94 誘い
休暇が終わってしまった。
いや、あれは休暇だったの? なんら休まるものではなかったんだけど?
なんて考えてもしょうがないか。ここにきたときから侍女として暮らしていかなくちゃならないんだからね。
……旅から旅の生活も嫌だしね……。
昔ならいざしらず綺麗好きとなった今は埃っぽい毎日など堪えられない。お風呂に入らないと気が狂いそうになるわ。
いつものように起きると、マリッタは既に起きていた。
「おはようございます」
「おはよう。まだ寝ていてもいいのよ」
起床まではまだ一時間くらいある。今日を乗り切るためにはしっかり眠らないとダメよ。
「いえ、大丈夫です」
侍女つきの下女ってのも大変よね。相手に調子を合わせなくちゃならないんだから。あ、いや、侍女もおば様に合わせるんだから同じか。う~ん。侍女の自覚を持つのはまだまだ先のようね。
「そう。シャワーを浴びてくるわ」
「はい」
いや、別に付き合わなくてもいいのよ。と言っても無駄だろうからマリッタを連れて湯浴み場へと向かった。
湯浴み場担当の下女はもう働いており、湯は炊かれていた。
「おはよう。使わせてもらっていいかしら?」
「はい。どうぞ」
服を脱いで裸になり、沸いたお湯をもらってお湯玉を作り出し、少し熱いシャワーを浴びた。
半分くらい浴びたら一旦止め、特製のシャンプーで髪を洗い、残り半分で洗い流した。
「マリッタも浴びなさい」
わたしの側にいるなら綺麗にしてもらいたい。下女って夜に体を拭くくらいで、髪も三日に一回しか洗わないそうだ。毎日入る者からしたら信じられないわよね。
「はい。畏まりました」
他の下女から妬まれそうだけど、今日からシャワー室に改築する。そうなれば下女も浴びれるようになるのだからしばしの我慢をしてもらいましょう。
下女からタオルをもらい体を拭き、風の魔法で髪を乾かす。もちろん、お湯玉を操りながらね。
「そうだ。侍女長様からここを改築するの聞いているかしら?」
「はい。シャルロット様の指示に従えておっしゃられてました」
丸投げですか。まあ、わたしがバカしないよう確かめにはくるでしょうけどね。
マリッタも洗い終わり、風の魔法で乾かしてあげる。
「朝食後、侍女長様に報告してからきますね」
「はい。畏まりました」
湯浴み場の下女たちにそう言い、部屋へと戻った。
それぞれ侍女服と下女服に着替え、身嗜みを整える。
「シャルロット様。お先に失礼します」
「ええ。お仕事がんばって」
下女は朝食前に集まって下女頭からいろいろ報告があるらしいわよ。侍女はないのにね。と言うか、わたしがどこにも属してないからないのかな?
奥食堂へ向かい、しっかりと朝食をいただいた。
「シャルロット様。朝食が終わりましたら奥様の執務室へお願いします」
食後のお茶を飲んでいたら連絡係の下女がやってきてそんなことを伝えてきた。
「わかりましたと伝えてください」
「はい。失礼します」
下女が下がり、残りのお茶を飲み干した。
……おば様、今日は起きるの早いわね。徹夜でもしたのかな……?
たまに徹夜することがあり、執務室で朝食を摂っていることがあったわ。
洗面所で口を洗ってからおば様の執務室へと向かうと、寝巻き姿のおば様と徹夜しただろうおじ様がいた。あら、珍しいこと。
「おはようございます。シャルロット、参りました」
おば様が寝巻き姿だけど、侍女として挨拶する。
「おはよう。今日から湯浴み場の改築をお願いね」
「はい。早急に改築致します」
そう凝った改築じゃないし、夕方には終わるでしょうよ。
「急ぐのはいいけど、大袈裟なものにはしないでね」
「はい。質素なものにします」
「それと、お前にガルズ・バンドゥーリ子爵より夜会のお誘いがきている」
ガルズ様から? ってことは、ミリエイラ商会へお願いした手紙が届く前にあちらから接触してきちゃったか。
「そうですか。旦那様のお許しがいただければお受けします」
侍女としてはおじ様の許可がないと参加するのは無理でしょうからね。
「わかった。アリー。バンドゥーリ子爵に手紙を頼む」
「ええ。わかったわ」
なにやら難しいご様子。受けちゃダメだったかな?
「シャーリー。改築が終わったらわたしの資料もお願いする。陛下に渡す大事な資料なのでな」
それを侍女にやらせて大丈夫なの? とは今さらでしょう。おば様も大事な資料をわたしに作らせたんだからね。
「畏まりました」
「すまんな。なるべく早くタイプライター要員を増やすんでな」
それは是非ともお願いします。また休みもなしに一月もやるなんて嫌ですからね。
「もう下がっていいわよ」
「はい。失礼します」
一礼して執務室を出た。
「……ハァ~。厄介なことにならなければいいわね」
わたしには政治のことはよくわからない。おじ様たちの仕事が増えないことを切に願うわ。
気持ちを切り替え、湯浴み場へと向かった。




