街に帰って来ていた。
――なのに、空気が重いよ! 凄まじく気まずいんですけど……っ!
「ぅっ、うぐっ……ひっく。……ぅぅぅ」
その理由を端的に説明するなら、収まってきたとはいえフローラが未だに泣いてるからで……。
何故泣いてるのかと言えば…………うん、それ以上は憚れるなぁ。
「(おい、ずっと黙ってんなよっ! あたし一人じゃフローラの機嫌は直せないっての!)」
「(いやちょっと……ごめん、無理。ボクには荷が重いよ……。
ほら、女の子同士だし、二コラの方が付き合い長いし……こういう時の対応も慣れてるでしょ?)」
帰り道で自らフォロー担当となっていた二コラも、泣き止まない彼女に疲れたみたいだ。
とはいえ僕に任されても困るから、このまま頑張ってもらうけどね。
「あんたも女でしょうがっ! それに、漏らしたヤツの対応なんて慣れてるわけないじゃん!?
いいかげんなこといって逃げようとすんな! ――はっ!?」
あーあ、そんなにはっきりと言ったら――
「むううぅぅぅぅーーっっ!!! もうっ、二人とも知らない!! 冒険者なんてやめるっ!!」
プリプリ怒って早足で先に行ってしまうフローラ。
え、僕も含まれてるの? 言ったのは二コラなのに……。
ええと……って、ことでね? フローラが泣いてたのは、まぁそういうことなんだよ。
デッカイ熊に襲われたわけだから、怖くて漏らすくらい……仕方ないよ、うん。
ちなみに。あの後すぐにクリアの魔法をフローラにも使ったから、綺麗であるということは伝えておくよ。
「冒険者やめちゃうって、残念だね……。
あ、でも、二コラとしてはその方がいいのかな? 反対してたもんね」
「うぐっ……。そういう意地悪いうなよ。あたしだってこんなこと……。
おーい、そろそろ機嫌直せよぉ。一度失敗しただけだろ? すねるなって」
軽く焚きつけただけで、すぐに宥めに行くじゃん。
あっ、いやいや、そんなつもりで言ったんじゃないけどね? 思ったことがついポロっと口から出てしまっただけだよー。
後の事は二コラに任せておけば何とかなるでしょ。
フローラもチラッチラッて、さっきからこっちを盗み見てたし。
……ん? あそこの人、何となく見覚えがあるような……。
「すねてませーん。ニコちゃんとアーちゃんがノンデリなんですぅー、ぷいっ――ぁ、パパだ」
僕と同じ方向を見たフローラが呟いた言葉で思い出した。
あーそうだったそうだった。アレ、フローラの父親だったね。
うん? わ、忘れてないよ~。もう何回か会ってるんだから、ひと目見た時に気付いてたに決まってるじゃん~。
さ、さぁて、お義父さんは何をやってるのかなぁ?
「頼む! 少しでいいんだ、金を貸してくれないか!!」
「……悪いな、こっちもそんな余裕はないんだ。他を当たってくれないか?」
誰かは知らないけど、通りで店を開いている男から金を借りようとしてるみたいだね。
なーんか、数日前にも同じような光景を見た気がするよ。
素気無く断られてるところも一緒だし。
「そんなこと言わないで、もう少し考えてみてくれないか?! 辿れるだけの伝手は頼ってみたんだ……っ。
だが、あまり色よい返事を得られないんだよ!」
「はぁ……だろうな。相当切羽詰まってんだってな? 大まかにだが、話は聞いてるぜ」
「は、話というのはどこまで……っ! いや、いったい誰が!?」
あっけらかんと重大な事言ってない、あの人? 他人の経済状況なんてどこから聞いてくるんだろうね?
やっぱり、どこの世界でも噂話が好きな人はいるものなのかな。
「返ってこないもんを貸す馬鹿はいないってな。
てことでまあ、もう終わってんだよあんた。すっぱり諦めて、別の街で新しい人生でも考えた方が賢明だぜ?」
言いたいことは言ったとばかりに、男は閉店作業へ戻っていった。
残されたのは項垂れた中年男と――。
「………………」
そんな父親を見て呆然とする娘……プラスでドワーフと人間の少女だよ。
どうすんのコレ? さらに空気悪くなったんだけど、誰が収拾してくれるのさ?
「ケケケッ、いい面してんじゃねえか? お前にはお似合いだなぁ」
「っ!? ……私に何かご用ですか? 申しわけないが、どなたか伺っても?」
しかも、今度はホントに知らない男が登場したみたいだし。
身なりは……お世辞にも良いとはいえないから、商人仲間ではないのかな?
「チッ、覚えてねえのなら思い出さなくてもいいんだよ。
――本題といこうか。貸した金、帰してもらおうか?」
「な、なにを言って……っ! 私はあなたから借りたことなど――」
「この証文には見覚えあんだろ?
うちのボスはなぁ、てめえみたいに返済能力に乏しい貧乏人の債権を買い取って、面倒な徴収を買って出ている慈善家なんだよ。
おら、分かったらこの場で耳を揃えて全額払えってんだ」
なるほどね。要するに借金取りらしいよ、あの人。
このタイミングで来なくてもいいんじゃないかなぁ。
来るならもっと明るくさせてくれる人にしてよ、ただでさえ空気悪いんだからさ。
「しかし、いま用意できる額では到底足りない……」
「あぁ、そういえばそうだったな。おっと、思い出した。
お前……娘がいるんだろ? 何でも、かなりの美人らしいじゃねぇか。
とりあえずは、そいつを差し出せば許してやってもいいぜ? なんたって、うちのボスは優しいからよぉ」
なっ、なんだってっ!?!?
まさか、ちょっとお金を貸した程度で美少女を好きに出来る権利を手に入れる方法があるだなんて……っ!!
うぐっ、僕も欲しかったなーそれ。また売りに出してくれないかなぁ。
「フローラを!? ――そのような要求には従えない!! 娘は関係ないでしょうっ!」
「あ? 金も払えねえテメェが言えたことか? ああっ!?」
「何と言われようと頷くわけにはいきません……っ! あの子は私の宝ですから!」
フローラの名前が出たら、途端に強気になったよ。
娘のこと好きなんだね。……でも、僕は性的にも大好きだよ? つまりフローラが好きな気持ちは僕の方が勝ってるってことでいいよね?
「へっ、一発痛い目見たいと分からないみたいだなあ」
「なあ、あんた? ちょっといいか」
「あ? ……なんだチビ、こっちは取り込み中だ――ふごっ!?」
……おっと、つい対抗心燃やしちゃったよ。ちょっと落ち着かないとね。
しかもそんなこと考えてる間に、もう一人のフローラ大好きさんが借金取りにパンチしてる。
ハンマーは使ってないから手加減してるんだろうけど、殴られた人かるく宙に浮いてたね。
「二コラさん……? どうしてここに?」
「たまたま通りがかったんだよ。そんなことより……おい、あんた。
なーにが『そいつを差し出せば許してやってもいいぜ?』だよ。
始めからフローラが目的なんだろっ、下手な芝居すんなっての!」
「てぇ……っ! ふ、ふざけやがってこのチビ!! ぶっころ――へぶっ!?」
「――<ウォーターボール>っ! パパをいじめないでっ!!」
うわぁ、おっさんが濡れ濡れとか……誰得なの?
フローラがやることは何でも褒めたいけど、これは流石に褒められないね。
……ん? 二コラとフローラが攻撃したから、次は僕の番ってことなのかな?
ちょうど見るに堪えないものが出来上がったし、綺麗さっぱり消し去っておくのもいいね。
「なんだってんだっ!? ――クソっ、逃げようとしても無駄だからなっ! お、おぼえてやがれっ!!」
今時あり得ないレベルの三下台詞を吐いてから逃げていく借金取り。
いくらなんでも、それが最後の言葉はないと思うけどなぁ。
「フローラまで……っ。先程の話、聞いていたのかい?」
「ニコちゃん、アーちゃん。やっぱりわたし、冒険者やめない。
それで、いっぱいお金かせいでみせるんだからっ!」
「ああ、あたしに任せときな! すぐに大金を拝ませてやるよっ」
「へ……? あ、え……それはどういうことだい? フローラ?」
そして、話においていかれるお義父さん。
って、僕もついていけてないんだけど? 二コラ、いつの間にそんな都合の良い方法見つけたのさ?




